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第三四三話 うっふん

「な、な、なんだあの変態わーーーーーー!」

「あらん、玉から棒に失礼しちゃうわん」


 どうやら藪から棒と言いたかったようだ。


「まあ、いいわん。今行くから、あたし逝っちゃうから~~!」

「こなくていいーー! なんなんだこいつはーーーー!」


 ギール喚く。突然ほぼ裸なオネエ系マッチョが現れたのだから判らなくもない。しかも肌は黒光りしてやたらとヌルヌルのピカピカだ。


「とぉ!」


 そして――飛ぶ! ゲイが華麗に、まるで夜空を舞う蛾のように。


 そしてくるくると回転しながら見事に着地を決めた。お~という子供たちの歓声。

 

 うふふん、とゲイが流し目でギールを見た。ゲイは睫毛が長い。何故か瞼に色が塗られている。紫色だ、唇に口紅まで施されている。


「くそ! ふざけた野郎だ! こいつらと一緒に殺されたいのか!」

「あらん、つまり貴方のお仕事ってやっぱりそういう事だったのねん」


 ギールとゲイの会話に、そんな……とマリアが悲しい顔を見せた。薄々勘づいていたとは思うが、それでも親しくなった相手に裏切られるというのは切ないものだ。


「ふん、バレちゃ仕方がないな。おかげで殺す相手が増えちまったじゃないか面倒くさい。まあいいか」


 何か一人で勝手に納得し、彼はほくそ笑んだ。


「言っておくけどな、どうやらお前随分と自信があるようだが、こっちには仲間も控えてるんだ。さあ、出番だぞ! 出てこい!」


 そして、ギールが周囲に呼びかけるように声を張り上げる。どうやらどこかに仲間がひそんでいるようで、その中にはゲイがいた住宅も含まれているようだが――しかし、返ってくる声も反応もない。


 そのことに苛立ちを覚えたのか、ギールが更に怒鳴るように吠えた。


「てめぇら! さっさと来い! 余計なもんが紛れちゃいるが、ターゲットはもう目の前にいるんだ!」


 その時――何かが空中に放り投げられた。それは数にして八、それだけの数の――人間だった。

 ドサドサと地面に落とされる連中は男女混合で、皆が弓や槍など武器が握られたままだ。尤も落下の衝撃で手放されたものも多くあるが。


 どちらにせよ、雰囲気的にこれが、ギールのいうお仲間という事らしいが――


「……全く、それがお前の仲間か? 張り合いがなさすぎてあくびが出そうだったぞ?」


 すると、今度は建物の影から一人の青年の姿。銀髪で逆立てたような髪型の彼は、狼の如く鋭い眼光をその眼に宿し、ギールに向けて数歩近づく。


「な! な! 馬鹿な! こいつら全員Aランクの3級以上だぞ! それなのに、お、お前一人で、これをやったってのか!」

「……やれやれ、最近のAランクというのは随分としょっぱいな」


 ため息混じりに男が述べた。肌が随分と白いが、喋り方もどこか淡々としており冷ややかである。


「うふん、流石鋼の狼牙団のロウねん。でも、それは多分貴方が強くなったのよん。貴方もあの彼に会ってるんでしょ? 彼に会うと自分の足りないものを思い知らされるけど、でも、そこからまた強くなれるのよねん。うふん、私もほら、強さと美しさが増したわん」

「……で? どうするんだ? 残りはお前一人だぞ?」

「いやだ、無視なんてつれないわん。でもそこがまた、す・て・き――」

「…………」


 頬に手を当て濡れた瞳でロウを見るゲイである。肝心のロウは無視を決め込んでるようだが。


「チッ! こうなったら、せめて誰か一人ぐらい、やってやんよ!」


 すると、ギールが曲刀を抜き、ゲイとロウに構うことなく、マリアや子供たちに狙いを定める、が――


「あらん、おいたしちゃ駄目よん」


 ゲイが低く、しかし距離を伸ばす靭やかな跳躍を見せ、ギールへと回り込み、両腕を背中に回して腰をくねらせた。


「それに、孤児院の皆にはおさわり厳禁よん」

「うるせぇすっこんでろこのカマ野郎!」

「うふん、聞き分けのない子には、お仕置きが必要なようねん」


 ギールがゲイに向けて曲刀を振り上げる。しかし、それはあまりに愚かな選択だった。ゲイはお仕置きを決行する事を決めると同時に、なんとギールに向けて飛び上がり、両足で先ず首を挟み込む。


