第三四六話 ロウとセワスール
「……ナガレ、だと?」
ロウが面倒そうに述べると、ナリヤが眉をひそめ反問するが。
「……ああ、そうだ。だからそう言っているだろ」
「だったら、だったら何故それを先に言わないのだ貴様は!」
「……言おうとしたら悲鳴を上げるわ、お前が剣を抜き出すわで、それどころじゃなかったんだろが」
「乙女の着替え中に無断で、しかも窓から入ってくるような輩をみれば悲鳴ぐらいあげるに決まっているだろ! デリカシーがないのか貴様は!」
「あ、うん、その、私まだ着替え中……」
「あはは~なんか面白くなってきたね~」
「面白くなーーーーい!」
ナリヤがロウに向けて文句を言っている中、ナリアは楽しそうに呑気な台詞を口にし、ルルーシは腕を振り上げて叫び上げた。
すると、ガチャッとまたもや扉が開き。
「お嬢様、先程から少々騒がしいようですが、何かありましたかな?」
一人の重厚な鎧に身を包まれた男性が入ってくる。
すると、ギョッ! とした顔を見せた後、ルルーシは肩をプルプル震わせ。
「いいから! ナリアとナリヤ以外はさっさと出て行け~~~~~~~~!」
結局、騎士とロウは放り出されるように外に追い立てられた。
「やれやれ着替え中とは参りましたな。ところで貴殿はどちらさまでしたかな?」
部屋の外に出され、後頭部をさすりながら騎士が男に誰何する。ロウはそんな彼にギロリと視線を向けた。
「……言っておくが、怪しいものじゃないぞ」
「あっはっは! いやいやどうみても不審者以外の何者でもありませんぞ」
豪快に笑いながら騎士の男が答えた。しかし、険呑な雰囲気は感じられない。
「とはいえ、なんとなくですが、もしかしたらナガレ殿の関係者ですかな?」
そして核心を突くような質問。ロウはそんな彼をまじまじと見やるが。
「……あんたは話が早くて助かる」
そう肯定と受け取れる返事を見せた。
「私もナガレ殿から予め話は聞いてましたからな。協力者が訪れるような話も含めてですが、しかしあの様子だとバルコニーから入られたようですが、少々大胆が過ぎましたな」
そういってひとしきり笑った後、騎士は自分はセワスールという名で、ルルーシの護衛騎士を任されているとも明かした。
そしてそれからロウに事の顛末を聞くが、それを耳にし愉快そうに目尻に皺を寄せ笑いを堪えた。
「……そんなに面白いか?」
「はははっ、いやいや、中々に愉快でしたよ。ですが、どういう形であれ、最近はお嬢様も少々ピリピリしてましたしな。これぐらいのトラブルがあったほうが、肩の力も抜けるかもしれませんなぁ」
どこか悪戯心を感じる笑みを浮かべセワスールが言った。とは言え、その眼は温厚そのもの。普段の性格は鷹揚としたものなようだ。
ただ纏われているオーラやロウの鼻孔をくすぐる匂いに関しては、まさに武人のそれである。
ロウもあのインキとの件から、かなりレベルを上げたつもりであったが、目の前の騎士はそんな彼にも決して負けていない。
「さて、それはそれとして、今後のためにお互いの情報を交換しておくと致しましょうか。何せ既に王都にも審議の申し立てがなされたとありますし、正直あまり猶予がありませんからな」
「……そうだな、とりあえず俺は――」
そしてロウはジュエリーの街で起きた出来事を、セワスールはこれまでに掴んだ情報をロウに伝える。
例えば魔獣避けとして商人に渡されていた魔導具の出処を調べた結果などだ。
ただ、これに関してはどこの商会が(無断で)卸したかまでは掴めたが、その取引の相手はローブ姿で顔は隠していたようだ。
「孤児院を狙うように依頼したという人物と顔を隠していたという点だけが共通ですな。しかしやはり敵も中々尻尾を出さないですな。尤も、その共通点からやはり今回の件に協力している誰かという事でしょうが」
顎をさすりつつセワスールが答える。
「……その誰かに心当たりはないのか?」
「残念ながら。一人可能かと思われた人物はいますが、その人物は私の知る限りこの城にずっとおりましたしな。それに、彼ならば身元がばれないようにするにも他に手はあったはずですから」
