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第三五二話 ハラグライの過去~誘い~

「行く宛がないのなら、我が領地でその手腕を振るってはもらえないか?」

 

 片腕を負傷し、これまで愛用していた長槍もまともに扱えなくなったことで、軍を退役したハラグライにそう声を掛けてくれたのが、イストフェンス領の先代領主アクメツ・イストフェンス・ルプホール辺境伯であった。

 

 彼の治める辺境は帝国と国境を接しており、帝国からの進軍を防ぐために建設された、まさに要塞と言って差し支えのない代物だ。城と砦の連結した星型城郭は語り草になるほどに堅牢であり、かつての戦乱期においてもマーベル帝国軍と幾度も攻防を繰り返し、その都度敵の侵攻を阻止し食い止めてきた。


 特に有名なのは帝国の威光を収め、戦争を終結するきっかけとなった、【フェンス砦防衛戦七二時間の死闘】である。


 この時、バール王国とマーベル帝国との戦いはまさに佳境を迎えていた。

 帝国軍は投入できる最大戦力をこの時に全て放出し、その戦力も一〇万を軽く超えていた。

 

 一方で王国側もイストフェンスに出来るだけ多くの兵力を割きはしたが、王国軍とイストフェンス騎士団と合わせて四万ほど。


 数の上では圧倒的に不利な状況。しかし魔術士や魔導師の質に関しては、王国側の方が秀でているところがあり、特に防衛という観点だけでいえば、魔導門の地術式や錬金術式を得意としている者の多さが強みの一つでもあり――


 この時王国側はとにかく、砦を帝国にみすみす明け渡すような事がないように、それだけが最重要の責務であった。


 なぜならこの時、王国側は周辺諸国に働きかけ、なんとかマーベル帝国をここで食い止め、これ以上調子づかせのさばらせないよう封じ込める為、同盟のための協議に入っていたからだ。


 しかしこの時はまだ、各国一様に、王国の提案に対して懐疑心を抱いており、ただ漠然と協議を重ねるだけでは何の好転もみられず無駄に時だけが過ぎていくような状況であり――何か状況を打破するような決め手が必要であった。


 だからこそこの防衛戦においてどれだけの成果を上げられるかに掛かっていた。


 そして結果的に王国は――耐え抜いた。まさに三日目七二時間目となるその日、遂に王国側は防衛線を死守し、帝国軍を退ける事に成功したのである。


 そしてこの戦場においての功労者の一人が――元王国軍第七騎士団団長ハラグライであった。


 彼はとにかく柔軟な騎士であった。時には堅実に、しかし時に大胆に、必要とあれば自ら遊撃隊を組織し敵を撹乱した上で、相手の隙を作り出し、自身を先頭に敵本陣へ切り込んでいき大将の首を取るぐらいは平気でやってのけた程だ。


 だが、そんな彼も最後の最後、まさにここを守りきれば、帝国軍も敗走せざるを得ないだろうといったその時、一人の部下が危機に瀕し、それを助けるために庇った結果、腕に負傷を負い二度と長槍は握れない身体になってしまった。


 だが、それから間もなくして帝国軍は兵力も削がれ物資も底をつき敗走を開始した。

 結局この奮闘ぶりが称賛され、周辺諸国も遂に王国との同盟に応じる運びとなり、破竹の勢いであった帝国の快進撃もここで潰えることとなった。


 周辺諸国との連携も上手く進み、マーベル帝国の封じ込めも成功し、結果的に大きな戦争もそれ以降起きなくなった。バール王国は平和に貢献した国として、各国からも大きく評価される事となり――


 ハラグライは今後の身の振り方を考える必要が出てきた。何せ腕を負傷した以上、これまでのような騎士としての活躍は望めない。


 上からは後人を育てるため指導官の道に進んでみてはいかがか? とも提案されたが、槍が持てなくなった自分では何を教えて良いかも判らなかった。


 勿論騎士のあり方や、精神面での支えになるなど、やろうと思えば何かしらあるものだが――正直言えば潮時だと思ったのだろう。


 帝国の脅威も過ぎ去り、既に戦乱の時代も終わりが近づいてきている。これからは漠然とではあるが、なんとなく平和な時代が過ぎ去っていくのではないかと、そんな思いが去来していた。