 ガハッ! と呻きその振り上げた腕が時を刻むのを止めた。ぎりぎりと万力のように絞められ、身動き一つとれなくなったのだろう。


 相当に苦しいはずだが、しかしゲイのお仕置きはこんなものでは終わらない。


「さあ、ここからが本番よん」


 瞬時に相手の首を絞めたままの脚を引き寄せ、かと思えばすぐさま膝関節の辺りにまでギールの顔を移動させる。首の締りは緩まったが――そのまま脚を折りたたみ、がっちりとギールの頭と首をホールドした上で、ぐいっとゲイのソレに顔を押し付けに掛かる。


「な!? ちょ、ちょっとまて、それは、や、やめろぉおぉおおぉおおおぉお!」

 

 顔を青くさせ悲鳴を上げるが、後悔先に立たず。男の顔面は見事ゲイの股間に押し付けられた。窒息する程の勢いで強く強く、一応間に薄い布切れが挟まれてはいるが、だからといって伝わる感触に変わりはない。ただただ生々しく、生暖かく、程よく弾力がある。


 そして、汗に混じってすえた臭いが鼻孔を貫いた。

 その状態から、いくわよん、と声を上げ、ゲイが体重を掛け、ギールが背中から地面に倒れこむ。


 ズシンっと響く重苦しい音。後頭部に地面という支えが生まれ、更に強く股間が押し込まれ、そこからなんとゲイは――回転した。男の顔を股間に押し付け両膝で挟むこむようしたまま、後頭部を地面にあて、煙が上がるほどに回転して滑らせたのだ。


 きっと摩擦熱でギールの後頭部はとんでもない事になっているだろう。しかも顔面にはゲイの股間の感触がこれでもかと伝えられている。


 地獄である、これぞ逃げ場のないこの世の地獄であろう。


「うふ、どう? 少しは反省した?」

「……いや、もう完全に意識を失ってるだろ」


 ロウが頭を押さえ、ゲイに教えてあげた。

 あらん? と疑問顔を見せたゲイが確認すると、確かに魂が抜けたようになって白目を向き、鼻水と涎をだらしなく垂らしながら完全に別の世界に逝ってしまっている。


「あらん、あまりの気持ちよさに昇天してしまったのかしらん? これだと罰になってないかしらねん」

「……昇天というか奈落の底に引きずり込まれたというか、どちらにしても見たのは地獄だろうな」

「うふん、流石私が惚れただけあって、突っ込み方もクールね、でもそこがいいわん。激しい突っ込みもいいけど鋭いキレのある突っ込みも大好きよん」


「マリアお母様、いまのは一体どういう意味なの~?」

「え~と、ですね~きっと~大人になったら~判ることですよ~」

「……いや、判ったら駄目だろ」


 ロウはやはり冷静にツッコんだ。


「……それで、こいつらはどうするんだ?」

「うふん、そうねぇ、一応は元冒険者というのもあるから、ギルドにでも連れて行くわん」

「……そうか」

「貴方はどうするのかしらん?」


 ゲイがロウに問う。するとロウは一旦瞼を閉じ。


「……俺は朝には街を出る。他にもやることはあるからな」

「あらん、つれないわねん。あたしと貴方の仲なのに、そんなあっさりん」

「……お前とまともに話したのは今日は初めてだろう。それにそこまで親しくなった覚えもない」

「そこはほらん、竿擦りつけ合うも多生の縁というじゃない」

「……この変態め」


 ロウは冷たい目付きで言い放つ。口調も中々辛辣だがゲイにはそれがたまらないようだ。


「あ、あの~本当に~ありがとうございました~よろしければ~お礼になるか~わかりませんが~今夜ぐらい泊まっていかれませんか~?」


 そしてある程度話が落ち着いたところで、マリアがそんな提案をしてくる。


「うふん、そうねん。また何かあったらいけないし、お呼ばれしようかしらん」

「……お前、この子達の孤児院に行く気なのか?」

「そうよん、今そういったわん」

「……だったら、別な意味でも心配だから、俺も今夜だけ泊まらせてもらう」

「うふふ、どういう意味かしらん? でも、これで一緒のベッドで」

「俺もこいつも見張りでいくのがメインだ。だから寝る場所なんて適当でいい。ただしこいつは物置にでも放置しておくのをすすめる」

「酷いわねぇ、でも、ゾクゾクしちゃう」


 親指で差し示しながら、ゲイを危険認定するロウであるが、肝心の彼はそれがたまらないようだ。


 こうして、とりあえず緊急ということでギルドに呼びかけ、孤児院のマリアと子供たちをその手に掛けようとしたギールとその仲間をギルドに引き渡した後、ふたりは孤児院で見張りをしながら一夜を過ごした。