そうか、と無表情で答えるロウだが。
「何覗き魔と和気藹々と話しているのよ」
ガチャッと扉が開き、不機嫌そのものといった様子のルルーシが姿を見せた。
やはり半裸をロウに見られたことが許せないようだ。
「……だから俺は、お子様に興味はないと言っているだろう」
「ムキー! 誰がお子様よ。私はこれでも二十歳よ二十歳!」
「……俺より年下ならお子様だ」
どうやらロウの基準は自分より年が下か上かで決まるらしい。だが、ルルーシは納得が言っていないようでひたすらに喚いていた。
「……大体見られて困るような身体してないだろ」
「な!? 言ったわねこのチビ!」
そして改めてルルーシの全身を上から下まで眺めた後、この言いようである。
思わずルルーシもムキになって反撃した。確かにロウの身長は低い方だが。
「……やれやれ、本当にお子様だな」
「はぁああぁああぁ?」
しかし、ロウは気にする様子も見せず軽くあしらってみせる。それに眉を怒らせるルルーシであった。
「おい貴様! いい加減不敬が過ぎるぞ!」
「まあ良いではないかナリヤ」
そんなふたりの様子に、護衛冒険者の彼女が声を張り上げ、ルルーシの援護をしようと前に出たが、それを護衛騎士の彼が止める。
「し、しかしセワスール様、あれではあまりに不敬が過ぎるというものでは?」
「ははっ、しかし、あれで中々楽しそうですし、どちらかといえばあの方がお嬢様らしい。素に戻っていると言えばいいであろうか。これまではどこか張り詰めた糸のような感じがして、見てて危うい気もしましたからな」
微笑ましいものを見るように笑みをこぼすセワスールに、そんなものですか? と怪訝そうに答えるナリヤであり。
「ところで先程ナリアの姿が見えたが」
「あ、はい。今は消えてもらってます。流石に城内では目立ってしまいますから」
「ふむ、目立つか、その辺も手は打たないといけないであろうな」
一人頷き、そしてセワスールは二人に近づき言う。
「お嬢様もロウ殿もじゃれ合うのは一旦そこまでにして――」
「誰がじゃれ合ってるのよ!」
「……こいつが勝手に絡んできてるだけだぞ?」
ルルーシがガルルと叫び、ロウは心外だといった様相で返してくる。
それを笑顔で流した後、セワスールがロウに向けて告げた。
「流石にその格好では怪しまれるだけですな。ロウ殿には一度着替えて貰うといたしますか」
「……着替え?」
ロウが僅かに眉をひそめるが、さあ! そうと決まれば、と無理やりセワスールに引き摺られるように移動させられる。
かなりの力であり抵抗しても無駄なようだ。尤もロウもそこまで抵抗するつもりもなさそうで、引き摺られるがままに移動しているが――
「うむ、これならば、護衛として付き添った騎士の一人として見られるな。疑われることはないと思われますぞ」
「……動きにくい。俺はこういった鎧は嫌いなんだが……」
セワスールから予備の鎧一式(他の騎士から借り受けたもの)を手渡され仕方無くそれを身に着けたロウ。
だが、基本鎖帷子にズボンといった軽装でしか行動しない彼は、慣れない感触に戸惑っているようだ。
「そこはこの城にいる間だけでも我慢して貰いたいところですぞ。付き添いの騎士の振りさえして貰えれば、一人ぐらい増えても目立たないでしょうからな」
「……仕方ないな」
やれやれ、といった様子でとりあえず納得するロウである。
「……それで、今後の行動はどうするんだ? 魔導具の事はともかく、もう一つの件は早めに動いた方がいいだろう?」
「ええ、ただその為にもギルドに話は通しておく必要があるでしょうしな。それに伏線を仕掛ける必要もありますからな。そうなると明日以降の話にはなるでしょう」
「……なら、今日はもうすることがないか?」
「いえ、孤児院の件がもう耳に入っていたなら、何かしら行動に出てくる可能性もありますしな。なので、ロウ殿の特技を活かして、今のうちに皆と顔合わせをさせておきたいところですな」
「……判った、なら行こう」
「ははっ、本当に話が早くて助かりますぞ」
こうしてセワスールはロウを連れ城内を見て回ることとなる。