 勿論戦争がなくなっても、人々に恐怖を与える魔物や魔獣の存在、戦争が一旦収束したことで、暫くは盗賊の類が増える可能性も懸念されている。


 騎士としての仕事も決して少なくないと思うわけだが――


「そうか、やはり辞めるか……なんとなくお前はそう言ってくるような気がしていたよ」


 結局ハラグライは退役の道を選んだ。退役届を提出する際に上役もそんなことを言っていた辺り、恐らく表情に出ていたのだろうと彼は思い少し申し訳なくもあった。


 マーベル帝国との防衛戦においての功績もあり、退役慰労金は十二分過ぎるほどの金額が支払われた。


 これだけあれば、残りの人生は田舎で過ごすのも悪くないかもしれないと考え、適当な田舎町に居を構え、数年ほどのんびり暮らしてみたりもした。


 だが、それも次第に手持ち無沙汰となった。戦争が終わり、再び活躍を耳にする様になった冒険者にも興味を持った時期はあったが、何度試してみてもやはり長槍を以前のように扱うのは厳しく、数年間田舎に引っ込んでいたおかげか大分ブランクが著しくなってしまっていた。


 戦いではもう、下手なCランク冒険者より役立たずかもしれないと考え、もうこの世界に自分を必要としている場所などないのではないかと、妙にネガティブな事を考えたりもするようになっていた。


 そんな彼の下に、ある日突然、件の辺境地から領主がやってきて、ハラグライを誘ってみせたのである。


 アクメツは覚えているという、フェンス砦での激しい攻防線の際、目覚ましい活躍を見せたハラグライの事を。


「君はこんなところで燻っていていい男ではない。どうか私の為に、今度は騎士としてではなく、まずは執事としてその腕を奮ってみる気はないかな?」


 ハラグライは一瞬は迷いはしたものの、今の時代腕っ節の強さだけで人を選んだりはしないというその言葉、何より一人の男として彼を買ってくれているというその気持ちが、ハラグライには嬉しかった。


 自分はまだ誰かに必要とされているのか、と心が震える思いであった。


「もう以前のように槍を奮う事も叶いませんが、こんな私でよろしければ、どうぞよろしくお願い致します」


 そしてハラグライは騎士から、ルプホール家の執事に職を変え仕える事となった。


 執事としての職務は、いざやってみると覚える事も多く、中々大変ではあったが、だからこそ新鮮な気持ちで取り組むことが出来たと言えるだろう。


 ルプホール家は城がそのまま居城ともなっていたので、メイドや使用人だけではなく、イストフェンス騎士団の騎士や兵士も出入りしている。


 当然それらの顔や名前もしっかり把握しなければいかず、どの部屋が何のために使用されているのか、立ち入るのはどの程度可能か、調度品の配置や、食器の管理、ワイン蔵にての各種ワインの保存状況や、湿度の管理などとにかくやることは多い。

 

 この年になってもまだまだ知らないことが多く、これほどまでに覚える事があるものかと驚きもしたが、同時に楽しくもあった。


 こういった仕事の中で見識を広げていくのは自分のためにもよく、また誰かに必要とされるているということが何より嬉しかった。


 ハラグライは器用な男であった。それも器用貧乏と言った類ではなく、与えられた仕事を完ぺきにこなすのは勿論、気がついたことはすぐに報告し、改善が必要な事があれば忌憚なく述べてみせる。


 その姿勢が領主であるアクメツにも高く評価される事となり、周囲からの信頼も得られるようになっていった。


 気がついてみれば半年も経つ頃には城内の家政の多くを取り仕切り、執務もそつなくこなせるまでに成長していた。

 

 そして、この頃からハラグライはアクメツに留守の間のことを任される事が多くなっていた。

 

