第三五四話 ハラグライの過去~狩人~
アクメツが王都に旅立った。
今回は王都での逗留期間もあり、その為か帰りがかなり遅くなる予定なわけだが――それ故か、むしろ夫が出張してからの方が機嫌がよいアフェアであり、最初の二日間はかなり激しかったものだ。
「ねえハラグライ、狩りだけど、南のブルーレイク森林なんてどうかしら?」
そして情事が終わり、まったりとし睦言を交わしていた時、彼女がそんな提案をしてきた。
「ふむ、確かにあそこであれば危険な魔物もいないしな。猛獣の類も少なく、この時期であれば野鳥や野うさぎ後は仔鹿も散見出来る、初めての狩りとしては丁度いいかもしれないですな」
「……もう、勿論あの子の狩りも大事だけど、もっと重要な事が抜けてるわよ」
ハラグライにしなだれながら、ブラウンの髪を掻き上げつつ彼女が言う。
それに、はて? と頭に疑問符を浮かべるハラグライであったが。
「全く、貴方優秀なのか抜けているのか判らない所あるわね。ま、そこが可愛いのだけど」
「か、からかわないでくれ――」
照れくさそうにするハラグライである。
「で、その答えだけど湖よ。ブルーレイクというぐらいだしね。綺麗な湖があの森には広がっているのよ」
「ああ、そういえば確かにあの森には湖があったな」
「そうよ。ねえ、素敵だと思わない? 私も久しぶりに自然の中で水浴びしたいし、だから一緒に、ね?」
「い、一緒に……」
「そう、そして勿論その後は、太陽の下、ふふっ」
「た、太陽の下――」
結局そんな事を夢想すると再び元気になり、もう一回戦頑張ろうと覆いかぶさろうとするハラグライだが。
「もう、駄目よ今夜は。狩りの日まで、お・あ・ず・け」
「な!? ほ、本気か?」
「本気よ。だって、その方が燃えるでしょ? だからしっかり予定を組んでね」
「う、うむ。しかしアクドルク様の狩りの件もあるのにそんは暇があるだろうか……」
「何言ってるのよ。騎士も一緒に連れて行くんでしょ? それなら息子の狩りの事は彼らに任せればいいじゃない」
「う、う~む」
「それに、私はこっちの息子さんのお相手しないとだしね」
そういいながら再び弄んでくるアフェアであるが、宣言通り最後までする気はないようなので、終始ムラムラしっぱなしのハラグライである。
そしてそれが原動力となったのか、翌日から何よりも優先させハラグライはアクドルクの狩りの日程を決めた。
ついてきてもらう騎士も三人を選出。一人はハラグライの代わりに弓を指導できるであろう弓の名手。
残りの二人も、一人はルプホール騎士団一の身のこなしを誇る小柄な女騎士、そして逆に騎士団一の巨漢を誇る浅黒の騎士だ。
特に弓使いは気配に敏感であり、何かあった時にはすぐに対応ができる。
尤も、魔物もいないような至極平和な森だ。正直三人でも多いぐらいかもしれないと感じるところだが、そこは未来の領主の護衛である、念には念を入れて間違いがないだろう。
こうして――アクメツが出立してから四日目、アクドルクの初めての狩りの為城を出発する事となった。
とは言え、森までは徒歩で二時間程の距離だ。勿論アクドルクやアフェアは馬を利用するのと、多少は荷物もあるため、ハラグライと騎士は馬方の代わりも務める事となるが。
勿論別に馬方を用意するという手もあるが、距離も短いし足腰の鍛錬にも繋がるだろうという、少々無理がある理由で、敢えて人数を減らした。
勿論それは出来るだけ余計な邪魔を減らしたいという思いがあったからである。
そして道程は特にこれといった問題もなく随分とのんびりとしたものであった。
ちょっとした雑談を交えながら森へと到着し、そして中心近くにある湖の前に荷物を下ろし、馬を繋いだ。
「それにしても綺麗な湖ですね~水浴びしたくなっちゃいます」
赤毛の女騎士リース・クリトが目をキラキラさせて言った。
