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レベル0で最強の合気道家、いざ、異世界へ参る!  作者: 空地 大乃
第五章 ナガレとサトル編

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第三四四話 ハラグライの策

「どういう事だこれは?」


 アクドルクは私室で憤っていた。基本外では人の良さでアピールしている彼は滅多なことでは本性は明かさない。


 唯一表裏のない自分をさらけ出せるのは、私室で、ハラグライが見ている前でだけだ。

 なぜならハラグライがここにいるということは、近くに他に寄りつく人がいないことの証明であるからだ。


 そこはハラグライも抜かりはない。そして彼はアクドルクの鬱憤が溜まるタイミングをよく熟知している。何せ彼がまだ小さな頃から(・・・・・・)ずっと見てきたのだ。


 既に他界してしまったが、先代からも彼のことを何があっても守れと、どんなことがあっても裏切るなと、そう言い遺されている。


「答えろハラグライ! お前が、お前は確かに私に言ったよな? 最低でも五日以内にはあの連中について何かしらの知らせがあるはずだと。それがあのオパールとエルガを追い詰める決め手となると!」

「……確かに申し上げました。ですが、どうやら私の見立てが甘かったようです。申し訳ありません」

「申し訳ありませんで済むかーーーー!」


 アクドルクがその手に握られた鞭を振るった。鞭と言ってもハラグライの持っているような長さのものではなく棒状で短いタイプだ。


 ハラグライの持っているような鞭は扱いが難しく、誰でも簡単に使えるという代物ではないが、これであれば扱いは難しくない。


 それでいて相手に苦痛を与える上ではぴったりだ。過去には王国でも奴隷への折檻に使用されていたこともある。


 それを、アクドルクはハラグライの顔に向けて振るった。一度ではない。何度も何度も、しかしハラグライは甘んじてそれを受けた。抵抗する様子も見せず、相手を恨むような顔も見せず、アクドルクの嗜虐心を満たす程度に苦悶してみせ、ただただ謝罪の言葉を繰り返す。


「ふぅ、ふっ、あまり私を失望させてくれるなよハラグライ」

「……はい、ご温情感謝いたします」


 満足したからか、腕が疲れたからか――とにかくアクドルクの鞭を振るう手が止まった。

 ハラグライの頬は赤い。鼻からはわずかに鮮血も見られた。


 だが、殊勝な態度を崩さず、それでいて取り乱したりもせず、ハラグライは深々と頭を下げる。


「……それで、これからどうするつもりだ? お前を信用して、私も既に王国に疾風馬(アルスウィズ)を走らせ封書で審議を申して立てている。あれであれば早馬の倍は速度が出るからな」


 アルスウィズとは馬の中でも希少種とされるタイプの物だ。ユニコーンに比べるとまだ数は多いが、それでも捕まえて飼いならすとなると難しい。


 だが、この馬は自由に風を操ることで自らの走る負担を軽減した上で、速度も常時早馬の倍ほど出る。負担が軽くなってる分長距離を走れるのも特徴だ。


 それに餌に関しても風を多く浴びた青草が好物で、むしろそれだけ与えておけば満足してくれる。しかも食べる量もそこまで多くない。


 その為、貴族の特に領主という立場に身を置く人物は飼いならしている場合が多い。火急の用事や今回みたいに王都へ封書を送る場合などに利用する事が多いからだ。


「……あの馬であれば、きっと既に王都に到着し騎士が封書も届けている事だろう。それを読めば、当然審議官が準備を進める。いや、もしかしたらもう既に出ているかもしれないな。そうなると馬車で来るにしても四~五日程で到着する筈だ。それまでに別な手は打たないといけないぞ」


 一旦席につき、指で机をトントンッと鳴らしながら現状を語る。勿論これは、ハラグライに何か手はあるのか、なければ至急考えるようにと急がせる意味合いが強い。


「承知しております。あのナガレという男やその仲間たちに関しては面目が立ちませんが、既にジュエリーの街で情報操作を行っております。そして、もう一つ手の方は考えております故――」

「……そうか。私はお前のその忠賢ぶりだけは評価しているんだ。頼むから、これ以上失望させてくれるなよ。折角、折角ここまで思い描いていたように事が進んでいるのだからな」

「……承知致しました。今度こそ必ずご期待に添えるよう尽力致します。それでは早速準備に取り掛かりますので――」


 そう言ってハラグライはアクドルクの私室を辞去した。

 そのまま廊を移動しながら物思いに耽る。


 アクドルクに話したことは全て真実だ。つまり、ナガレ一行が帝国に入ってから最終的に行き着く先は勿論、その結果もハラグライは予想し、そのとおりに事が進むと信じていた。勿論世の中に確実なんてものはないが、国境を超えてからの彼らの動きが予定通りビストクライムであろうことは、砦の帝国兵から密かに回された情報で知っていた。

 

