第三三九話 アケチ、最後の手段に出る
散々自らを完璧と称し、いくらやられても次から次と新しい能力で挑戦してきたアケチ。だが、終わって見れば結果はあまりに歴然としていた。
最後の禁じ手を使ったアケチは、あまりにそれが無差別的な手であった為、ナガレの逆転流罰によって、アカシアの記憶と魔神の加護を取り上げられた。はっきりといえば消失させられた。
最後の禁じ手としてあらゆるものを消失する力を行使した筈のアケチが、逆に自らの力を消失する羽目になるのだから皮肉なものであり、もっといえば。己が行った召喚魔法のおかげでナガレがこの異世界にくるきっかけを与えてしまったわけだから、皮肉というか因果応報というか、中々散々な結果である。
そんなアケチは、ナガレの秘伝をその身に受け、地面に転がっていた。先程までは魔神状態に変貌を遂げていたが、能力を失った以上、当然その効果も消え失せ、完全に元のアケチに戻ってしまった。しかもそれ以外にも色々と失ってしまっている。
「な、なんだこれ、僕の、僕の力が、おかしい! 何なんだ一体! くそ! ステータス!」
そして、しばらくしてアケチが顔を上げた。どうやら感覚的に自身に明らかな変化が起きていることに気がついたようだ。
件の言葉を叫び、そして自らのステータスを確認するわけだが。
「な、ない、ない! ない! ない! ないぃいぃぃいいいい! 魔神の加護も! アカシアの記憶もーーーー! ホワーーーーーーット!?」
よほどショックだったのか、言葉のチョイスも色々おかしなことになってるアケチである。
そして、アケチは改めて、自分の腕を、身体を、しきりに確認するが。
「ま、魔神化まで、消えている――貴様! ナガレ! 一体この僕に、何をしたーーーー!」
アケチが叫ぶ。一見強気な態度に見えるが目には涙が溜まっていた。
「貴方が、この世界で手に入れたという力を消し去りました。正確には、貴方がその力を手に入れる前の状態と、今の状態を入れ替えて、定着させた形ですね」
な、なな、とアケチが頭を抱え、よろよろと足をもつれさせる。
「ですが、安心してください。貴方が本来持っているであろう力はそのままですから、レベルも10ありますし、アビリティに剣術の玄人級もあります」
ナガレの答えに愕然となるアケチである。実際はレベル10という数値は異世界に来たばかりで何の恩恵も与えられていない地球の高校生と考えたなら、それなりに優秀といえなくもないが、しかし一度は最強と勘違いする程の能力を手にいれたアケチからしてみれば、なんの慰めにもなってないことだろう。
どちらにせよ――現状アケチは、ここに集まっている面々の中で一番弱い存在に成り果てた。帝国騎士は勿論、迷宮内をうろつく魔物にすら勝てないレベルなのである。
「やったわねナガレ! これでそのアケチも終わりね!」
すると、ピーチがナガレに向けて一歩踏み出し嬉しそうに言った。
確かに、ここまでくるともはやアケチには取れる手がないことだろう。
さて、この四面楚歌な状況で、どんな手に出るのかといったところだが――
「す、す、すみませんでしたぁああぁああぁああぁあああぁあああ!」
なんと、土下座であった。あの完璧を自称し続けていたアケチが、マサヨシが、まさに今、パーフェクトな土下座を皆に披露した。
しかもその場から後方に跳躍し、くるりと一回転しながらの見事なまでの土下座である。
「僕が! 僕が全面的に悪かった! 完璧だと調子に乗ってしまった! だから、だからどうか許して欲しい!」
そしてコメツキバッタの如くペコペコと頭を下げ、謝罪を繰り返す。
その様子に、周囲で見ていた者たちが一様に言葉を失うが。
「ふ、ふざけないでよ! あんた、今更そんな土下座なんかで、許されると本気で思ってるの! 自分で何をしたか判ってるの!」
だが、沈黙を破るかのようにマイがアケチを責めた。サトルも神妙な顔を見せている。当然だろう、何せこのアケチのおかげで、サトルの家族は全員その命を奪われているのだから。
「本当にそうね。流石にそれで許してもらおうなんて、虫が良すぎるってもん――」
「まあ、そうだろうね!」
そして、マイに倣うように、ピーチもまた片目を閉じ、杖をアケチに向けて突き出し振り回しながら言葉をぶつけていくが――その瞬間、アケチの目が光り、そしてピーチの背中を取りナイフをその細首に近づけた。
どうやら、衣服のどこかにナイフは隠し持っていたようである。そして、アケチは敢えて跳躍して土下座をした時点で、ピーチとの距離を詰めていた。つまり、最初からピーチに狙いを定めていたのだろう。
「くくくっ、ははっ、なーーーーんちゃって!」
そしてアケチはさっきまでの、ごめんなさい、許してください、といった態度を豹変させ、本性を剥き出しにさせた。
「油断したなぁああぁあ! ナガレーーーー! それに、貴様はひとつミスを侵したーーーー!」
「ミスですか?」