彼女はまだ年齢も若く、幼さの残るところもある。その為か騎士たちの間でも可愛がられているようだ。明るく誰とでもすぐ打ち解けられる性格や、愛らしい顔立ちが人気の理由かもしれない。
「こらこら、遊びに来たのと違うんだぞ。全く、リースは相変わらず幼いな」
弓を担いだ長身痩躯の男、ドン・ファンが呆れたように言った。金髪で片目を隠すような髪型であり、かなりの美丈夫である。
城の騎士の中でも女性の注目度では一番高い、そしてそこはかとなく軽薄さも感じられる男だが、弓の腕に関しては間違いなく騎士団の中でトップクラスだ。
「……準備、終わった」
そして一人黙々と荷降ろしなどの作業をしていたのは、この中で尤も巨漢のマラガー・ビッグだ。正直魔物心配もなく危険度の低い森にも拘らず、彼はいつも通りの重量感漂う物々しい鎧に身を包まれていた。
他のふたりが比較的動きやすい軽鎧で済ましている事を考えると、少々場違いな感じもするが、騎士として真面目な性格がよく出てもいる。
そして今回の主役(名目上は)であるアクドルクは今回の為にあしらえた狩り用の服に袖を通している。
森を動き回る上で枝などで傷つかないように長袖の丈夫な生地で、それでいて野暮ったく見えない貴族らしい優雅さも兼ね添えた一品だ。
丈夫ではあるが、最大限動きを阻害しないようしなやかさにも拘った作りであり、胸と肩には家紋もしっかり施されている。
勿論靴とて、長時間歩き回っても痛まない素材で、それでいて柔らかく軽い作りだ。
弓に関しては木製の弓と矢だが、シャフトには鉄製の鏃を被せ殺傷力を上げている。
魔物や猛獣相手だと心もとないが、この辺りで小動物や仔鹿を狙うには十分過ぎるほどの代物だ。
何より初心者にも扱いやすい。
そして、ハラグライは三人の騎士を呼び、それぞれの役目を告げるわけだが。
「え? ご子息には私達が? ハラグライ様と奥様はここに残られるのですか?」
「うむ、実は奥方には私が釣りを手ほどきする約束をしてしまってな。ほらこの通り、その為の道具も用意してある」
そういってハラグライは持参した釣り竿を見せてあげた。
「それにだ、狩りに関して言えば実際に弓を扱えるドンがついていった方がいいだろうし、かといって森の中を移動する以上、護衛が一人というわけにもいかないだろう」
「ですが、それだと奥様はハラグライ様だけが見ている形になってしまうのでは?」
「確かにそうだが、私たちはこの湖から外側にはでないしな。荷物の番みたいなものだ。動き回ることになるルプホール子息とはやはり危険度が違う。勿論安全な森である事は確かだが、狩りの為に来ている以上これが一番ベストであろう」
ハラグライはなるべく不自然のないように説明したつもりだった。
だが、ふむ、と顎を押さえ、探るように見てくるドンに若干緊張する。
「その、なんだ。それに私とてかつては騎士として慣らした男だ。例えば猪が現れたとしても追い払うすべぐらいは心得ている」
「……ふぅ、まあそうですね。確かにこの森はそもそもそこまで危険な場所でもありませんし、確かにかつて英傑と評された程のハラグライ様がついていてくれるならこれほど頼もしい事はないでしょう」
どうやら納得してくれたようで一安心なハラグライだ。これ以上下手な勘ぐりをされては堪ったものではない。
「え~でも少し残念ですね。私はハラグライ様と狩りに行きたかったな~やっぱり憧れですもの」
しかし、ここで天然の爆発魔法を放り込んでくるリース。しかもハラグライの前まで近づき、どこか媚びるような目を向けてきた。
それに少し照れくさくなるハラグライであり――同時に後ろから感じられる突き刺さるような視線が怖くもある彼であった。
「それでは、私たちは森の中で狩りを、お母様は湖で狩りという事ですね。判りました! お母様には負けませんよ」
「あらこの子ったら、言うようになったわね」
「は、はは、お手柔らかに」
何故かちょっとだけ硬い笑顔で見送るハラグライであり、そして、ではまた後程、とアクドルクを連れて騎士たちが森へと入っていった。
