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第三五一話 セワスールとハラグライ

 遂にイストフェンスの古代迷宮ににてハラグライを追い詰めた、セワスール、ナリヤ、ロウの三人。


 アクドルクが闇取引を行っていた証拠が記された黒革の手帳をハラグライよりひと足早く手に入れ、更にその変装さえも見破った。


 だが、ハラグライはまだ手帳を諦めておらず、それならば殺してでも奪うと宣言し、取り出した短槍を構え、そして服の下に隠し持っていた鞭で地面をひと叩きした。


 すると――ハラグライの影から六体の魔獣。それは黒い肌を有した鹿といった様相。背中から生える翼もまた黒であり、獲物を狙う瞳もまた黒一色である。


 そして、今度は壁から這い出てくる四体の奇妙な生物。それもどうやら魔獣のようであり、巨大なカメレオンといった姿。どうやら上手く壁に溶け込むように擬態し、ハラグライの後をついてきていたようだ。


 そんなカメレオンのような見た目の魔獣は、肌の色は朱色、目はやたらとぎょろぎょろしており、ぐるぐると回転を繰り返していた。


「私の影の中に身を潜めていたのが魔獣べリュトン、そして磐の中に溶け込んでいたのが魔獣ヴァミリオンでございます。どちらも私に従順な下僕であり、特に姿を隠しながらついてこさせるにはぴったりな魔獣でございます」


 ハラグライが皆に向けて現れた魔獣を紹介した。鞭を持っているその姿といい、まるでサーカスの猛獣使いのようですらある。


「……ナガレ殿の察したとおり、その鞭がオーパーツのようですな。そうなるとやはり、以前この迷宮を攻略した人物というのは、貴方でしたかハラグライ殿」

「……さて、どうでしょうか? もう随分と昔の事故、覚えておりませんな」


 ハラグライが事も無げに返す。とぼけているというわけでもなく、ただ余計な事を語るつもりはないといったところか。


 実際、魔獣にしても名前以外は、見て明らかな事以外は何も口にしなかった。


「ここで余計な話をしていても仕方ありません。私の目的はその手帳。そして、それの中身を知られた以上、どちらにしても全員生きて返すわけにはいかないのです」


 その声に決意がのる。それは宣戦布告であることは間違いがない。


「どうやら、話してどうにかなる相手でもなさそうですぞ。ふたりとも気をつけて下されよ」

「……言われるまでもない。だが、あんたは他の魔獣に構わず、あのハラグライってのに集中するんだな」

「なんですと?」

「……俺の嗅覚は特別だと散々言っただろ? 判るんだよ。あんたはあのハラグライとの決着を自分の手でつけたがってるってな。だから、そこのナリヤってのと一緒に他の障害は引き受ける」

「――どうにも貴方に言われるのは釈然としないが、そういうことなら話は判りました。セワスール様、魔獣に関しては私たちにお任せを」

「お前たち――」


 三人がそんなやり取りをしていると、再び鳴り響く鞭の音。

 それと同時に、魔獣べリュトンとヴァミリオンが動きを見せる。

 

 それに合わせるように、ナリヤとロウも飛び出し迎え撃つ姿勢を見せた。


 ロウとナリヤは上手く魔獣を引き寄せ、べリュトンが三体、ヴァミリオンが二体と半々に分かれる形で左右に散り、魔獣を相手しながらセワスールとハラグライが相対するまでの道を空けてみせる。


「ふたりとも、本当に感謝するぞ――さあ、あの時には届かなかった試合の続き、ここで決着をつけさせて貰いますぞ!」

 

