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第三五〇話 罠

「……まさかあの男がそんな手帳を残していたとはな。全く、どれだけの不始末をおかせば気が済むのだ、お前は!」


 鞭で頬を殴られるハラグライ。それは、彼が変装によって手に入れた情報をアクドルクに知らせた直後の事だった。


 言うまでもなく、普段皆の前では中々見せない怒りに満ちた表情で、彼はハラグライを睨み、そして手に持った棒状の鞭で何度も殴り続ける。


 それは、特に今に始まったことではないが、しかしハラグライは、その一挙手一投足から不安や焦りというものを感じ取っていた。


「……あの時、ギネンの身辺をしっかりと精査すべきでした。言うまでもなく、これは私の責任です」

「当然だ! そんなものが見つかっては、折角の計画も全て水の泡ではないか! ハラグライ、どうする、どうするつもりだ! 何か手はあるのか!」

「主よ、どうかご安心を。あの古代迷宮には私しか知らない抜け道がございます。そこを利用し、奴らより早く私がその手帳を見つければ良いだけの事。それに、これは僥倖かもしれません」

「僥倖、だと? どういう事だ?」

「はい、つまり、逆にギネンの手帳を利用するのです。手帳さえ手に入れればそれとそっくり同じものを拵えることなど造作もないこと。そして手帳の筆記体を私が真似し、ルプホール様ではなく、その全てがオパールやエルガに対する物として書き直せば、逆に決定的な証拠品となります」


 ハラグライの説明を聞き、アクドルクがその顔を歪める。普段他の者には見せない、醜悪な表情だ。


「なるほどな。ははっ、さすがだな。お前のそういうところだけは、私は嫌いじゃないぞ。そうだ、お前はもう二度と私達を裏切れない(・・・・・)。そう、約束したのだからな。父の前でも、私にも、その約束はしっかり果たせよ、必ずその手帳を先に見つけてここに持ってくるのだ。いずれ、私がこの国の王となる為にもな」

「……重々承知しております。必ずや、この任務、遂行してみせましょうぞ」


 決意をその目に宿し、誓いを自らの主に立て、その研ぎ澄まされた瞳は次の目的地に向けられていた。


 そう、彼が以前攻略した、あの、古代迷宮へ――






◇◆◇


 一人の男が一心不乱にスコップを用いて地面を掘り起こしていた。既に穴は一メートル以上は掘られただろうか。


 円状の穴は、男の肩幅より一回り以上も大きい。


「……ここでもないか」


 すると、そこまで掘り進めたところで男が一人呟き穴から這い上がった。体格のいい男だ。このような場所にも拘らずTシャツとズボンといったラフな出で立ちで、目は線のように細い。


 男が諦めたのは、これ以上掘っても無意味だと察したからだろう。何せこれ以上深くとなると、通常であれば地術式の使い手を頼るかそれに近い魔導具、または土留用の板などが必要となる。


 そうでなければ掘っている内にどんどん土砂が崩れていくからだ。

 しかし一個人がわざわざそこまでして、こんなとこに埋めるような真似はしないだろう。そもそも時間のない中での作業だったのは間違いがないはずだ。その上、掘っている間に魔物や魔獣に襲われる可能性も十分ありえる。


 彼にはその心配は無用だが、普通はそんな危険をおかしてまで、掘るのに時間は掛けないだろ。


 しかし、と男は腕を組み何かを考え込む素振りを見せた。


 どうやら、腑に落ちないことがある様子ではあるが。


「随分と、精が出ますな」


 すると誰かの声に男の動きが一瞬止まり、そして僅かな間をおいてその巨体が振り向いた。


「……おや? こんなところにまだ他に誰か来ることがあるとは思いませんでしたね」


 人の良さそうな笑みを浮かべ男が言った。声を掛けてきた側へは、特にこれといった反応は見せない。


「それにしても、これは随分と変わった組み合わせですね。いかにも騎士様といった貴方に、もうふたりは、同業者かな? 美しくも凛々しい女剣士様に、中々勇ましそうな青年だ」