 そして宣言通り、ロウはその日の朝には街を立ち――そしてゲイはゲイで冒険者ギルドに顔を出し、ギール達の様子を確認したわけだが。


「こうなったらもう全部話すさ。俺の雇い主はあのオパール卿だ! あいつは孤児院の子供たちも奴隷売買の道具として利用してたが、それが露見するのを恐れて、証拠隠滅のために俺たちに始末するように依頼したのさ!」


 ギルドの地下牢に一旦は幽閉されたギールだったが、そのまま取り調べに移った瞬間、堰を切ったように自供を始めたのだ。


「うふん、随分とあっさりしてるのね。不自然なぐらいに」

「ああ、俺もそれは感じているんだがな」


 ギルドの地下には地下牢とは別に、取り調べ用の空間も用意されている。覗き窓があり、外からは中の様子が確認できるようになっているが、多くは取り調べといっても最初は白を切ったりする場合がほとんどだが、この男は始まった瞬間にこの調子なのである。


「他の連中はどうだったのかしら?」

「それが、他の連中は金で雇われただけで詳しいことは知らなかったようだ。殺しの依頼を金だけで決めるなんざ、それはそれで冒険者の風上にもおけねぇが、それに関しては全員一貫しててな。嘘をついているようにも思えないんだ」


 ゲイの質問にギルド長のドッグが答えた。ちなみに取り調べに関してはギルド長自らが行ってもいいし、彼が選任した誰かでもいい形だ。


「ギルド長、執事長が到着いたしました」

「うん? おおそうか、ちょうど良かった通してやってくれ」


 すると、受付嬢が地下に知らせにやってくる。それを耳にした彼が答えると、間もなくして灰色の髪を整え、身なりもキチッとした執事服姿の男がやってくる。


 中々にダンディーな彼は、ドッグに話を聞き、取調室に入っていた。もちろん、彼に危害が及ばないよう、他の冒険者の姿もある。


「うん? 誰だいあんたは?」

「お初にお目にかかります。ジュエリーストーン伯爵の屋敷にて執事長を務めておりますダイヤと申します」

「……ふ~ん、執事長ねぇ。だとしたらあんたもこれから大変だな。何せオパールはもう終わりだ。領主どころじゃないだろうよ」

「そのあたりのお話は、ギルド長よりお聞きしておりますが、それは私にとってはまさに青天の霹靂と言える出来事でございます」

「はん、そうだろうよ。何せ名君と噂されるような伯爵様が、犯罪に手を染めていたのだからよ」

「ええ全く。ところで、一つお聞きしたいのですが、貴方は此度孤児院の子供たちや院長を襲ったのは、我が主に依頼されたからなどと申されているようですが、真ですか?」

「あん? だからそういっているだろう? あのオパールが俺に依頼してきたんだよ!」


 ダイヤの質問に、ギールは若干のいらだちの篭った声で返答する。


「なるほど、それではお聞きいたしますが、それはいつのことですか? 一体どこででしょうか?」

「……は? いや、だから最近だよ。最近この街で請けたんだよ」

「最近? おかしいですね。主は今もまだイストブレイスの街に逗留中の身なのですが」

「馬鹿か! そんなの本人なわけ無いだろ。オパールの使いってやつだよ」

「それはどなたですか?」

「知るかよ男だよ男」

「随分とあやふやなのですね」

「うるせぇな。だからどうした? 向こうだってこの手の依頼で、そこまではっきり正体をあらわすわけないだろ」

「そうですか判りました。では質問を変えましょう。依頼主が誰であれ、貴方が我が主からの依頼と判断し、孤児院を狙った、それは間違いないのですね?」

「ああそうだよ。その通りだ」

「それなのに何故、こんなにもあっさりと掌を返したようにそのことを話し始めたのですか?」

「それはあれだ、俺も一晩たって、ちょっとは後悔したのさ。孤児院の子供たちとの日々も思い出してな。金のせいとはいえ馬鹿なことをしたってな」


 べらべらとそんな事を語ってくるギールだが、どうにも白々しい。


「……なるほど、話は判りました。ところで、今この街では領主たる伯爵の噂で持ちきりになってます。それはご存知でしたか?」

「まあ、耳にぐらいはしたな」

「そうですか。ところで、とても面白い話なのですが、この噂の出処を調べていくと興味深いことが判ったのですよ。なんとこの噂を最初に流し始めたのは、どうやら一人の冒険者のようなのです。本人はフード付きのコートなどで顔を見えないようにしていたつもりのようですが、フードを脱いだ後の顔を見た方がいましてね」

