第三五八話 ハラグライの過去~目的~
古代迷宮の報告を受けたアクドルクは随分とご満悦の様子であった。
勿論それは、予想よりも早くハラグライが迷宮を攻略したというのもあるが、それ以上にオーパーツが手に入ったというのが大きかったのだろう。
「まさか、お前まで鞭を手に入れる事になるとはな。それで、どうする? その鞭で私を打つか?」
「滅相もございません」
恭しく頭を下げ、ハラグライは跪きその鞭を両手に持って献上する形に。
折角の迷宮のお宝であったが、その権利はアクドルクにあると、ハラグライは考えたようだ。
「ふむ、確か獣懐の鞭だったな。それがあれば獣系の魔物や魔獣でさえも自由に操れるようになると」
「その通りでございます」
「ならば、それはお前が持てハラグライ。正直私は戦闘がそこまで得意ではない。弓を教わったことがあるが、狩りに使える程度だ。ならばその鞭はお前が使ったほうがいいだろう」
アクドルクにそう言われ、ハラグライは素直に鞭を賜る事とし、主の為に十全に役立てることを誓う。
「そうか、ならば約束通りお前に私の目的と手に入れた能力について教えてやろう」
そしてアクドルクはハラグライに語って聞かせた。長い眠りから目覚めた時、自分には縁結びという隠しアビリティが身についていた事。
そして――アクドルクが今最も恨んでいるのはこの平和というぬるま湯に浸かりきり堕落しきった国と、それを利用してやってくる亜人共だと。
「既に私はこの縁結びの力でめぼしい貴族に当たりをつけ、父様に頼んで顔つなぎをしてもらっていた。その多くは私と同じように、この国のあり方に疑問を持っている連中、特に奴隷制度を全く別物に変えてしまった事に不満を持ってるような奴らだ。私の最初の狙いは、その貴族を相手に裏で奴隷取引の商売に乗り出すことだ」
「奴隷取り引きでございますか?」
「そうだ、そして私は王国だけではなく、帝国側の商人連中でめぼしい奴らもリストアップしている。今王国とマーベル帝国は国交が断絶している状態だが、だからこそ、向こうも奴隷取り引きを闇で行えるパートナーを探している節が強い」
「なるほど……」
ハラグライはアクドルクの考えに特に否定も肯定もしない。ただ、命じられればそのとおりに従う、それだけだ。
「……生前父様は言っていた。私が拐われたあの事件を問題視し、安易に亜人を保護するのは危険だと提言したと。その結果、王国側も多少はやってくる亜人が帝国で本当に差別を受けていたのか? 盗賊などの悪行に手を染めていなかったか? などを調べ始めたようだがな――」
だが、とアクドルクは唇をギリッと噛みしめる。
「そんなものは何の意味もなかった! それどころか王国は、最近では亜人の国の建国に協力し、大陸連盟であのおぞましい亜人共の権利を認め、最大限援助すると調印までしてみせた! 今の愚王は自国の民より、悍ましい野蛮な亜人の方が大切なのだ! 母の死は全くの無駄だった!」
そして、激昂する。アクドルクにとっても母は最愛の人だったのだろう。勿論それはハラグライにとってもであり、既に亡きアクメツにとってもだ。
「私はねハラグライ、この腑抜けな国にほとほと嫌気がさしたのさ。だから、ここからは表の顔と裏の顔を使い分け、この国をかき乱す。同時に、この国に不満を持つ貴族と繋がりを持ち、私のこの縁結びで上手く人脈を築いていく。縁結びは自分の意志で自由に出来ないのが欠点だが、それでも望んだ縁に近づけるよう働いてくれる。これを利用しない手はない」
ハラグライを振り返りアクドルクは自らの計画を語った。
そして――
「さて、ここからが重要だ。今私は表と裏を使い分けると言ったけれど、この裏の顔についてはメインで動くのはハラグライ、お前だ。お前が私の代わりに動け。その為に変装のスキルを取得してもらった。何せ私が表立って帝国の奴隷商人と手を結ぶわけにはいかないしな。取引をする貴族に関してもあくまで私は紹介だ。しかもその際も私に変装してお前が動け。いざとなったらお前が全て自分一人で勝手にやったこととする覚悟でな。出来るな?」
「勿論です。ルプホール様の為であれば、どのような仕事でもやらせて頂きます」
跪き忠誠を誓うハラグライ。今アクドルクから靴を舐めろと言われたなら喜んで応じることだろう。
「くくっ、そうだそれでいい。お前にはこれから私の代弁者としても働いてもらう。以前私の心中が推し量れるようにしておけと言ったのはその為だ。私はあくまで臣民から見て名君でなければいけない。だが、私が表の顔でいる間、あの薄汚い亜人共と接触する事もあるだろう。そんな時、私の代わりに私の気持ちを代弁するのはお前だハラグライ。それを見れば私も少しは溜飲を下げる事が出来る。耐えることが出来る」
「承知いたしました。私は主様の為、亜人共の前では徹底した差別主義者である事を誓いましょう」
「ああ、それでいい。勿論最終的に戒めるのはこの私だ。そうすることで、私の評価は上がることだろう。今後私がこの国を牽引していく存在であるためには、表立ってはあくまでクリーンでなければいけないからな」
そう言って満足そうに笑みをこぼすアクドルクであり。
「とは言え、ハラグライ、お前もそろそろストレスが溜まったことだろう」
「いえ、そのような事は……」
「無理をするな。お前も少しはその溜まった鬱憤をはらさなければな。そこでだ、次はお前にいい仕事を持ってきた。この連中を全員始末してこい。お前もよく覚えている連中のはずだ」