こうしてようやくアフェアとふたりきりになれたハラグライなのだが――
「やっぱり貴方も、若い娘の方が好みなのかしら?」
ジト目でそんな事を言ってくるアフェアにたじたじなハラグライである。
「おいおい、まさかあれぐらいの事で嫉妬かい?」
「嫉妬? 私が? 馬鹿言わないで」
ぷいっと背中を見せ不機嫌そうに歩きだすアフェアへ、急いでハラグライが駆け寄った。
「機嫌を直してくれないかアフェア。あの子だって冗談で言っただけだろうし、私だって別になんとも思ってないのだよ」
「本当かしら? 随分と鼻の下が伸びていたようだけど?」
「まさか、それにあの子は君ほど胸も大きくない。私は胸の大きな女性の方が好みだ」
「貴方それでフォローしてるつもり?」
どこか呆れたようにいいつつ、彼女は釣り竿を取り、そして湖に釣り糸を垂らした。
「……え~と、何をしているのだろうか?」
「釣りよ。あの子とも約束したし、ここにきて他にすることなんてないでしょう?」
そこまで言って一旦口を閉ざすアフェア。まいったなと後頭部を掻きつつ、暫くその様子を眺めていたハラグライだが。
「もう勘弁してくれ! これじゃあ蛇の生殺しだ。私が愛しているのは君だけだよアフェア。神に誓って言おう、あの子よりも君のほうが何万倍も魅力的だ」
「…………」
すると、アフェアは釣り竿を置き、かと思えばドレスを脱ぎ去り産まれたままの姿になって湖へと飛び込んだ。
「ふふっ、水が気持ちいいわよハラグライ」
そういいながら水面に浮かび、己の肢体を余すことなく披露する。
それを認め嘆息し、全く仕方のない御方だ、と口にしつつ、ハラグライも全てを脱ぎ去り湖の中に飛び込んだ。
そしてその後は湖の中と、出てからと一度ずつ、しっかりと楽しむハラグライであり――
「ルプホール様、落ち着いて、意識を集中させてくださいね」
「わ、判っておる」
そういいつつ、アクドルクは照準を野うさぎに定めていた。初めての狩りに指がプルプルと震えるが、なんとか狩りを成功させ、母も父も喜ばせてあげたいと、そう考える健気な子供である。
だが――ヒュンッと風を切った矢は、目標の少し横の地面に突き刺さった。
それに気がついた野うさぎは、慌ててその場から逃げていく。
「あ~また駄目だったよ……」
「そう落ち込まないで下さい。誰だって最初から上手くいくものじゃありませんからね。それに、狙いも大分良くなってきてますから、きっともうすぐ成功しますよ」
ドンが励ますように言った。とは言っても、ただのおべっかで言っているわけでもなく、確かにアクドルクの狙いは良くなってきていた。
器用な子なようで、初めての実践とあって最初は緊張もあったようだが、少しずつ自分の手で修正を加え上達してきている。
「うん、今のは私から見ても惜しかったわね。こうなったら次は大物狙っちゃう?」
「いや、いくらなんでもそれは話が飛びすぎだろ。全くお前はどうも真剣味が足りなくて困りものだ」
そのやり取りをみていたアクドルクから笑顔がこぼれた。これで失敗を後に引きずることもないだろうと安堵するドンである。
そういう意味では空気を変えることのできるリースが随行してきたのは正解だったと言えるかもしれない。
「……こっちだ」
すると、口数の少ないマラガーが皆を手招きした。一体なんだろうか? と近づくドンだが、樹木の影からそれを認めアクドルクにそっと近づくように告げる。
「うわぁ――」
すると、木々の影から覗き込んだアクドルクが声を潜めて驚いた。
そこには距離的にも位置的にも絶好の形で仔鹿が下草を貪っていた。
完全に餌に集中していてこちらには気がついていない。
「そうです、その位置でよ~く狙ってください」
「うん――」
ドンに指導され、狙いを研ぎ澄ます。矢を番え弦に指をかけ、キリキリと引き絞っていく。
そして、今度こそ! と強い思いを矢に乗せて、打ち込む。
