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第三五九話 ハラグライの過去~復讐~

「なるほど、つまりウルフ殿は一切人に恨みを買うような謂れはないと、そう申されるのですな?」


 一通り話を聞き、アクドルクは再確認するように彼に訪ねた。するとあきらかに不機嫌そうに顔を歪め彼は答える。


「勿論ですよ。俺にしろ、これは恐らくですが、殺されたという皆も恨みを買うような真似はしていない。俺達はお天道様に顔向けできないような真似はこれまで何一つやっちゃいないのですから」


 なるほど、とハラグライは一旦目を伏せるが、改めてウルフに目を向け尋ねる。


「ところで、実は私、貴方と一度どこかで会ったような記憶があるのですが如何でしょう? 貴方は私の顔に見覚えがありませんか?」

「……貴方とですか? いや、すみません。全く思い出せない。どうも記憶力が悪くて」

「ははっ、なるほど、つまり貴様にとってはその程度の相手でしかなかったという事か」


 は? とウルフが目を丸くさせる。突然ハラグライの口調が変わったことに気がついたからだろう。それは僅かな差であったが、今までの見た目の割に穏やかな雰囲気は徐々に消え去り、ウルフを見つめる瞳も獣の如き鋭さに変貌していく。


「な、あんた一体……」

「全く、貴様らがどうやら足を洗ったようだと聞いたときは耳を疑ったが、どうやら本当だったようだな。獣の狩人の元頭、ウルフ――それが貴様の正体だろ?」


 瞬時にウルフの目の色が変わった。狼の耳と尻尾が小刻みに震えている。

 額からは大量の汗が吹き出ており、かと思えばバックステップで椅子から飛びのき、壁にかけてあった薪割り用の斧を掴み構えだした。


「以前とはまたえらく扱う武器も変わったものだな」

「う、うるせぇ、あんなのはとっくに売っぱらった。もう俺には必要のないものだったからな。それより答えろ! さっき言ってた連中を殺したのは、お前か!」

「そうだと言ったらどうする? 敵討ちでもするか?」


 ハラグライはまるで意に介さない様子で、ゆっくりとウルフに近づいていく。そして威圧の篭った低い声で斧を持って震えている男に問いかけた。


「……や、奴らとは解散してから顔も合わせていねえ。稼いだ金を山分けしてそれっきりだ。お互い脛に傷ある身だが、盗賊家業から足を洗ってからはまっとうに生きていくつもりだった。だから、二度と会うことはないと確認してたのさ。だが、まさか殺されるなんてな、まさかあんた、俺達が過去に襲った奴らの一人か?」

「それすらも忘れてるとは救えないな」


 そういいつつ、ハラグライは瞬時に鞭と短槍を抜き取り、構えてみせる。


「ま、待て! なあ? もう昔の事だろ? 過去の話じゃねぇか。そんなことで一々殺してまわってても仕方ないだろ? 今ならまだ間に合う。そ、そうだ、俺はまだ金も残ってるんだ。そっからそうだな、二、二〇〇〇万ジェリーぐらいならくれてやるよ。悪い話じゃないだろ?」


 ハラグライの鞭を握る手がギリリと締まる。先に殺した連中の態度からある程度察してはいたが、この元盗賊達は全くハラグライの事を覚えていないのだ。


 あれだけの事をしておいて、ハラグライの愛した女を慰み者にし無慈悲に殺し、その息子であるアクドルクを薬漬けにしておきながら、そのことをすっかり忘れてしまっているのだ。


「なあ、もう引き上げてくれよ。俺だって、家族の前で殺しなんて……」

「ぱぱぁ、まだお客さん?」

「眠れないよぱぱぁ」

「ば、馬鹿お前ら出てくるんじゃねぇ!」


 すると奥から再び子供たちが顔を見せ、瞼をこすりながら訴える。


 その姿に一瞬彼の気がそれた。その瞬間、尤も、そんな事がなかったとしてもハラグライにとって何の問題にならないことだったろうが、とにかく瞬時に距離を詰めたハラグライの短槍が男の肩を貫いた。


「ぐ、ぐわぁあぁああぁあ!」

 

 悲鳴を上げ、ウルフの手から斧がこぼれ落ちる。それを蹴り飛ばし、更に数カ所男の体を穿ったところで男の膝が崩れ床に傾倒していく。


 ぱぱー! という悲鳴に似た子供の叫び。

 貴方! とその妻も奥から飛び出してきた。


「が、お、お前たち逃げ――」

「これはこれは奥様、丁度いいところに来ていただきまして」

「な! これは、なんなんですか! どうして主人にこんな真似を……」


 短槍で空いた孔から血が滴り落ち、床を赤く染めていく。


 その様子に、狼狽える猫耳の妻だが。


「それは彼を殺しにきたからですよ。さる方の恨みを晴らすためにね」

「う、恨み? 主人はそんな恨みを買うことなんて――」

「あははははははっ! ご冗談を。この男は様々な人間から大量の恨みを買っている事でしょう。何せ一時期王国で好き勝手に盗賊行為を繰り返していた、獣の狩人という賊の頭だったわけですからね」