 マーベル帝国との戦争も終わり、王国が中心となって大陸連盟が結成され、多くの国が加盟し条約も滞りなく締結されていった。


 最後の最後まで難色を示していたマーベル帝国も、これ以上の周辺諸国との関係悪化は避けたいという思いがあったのか、渋々ながら連盟に加盟する旨を表明。


 二度と侵略戦争に手を染めない事項を含めた大陸連盟の平和条約にも調印し、ようやく本当の意味での平和が訪れたとも言える。


 だが、戦後処理にはまだまだ課題も多く、また王国内でも奴隷制度そのものを他国と全く別の形に変えることを王自らが提言し、物議をかもしてもいた。


 何せ奴隷制度そのものを変えれば、既存の奴隷を扱う商会などが黙っていないだろう。そういった事も踏まえてどう折り合いをつけていくかも課題であり、だが流れとしては制度を変えることには賛成者が多く、後は各地の領主の意見も取り入れながら、話を進めていこうという段階に入っている。


 そういった事も勿論だが、更に言えばここイストフェンスがマーベル帝国と国境を接しているという点もアクメツにとっては頭の痛い問題ではあっただろう。

 

 何せ、帝国は表立った行動は控えたものの、帝国内部の現状は全く変わりがない。特に帝国が亜人と蔑視する獣人やエルフ、ドワーフに対する非人道的な扱いは目に余る程であった。


 そしてだからこそ、帝国から亡命してくる者は後を絶たず、その最初の受け皿となるのはどうしても辺境地であるここイストフェンスしかない。


 そういった亡命者への対応なども、王国が考えるべき問題であり、結果的にこの議題の矢面に立つ形になるのが、ルプホール辺境伯なのである。


 そういった事もあり、ルプホール辺境伯は多忙を極めていた。元々ハラグライが執事として従事することになった当初から忙しい方ではあったが、更に輪をかけて城を空ける事が多くなった。


「私も暫くは領地にいられない事も多くなる。アクドルクもまだ小さく、今となっては一番頼れるのはお前だハラグライ。そう考えると、やはり私の見立ては正しかったと言うべきであろうな」


 アクメツは更に、今は忙しくて中々それどころではないが、今後の働き次第では側近として仕えて貰うことも考えている、と言ってくれた。


 それだけハラグライの働きが評価されたということだ。騎士の道から考えれば随分と畑違いの役割を任されるようになったが、人に頼られ評価されるのはいいものだな、とハラグライは改めて思ったものだ。

 

 そして、アクメツが出張し、城を空けた翌日、いつも通り執務の仕事をこなし、使用人やメイド長に指示を与え、調度品やワインの管理を余念なくこなしていた時である。


「ハラグライ、また私に弓の扱いを教えてくれ」


 アクメツのご子息であり、次期当主として期待されているアクドルクが声を掛けてきた。金髪で碧眼の目鼻立ちの整った男児だ。


 口調は貴族らしさが出ているが、話してみると非常に素直で聡明な少年である。髪の色や瞳の色は確実に父親譲りであるが、人好きのしそうな面立ちはどちらかといえば母親よりかも知れない。