淀みなく矢は直進し、風を切り、鋭く仔鹿の首筋にヒットした。
細い鳴き声を上げ、フラフラとした足取りで逃げようとしたが、結局持たず傾倒しピクピクと痙攣した後に完全に動かなくなった。
「やりましたよルプホール様!」
「う、うん!」
喜び勇んでアクドルクも仕留めた鹿に近づく。初めて命を奪ったことで若干の心苦しさを覚えたようだが、自分の手で仕留めたという高揚感の方が勝ったのかすぐに笑顔になり、ありがとう、とドンにもお礼を述べる。
「いえいえ、私は大したことをしてませんよ。これは貴方様のお力です」
そう告げた後、興奮状態のアクドルクを微笑ましそうに眺めつつ、死亡した鹿を確認する。
それは、間違いなく命を失っており、後は血抜きして解体すれば食料としても十分通用するほどの獲物であった。
初めての狩りでこれが仕留められたなら十分だろうとドンは考える。むしろ幸先がいいぐらいだ、とさえ思えたが――
「……待て、何か、いる――」
ふと、ドンが囁くように述べた。
え? もしかして別の獲物? と目を丸くさせるアクドルクだが、シッ! と彼が人差し指を立てた。
かなり真剣な表情であり、それを見ていたリースからも笑顔が消え、マラガーがアクドルクの盾になるように前にでた。
「リース……」
「うん、判ってる」
そして、ドンの指差した方へリースがそっと慎重に、足を進めていく。
気配察知のアビリティを取得しているドンだからこそ気がついたことであった。だが潜んでいるのがどんな相手かの詳細はつかめない。何かがいるという事だけだ。
とは言え、こちらを狙っている雰囲気は感じられる。
本来この森に魔物はいないはずだが、しかしゴブリンであれば気がついたらいつの間にか繁殖していたという事も多い。
尤もゴブリン程度であれば問題ないわけだが――
そしてリースは藪の中にまで脚を踏み入れるが――
「……え?」
事も終わり、アフェアはハラグライの腕を枕にすやすやと眠っていた。一応薄手のシーツは荷物の中に用意していたので、それを上から掛けている。
アレの時は肉食獣のように激しい彼女も、寝顔は可愛らしいところもあるな、などと考えるハラグライである。
とは言え、そろそろ起こした方がいいだろう。まだ戻ってくるには早いと思うが、着替えぐらいは済ましておかないと、何かあった時に言い訳のしようもない。
「アフェア、そろそろ起きて着替えておいた方がいい。見つかったら色々と事だしな」
「う~ん、折角余韻を楽しんでたのに――」
何の余韻だよ! と頬が赤くなるハラグライだ。こういう風にちょいちょい彼をからかってくるのが困りものだが、同時に可愛らしいとも感じる。
そんな事を考えつつ、微笑ましげにアフェアを見ていたハラグライだが、その時ガサゴソと音を鳴らして草木が揺れた。
それに、まずい! と身構えるハラグライである。少々迂闊だったか、と焦る気持ちもある。
まさかこんなに早く戻ってくるとは――アフェアもごくりと固唾を呑んでいる。
とりあえずハラグライはシーツを被せたまま彼女を隠そうとするが、正直悪あがきにしかなっていない。
だが――
「これは驚いた。まさかこんなところでお楽しみの最中だったとはな」
そこで姿を見せたのは、全く見たこともないような連中だった。
ただ、一つだけ言えたのは、彼らは決して好意的ではないという事。
なぜなら、集団の一人はアクドルクを捕らえ、身動きがとれない様に縄で縛り、その首元に曲刀の先を突きつけていたからだ。
つまり、アクドルクが完全に人質になってしまっている。
「お、お母様!」
「え? そ、そんなアクドルク! いや、どうして、どうして!」
「ちょ! アフェア落ち着くんだ!」
そしてその愛息子の姿を見た途端、アフェアは取り乱し、シーツで身体を隠すことも忘れて前に飛び出そうとした。
だが、それはハラグライが必死に止め、シーツを拾い直し肩に掛ける。
だが、その様子をいつの間にかふたりを取り囲むような格好になっていた男たちが下卑た笑みを浮かべ眺めていた。