 男の髪を乱雑に掴み、顔を無理やり上げ、知らしめるように答える。

 その真実に、驚きを隠せない妻であるが、子供たちは何を言っているのかさっぱりわからないといった様相。


「そ、そんな主人が、主人がそんな……」

「可哀想に何も聞かされていなかったのですね」


 ハラグライは憐憫な瞳を彼女に向けると、髪を掴み上げられていたウルフがハラグライを横目で睨み恨み篭った表情で言った。


「テメェ、これが目的かよ。俺の過去を暴いて、家族に伝えて、俺達をバラバラにする気か?」

「……ははっ、何を馬鹿なことを。貴様、そんな事程度で済むと本気で思っているのか?」


 ハラグライの冷淡な声がウルフに降り注ぐ。そして――





「いやだぁあ、ぱぱー痛いよー痛いよー!」

「いやー痛いの、もう、いや、だよぉおお……」

「ああ、どうして、どうして私達が、ひぃ、やめ、やめて、ひぎいぃいいぃいい!」


 ウルフの目の前で家族達の絶叫が鳴り響く。その姿を、男は涙をボロボロ零しながら見ていた。


「もうやめろ! やめてくれ! なんでだ畜生! 家族は家族は何も関係ないだろうが!」


 ハラグライの足下では、四肢を食いちぎられ、一切の動きが不可能になった男が泣き叫んでいた。


 だが、ハラグライは表情を変えることなく、ただただ冷たい表情でその光景に目を向けながら答える。


「こういった時、魔獣は便利ですな。貴様の家族など私ではとても手を出そうとは思わないが、魔獣であればそれも関係がない。どうかな? もっと喜んだらどうだ? 魔獣と獣人の交尾など、そう見れるものではないぞ?」

「あ、ああ、あっぁああああぁあああぁあああ!」


 強制的に魔獣とまぐわされる家族の姿に、男は絶望を貼り付けた。

 

 怒りとも、うめき声とも、悲しみを帯びたそれとも取れる声がその口から漏れ続けている。


「おや? 子供ふたりはもう動きませんな。流石に魔獣のでは無理がありましたか。仕方がない、それはもう食っていいぞ。あとは向こうの雌猫は――」


「ひひっ、あひぃいぃ、こどもぉお、わだぢのこどもおぉおお、あはは~~ちんじゃった~~ちんで、だべられてるーーキャハハハハハハハッハハッハハ」


「ふむ、もう狂ってしまったか。意外と脆いものですな。お前が使ったような薬も与えてないというのに、まあいいでしょう。もうそっちも片付けてあげなさい。ゆっくりと咀嚼して味わうんだぞ」


 ハラグライの命令に頷き、魔獣がウルフの妻に食らいつき、ゆっくりとその柔らかい肉を堪能した。


 勿論、その間気が狂った女は、もはや悲鳴なのか喘ぎ声かも判らない演奏を繰り返し続けていたが。


「ぢ、ぐじょう、てめぇは、てめぇは悪魔だ! こんな、真似を! 家族は何の関係もないのに! この俺が憎いなら! 俺だけ狙えばいいだろう、ガッ!?」


 無言でハラグライは男の顔を殴打した。倒れたその腹を蹴りつけ、嗚咽を撒き散らしたところで顎を蹴り上げる。


「そんなもので私達の気が済むと本気で思っていたのか貴様は? 関係ないと言うならそもそも貴様らが狙った相手も、貴様らと何の関係もない人間だろうが!」


 ウルフの頭を思いっきり踏みつける。ぎりぎりと踏みしめたそのときばかりは、ハラグライも素の表情を見せていた。憎しみに満ちた顔をだ。


「貴様らの頭には欠片も残ってないようだがな、私は愛する人を薬漬けにされ、陵辱され! そして殺されたんだ! 目の前に、テメェらが笑いながらバラバラになったアフェアの体を並べていった事を忘れもしない。その上、その子供まで貴様らは無慈悲に嬲り、犯し、薬漬けにしてその精神を壊した! このふたりだけじゃない、護衛の騎士も全員無残に殺してくれたんだ。なあ? それなのに、本気で貴様一人程度の命でこの恨みが釣り合うと本当に思っているのか?」