 そういいつつ、三者三様の姿をするりと流し見る。確かに男の言うように、一人は重厚な鎧に身を包まれた騎士、もう一人は銀髪をボブカットにし、軽鎧と腰には細剣を携えし女剣士、そして最後の一人は逆だった銀髪が特徴的な、狼のように目つきの鋭い青年。


 かなり特徴的な三人とも言えるが、男は後頭部をさすり、やれやれ、とぼやき。


「この古代迷宮の最奥部に到達出来たのは私だけだと思ったのですが、少々残念ですよ。久しぶりの攻略者になることで有名になれると思ったんですけどね」


 そんなことを軽く笑いながら話してきた。一見すると冗談交じりのセリフといったところで気の良さそうな一面がよく出ている。


 本当に彼が攻略目的の冒険者であったなら、もしかしたら協力関係を結ぶことも可能だったかもしれない。


 だが、それが本当に攻略目的の冒険者だったならだが。


「それはそれは、貴方にとっては残念な結果をもたらしてしまったようですな。ところで、私はセワスールと申しますが、この顔に覚えはありませんかな?」

「さあ? どうでしょう? そこまで記憶力がいいわけでもないのでね。それにしても随分と勇ましい格好ですね。勿論重装備の冒険者も少なくありませんが、貴方はどことなく騎士のような品格を感じられる。どちらにしても、ギルドですれ違ったなどであれば、もうしわけありません、覚えはありませんね」


 とことん低姿勢で彼は答えた。なんとなくだが、話をうまく纏めて三人から離れたいようなそんな雰囲気も感じられる。


「左様ですか。ところで、そんなところで一心不乱に穴を掘っていたようですが、それは一体何を?」

「ああ、これですか? いや実は、このあたりの敵は中々に手強く。どうにもまともにやりあっていてはとても身体が持たない。ですから、こうやって罠を張ろうと思いましてね」


 頭をさすりながらどこか照れくさそうに彼は言った。なんとも表情豊かなことだ。だが、逆にそれが不自然にも感じられる。


「なるほど、そうでしたか。いやてっきり、そこで私が前もって刻んでおいた目印をたよりに穴を掘っているかとそう思いました。尤も、目印は他の場所にも何箇所か付けてありましたので、貴方も大変だったと思いますが」

「……ほう」


 男の表情に若干の変化が見られた。人当たりの良さそうな笑みが、僅かではあるが凍りついたからだ。


 そんな彼をみやりながら、セワスールは更に話を続けていく。


「ついでに言えば、このあたりをいくら掘ったところで無駄なことです、と、そのことも教えて差し上げたかったのですよ。ナリヤ」

「はい、貴方がお探しのものは、これではありませんか?」


 そしてセワスールに促され、女剣士の、ナリヤが、鎧の隙間から一冊の手帳を取り出した。土汚れが目立ってはいるが、黒革で装丁された、なかなか見事な作りの手帳である。


「さて、ナリヤの持っているこの手帳ですが、実は私達も先程この迷宮で見つけたものでしてな。ただし、ここのような最奥部などではなくもっと手前、そうですねこの迷宮の中間あたりでしょうか、そこに埋められていたのですよ。ただ、実際は目印など何もありませんでしたがな。どうやらギネンという御方は、記憶力にかなり自信があったようで、それゆえに出来るだけ目立たない場所を掘り、何の目印も残さずこれを隠したのです」


 セワスールが彼にしっかり伝わるよう、はっきりと言葉にして彼に届ける。

 すると、抑揚のない響きで、ほう、と男は答え。


「正直、手帳の件は私には関わりのない事ですが、何の目印もなく隠されたような代物を、どうやって探し当てたかは聞いてみたいですね。今後何かの役に立つかもしれない」

「残念ですが、これは誰でも可能なやり方ではありませんので、参考になるかは判りませんが、彼、、名前をロウと申しますが、その協力があったからこそ可能だった事です」


 そういってセワスールは斜め後ろに立っている銀髪の青年を紹介し、話を続けた。


「彼はとても嗅覚が優れておりましてな。その感覚は獣人でも嗅ぎ分けられなかった僅かな違いさえも気がつくほどです。そして私は方々で情報を集め、ようやくギネンについてたどり着きましてな。彼が色々と手帳に綴っていたということも掴みまして、その上で、彼のかつての友人から今となっては形見となってしまった品を見せていただき、その匂いを彼に記憶して頂きました」