「へへっ、これはまた中々いいものを見せてもらったぜ。全く、こんな真っ昼間から子供の見ている前でお盛んな事だね」
とんとんっと長く湾曲した剣で肩を叩き男が言う。集団の中で代表するように語っている辺りこの男がリーダーなのだろう。
手持ちの武器はファルカタと呼ばれる剣で、全長の三分の二程が刃といった中々鋭そうな代物だ。
持ち手の部分には何かしらの動物の形をしている事が多く、男の獲物は狼の形をしている。
何より特徴的なのは、この連中が全員獣人である事だろう。リーダー風の男は狼の耳と尻尾を有し獣人、他にも狐タイプや熊、猿などがいる。
ハラグライからみてもこの連中が盗賊であることに疑う余地はないが、それにしても全員が獣人というのは王国でも相当珍しい。
「き、貴様ら、一体何が目的だ? それに、その御方には護衛の騎士がついていたはずだ。それはどうした?」
「ああ、お仲間の騎士はとりあえず向こうでおねんね中だ。しかし騎士ってのも意外と単純なものだな。簡単なトラップにあっさりはまって、可愛らしい女騎士を人質にとったら後は簡単なものだったぜ?」
「……外道が」
吐き捨てるようにハラグライが言うと、ゲラゲラと盗賊たちが笑いだし。
「おいおい、俺達の事を言う前にお前らはどうなんだよ? どうみても健全な関係には見えないぜ?」
「そ、それは……」
思わず口ごもるハラグライ。だが、確かにそう言われてしまえば、健全な関係とはいい難いだろう。
「ふん、まあいい。俺達の目的といったな。そんなのは簡単さ。とりあえず、そっちの女も貰うぞ」
「ふ、ふざけるな!」
指を差し宣言するリーダー風の獣人に、思わずハラグライも憤慨するが。
「ははっ、そう言われてもな。お前、少し鈍感すぎだぞ?」
「何? ガハッ!?」
男の言っている意味が理解できない彼だが、しかし直後、頭に強い衝撃。
そして一瞬だけ視界が真っ白に染まり、かと思えば自分の意志とは関係なく地面が目の前に迫っていた。
「おいおい、この程度の奇襲にも気が付かないとか、こいつ見掛け倒しもいいところだぜ?」
そしてなんとか顔を横に向け、目線を上げたその先には、猿の獣人が小さな革袋を振り回し、馬鹿にするように覗き込む姿。
袋の形が凸凹である事から、中には石が詰まっているのだと予想がつく。
そして、それだけでも相手の不意をつければ十分な武器となりえる。
「いや! ハラグライ! ハラグライ! ちょっ、何するのよ! 放しなさい! 私を誰だと思っているの!」
「さぁ? 見たところただの淫売な女ってとこだけどな」
「へへっ、ちげぇねえ。なぁボス、この女の身体にもう辛抱たまんねぇよ、少しぐらいいいだろ?」
「何だお前ら、連れて帰るまで我慢できないのかよ。仕方ねぇな。でも、まあこれもありか。おい、そいつの顔を上げろ」
「へい、おらしっかりその眼に焼き付けろ!」
そして、ハラグライは猿獣人の男に髪を掴み上げられ無理やり顔を上げさせられた。
正面にはゲス共に囲まれているアフェア、そして母親の名前を必死に呼び続けるアクドルクの姿。
ハラグライも必死で叫ぶが、やかましいと口に詰め物をされ、そして自分が愛した女が連中の嬲りものにされる姿を――泣き叫びそれでも止まることのない屈辱の限りを受けるその光景を、まざまざと見せつけられ。
「よっし、こっちはもういいだろう。あまりこればかりに時間かけてられないしな」
「ボスこいつは殺っちゃうんですかい? なんかもう死んだような眼をしてますがね」
「おいおい馬鹿を言うな。そいつにはまだまだやってもらう事があるんだよ。だから――」
そして頭の男はハラグライの前に立ち、そして茫然自失といった様子のハラグライに向けて何かを振り下ろした。
「暫く寝てろ。そして起きたら、正面の木をよく見るんだな」
そしてその言葉を最後に、ハラグライは今度こそその意識を手放した――




