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第三三七話 屈辱

 ナガレの秘伝、爆飄落迅(ばくひょうらくじん)が不動の構えを取るアケチに炸裂した。

 合気崩しと称し、その場から一歩も動かず先手を仕掛けさえしなければ勝てると思い込んでいたアケチ。だが、そんなことはナガレの前では無意味であった。


 何せナガレはやろうと思えば抜群の吸引力を誇る合気の技で、いくらでも吸い込める。動かぬなら動かしてしまえばいいだけなのである。


 そして爆縮の勢いそのままに、地面に叩きつけられたアケチの肉体は――砕け散った、砕け散った、砕け散った、砕け散った!


 つまり見事に粉々である。地球でこんなことを行えば、どこぞのメガネを掛けた小さな探偵や、何かと名にかけたがる学生の探偵が大騒ぎしそうなものだが、だとしても恐らく事件は迷宮入りだろう。


 それぐらい完璧なのがナガレの合気である。

 とは言え、別にナガレはアケチにトドメを刺すつもりでこれを行ったわけではない。

 現に散らばった肉片は既に一箇所に纏まり始め、足りない分は細胞を再生して補おうとしている。流石不老不死は伊達ではない。


 ただアケチにとってそれが幸運といえるのか、不運といえるのかは定かではないが。


「し、死ぬかと思った……死ぬかと思ったぞーーーー!」

「いや、普通は死ぬだろ」


 フレムもアケチに対してのツッコミは妙に冷静だ。


「くっ、まさかこの僕のパーフェクト合気崩しがこんな、くそ! あんな秘伝とかいうわけのわからない技さえなければ!」

「何か勘違いなされているようですが、今は確かに秘伝の技を使用しましたが、あの程度の構え、他にもいくらでもやりようはありますよ」

「何?」


 ナガレの発言に、アケチの眉がピクリと跳ねた。


「言ったな? 確かに言ったな! なら、やれるものならやってみろ! ただし男に二言はなしだからな! 当然今の技は無しでだ!」


「あいつ、言ってて恥ずかしくないのかしら?」

「……完璧な恥さらし」


 ピーチとビッチェが冷ややかな目をアケチに向け零す。

 確かにあれだけ完璧完璧言っておきながら、これは相当に見苦しい。


「さあどうだ! 今度は破れまい」


 そして勝手にルールを決め、一旦距離を離し、再び不動の構えを取る。


「やれやれ――無意味な事だと思いますけどね」


 ナガレは嘆息混じりに呟くが、とりあえず付き合ってやる気はあるようだ。

 

 アケチと相対し、再び微動だにしないアケチを見ながら、ゆったりと動き始め、かと思えば瞬時にアケチの前に姿を見せ、そしてその胸部に掌を叩きつけた。


 だが、同時にアケチがナガレの手首を掴み、ニヤリと口角を吊り上げる。ここから返し技に移行しようと考えたのかもしれないが――その瞬間アケチの表皮は水疱が出来たがごとく隆起し、それは全身に及び、しかも高速で肥大化し、パンッ! という音でアケチの全身がはじけ飛んだ。


「今のは私の掌を通じて合気を施し、血流を受け流し血の流れを強制的に加速化させました。さらに合気によって温度も上昇し、マグマのごとく煮えたぎらせる事で、全身をめぐる血液が膨張し、今のように内側から貴方を破壊したわけです」

「ぐっ、はあ、はあ……」


 全身が、パンパンに膨れ上がった風船に針を差したが如くはじけ飛んだにも拘らず、アケチはやはり再生した。このあたりは流石不老不死といったところか。


「とは言え、今のは少々高度な技と言えるので、今度はもう少し簡単なのを」

「え? ちょ、くそ!」


 そして、ナガレはまだやめる気はないようでアケチへと近づいていく。アケチはすぐに不動の構えを取ったが、そこでナガレはドンっと地面を強めに踏み、かと思えばアケチの足下が揺れ、ほんの少しではあるがそのバランスが崩れた。


 だが、ナガレからすればこれで十分である。バランスを崩したアケチの足を払い、そのままいつもより多めに回転させた後、アケチを地面に叩きつけた。


 当然、再び全身がとんでもないことになるアケチだが、不老不死のおかげでそれも回復する。ただし、当然だが痛い。


「さて、次は――」

「まてぇええぇええええぇえええい!」


 アケチが叫びながらとんでもない勢いで後ずさりしていった。


「なんだこれは! この僕がやられ放題じゃないか!」

「だから無意味だと言っているじゃないですか」


 アケチは妙にデジャブな発言をまたしてみせる。それに対するナガレの答えはあっさりとしたものだ。そして確かに彼は事前に無駄だと言っている。


「くそっ! 誰よりも完璧な、完璧な僕の作戦が! こんなにもあっさり」

「一応言っておきますが、それ、全く完璧じゃありませんよ」


 な! とアケチが絶句した。アケチはどうやら本気で今のが完璧な合気崩しだと思っていたらしい。


「今のような手は、少しでも格闘技に精通した者であれば、誰でも考える手です。むしろ真っ先に思いつくものでしょう。当然受ける側もそれに対する返し技ぐらい用意しているものです。正直言えば、今ここでそれを見せたのは、今更感が拭えませんね」


