第三六〇話 ハラグライの過去~重なる罪~
それからハラグライはアクドルクの命令に従い方々駆け回った。変装を駆使し、帝国の奴隷商人と契約を結び、また王国にてそれを引き継げる奴隷商人とも手を結んだ。
奴隷を欲しがる貴族から要望を聞き、それにあった奴隷を調達し運ばせる。
奴隷運用にはイストブレイス北の森を利用した。そこに魔獣を放ち、魔獣の森の脅威度を上げつつ、奴隷を運ぶ商人には魔獣を寄せ付けないと称した(実際は煙を上げるだけの)魔導具を貸し付け、それを見た魔獣が襲わないように鞭の力で調教したりもした。
勿論時にはアクドルクが主体となっての作戦という事とし、魔獣討伐隊を結成させ、何匹か討伐させる事でアクドルクへの好感度や支持率を上げることも忘れず行った。
そして――そんな事を繰り返している日々を送っている内に、ある時アクドルクと西の辺境地であるフロンウェスタ領の長女リリース・ローズマリとの縁談がまとまり、正妻として迎え入れることが決定したのである。
「ルプホール様、おめでとうございます」
「ああ、よく聞けハラグライ。あの女はなにせ西の辺境伯の娘だ。この繋がりは大きいぞ。上手く利用すれば今後の計画が大きく前進する」
アクドルクは喜び勇んでそんな事を伝えてきた。勿論この結婚もアクドルクの縁結びによる力が働いた結果だ。
そしてアクドルクは後々にはグリンウッド領とマウントストム領も手中に治めるつもりであった。
なぜならこうすることで、バール王国の中央を横断する形で領地を手に入れることができ、王国を北と南で分断する事が可能だからだ。
そしてアクドルクの目的は南側の覇権を先ず手にすること。なぜなら、奴隷を求める貴族の割合は南側に多く集中している。
これの大きな理由はバール王国の南側に存在する自由商業都市コネルトの存在が大きい。
コネルトは南の大海原と面した都市国家でもあり、水産業においても大陸一を誇り、海軍の規模も大陸一。だが何より商売になるものならどんなものでも扱い、手を出すという考えを持ち、その為、賭け事やコロシアムなど他では見られない娯楽が多い。
そして当然だが扱う商品には奴隷もある。しかもその種類も豊富。どこで手に入れたかはわからないが、今となっては殆ど存在しないとされる竜人種なども奴隷として販売されており、他にも亜人や人間も関係ない、変わったものでは魔物すら販売しているぐらいだ。
そしてこのコネルトは都市に立ち入るための制限は緩く、つまり間口はかなり広いため(尤も都市内でどんな事件に巻き込まれようが自己責任という側面もあるが)当然バール王国からも赴く貴族などが多い。
そして、その際に販売されている奴隷の数々を見て、かつてのバール王国を思い出し、焦がれるのだ。そして思うのだ、やはり奴隷はこうでなくては、と。
そういった面からも王国を北と南で分断することは重要だとアクドルクは考えている。なによりそうすることでアクドルクはマーベル帝国やコネルトの後ろ盾を得やすくなる。
何せマーベル帝国はかつて王国に煮え湯を飲まされた事を今でも忘れていない。根に持ち、隙あらば侵略に乗り出したいと今でも思っている事だろう。
そんなマーベル帝国にとって、アクドルクが反旗を翻す事は願ってもない事だろう。後はこじつけであろうそれなりの理由があればいい。
そしてアクドルクはこの理由に奴隷の事を持ち出そうとしている。その為に賛同してくれる貴族は多いほうが良い。
そして南のコネルト、ここも密かに王国には不満を抱いている。理由は奴隷販売のルートだ。バール王国は奴隷制度を従来のものから新制度に変えたことで、他国からの奴隷を道具として入国させる事は一切禁止させている。
つまり事実上コネルトの奴隷商人は、奴隷を他国へ運ぶ際、バール王国を迂回するルートを使用する他なくなるが、それが可能なのは海路しかなく、かなりの費用と手間が掛かってしまう。
だからこそコネルトはバール王国側の通行を自由にさせたい。特に南側だけでも自由がきけば、王国の豊富な河川を水運に利用できる。
つまりコネルトからすれば旧奴隷制度に固執したアクドルクが覇権を握ることは都市を発展させる利にも繋がる。
故にアクドルク側の体制させ整えば間違いなく一枚噛んでこようと目論むはずだ。そして後ろ盾としてマーベル帝国と自由商業都市コネルトの存在は非常に大きい。
だからこそ、アクドルクは当然自分の考えに同調してくれる貴族と懇意の関係を築きつつ、マウントストムとグリンウッドをどう手中に収めるか、ハラグライにも命じ色々と考えを巡らせるようになった。
勿論ハラグライがいい策を提示できなかった場合はすぐに鞭が飛んできたりもしたが――