 ハラグライは魔獣の森の一件で、ある程度彼らの実力は測れていたつもりだった。


 あのナガレという少年に関しては底が知れないところもあったが、パーティーとして行動している以上、足並みは全体を見て揃えるはずだろう。


 特にナガレという少年はそのあたりはしっかりしていると考えていた。それでも他の仲間の能力は高く、それは考慮する必要があった。


 並の冒険者であれば砦からビストクライムまでは徒歩で三日の距離だが、これはあくまで特に問題もなく進めばの話である。


 帝国は王国に比べると治安が悪く、冒険者であっても長距離の移動となれば盗賊などに遭遇する可能性は高い。勿論魔物や魔獣の可能性もある。


 その為、戦闘やそれによって生じる疲れと合間合間の休憩時間を考えれば、普通はその倍、つまり六日は軽く掛かる。


 だが、それでもあのナガレのパーティーであれば、盗賊程度は物ともせず、魔物にしろ魔獣にしろ苦戦することはないだろう。それはハラグライがよくわかっていることだ。


 それを考慮すればビストクライムまでは二日もあればつくだろう。

 そしてここからが肝心だが、あの街は既に廃墟とかしている。


 だが、その情報は表に出ることなく、そのままの状態で残されていた。これこそが今回の作戦で重要だった事だ。


 作戦通り進めば、いやこれは間違いなく進むはずだった。その為に、帝国側の使者ともしっかり打ち合わせをしたのだ。


 使者は随分と帝国の内情に詳しいようであり、ビストクライムを実際に襲ったのは悪魔の書とやらで使役された悪魔だとも教えてくれた。


 だが、実際に何者が街を襲ったかはこの際関係がない。重要なのはそのどさくさに紛れて亜人共が逃げ出したということだ。


 しかし、彼らは首輪によって束縛されており、街からあまり離れる事が出来ない。

 だからこそ、その弱みに漬け込んで上手く誘導し、ナガレ達と鉢会うようにしてもらったのだ。


 そしてこれが上手くいけば、後は周囲で控えていた帝国騎士の出番だ。正直言えばこれに関して言えば捕まえられようと殺られようとどちらでも良かった。


 むしろ、派手に殺してくれた方が糾弾する理由としては役に立つ。町が一つ壊滅されその場にナガレ一行と亜人が居合わせたのだ。


 あの連中の性格なら先ず間違いなく亜人から事情を聞いたことだろう。そして聞いてしまえば手助けせざるを得ない筈だ。

  

 魔獣の森でもしっかり亜人の奴隷を救出してみせた連中だ。それぐらいは容易に想像がつく。しかし、それを行えば奴らは不利になる。


 しかも奴隷の首輪が嵌められているような亜人を連れたまま逃げるのは不可能だ。騎士達に一度囲まれてしまえば、この時点で奴らの選択肢は投降するか反撃するかしかなかった筈だ。


 つまりどっちに転んでも、チェックメイト、それは間違いがない、とその筈だったのだが――


(にも拘らず知らせが全く無いという事は――まさか、逃げたのか?)


 正直ハラグライの中ではあまりに想定外の事だ。だが、あのナガレという少年がもし、ハラグライの計り知れないという予測の更に上を行っていたなら――

 

 つまり、奴隷の首輪を外した上で、帝国の騎士たちに屈することもなく、しかし一人も殺すことなく、大きな被害も与えず、亜人を連れて逃亡する事に成功していたなら?


 それはあまりに馬鹿馬鹿しい考えだった。帝国とて何も考えず向かったわけでもないだろ。確か中隊から大隊程度の数は揃えて向かったはずだ。


 それだけの数がいれば、いくら底が知れない少年とは言え、手加減や遠慮など考える余裕はないだろう。殺す気で、最低でも再起不能にするぐらいの力で挑む必要があるはずだ。


 だが、実際はそんなこともなく、たかが数百程度の騎士や兵士など少年にとっては草原に吹くそよ風程度のものでしかなかったら?


 そうなると――大きく話は変わってくる。本来派手に暴れまわってこそ意味のある作戦だ。考えられないことだったが、もしくは素直に投降してくれるかどちらかだ。


 だが、そのどちらでもない場合、厄介なのは帝国騎士が抱えるプライドだ。こういったものは勿論あれは役立つこともあるが、高すぎるプライドは状況次第では弊害にしかならない。


 ましてやたかが一人の少年に、手も足も出ずしかいこれといった怪我はなく、例えば気だけ失わされた後、奴隷の亜人を引き連れて逃げられたとあったらどうなるか……そもそも帝国は理不尽な程失敗には厳しい。

 

 ならば当然、報告は遅れるはずだ。出来るだけ報告は先延ばしにしようと、失態を失態に見られないようなんとかしようと試行錯誤しながら、場合によってはそのまま雲隠れしてしまう可能性だって十分にありえる。


 そしてそう考えれば、いつまでたってもあのナガレ一行に関して全く知らせが来ないことにも得心が行く。


「……もし帝国側の作戦が失敗しているならば、こちら側だけでやはり何とかせざるを得ないか――」


 ハラグライの脳内を様々な手が駆け巡る。そして、城の正面口までやってきたところで――何かがぴちゃんっと首に落ち、そして耳元で何かが囁いた。


『ジュエリーでの情報操作は失敗したぞ。帝国側も上手くはいっていない。しかも帝国の勇者も追い詰められそうだ。やるなら急ぐことだな――』


 そして声が消えた。ハラグライはソレを認め、ふぅ、と嘆息をつき呟いた。


「全く、厄介事は重なるものだな――」

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