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第三四七話 狼の嗅覚

 セワスールはロウを引き連れ、各所を廻り、様々な兵士や城内の雑事に追われる使用人やメイドともすれ違わせ、主要な兵士や騎士とも引き合わせていった。


 そしてオパールの護衛騎士との挨拶もそこそこに、今度は軟禁状態にあるエルガの部屋の前まで向かう。


「あら、セワスール様」


 すると扉の前に立っていたニューハがニコリと微笑む。それに笑顔で応じるセワスールであり。


「ところでレイオン卿の調子は如何ですかな? ずっと部屋に閉じこもっているようなものですからな。精神的に参っていなければいいのですが」

「はい、一応私やローズは立ち入りを許可されておりますが、少しは疲れも見えますがこんなことで負けるような軟な御方ではありませんからね」


 ふわっとした笑みを見せニューハが答える。すると、ニューハと一緒にいたフリル付きローブを纏いし存在が、鎧を着たロウに近づき熱い視線を向けていた。


「うふふ、貴方お名前は~?」

「……なんだこの物体は?」

「あん! その冷たい視線がたまらない! 私のタ・イ・プ」


 ウィンクを決める不気味な存在に、見ていたセワスールも笑顔を引きつらせた。


「ちょっとダンショク、初対面の御方に失礼でしょ」

「何言ってるのよニューハ。こういうのは最初が肝心なのよ、ウフッ」


 両腕を胸の前によせ、一見するとパンチでもガードしそうなポーズだが、本人は男に媚びてるつもりなようだ。上目遣いでキラキラした瞳を見せている。だが、問題なのは何をどうしようが見た目は中年のおっさんでしかないことだろう。


「……お前ら、ゲイって奴の仲間か?」

「え? ゲイ様を知っているのですか?」


 そして、ロウが鼻をヒクヒクさせた後問いかける。すると、逆にニューハが質問してきた。


「……ああ、あの変態も――」

「はっきりいいますのね……」

「酷いわー! 私たちは野に咲き乱れる可憐な花々よ! でも、貴方なら許せちゃう、ウフッ♪」

「……とにかく、あれもナガレから手紙を貰っていたらしくてな。恋文だなんだとふざけたことは言っていたが、それを読んでジュエリーの街にやってきていたところに俺と遭遇した」


 硬い笑顔を見せるニューハとやたらとロウに色目を使ってくるダンショクをよそに、説明を続けるロウである。


 そして手紙についての説明と、孤児院での出来事、加えて結局ゲイは孤児院の警護の為にジュエリーに残っていることを告げた。


「それにしてもゲイお姉様ったらずるいわ~孤児院なら青い果実が一杯、ぐふふふ~」

「ちょっとダンショクは黙ってましょうね~」


 そういいつつダンショクの顔を水の泡で包むニューハである。当然、ガボガボと溺れそうになっているが気にせずロウに向けて話を進めた。


「話は判りました……ですが、ダンショクはともかく私も仲間だと思ったのは何故でしょう?」

「……簡単だ、ふたりそろってゲイの匂いが残っているし、それにあんただって男だろ? そう考えれば納得もいく」

「え!? わ、私が男だと、ど、どうして判ったのですか?」


 ニューハは心底驚いた。以前ナガレにもあっさりバレた事はあったが、普段は鑑定されるか自分から言わない限り男だと気づかれた事なんてない。それがこうもあっさり、しかも今は鑑定を妨害する魔導具も身につけている。なのにこうも簡単に性別を看破されるとは――二度目だけに妙に悔しそうに問いかけるニューハである。


「……俺は誰よりも鼻がいい。野生の獣よりも更に上だ。だから微妙な匂いの違いも判る。あんたからは男特有の匂いが僅かに漏れているのさ。上手くごまかしていても俺の鼻はごまかせない」

「そ、そうなのですね……」

「嫌だ! それじゃあ私も男だってバレてるって事なの~~!」

「……お前は臭い以前の問題だろ……」

 