そしてそんな事を日々考えながらも、アクドルクの裏取引の方は順調で、かなりの利益も生み出すようになっていた。
正直これをごまかすのもかなり大変な作業であったが(何せ表には一切だせないお金だ、今後王国に反旗を翻すための資金にも繋がる)、決して口にはしなかったが気になる内容の取り引きも出てきた。
当初アクドルクは奴隷として帝国から買い取るのは亜人ばかりであったし、代わりに王国側から横流しするのも装備品や王国でしか手に入らなような特産品が多かったのだが――段々とその中に亜人以外の人間も含まれるようになってきたのである。
しかもバール王国側からマーベル帝国側に奴隷として売られる王国民も少しずつ増えていった。
ハラグライは、流石にこの手のはあまり派手にやると王国側に勘付かれてしまう可能性もあったので、そこだけ進言したりもした。
だが――
「帝国もね、王国側に対する恨みが強いのさ。だからこっち側の人間を売ってやると喜ぶしいい金になる。なに、帝国から入るのに比べたら微々たるものさ。売りさばいているのも借金でどうしようもなくなったり、盗賊に拐われるような馬鹿ばかりだ。それに、私からしたら王国の下民だって罪深い。王国がどれほど愚かかにも気づかず、王を称え崇めてるような連中に反吐が出るのさ」
結局ハラグライはそれ以上は何も言うことはしなかった。アクドルクがそれを望むなら彼は全力でサポートに回るだけだ。
だが、ハラグライにとって最も意外だったのは、アクドルクが薬の販売にまで手を染めたことだ。勿論まともな薬ではない。
それはかつてアクドルクやアフェア相手にあの盗賊が使用していた薬だ。以前連中を皆殺しにした際、薬の製造法が残ってるようなら手に入れてこいとも言われて、一体何に使用するかと思ったが――しかも以前盗賊が使用していたものに改良を加え、より中毒性を高めている。
まさか、自分を苦しめた薬を商売に利用するとは――ハラグライも驚いたものだが、アクドルクからすれば、自分を苦しめた薬で利益を上げる、これこそが一番の復讐らしい。
それに、この薬で廃人になれば、そのまま奴隷落ちにしても問題ない。薬と奴隷販売で二度美味しいとはアクドルクの話だ。
そして、確かに薬にしろ、奴隷にしろ――アクドルクに莫大な利益を生んだわけだが……。
「本日より、ルプホール辺境伯の下、騎士として従事する事となりましたギネンと申します。どうぞよろしくお願い致しますハラグライ様!」
ある日ハラグライの下へ、壮年の男が挨拶に来た。そしてその名前を聞いた時、思わず、え? とハラグライは彼をつぶさに観察した。
「……私の事を、覚えておりますかハラグライ様?」
「――ああ、よく覚えているよ。まさか、ここの騎士になるとは思わなかったよ」
そういいつつ、懐かしく思い目を細める。以前に比べれば顔つきも精悍になり、滲む雰囲気も熟練の騎士そのものだが――
しかしハラグライが庇ったときはまだ一〇代で部隊に所属されて間もない騎士だった筈だ。
そう、ギネン、彼は帝国とのあの決戦の際、ハラグライが庇って助けた騎士である。
尤もそれが原因でハラグライは長槍を持てない体になってしまったわけだが。
だが、そのことを今更後悔もしていない。それに、彼が立派な騎士となったことは喜ばしい事だ。
「しかしギネン、貴方は確か」
「ちょ、貴方なんてやめてくださいよ。私からすればハラグライ様は今でも尊敬すべき団長です。お前とでも呼んでくれればいいですので」
「……いや、私も今はもう騎士ではないのでな。まあとにかく、ギネンは王国軍の騎士であろう? それなのになぜ?」
「あ、はい。王国軍はやめてきました。最近めっきり平和になったのと、冒険者の活躍が大きくて、あまりやることがなくなってしまって……それでここに――」
それから詳しく話を聞くと、どうやらギネンはこのイストフェンス辺境領で、ハラグライが領主の側近をしていると風の噂で知り、王国軍を辞め、気持ちを新たにここで騎士を勤めようと考えたらしい。
その理由は、かつてハラグライに庇って貰ったことを忘れていなかったから。
そして彼はそのことを今になってまた謝ってきたりもしたが、それは気にしていないと言って笑って返した。
とは言え、中々酔狂な事である。いくら辺境地とはいえ、流石に王国軍の騎士として務めるよりは給金も落ちる。
だが、それでも彼はどうせなら自分を助けてくれた恩人の下で働きたいと、そう思ってくれたわけだ。
それに関しては素直にありがたいと感じたハラグライであったが――だが、一つだけ大きな問題があった。それは彼が、あまりに優秀過ぎたことであった。
「ハラグライ様――実は、私は気づいてしまったのです! ルプホール辺境伯が、裏で何をやっているか……あの御方は、帝国と繋がってて、それで、奴隷を、それに、非合法な薬まで……」