 ハラグライが問いかける。するとウルフが目を見開き、視線だけを跳ね上げ彼の顔を見上げた。


「――そうか、思い出した、思い出したぞ! テメェ、あの時の無能か! 女抱くのに夢中になって大事な女も守れなかった無能か! ははっ、これはお笑い草だ。てめぇが無能なのをいいことに俺たちに八つ当たりかよ!」


 ギリッ、と奥歯を噛みしめる。そしてハラグライは踏む力を強めつつ吐き捨てるように言った。


「ああ、そうだ。認めてやろう。確かにあの時の私は無能だった。だからこそ、今度はあの方の期待を裏切らないように、そしてあの日の借りを返すために、こうやって出向いてやったのだ」

「ざけんな! テメェが何を言おうが! あんなものとっくに過去のことなんだよ。俺はもう足を洗って、この国の人間となった! お前そんな人間にこんなことして本当にただで済むと思っているのか? 善良な臣民にこんな真似して! テメェのやってる事はただの犯罪だぞ!」

「……犯罪? 善良な、臣民だと?」

「ああそうだ! 俺は足を洗ってからは真面目に生きてきた! この国に税金だって収めてる! 俺の過去なんてとっくになかったことになってる! そんなことも判らず、恨み晴らして悦に浸って、愚かもいいところだテメェは!」


 その叫びに、言葉に、過去のことが瞬時にしてフラッシュバックする。

 あれだけのことをしておきながら、この獣人はそれを悪いとも思っていない。


「貴様は、貴様がやったことはただの過去のことだと、本気でそう思っているのか?」

「当然だ! 過去は過去だ! 俺は今を生きていた! 真面目に生きていた! 過去に何をやってようがそんなもの些細なことだ! ほんの少しやんちゃが過ぎたぐらいでここまでされるいわれがあるか! なぜ家族が犠牲になる! なぜここまでする! 誰が見ても俺に非があるわけがない! 悪いのはてめぇだ! 処罰されるならテメェのほうだ! 殺すなら殺せよ! その代わり、この国がお前を罰する! 善良な臣民である俺や家族を殺した残虐なテメェが許される訳がない!」

「……それを貴様は、これまで殺してきた者の家族の前でも言えるのか?」

「当たり前だ! 何度でも言ってやる! 俺の罪は許された! 俺はこの国に許された! 俺は神に、許されたぁああぁあああ!」






◇◆◇


「ははっ、流石だな。本当に仕事が早い」


 私室に並べられた盗賊たちの首を見て、アクドルクは愉悦に浸っていた。


 愛する母を殺し、自分の精神さえも薬で蝕んだ連中に復讐を果たすことが出来て嬉しいのだろう。


「それで、この屑どもは殺されると知って何か言っていたか?」


 アクドルクが問う。それにハラグライがありのままを伝えた。殆どの連中は同じことを言っていたが、それを耳にして思わずアクドルクも顔を歪める。


「ふん、足を洗ったから過去の事は関係ないか。悍ましい劣等種の亜人らしい醜い思考だな。自分たちがやった罪を別のことですり替えて、己をごまかし正当化する。本当に最低な連中だ」


 首だけになった獣人に唾を吐きかける。そして、ハラグライを振り返り更に訪ねた。


「だが、当然最後は絶望をみせてやったのだろう? 死ぬと判りこいつらはどうした? 助けてと懇願したか? みっともなく糞尿でも漏らしたか?」

「はい、それはそれは無様なものでした。恥も外聞もなく放っておけば靴を舐めてでも許してほしいといった卑しい姿を見せつけてくれましたよ」

「ははっ、そうだろうそうだろう。そうでなければな――」


 死骸の頭をグリグリと踏みつけ、憎々しげに語る。一通り生首を弄んだ後は、ハラグライに処分を申し付け、今日のところはもう下がって良いと命じられたのでそれに従う。


 首の処分は魔獣に任せた。そして部屋に戻るまでの間に思い出す。ハラグライは一つだけ真実を告げなかった。


 それはあの頭が結局最後の最後まで自分が許されたと言い続けて死んでいったことだ。あの後も考えられる限りの拷問をし、苦痛を与え続けたが、その場では泣き叫び、助けてくれと無様な姿を晒したが、どこかで思い出したようにそんなことをいい続け、俺をこんな目に合わせた連中にいずれ罰をと繰り返した。


 だが、そんな事をアクドルクに伝えたところで余計なストレスを抱え込むだけだろう。

 だから、ハラグライは敢えてそのことは彼に伝えなかった。


 所詮は盗賊の戯言にすぎないと思ったからだ。そう、自分がいる限り、アクドルクに罰が下ることなどあるわけがない――

お、終わりませんでした(汗)

次回は流石にハラグライの過去関係終わると思います。

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