アクドルクが再び始末する連中のリストをハラグライに手渡す。
それを目にした途端、これは! と彼の目が見開かれた。
「驚いたか? ふふっ、縁結びというものはこういったものも引き寄せるのだな。さて、始末の方法は任せるが、当然、判っているな?」
「――御意」
◇◆◇
森のなかにぽつんと佇む山小屋のような家屋。その小屋の扉を叩く音が鳴り響く。
既に日は落ち、あたりもすっかり暗くなっており、多くの人間はそろそろ眠りにつこうかと言った時間だ。
だが、ノックは数度鳴り響き、一体誰だいこんな夜更けに? と扉が開かれた。
「え、え~とあんたは?」
そして扉を開けた先にいた人物に若干の戸惑いを見せる。その男は見た目には五〇歳から六〇歳ぐらいの初老の男性であった。
頭の色はすっかり抜け落ちており、ただ、身なりだけは中々に厳しい。装飾の施されたシャツとズボンといった出で立ちで、ヨレなども一切感じさせないきっちりとした物だ。
特に目立つのは王国軍の紋章が縫い付けられていた事か。
つまりこの男は軍からわざわざ訪ねてきたことになる。
その為、警戒の目を向ける男であったが。
「夜分遅く失礼致します。私は王国軍騎士のハラグライと申しますが、こちらはウルフ殿の本邸で間違いなかったですかな?」
その口ぶりにやはり戸惑う。正直本邸と称される程立派なつくりではないが――ただ、軍の騎士にごまかしても無駄だと考えたのか、
「ええ、まあ、私がウルフですが――」
とあっさり認めた。
「左様でございましたか。実はですね、ここ最近獣人の殺害事件が急増しておりまして、それで関係者に話を聞いて回っておりました。ウルフ殿は獣人のモンキ殿と知り合いでしたかな?」
それを耳にし、え? とウルフは目を丸くさせた。
「……そうですか。あのモンキが、それにバファロやタイガ達が殺害されていたとは……」
「お話を聞く限り、ウルフ殿は被害者とは亡命の際に知り合った仲だとか……彼らが殺された事に関しては知らなかったのですかな?」
「残念ですが、確かに亡命の際はよく話しておりましたし、お互いの名前も知ってますが、ですがそれだけです。この国に移ってからは結局散り散りになり、あれからお互い連絡もとっていませんでしたからね」
ほう、とハラグライはじっとウルフの目を見据え続けながら答えた。お互い丸太を切っただけのような簡易的な椅子に座り対面している状態。
だが、ウルフはハラグライから目をそらしどこか落ち着かない様子でもあるが。
「ぱぱ~どうしたの~」
「おきゃくさ~ん?」
すると、小屋の奥からふたりの幼児が姿を見せた。まだ小さな男児と女児である。
「あ、ああ、ちょっとな。いいからお前たちは奥に行っていろ。大事な話をしているのだから。おい、ニャン」
「あ、はい。ごめんなさいね。何か目が冷めちゃったみたいで。さ、もう遅いのだからおねんねしましょうね~」
ウルフが呼びかけると、猫の獣人が姿を見せて子供たちを連れて奥へと再び引っ込んだ。栗毛の髪を後ろでまとめた中々整った顔をした獣人女である。
「……可愛らしいお子さんですな」
「いやお恥ずかしい。少し前にあいつと結婚しましてね。今じゃ俺の一番の宝ですよ」
「ほう、それであの妻君も亡命者ですかな?」
「ええ、俺とはまた別のルートですがね。あ、あいつは今回の件とは無関係ですよ」
「今回の件というと?」
「いや、その、もしかしたら俺が疑われてるのかなって、ですが、それも違いますよ。今もいいましたが奴らとはあれから全く連絡を取り合ってない。それに恨む理由がない」
ふむ、とハラグライは顎に指を添える。
「ですが、ご安心ください。私は別に貴方を疑っているわけではない。ただ、どうにもその時の亡命関係者が狙われているようでしてね。そこでウルフ殿は犯人に心当たりがないかと思いましてな。例えば誰かに恨みを買われてる覚えがあるとか」
ハラグライがそう尋ねると、若干沈んだ表情を見せウルフが答える。
「明確に誰と答える相手はいませんが、ですが――私達を狙う人間が全くいないとはいいきれませんね」
「ふむ、というと?」
「貴方もご存知かもしれませんが、私達が帝国から亡命してきた理由は帝国が亜人を忌み嫌い私達のような種族に対する差別や偏見があまりに酷いからです。帝国では私達のような種族に人権はなく、捕まった瞬間奴隷堕ちが決定致します」
「それはよく存じております。辛い思いをされた事でしょう」
「ええ、だからこそ、この王国まで逃げてきたというのはあるのですが、しかし、確かに帝国よりは私達を蔑視したり差別する人間は少ないですが全くいないわけではない。中にはやはり、私たちに差別的な目を向ける人がいるのです。ははっ、実はそれで少し嫌な事があって、今はこうやって嫁や子供たちとひっそりと暮らしているのですけどね」
そこまで話を聞くとハラグライは大きく頷き。
「なるほど、つまりもしかしたらあなた達のような獣人を殺害して回っているのは、行き過ぎた差別意識をもった何者かではないか? と、貴方はそう言われるのですね?」
「はい、勿論あくまで憶測ですけどね。ただ、もしそうだとしたら許せない事です。少しの間とはいえ殺された彼らにもめぐり合わせのようなものを感じてました。それを獣人というだけで殺すなんて、私たちはただ平穏に暮らしていきたいだけで、人に恨まれるような事など一切していないというのに」
「…………」
ウルフのその話をハラグライはただ黙って聞いていた――