 泡から逃れ叫んだダンショクに向けて、ロウが呆れたように言った。すると今度はエルガの部屋の扉が開き、赤髪の騎士が姿を見せた。


「一体なんなのだ先程から騒々しい!」


 居丈高な物言いをみせ、ただでさえキツイ目付きを更に尖らせる。

 するとロウが、やれやれと言わんばかりに首をすくめ言った。


「……全く、見た目が女な男がいたり、男のような見た目の女がいたり、退屈しないなここは」

「な、なんだと!? セワスール殿! 一体なんなのですかこの失礼な男は! 大体貴様、初対面ならまずは所属と名前ぐらい告げるのが礼儀だろ!」

「……所属? 俺は何者にも縛られない冒険者のロウだ。偉そうに指図される覚えはないな」

「な!? き、貴様、て、冒険者? だったら何故冒険者がそんな格好を!」

「まあまあ、ローズ殿落ち着いて。事情は今から説明致します故」


 そして今度はロウの代わりにセワスールがナガレとの関係を説明した。ロウとの初対面の印象があまり芳しくなかったからだろう。


「全く! ナガレも何を考えているのだ! こんないかにも粗野そうな男をよこすなど!」

「しかしローズ殿、彼の鼻は間違いなく今回の件で役立ちます。協力者としてはかなり心強いですぞ」

「ふん、ちょっと鼻が利くぐらいでなんだというのか」

「……色々言ってくれているようだが、俺からすればお前のほうが心配だな」


 訝しげにロウを見やるローズであったが、それを認めつつ彼が挑発するような言葉をぶつける。


「な、なんだと貴様! 私の何が心配だと言うのだ! 大体貴様からお前呼ばわりされる筋合いは!」

「……お前からはどうも落ち着きの足りない匂いが感じられる。怒りっぽく、つまり短気で、しかも一度頭に血がのぼると周りが見えなくなる、そんなタイプ特有の匂いがかなり強い。それでいて妙に自信家の香りも混じっている。つまりお前は本当は精神的に未熟で注意も散漫なところがあるというのに、自分に甘く自惚れが過ぎるとことがあるということだ。そういったタイプは虚をつかれ思わぬ失敗を起こしやすい。護衛なのは結構だが、十分に注意することだな」

「な、な……」

 

 ロウを差した指をプルプルと震わせローズが絶句した。そして、何故か少しだけ涙目になって剣を抜いた。


「よーーし判った! 貴様は私に喧嘩を売りに来たのだな! その喧嘩いますぐ買ってやる! さあそこになお――」

「さあロウ殿! そろそろ次の場所へ向かいますぞーーーー」


 結局、ローズが勝負を仕掛ける文句を言い終える前に、セワスールはロウのゴルゲット(鎧の首を守る部位)の後ろをむんずっと掴み猛ダッシュで立ち去った。


「ふぅ、それにしてもロウ殿も遠慮がないですな」

「……俺の嗅覚がどの程度か知りたいと言ったのはあんただろ。それにアレは言っておかないといずれとんでもないミスをおかしかねないしな」

「まあ、確かにそうですな。それにしても、匂いであそこまで判るものなのですな」

「……当然だ。匂いほど雄弁なものはないからな。匂いさえ嗅げば大体の事は判る。尤も……あのナガレに関してはこの俺でもさっぱりだったけどな。あえて言うなら化物みたいなものだということだけは判った」

「はははっ、しかし化物というにはあまりに助けて頂いている事が多すぎですがな」

「……まあ、確かにおかげで俺も成長が出来た」


 そう言いつつ、セワスールと次の場所へ向かうロウであったが。


「ところでロウ殿。その、ゲイという御方はあのふたりではどちら側に近いのでしょうかな?」

「……そうだな、あのふたりならダンショクの方に近いだろう」

 

 ふとロウに問いかけるセワスールだが、彼の回答にピタリと足を止め、顔を向け渋い顔を見せて更に続けた。


「それは、孤児院は大丈夫なのでしょうかな?」


 恐らくこれは、別な意味で大丈夫か? という意味なのだろう。何せ先程のダンショクの発言が既に色々と危うい。


「……俺もそれが心配で一晩は孤児院の見張りについたが、特に何もすることはなかったな。念のため釘も打っておいたが――」


『見損なわないで欲しいわん。あたしはダンショクと違って果実が青い内は手を出さないの。こういうのはちゃんと食べごろまで育てないとねん』

と、ロウはゲイがそんな事を言っていたことを思い出し、セワスールに説明した。


「……だから、まあ大丈夫だろう。実際匂いからもそっちの危険性は感じられなかったしな」

「そ、そうですか。ですが、それだとつまり、あのダンショクは危険だということですかな?」

「……あれは一人にはさせないほうがいいな」


 そしてそのまま口を閉ざし歩き始めるふたりである。同時にセワスールは思ったという。

 