 そんな事を思いつつも、ハラグライは首肯し、城に設置された射的場に向かい指導する。


 騎士を辞めた身ではあるが、弓の基本を教えるぐらいであればハラグライにも出来る。


「精が出るわねアクドルク」

「お母様」


 すると射的場に一人の女性の姿。ブラウンの髪を丸めるように纏め、その灰色の瞳にはどこか男心をくすぐるものを感じる。


 城内でも大体胸の開いたドレスを着用しており、それが殊更そう感じられる要因かもしれない。


「ハラグライ様も、いつもありがとうございます。夫は最近は留守がちで、貴方のような御方が側にいてくれると、色々と助かりますわ」

「いえいえそんな。それに私は旦那様に仕えし身、様付けなど勿体のない話です、呼び捨てて頂いても、勿論、お前などでも十分過ぎるほどですので」

「ふふっ、それではあまりに失礼が過ぎますわ。ですが冗談だとしたら笑うべきでしたかしら?」

「いや、そんな。中々気の利いた事も言えず」


 照れくさそうに頬を掻くハラグライ。その姿に、ふふっ、と笑顔を覗かせる。


 アフェア・イストフェンス・ルプホール――それが彼女の名前であり、言うまでもなくアクメツの妻でありアクドルクの母の辺境伯夫人である。


 そしてそんな彼女は、とても美しかった。子供を一人産んでるとは思えないほどスタイルもよく、身体の線も全く崩れていない。


 一〇人が見れば一〇人が美しいと評するであろうその容姿は、城内でも評判であり、常に尊敬と羨望の眼差しを受け敬われている程だ。


「ですが、こうやって普通に貴方と話すのは初めてかもしれませんね。ふふっ、宜しければ今後はもっと気軽に話しかけて頂けると嬉しく思うわ」

「ぜ、善処いたします」

「う~ん、まだ少し固いかしらね。でも、期待しているわ。それでは、アクドルクもしっかりと教わるのよ」

「はい、判りました。しっかりと覚え、少しでも早く狩りに出向けるよう頑張ります」


 息子であるアクドルクと言葉をかわし、そしてアフェアは射的場を去っていく。だが、ふと彼女が振り返り、ハラグライに熱い視線が向けられたような、一瞬そんな感覚を持ってしまう。


 だが、すぐに気の迷いだとそんな筈はないと、軽く頭を振り、引き続きアクドルクを指導した。





 その日の業務も滞りなく終わり、最終チェックの為、城の廊下を歩いていた時であった。


「ハラグライ、ちょっといいかしら?」


 ふと背後から呼び止められ、振り返るとそこには辺境伯夫人たるアフェアの姿。彼女の方が背が低いというのも理由にあるのかもしれないが、上目遣いでどこか媚びるように、ハラグライに近づき、思わず後ずさりしてしまう彼だが。


「ちょっと、ドレスの胸元がキツくて、少し紐を緩めて貰ってもいいかしら?」

「え? わ、私がですか?」

「貴方以外で、今ここに誰かいるかしら?」

 

 きょろきょろと周囲を確認した後、アフェアが目を細め返した。


「え~と、でしたら、誰か女性の手を借りた方が――」

「私は今胸が苦しいの。それとも何? 貴方私に触れるのが嫌? 私そんなに嫌われているのかしら?」


 と、とんでもない! と両手を振り慌てるハラグライであり。


「む、むしろ恐れ多いというか、私如きが旦那様の大切にされておりますお美しい奥様に少しでも触れるなど――」

「ふふっ、嬉しい事を言ってくれるわね。でも、私が構わないと言っているのよ。だからお願い、さ、早く」


 すると、アフェアは背中を見せ、最早有無を言わさずといった様子でハラグライに命じる。


「……わ、判りました。では失礼して――」


 そしてここまで言われてはハラグライも腹をくくるしかない。アクメツもいない今、直接奥方にこう言われては従うほかないのである。


 だが、ハラグライはこれまでにないぐらいに緊張した。帝国との戦時とて、ここまで緊張した事はないだろう。


 長槍を持っても決して震えなかったハラグライの指が、まるで氷の大地に裸で放り出されたようにブルブルと震えていた。


 だが、それでもなんとか平常心を絞り出し、とにかくひたすら数字を頭に浮かべつつ、その紐を緩めた。


「あ、あの、これで、如何でしょうか?」

「ええ、ありがとう。おかげで楽になったわ」

「い、いや、奥様近い、いえ! そ、それは良かったです!」


 視線の先に深い谷間があり、少し目線を上げると今度は絡みつくような瞳がハラグライに向けられている。


 それに耐えきれず、思わず自分から後ずさった。すると、アフェアはいかにも不機嫌そうに形の整った細い眉を顰める。


「どうして貴方は、私と距離を取ろうとするのかしら?」

「そ、それは、その、自惚れが強すぎると思われるかもしれませんが、もし誰かに見られでもしたら誤解を抱かせる事になるかもしれません」

「……誤解?」

「はい、そのとおりです。私は旦那様、ルプホール卿に大変恩義を感じております。目的を見失い、ただ漫然とした日を無駄に過ごすことしか出来なかった私に新たな道を示して頂きました。ですから、例え誤解であっても、おふたりの不仲に繋がるような真似はしたくはないのです」