 様々な感情をその顔に滲ませ、セワスールがハラグライへと突撃する。

 背中から大剣を抜き、気合の篭った一刀両断を御見舞する。


 地面が爆散し、大量の土塊が舞い上がった。


「大した威力ですな。よく練られた【一刀両断】です。貴方がいてくれれば、わざわざ苦労して穴など掘らなくても良かったかもしれませんな」


 しかし、既にセワスールの剣戟から、ハラグライは逃れていた。


 宙を蹴るようにして回転し、ふわりと地面に降り立つ。その身のこなしは、一朝一夕で出来るものではないだろう。


「――随分と弁が立つ様になりましたな。以前はもっと厳格な雰囲気を纏っておりましたが、変われば変わるものです」

「さて、正直私には貴方の記憶がそれほど残っておりません。騎士をやめて久しいですからな。ですが時は人を変えるものです。私も既に以前の騎士としての戦闘スタイルは棄て、新しい技で勝負させて頂いております故」

「確かに、以前は長槍を武器とした勇ましい戦い方が主でしたな。当時突きしか出来ないとされていた槍は、上に行けば行くほど敬遠されがちな武器でしたが、貴方はそれでも槍を手放すことはせず、突きの技術に磨きをかけた。まさに信念を貫き通すその姿勢に、私は憧れたものです」

「――古い話を持ち出すものですな。しかし何度もいいますが、人は変わるものです」


 軽く地面を蹴り、瞬時にセワスールへと接近、掌でくるくると弄んでいた短槍を握り直し、セワスールの胴体に叩き込んだ。


「むぅ……」

「ほう、鎧は中々頑丈なようですな。これは鎧強化のアビリティも関係しておりますかな」

「中々敏いですな!」


 セワスールが全身で大きく回転しながら大剣を振り回す。彼の戦闘スキルの一つ、ダイタンブレイクだ。


 攻撃を認め、ハラグライは後方に大きく飛び退く。

 大剣の軌道に合わせて、衝撃があたりにばら撒かれた。それはハラグライにも降り掛かるが、瞬時に左手に握りしめた鞭を渦を巻くように回転させ衝撃から身を守る。


 着地と同時に逆方向に、つまりセワスールに向けて再びハラグライが前進した。弾かれたように瞬発力の感じられる行為。


 しかもただ直進に進むのではなく、角度を付けてジグザグに移動しその距離を詰めていく。

 

 その動き素早く、セワスールからすれば一陣の風が吹き抜けてくるような感覚であろう。

 