 もし、ルルーシの暮らす領地にあの聖なる男姫がやってきた際は、出入り禁止とまではいかずまでも、要注意人物として領主に進言しておいた方がいいかもしれない、と――





「話は判りましたわ! 私はクリスティーナと申します。私も、ふ、フレムに頼まれたし! 雷帝を目指す身としても協力を惜しまないわ! 大船に乗ったつもりでいなさい!」


 そんな事を言って、ふふんっと胸を張るクリスティーナであるが――


「……何かとんでもない嘘の匂いがする」

「なんと嘘を?」

「え!?」


 ロウの発言にクリスティーナがギクッとした顔を見せた。ちなみに本来ふたりともロウがリーダーを務める鋼の狼牙団のメンバーなのだが、ロウはふたりに会う前に兜のバイザーを落としている。ちょっとした悪戯心なようだ。セワスールにも名前は自分が明かすまでは黙っててくれと言っている。


「クリスティーナ殿、まさか、何か隠し事を?」

「ま、まさか! 私は何も隠しておりませんわ!」


 わたわたと慌てた素振りで否定するクリスティーナだが、そこがまた怪しい。


「……まあ嘘と言っても。今回の件とは関係がないだろうけどな」

「なんとそうでしたか」

 

 しかし、ロウの発言でとりあえず嘘について問い詰められることはなさそうと知ったのか、ホッとするクリスティーナであった。未だ彼がリーダーとは気がついていないようだが。


「……こいつから感じられるのは、どうでもいいような嘘の匂いと、あとは想い人がいる時に感じられる匂いぐらいだな」

「ふぁ!?」

 

 しかし、ロウから更に飛び出した発言に、顔を赤面させるクリスティーナである。


「ほう、想い人ですか。ふむ、若いとはいいものですなぁ~」

「お、おりませんわ! そんなもの、おりませんわおりませんわおりませんわーーーー!」


 微笑ましそうにクリスティーナを見やるセワスールだが、彼女は必死に否定した。しかし何故か顔が熟れたトマトのように真っ赤だ。


「あ、あの、私は、へ、ヘルーパと申します。ど、どうぞ、よ、よろしくおねがいします」


 そして今度は翠色のキノコのような髪型をした彼女がロウに挨拶するわけだが、当然今更挨拶されるまでもなくロウは彼女について知っている。何せこのふたりのリーダーだ。でも明かさず、彼女については一つだけ述べた。


「……ユリの匂いがするな」

「ほう、ユリですかあれはいいものですな」

「わ、私もユリは、だ、大好きです――」


 こうして結局ロウは自分の正体は明かさず、ふたりとも挨拶を済ませた。


「そういえば名前は明かさなかったようですが理由はあるのですか?」

「……ああ、そもそもあのふたりは俺のパーティーメンバーだ」

「……それはまた、ロウ殿も中々の性格ですな」


 そういいつつ、笑顔を覗かせるセワスールである。



 こうして、今度は子供たちの下へロウを連れて行こうとするセワスールであったが。


「これはこれはセワスール様。今日は何かせわしなさそうですな」


 その途中の廊下でハラグライと遭遇する事となる。彼の表情は、特にいつもと変化がないようであった。口調や態度も、セワスールの前ではそこまで失礼になることもない。


「ところで、そちらの騎士は何かあったのですかな?」


 そして、ハラグライの注意が鎧姿のロウに向けられるが、セワスールは慌てる様子も見せず当たり前のように質問に答えた。


「はい。彼にはしっかり城の中を見てもらい、何かあった時にすぐに対応できるようにと思いましてな。その為に少々城の中を見て回っておりました。勿論、イストフェンス騎士団の皆様の邪魔にはならないよう気をつけてはおりますが、何か不都合があるようでしたら言っていただければ是正致します故」

「左様でしたか。いえいえ、むしろ気を遣って頂きありがたいぐらいです。特に審議官が到着すると城内もピリピリ致します。その時に少しでも手助けになって頂けるならこんなありがたいことはありません」

「そういって頂けるとこちらとしてもありがたい限りです」


 そこまで話した後、ハラグライとは、それでは、と一揖し分かれた。


「……もしかして、あれが今回の件の鍵を握っている男か?」


 すると、歩みを再開した直後にロウがセワスールに尋ねる。


「ええ、この地の領主アクドルク伯爵の側近を務めているハラグライ殿ですな」

「……側近ね」

「ですが、よく判りましたな。それも匂いで?」

「……ああ、何せアレからは、多くの嘘の匂いと血と獣の匂いが感じられる。それに、あんたに負けないぐらいの精悍な武人の匂いもな」


 それを聞いたセワスールには、そこまで驚いた様子は感じられなかった。ある程度想定内のような様子。


「彼もかつては有名な騎士でしたからな。ところで感じられた匂いはそれだけですかな?」

「……いや、他にも色々と複雑な匂いが絡み合ってるんだが、そうだな端的に言えば……」

「言えば?」

「……硬い決意と、罪と罰、それがあの男から感じ取れた匂いだ――」

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