 息を整え、しっかりと説明する。たかがドレスの紐を緩めただけで大げさに思えるかもしれないが、噂というのはどこから火がつき燃え広がるか判らないものだ。


「……確かに、あの人は貴方に随分と期待しているようだわ。貴方がくるまでは中々いい人材が現れてくれないとよく愚痴を零していたけど、貴方に関してはやはり思った通りの男だったと随分と買っているようだったもの」

「そうでしたか。それは、光栄至極なことでございます」

「……そしてだからこそ私も興味を持ったといえるわ。貴方の噂は前から耳にしていたもの。だって、あの戦はまさにこのイストフェンスの砦で行われたのだから、嫌でも耳に入ってくるわ。元王国軍第七騎士団団長で、数多くの功績を上げた英傑。結局あの戦争の後、惜しまれつつも退役し、そして――今はこの城で執事をしている」

「……過去の事に関しては、少々大仰に過ぎるというか、それが気恥ずかしくもありますが」

「ふふっ、謙虚なのね。そこがまた貴方の魅力だと思うわ」

「か、からかわないでください」


 顔を赤く染め、ハラグライが述べる。そんな彼を斜め下から見上げるようにして、彼女は続けた。


「でも、貴方はさっき、噂が広まっては不仲に繋がると言ったけど、正直、今の私達はそこまで仲がいいとは、とても思えないわね」


 え? とハラグライが目を丸くさせる。これほどの美しい女性だ、いくらなんでもそんな事はないのではないか? と怪訝に思う。


「……私はあの人と一六歳の時に結婚したわ。でもあの子、アクドルクが産まれたのは私が二三歳の時。正直言うと遅いぐらいね。あの人は後継者を望んでいたし、側室も取らなかったから、結構私も頑張ったのだけど、最初は中々ね――」

「……そうだったのですか」


 神妙な顔で答えるハラグライだが、こんな時に気の利いた台詞の一つも出てこないのが情けなくも思う。


「だからかしらね――あの子が産まれて勿論あの人は喜んだけど、その反動からなのか、それともそれですっかり満足してしまったのか――それ以来彼とは一度もないの。勿論、今は戦後処理なんかも重なって忙しくなったというのもあるかもだけどね」


 その話に妙に頬が熱くなるハラグライである。このようなことを私如きに赤裸蟹と告白していいものだろうか? と心配になってしまった程だ。


「今は、夫も城を空ける事も多くなった。それは貴方だって判るでしょ? だから、私もすっかり愛は冷めてしまったわ」

「……ですが、きっと旦那様は今でも奥様の事を愛されてると思いますよ。今は本当に忙しいだけで――」

「思っていれば愛が続くなんて考えているのは男だけよ。女はそれだけじゃ満足できないわ。形のない思いを汲み取れなんて無理な話。言葉にして欲しいし態度で示して欲しい」


 アフェアがはっきりと言い放つ。だが、それに対しどう答えていいか、と言った様子のハラグライであったが。


「……わかりました。それでは今度旦那様が戻られたときにでも、私からそれとなく――」

「何を言っているの? そんな必要ないわよ。別に私はそんな事をしてもらいたくて貴方に話したわけじゃないのよ」

「は、はぁ、では一体私に何を?」

「鈍感もあまり酷いと罪よ。私はただ、もうあの人との間に愛はないと貴方に知ってほしかったの。そして、だからこそ今私は新しい愛で燃え上がらせて欲しい。この意味、流石の貴方でも判るわよね?」


 そう言いながら空けた距離を詰め直し、ハラグライの背中に両腕を回した。


「奥様、そ、それは、それはいけません!」


 だがハラグライは彼女の肩を掴み、ぐいっと引き剥がしながら声を張り上げ。


「と、とにかくこれで、し、失礼致します!」


 そう言い残し背中を見せ去っていった。


 背中にアフェアの冷たい視線が突き刺さっている気がしてならなかったが、それでもこれ以上、そう敗走する以外の道はハラグライにはなかったのである――



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