 瞬きしてる間にセワスールへと接近したハラグライが、左手の鞭と、右手の短槍で数多の攻撃を仕掛ける。


 だが、その多くがフェイントだ。しかも、フェイントと真の攻撃との差は無いに等しく見極めるのは至難の技だ。


 一〇の攻撃があれば八が偽物、本物は二つのみ、だが、巧妙に隠された一矢は、受けたなら只ではすまない破壊力を秘めているのは間違いがない。


 セワスールはここで選択を間違うわけにはいかない。目だけではなく、耳から、肌に伝わる触覚まで、しかも目には見えない空気も感じ取り、見極めなければいけない。


 相手に気取られない程度に、唾を飲み、細かく小さな動きで黒目を揺らし、音を感じ、肌に伝わる全ての気配に対し鋭敏化させる。


 そんな中、ふと感じ取ったのは、攻撃に転じるであろう攻めの気迫。大量の偽物で覆い隠した中、唯一感じ取れた本気。


 上から、短槍が振り下ろされる。そう判断した。突くことに特化したそれだが、逆手に持つことでそれも可能だろう。


 セワスールは脇を締めるようにし、相手の速度に対応できるよう、出来るだけコンパクトな動きでその刃を振り上げた。


 タイミングはあっている、相手の短槍が届くより先に、カウンターがヒットする、そう彼は考えたはずだが。


「甘かったですね」

「――ッ!?」


 目を見広げ、短い驚愕。確かにそれはハラグライの攻撃であった。だが、違ったのは右の短槍ではなく、左の鞭であったこと。


 そして鞭は大剣に巻き付き、ハラグライはそれを支点にして彼の背中側に回るように回転、着地と同時に、短槍を――突き出す。


「ぐぅうぅううぅうう!」


 思わず見せる苦悶の表情。重厚な全身鎧に伝わる衝撃は、一発放っただけの突きにしては多すぎた。


「【穿孔連突(せんこうれんとつ)】――そして、【噴血突(ふんけつとつ)】です」


 ゆっくりと言葉が紡がれ、そして抜いた短槍の先には見事に穿たれた鎧と、吹き出す鮮血。


「むんっ!」


 しかし、一瞬は苦しげな表情を見せたセワスールだが、すぐに立ち直り、出血にも構うことなく背後のハラグライに向けて振り向きざまに重い一撃を叩き込もうとする。


 横薙ぎの一閃であったが、既にハラグライは鮮やかなステップでセワスールの間合いから離れていた。


「結構な出血ですが、やはり一突きでは倒れませんか。昔とは違いますね」


 顎を擦りながらハラグライが述べる。その口調からはどこか感心したようなそんな思いも感じられた。


「……驚きましたな。長槍が使えなくなったとは言え、こうやって戦ってみればよく分かる。貴方の武術とて、決して衰えていない。いや、むしろ以前より冴え渡っている程だ。突きにしても、これだけの大技を涼しい顔でこなすとは」


 そして、セワスールもまた、ハラグライを見直したような顔で感想を述べる。


 ハラグライが見せた動きにしろ、技にしろ、どれも見事なのは受けたセワスールが一番良くわかっている。


 本来攻撃力に期待できない短槍の一撃にしろ、一発しか当ててないように見えて目にも留まらぬ速さで同じ箇所を寸分狂わぬ正確さで何度も貫いたのだ。


 そしてだからこそ、セワスールの鎧が貫かれ、そこから大量の出血を伴う一撃を織り込んできた。


 更にアビリティにも、火力不足を補うための能力が揃っているだろう。最初の一撃は鎧を貫かないまでも、鎧の内側まで衝撃が伝わってきた。


 恐らく胴貫あたりを取得しているに違いない。こういったものを利点とし、一切の無駄を排除し攻めてくる姿勢には感動すら覚える。


「敵にそのような言葉を送ってくるとは余裕ですな」

「私はどうにも嘘が苦手で、ですが、貴方と相対して実際に戦いを演じ、わかりました。確かに武器も違う、戦い方も、そのスタイルも昔とは大きく異る。ですが、その根幹は恐らく変わっていないと」

「……言っている意味がわかりませんな」

「貴方の今の技術が一朝一夕で身につくものでない事ぐらい私にも判ります。ましてや一度は片腕を負傷し、騎士としても退役なされている。にも関わらず、この技の切れ、練度の高さ。それこそ血の滲むような鍛錬を繰り返さなければ、そして辞めたとはいえ、騎士としての矜持と己を奮い起こさせる信念でもなければ、ここまでは出来ないはずです」


 それほどまでにハラグライの技術は卓逸したものであった。左手に持たれた鞭にしろ、右手に持たれた短槍にしろ、その扱いに淀みは一切感じられない。


 しかもハラグライはかつては左利きだった。それを右手で短槍を扱うために右利きに修正したのだろう。


 それはハラグライの立ち振舞からなんとなくセワスールが感じ取っていたものだ。


 そして鞭に関しては、力が入らなくても訓練次第で扱えるようになる左での使用を選んだのだろう。


 最もそれとて簡単な話ではない。どちらの選択肢も普通に鍛錬するより遥かに大変な道だ。


 だが――


「しかし、だからこそ解せない。何故貴方は、決して変わっていない筈なのにどうして――アクドルクに仕え続けているのか。あの男のやっていることが決して許されざる事であるのは、賢明な貴方であれば理解できるはずだ」


 ハラグライに向けて、説き伏せるようにセワスールが述べる。出来れば彼にはこれ以上罪を重ねて欲しくない、そんな思いの篭った言葉だったが。


「……私は言ったはずだ。人は変わるのだと、それに、信念と言っていたが、これは、決してそんな上等なものではないのだよ……」

 

 そう言葉を返したハラグライの表情は、どこか物憂げであり――

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