ギネンが配属になり、暫く経った後、なるべくひと目のつかないところで話をしたいと呼び出され、ハラグライはギネンにそう告白された。
「そうか……」
ハラグライは背中を彼に向けたまま、どこか寂しそうにそう告げた。
だが、それから一拍をおいて振り返り、その肩を掴み。
「……よく、私に知らせてくれたな」
「ハラグライ様……」
「一つ確認だが、この事は私に話したのが初めてかな?」
「は、はい! ハラグライ様以外は皆怪しく思えてしまって……だから」
「そうか、それは幸いだった。確かにこれだけの話だ、一体誰がアクドルクと関わっているかは判ったものじゃない。だから、この事はまだ他言無用だ。後は私の方でも色々探ってみる」
「ですが、それだとハラグライ様が危険では?」
「何、伊達に騎士団長を勤めていたわけではないさ私は」
そういって安心感のある笑みを作り出し、ハラグライはギネンと一旦別れた。
そして――
「……そうか、あのギネンがね。優秀な男だと思ったんだが、とても残念だよ。それで、勿論やるべきことはわかっているよなハラグライ?」
「……御意」
そしてハラグライは再びギネンを呼び出し告げた。
「え? 私が魔獣討伐隊の隊長を?」
「そうだ。これはかなり重大な任務となるが、出来るな?」
「い、いやしかし、確かに魔獣の事も大事ですが、あの件は――」
「むしろその件があるからこそだ」
「え?」
「判らないか? もし今回の件で魔獣を多く討伐出来たなら、ギネンは街の英雄として讃えられる事となる。私からも今回の活躍次第で勲章を与えてほしいとアクドルクに進言してある。つまり、それが達成できた暁には公の場にアクドルクを登場させる事が出来る。叙勲式となれば、間違いなくアクドルクが勲章を授けるのでな。その席で訴えるのだ、アクドルクの不正を! 魔獣を退治し英雄となったその言葉なら領民達も耳を貸す、信憑性も生まれる。勿論私だってそれを後押しする。だから――」
「……わかりました! この任務、必ず成功させてみせます!」
そして、それから二日後、ギネンは他の騎士と共に魔獣の森へと入っていった。
だが――その魔獣は予めギネンがハラグライから聞かされていた情報とは異なる、凶悪な魔獣であり、討伐隊は予想以上の苦戦を強いられ、その殆どが死亡し――
「ぎ、ギネン隊長!」
「お前たちは逃げろ! ここは俺が食い止める! だから、このことを、騎士団長やハラグライ様へ!」
「で、でもそれだとギネン隊長が……」
「――いいんだ。俺だって昔はこうやって上の人間に助けられた。そうさ、上はいつだって下を助けるものなのさ! だから、早く行け!」
ギネンの必死の訴えに、若き騎士達、そう生き残りの男女三人の騎士はその場から逃げ出した。
そして――とにかく街に戻り、このことを伝えなければと必死に走るその正面に。
「――三人共ご苦労様でしたね……」
無慈悲な鞭がふたりの首を飛ばした。残された女騎士が、狼狽した声で、震える声で、呟く。
「ど、どうして? あ、あな――」
だが、その言の葉が最後まで紡がれることはなかった。
彼の、ハラグライの短槍が瞬時に心臓を貫いていたからだ。
「――安心したまえ。お前たちの死は、この領地にとって必要な死だった。決して無駄にはしないさ」
そう言い残しハラグライは歩きだす。彼の、ギネンの死体を確認するため――だが……。
「はあ、はあ、はあ、あ、あれ? は、ハラグライ様? ど、どうしてここに?」
そこにギネンはいた。片腕が千切れ、片目も潰れ、体中傷だらけで、歩くのもやっとであろう彼が、かつてのハラグライのように、長槍をもった彼が、槍を杖代わりに歩き、近づいてきた。
「……あの魔獣を全てやったのか?」
「は、はは、流石に、もう、死ぬかと思ったんですけどね。に、人間死ぬ気になれば、な、なんとかなるものです」
「……そうか」
「あ、と、ところで、部下をみ、見ませんでしたか? 若い三人で、まだ将来性がありそうなやつらで、先に逃したのですが……」
「……死んださ」
抑揚のない声でハラグライは答えた。
え? とギネンが顔を上げ質問を重ねる。
「……まさ、か、魔獣、に?」
「――もっと恐ろしいものだ」
「え? 恐ろしい? それは、一体――あ?」
刹那、ハラグライの短槍がその腹を抉っていた。ゴボゴボとギネンの口から血が泡となってこぼれ落ちる。
「――それは、鬼だ」
そして、彼の耳元で、ハラグライは最後にそう伝えた。
ギネンの目から徐々に光が奪われていく中。
「――そう、か、あ、なた、も……」
彼はハラグライの体に凭れ掛かるようになりながら――そのまま息を引き取った。
過去編はこれにて終了!




