第三三八話 最後の禁じ手
己が完璧であることを、ナガレによって完璧に否定され、それどころか中途半端だと断言されたアケチ。怒りに任せてフルパワーで闘気を放出するもあっさり跳ね返され、遂に涙を流し屈辱を味わう羽目になった。
だが、そんなアケチが遂に禁じ手の最後の一つ、パーフェクトエンドを発動させる。
「……え? 何、偉そうな事を言っていたわりに特に変わったことがないような」
「どうせ、ハッタリだったってことだろ」
最終兵器とまでいわれた何かを行使したアケチであったが、その後の特に代わり映えのしない光景にピーチが怪訝そうな顔を見せ、フレムは呆れたように言いのける。
「確かに、何もないわね」
それは、マイも同意見なようで、疑問符を頭に浮かべたような顔つきで言葉を漏らした。
ただ、その中でビッチェに関してはどこか真剣な顔つきである。
「……いや、確かにこれまでと違う、何か異様な雰囲気」
「はははっ、流石麗しの姫君。何かに気がついているようですね。でしたらお願いがあります。どうか僕に対して殺意は向けないように、何があっても、手を出そうなど考えないようにお願いしますよ。出来れば貴方は消したくありませんからね」
そんな敏いビッチェに顔を向け、アケチが忠告する。どうやら未だに彼女のことを諦めてないようであり、そして今度はナガレに向き直り、警告した。
「今のは君にも言えることだよ。ここにいる全員、何も変化がないと驚いているようだけど、それはあくまで僕が何もしてないからだ。君たちの、いや既に世界の命運は僕の気持ち一つでどうとでもなるんだと思ったほうがいい。そう、いうなればこれは――消失チート……」
「消失、チートだって?」
思わずサトルが繰り返す。するとアケチがふふんっと得意げに髪をかき上げた。
「そう、消失、つまりロスト。このスキルを発動した瞬間、僕が消えろと思っただけで、対象は消え去る。文字通り、消去されるのさ。そこに肉体も魂も関係がない。もっといえば、生物である必要すらない。物質だろうと、現象だろうと、そう、概念そのものを今の僕は問答無用で消し去る事が出来る」
騎士たちがざわついた。今回ばかりは、心底信じられないといった表情で顔を青くしてアケチからは見えない位置まで移動しようとしているものすらいる。
「一応いっておくけど、逃げても無駄だよ。やろうと思えば、今の僕は帝国そのものだって消せる。そしてナガレ、もうひとつ重大な事実を君に突きつけるとしよう。このスキルは一度発動すると、もう僕でも止めることは叶わない。そして、この力は僕に危害を加えようとした場合問答無用で発動する。僕の意志に関係なくね。それは直接僕を害しようとした場合に。例えば今どこかの誰かが石を投げようとしたとして、それが結果的に僕に危害をあたえると判断した場合は、石を投げようとしたものが消える。地震が起きた場合地震という現象が消える。広範囲魔法で特に僕と定めず放とうとしてもそれが結果的に僕を害する結果に繋がるならそれも消える。判るかい? ナガレ、もし君が僕に近づき、その合気とやらで何かをしようとしたら、当然君は消えるんだ。それは絶対に抗えない事実。僕のこの力は場所を問わない。例え世界の果てであっても、宇宙のどこかであっても、どこか別の次元のだれかであっても、それが地球から何かしらの方法で攻撃が出来たとしても、この僕に害があると判断すれば、それは消滅するんだ」
「な、何よそれ、無茶苦茶じゃない……」
「し、信じられないです」
アケチの話を聞いていたメグミが絶望の表情で呟き、アイカも泣きそうな顔を見せていた。
確かに、そこまでいくともはやどうしようもないと考えてもおかしくない。
「あ、頭が沸騰しちゃうよ~」
「あ~! またローザが~でも、おいらも話が凄すぎてついていけないよ~」
ローザが目をぐるぐる回して頭から湯気を吹き出している。咄嗟にカイルがローザを支えるが、カイルも笑顔が固い。
「ふふっ、みんな絶望しているね。でもそれも仕方ないか。僕だって本当はこんな手は使いたくなかった。何せこの能力は強すぎる。発動したら最後、あまりに一方的に勝負が決まるからね。だから、僕は禁じ手としたんだ。判ったかいナガレ? 言っておくけど、僕は君がそこから一歩でも近づいたら、て、はぁ!?」
話を続けていたアケチだが、突然素っ頓狂な声を上げた。なぜならナガレが、何のためらいもなく、いつもの歩法も見せず、まるで見せつけるようにスタスタとアケチに近づいてきたからだ。
「お、お前判っているのか! 僕が今いったように!」
「そうですか」
しかし、近づいたナガレは問答無用で、相手の呼吸を読み、受け流し、そして地面に叩きつけた。
ぐぎゃ! と蛙が潰れたような無様な鳴き声を発するアケチ。今回は不老不死で蘇生するほどのダメージを受けていないが、だが、しかし、顔を上げ、信じられない物を見たような目を向けつつ、咄嗟に後ろに飛び退いた。
「き、君は、君は馬鹿なのか!」
「藪から棒に酷い言われようですね」
指を突きつけながら言いのけるアケチにナガレが返す。アケチの指はプルプルと震えていた。
「いいか! よく聞けよ!」
「はい」
「僕の能力はもうチートといっていいものだ! 消滅チート! これが僕の力だ!」
「そうですか」
「僕はやろうと思えば、消えろ! と念じた時点であらゆるものを消去できる!」
「なるほど」
「しかもこのチートは一度発動したが最後、僕でも止められない!」
「それは大変です」