「そうさ! 一つ忘れているのさ! この僕から不老不死を取り除くのをな! つまり、僕はまだいくらでも再生出来る! つまり、誰かが今僕を妨害しようとしても、問答無用でこの首を掻き切る時間ぐらいあるってことさ!」
「な、なんて卑怯な奴なの――」
マイが心から相手を軽蔑するような目を向け吐露する。確かに、やっている事が最低である事に変わりはない。
「ふふっ、しかも、この女は見ての通り非力な魔法使い。いくらレベルが下がったとは言え、相手が魔法使いなら、魔法さえ使わせなければ怖くないのさ!」
得意満面で、ナガレを嘲笑うように言い立てるアケチ。どうやら相手がピーチ程度の魔法使いなら、自分の力には抗えるわけもなく、人質にピッタリだとでも思ったようだ。
「やれやれ、予想はついてましたが、本当にどうしようもない男ですね貴方は」
「ふん、なんとでも言え! いいかナガレ! お前はそこから一歩も動くなよ! 指先一つ動かすな! 何しでかすか判ったもんじゃないからな! この牛みたいな乳した牝の命が惜しけれ、ブフオオオォオォオオオオオオオオ!」
その瞬間だった。アケチが全てを言い終える前に、ピーチが、そう、アケチが非力だと言い切ったピーチが、その手に持った杖を思いっきり振り上げた。見事なまでに、顎を砕く形で、そして、アケチの身体は吹っ飛び、天井近くまで浮き上がる。
「ねぇナガレ、不老不死なら、私もお仕置きしちゃっていいかな?」
「はい、構いませんよ」
ニコリと微笑みかけるピーチに、ナガレも笑顔で返す。
するとピーチがその場で杖をぶんぶんっとリズムに乗せたように振り回し、そして先端が、棘付きの鉄球に変化した。
顎を上げ、視線を上げた先には、落ちてくるアケチの姿。そう、アケチは明らかな見当違いをしていた。このピーチ、見た目は魔法使いのようだが、実際は杖で殴打するほうが得意なのである。アケチに敗因があるとすれば、それを見誤った事だろう。
そして、ピーチは落ちてくるアケチに狙いを定め、握る手に力を込めて、この! と一言呟き大きく息を吸い込んで――
「ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! ゲス! がぁああぁああぁああ!」
「オベぇ! アボぉ! ゲボシッ! ヤフべぇ! パフェ! クトォ! カンぶぇ! キジャ! ジャス! ティス! アババっ! ギビッ! アケッ! チマッ! ヨシッ! ブホラァアアァアアアァ!!」
杖を鉄球に変えたピーチのゲスラッシュが炸裂! 全身をくまなく殴りつけられ、顔だけ見ればかなりのイケメンといえたそれも、見る影もなく、全身の骨が砕け、四肢がそれぞれとんでもない方向に折れ曲がっていた。
だが、アケチにはあの不老不死が残っている。そう、これがある限りアケチは死なない、いや死ねない。みるみるうちに肉体が再生され――ピーチが殴り飛ばして吹っ飛んだ先に待ち構えるは、フレムの姿。
「次は俺だ! この、クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! が! 燃え尽きやがれぇええぇええええぇええ!」
「バガッ! マゾぅ! アブシ! ゴブッ! アブっ! ゲボぁ! モギュゥ! アイキッ! アベラぁ! ヒギェ! ピギェ! あ、ぎぃ、アヅイ、アズイ、アヅイ、アアァアアアアアァァアアァーーーーーー!」
続いてフレムのクズラッシュ。双剣を巧みに操り、アケチの身を切り刻み、最後は体温調整で双剣に炎をまとわせ、アケチの全身を焼き尽くした。
だが、ここで再び不老不死発動。消し炭になったその身も綺麗な状態まで再生され、そしてフレムによって斬り飛ばされた先にはビッチェの姿。
「おお! 我が愛しき姫君よ! やはり、残された最後の希望は貴方しか――ぷぴょ!」
「……お前いい加減、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、そして、気持ち悪い――」
「アピョピョピョピョピョピョピョピョピョ! アヒイィイイィイィイイイイ! ギイィイィイィイイ! アアァアアアアアアァア!」
ビッチぇがチェインスネークソードを鞭のように何度も振るい、その度にアケチの肉片がそこらに飛び散っていく。男の大事なところは切り裂かれ、排泄するのに必要なソレもズタズタにされ、最後に全身をぐるぐる巻きにして、一気に引き裂いた。
断末魔の悲鳴が広がるが、しかしアケチには不老不死がある。そう、たちまちにその身体が再生され、だが、アケチの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。何せ不老不死とは言え痛いものは痛く、熱いものは熱い。
そして、三度ふっとばされたアケチの先には、いよいよナガレの姿があり。
「ひっ、な、何を……」
「私のやることはただ一つです。最後のその力も消させていただきますよ――」
そしてナガレは飛んできたアケチを受け流し、再び逆転流罰を決め、地面に叩きつけるのだった――