「……匂い――」


 男はその言葉を繰り返す。その表情には、間違いなく何かに気がついている色が滲んでいた。


「もう、お判りだと思いますが、その匂いを頼りに、この手帳は存外あっさりみつかりました。彼の嗅覚はそれほどまでに優れているということです。そしてもう一つ、実は貴方はとっくに彼に会っているのですよ。貴方の前では常に目庇を下ろしておりましたがね。だから、とっくに貴方の、ハラグライ殿、貴方の匂いには気がついておりました。ローズに変装したときから、そして私に化けてナリヤから話を聞いていた時もです」


 そこまでセワスールが告げると、男は一旦顔を伏せ、その顔を手で覆った。


「……なるほど、どうやら私はまんまと嵌められたというわけですか。ふふっ、まいりましたね、こんな手に引っかかるとは、私も耄碌したものです」

「つまり、貴方は自分がハラグライであることを認めるのですね?」


 ナリヤが一歩前に出て彼に問う。するとその顔を上げ――


「一つ聞くが、もし私がここでしらを切りとおしたらどうするつもりだったのかな? 迷宮に潜る冒険者など珍しくもない。ただ鼻が利くというだけでは、確実性にかけるぞ?」

「貴方がそこまで往生際が悪いとは思っておりませんが、だとしても無駄なことですな。なぜならこの迷宮は既に数日前からギルド長に協力して頂き、攻略の許可は下りないようにしてもらっております。名目は危険な魔獣が出たためとしておりますが、そのおかげで今日とて、誰ひとりとして迷宮には入ってきてないのですよ。尤も、抜け道を利用していた貴方は気づきもしなかったでしょうが」


 ハラグライが押し黙る。だが、暫しの沈黙の後、ははははっ! と笑い声を上げ、そして捲った、男の顔を全身を、その筋肉を。


 その全てが剥がれ、つまり変装が解けた時、そこにいたのは紛れもないハラグライの姿であった。


「まさか抜け道にまで気づいているとは思いませんでしたよ。なるほど、それを利用して前もって印を刻んでいたというわけですか」

「ええ、尤も最初にそれに気がついていたのはあのナガレ殿ですが。何せ、貴方が魔獣を操っている以上、それを用意できるのはこの迷宮でしかなく、そして誰にも気づかれずに魔獣を森に放つには、抜け道をどこかに用意するしか手はありませんからな」


 あのナガレか、とハラグライはどことなく自嘲気味な笑みをこぼす。


「つまり、あの馬車が魔獣に襲われた段階から、ある程度感づいていたということですか。全く、どうやら私の見立ては甘いどころの話ではなかったようですね」


 頭を振り嘆息混じりにハラグライが述べた。すると、ロウが目つきを尖らせ言い放つ。


「……言っておくが、抜け道から逃げようとしても無駄だぞ。俺の仲間がすでに網を張ってある。文字通りの意味の特製の雷の網をな。例え無理やり突破したとしても、一度でも触れたなら体内に暫く残る電撃だ。それがお前がここにいたことの証拠になる」

「……逃げる? ご冗談を。私は、誓ったのですよ、仕えるべき主に、アクドルク様に。私はもうこれ以上失態をおかすわけにはいかないのです。ですから、貴方達を殺してでも、その手帳は貰い受けますよ」

 

 そこまで語ると、ハラグライは腰から短槍を取り出し、更にスーツの下に隠されていた鞭をもスルスルと抜き取り、そして、地面を一発打ち鳴らす。


 その途端、ハラグライの影と、周辺の壁から魔獣達が姿を見せた――


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