「そして、このチートが発動している限り、僕に危害を加えようとしたものは生物だろうと! 物体だろうと! 現象だろうと! 概念そのものが消滅の対象となる! 世界の果てにいようと! 宇宙にいようと! 別次元だろうと関係なく! 僕に害があると判断したものは全て勝手に消滅するんだ!」
「とんでもない力ですね」
「そう! だから貴様はもう僕には攻撃が出来ない! 判ったか!」
「お断りします」
「ぐふぇっ!?」
問答無用でナガレはアケチを放り投げた。そう投げたのだ。あからさまに危害を加えている。だが、ナガレが消えることはなかった。
「ふ、ふ、ふざけるなーーーー! なんなんだお前は! 概念だぞ! 概念すらも消滅するんだぞ! 次元も関係がないんだ! それほどの力だぞ! なのになぜそれがお前には効かない!」
「その答えは特に難しいものではありませんね。例え貴方のその力があらゆるものを、概念すらも消滅するものだったとしても、そこに結果が伴う以上、私は全てを受け流してみせます」
ナガレが一切の揺るぎない精神で、それを言い放つ。アケチは絶句し、身体を弓なりに反らすようにして、言葉を失っていた。
「し、信じられない、こんな事本当にありえるの? もしかしてそもそもからしてアケチが嘘を言っていただけなんじゃ?」
そしてその様子を見てたマイが、信じられない物を見たような顔で意見を述べる。
だが、サトルは首を横に振り。
「アケチが嘘を言っていることは多分ない。だけど、相手が悪かったんだよ。多分ナガレさん相手なら僕がデスアイズという即死効果を与える悪魔を使っていたとしても通じない。即死だろうと消滅だろうと、どんなチート級の能力だろうと――ナガレさんの前では無意味なんだ……」
どこか、感慨深い表情でサトルが語る。
ナガレと相対し、一度は戦ったサトルだからこそ、判ることというものもあるのだろう。
だが――アケチは往生際が悪かった。
「だったら、だったら! 貴様の大事にしているものを全て消し去ってやる! その場の全員! 消えろ!」
アケチは遂にヤケになったのか、ナガレ以外の全員に矛を向け、その言葉を口にしたのだ。ビッチェがいても関係なくだ。
ソレを目にし、騎士の中には腰を抜かしたものもいたが――
「な、なんだ? なんでもないぞ?」
最初に発したのはアレクトだった。それに倣い騎士たちも身体を確認するが特に異常は見られない。
ちなみにナガレと行動を共にしてきた仲間たちは、この状況でも一切心乱さず、その戦いを見守り続けていた。
「ば、馬鹿な、どうして――」
「無駄ですよ。今言ったことは何も私に限った話ではありません。私も含めて全員、この目が黒いうちは消滅なんてさせません」
「な、なな、な、なんなんだ、一体、何物なんだお前は……」
遂に震える声でアケチが問う。だが、それに対するナガレの答えは決まっている。
「貴方だってもう知っているじゃないですか。私はただの合気道家。そして、この世界においてはしがない一冒険者です」
「ふ、ふざけるな! お前みたいな! お前みたいのが、お前みたいのが――」
「それにしても、まさかあれほどまでに執着していたビッチェにまで容赦なくですか。一度発動したら自分では消せない点といい、あまりに無差別が過ぎますね。やはりそれは、お前には過ぎた力だ」
表情は穏やかでありながら、滲み出る空気は酷く重く厳烈なものであった。
「ひっ! あ、あ、うわぁぁああ! け、啓龕!」
すると、突如、アケチは悲鳴を上げ、そしてその場から消え失せた。
「あれ? アケチが、消えた?」
「はい、また自分の殻に閉じこもってしまったようですが、無駄なことです」
だが、ナガレはあっさりとアケチを空間から引き抜き、地面に叩きつけた。啓龕は別空間に自分の部屋を作り、しばらく身を寄せることも可能だが、ナガレには当然意味がない。
「ば、化物め! だったら!」
ふたたびアケチが消え、たかと思えばすぐにナガレによって地面に叩きつけられた。
「転移で逃げようとしても無駄ですよ」
「な、ななんあななな、なぁあああぁ! なんなんだよ! なんなんだよお前は一体! なんでお前みたいのがこの世界にいるんだ! お前さえ、お前さえいなければ僕は――」
「その件ですが、実は私は、ある時空の歪みを感じ取って、この世界にまでやってくることとなりました」
「――は? な、何だ突然! それが一体何の関係が……」
「それでふと思ったのですが。私が感じ取った時空の歪みは召喚魔法によるもの。しかも異世界から召喚した魔法の影響によるものだと今は確信しています。なぜなら、先程貴方が行使した魔法がその時の歪みに混じっていた魔力とそっくりだったからです」
そこまで聞いて、アケチも理解が出来たようだ。
まさか、まさか、と唇を震わせ。
「そういえば、貴方は確か、サトルをこの世界に召喚したのでしたね。だとしたら、私がこの世界に来るきっかけを作ったのは、他ならぬ貴方ということになるわけです」
「う、うわ、うわあぁああぁあああぁあああぁあああぁあああぁああ!」
アケチが絶叫した。それはそうだろう。アケチはあくまで自分が英雄になるために利用しようとサトルを召喚したと言うのに、結果的にアケチ自らが進んで虎の尾を踏んでいたのだから。
「さて、もういいでしょう。では――」
「あれね! あれを見せるのねナガレ!」
「おお! 遂に先生のアレが!」
そして、ピーチとフレムが興奮した様子で、期待に満ちた目でナガレを見やり――そしてナガレが遂にアレを行使する。
「神薙流秘伝・逆転流罰――」
その瞬間アケチの身体は再び地面に叩きつけられ、そして――魔神の加護とアカシアの記憶が見事、消滅した。