「……チッ」


 思わずギールが舌打ちした。誰のことかは、当然彼がよく判っていることだろ。


「もうお判りでしょうが、その噂を流していたのは貴方ですよギール。しかし、そうなるとこれはとても妙な話だと思いませんか? 貴方は伯爵の依頼で孤児院を狙った。しかしその前に先ず貴方は伯爵の立場を悪くさせる噂を広めている。そして計画が失敗し捕らえられればすぐにこの変わりようです。あまりに行動に一貫性がない。ですが、これが主様から依頼されたという部分を全く逆の形で見ると、非常に辻褄があうのです。つまり、貴方の目的は最初から領主たるジュエリーストーン伯爵を貶める事――違いますか?」


 ダイアが問いかける。だが――


「俺はそれに答える義務がないぜ。大体、その噂を広めたのが俺だって言い切れるのか? フードを取った顔を見たと言っても、たまたま俺に似ていたのかもしれないだろ?」


 ギールは薄笑いを浮かべ、開き直ったように言い切った。

 すると、ドッグが怒りを浮かべ、取調室に入っていく。


「てめぇいい加減にしやがれ! かりにも冒険者の端くれなら――」

「は~い、そこまでよん」

 

 だが、そんなドッグに待ったをかけたのはゲイであった。


 そして彼もまたその空間に足を踏み入れるが、ギールの顔に焦りと何かを思い出したような怯えの色が浮かび始める。


「ふふっ、ここから先は、あたしにまかせて頂戴。さあ、みんな一旦部屋から出てねん」


 そして、全員を促し、部屋から出てもらい、遂にゲイとギールの二人きりになった。


「な、なんのつもりだてめぇ! こっちは既に罪も認めてんだ! い、今更てめぇと話すことなんて」

「――うふん、うふふん」


 しかし、ゲイはそれには明確な答えを示さず、両手を後ろに回し、腰をくねらせながら、男を中心にして円を描くように動き始めた。


「な、何なんだよお前! 何か言えよ!」

「うっふん、うふふん、うふふふ、うっふん」


 しかし、ゲイはただただ同じような言葉を繰り返しながら、その円の大きさを狭めていく。


「お、おい! 畜生! こんなところにいられるか! 俺は出るぞ!」

「うふふん、うっふん、うふふん、うっふん、うっふん、うふふふ、うふふん、うっふん」


 しかし、ギールは立ち上がろうと腰を上げるが、動けない。そう、それ以上一歩も動けない。まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、そして――


「うっふんうふふんうっふんうふふんうっふんうふふんうっふんうふふんうっふんうふふんうっふんうふふんうっふんうふふんうっふんうふふんうっふんうふふんうっふん――」

「うわ、やめ、やめろ、やめろ、くるな、や、やめてくれーーーーーーーーーーぎ、ギャァアアァアァアアァアア!」


 



「うっふん、終わったわん。全て話したわよん」

「あ、ああ、そうだな……」


 全てが終わった後、何故か部屋の中心では、全裸と化したギールが真っ白に燃え尽きていた。全てを自供した後、もう勘弁してくれと言い残し、果てたのだ。


「と、とにかく依頼人はオパール卿とは全く関係のない誰か。顔は詳しく見ていないと、これはまあ事実とみていいだろうな。あの状況で嘘をつくとは思えねぇし、うぷっ、お、恐ろしいものを見てしまったぜ――しかし、正直……犯人特定につなげるには弱いか。だが、噂は領主を貶めるためだと判っただけでも良かった。この事は冒険者ギルドからも明示させてもらうとしよう」

「た、助かります。ゲイ殿も感謝いたします」

「あらん、お礼ならベッドの上でいいわよん」

「……あ、私には大事な用があったのでした。いけないいけない、ではこれにて!」


 しかし、ゲイにそんな事を言われ脱兎のごとく逃げ出すダイヤであった。


「あらん、結構タイプだったのに残念ねぇ。それなら、ドッグでもいいわよん」

「勘弁してくれ、俺には妻子がいるんだ……」


 げっそりとした顔で答えるドッグである。何はともあれ、これをきっかけに根も葉もない噂は一旦の収束を迎え、そしてゲイはある程度事件が解決するまで孤児院を警護する事を決めるのだった――

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