 アケチの肩がぷるぷると震えた。完璧だと思っていた手が、まるで誰にでも思いつく手だと言われているようで、悔しくて仕方がないのだろう。


「あ、ありえない! そんなことはありえない! 僕はあらゆる格闘技をマスターしたエリートだ! 完璧なんだ! その僕が――」

「そもそも、貴方は完璧なんかじゃありませんよ」


 アケチが憤り、反論する。だが、そのアケチの完璧発言は、ナガレによって見事なまでに砕かれた。


「僕が、完璧じゃないだと?」

「ええ、正直貴方は完璧とは程遠い存在です。確かに一つ一つの技は、見た目だけはよく体裁は整っているように思えます。ですが、貴方の技はどれも軽く、薄く、中身がない。一つ一つの技術も洗練されておらず、そのわりに見目の良い技に無駄にこだわるところがあり、そして、目先のパワーに頼ってしまう拙さもある。だからこそ、貴方の技は読みやすく、全く怖くない」

「僕の技が、読みやすい? 全く、怖くない、だと? 馬鹿な! 僕の今のレベルは10億を超えてるんだぞ! それなのに!」

「レベルだけがどれほど高くても意味なんてありませんよ。現に私は、貴方相手に無量大数分の壱まで抑えた状態で戦っていますが、更に言えば、今の私は無量大数分の壱まで落とした状態から更に一厘(いちりん)程度の力しか使ってません。いくらでも読める攻撃なら、その程度でも貴方自身の攻撃力に少し力を乗せるだけで事足りますからね」


 つまりアケチがレベルを上げれば上げるほど、その分アケチに返されるパワーも大きくなっていたという事だ。


 それを耳にし、な、な、とおののくアケチに、ナガレは更に続ける。


「もうひとつ言わせていただくなら、私がこの世界で尤も力を使ったのは、とある集落でエルフの女王と戦ったときです。その時で今の状態の六割まで力を引き上げました」

「ろ、六割だと! 馬鹿な! そのエルフは、今の僕よりもレベルが上だとでも言うのか!」

「いえ、レベルだけでみれば、変身前の貴方よりも更に低いですよ。ですが、培ってきた経験や技術は、貴方とは比べ物にならないほどの高みにまで達してます」


 ぐっ! と喉を詰まらせアケチは唇を噛み締めた。


「ふざけるな! 完璧な僕が技術で負けるなどありえるものか! 経験だと? そんなもの恵まれた才能の前では意味なんてない! 埃の被った骨董品と同じだ!」

「……貴方は数多くの格闘技を極めたと言っておりましたが、その内のどれか一つでも必死になって打ち込んだことはあるのですか?」


 腕を振り、言い切るアケチに、ナガレは問う。しかしアケチは、はっ、と鼻で笑い。


「打ち込む? それは僕に努力したことがあるかって事かい? くだらない! 努力なんてものは才能のないカス連中の悪あがきだ! そんなものに何の価値もない。僕はそうやってくだらない悪あがきに縋る連中を上から踏み潰すのが大好きなんだ」


「本当、とことん性根が腐ってるわね」

「全くだ、先生がいなかったら俺がボコボコにしてやるとこだぜ」

「……お前じゃ無理」

「な!?」


 ピーチが呆れたように述べ、フレムが拳を鳴らした。だが、フレムに関してはビッチェがあっさりと無理だと断言したが。


「……私は以前、マサルという男を相手した時、あまりに自分は努力していると、努力努力と連呼するもので薄っぺらいと評した事があります」

「――ははっ、なんだ、そこだけは気が合うじゃないか。そうとも、努力なんてわざわざする連中は才能に恵まれていない薄っぺらい人生しか送れないような愚鈍な連中なのさ」

「……ですが、それは別に努力そのものを否定したわけではありません。信念があり、目標があるなら努力は当然するものだという考えが私にはあるからです。決して努力をひけらかすような真似はせず、ひたむきに努力を続ける方は尊敬に値します。だからこそ――努力をしてもいない人間が努力を続けた人間を馬鹿にすることなど許されるべきではないし、人として恥ずべき行為だ」


 ナガレと一瞬でも気が合うと思ったのか、薄い笑みを浮かべたアケチだが、その後の回答に今度は顔を渋くさせナガレを睨めつけた。


「馬鹿馬鹿しい、努力をする必要もない天才が、そんな真似をすることは無駄でしかない。僕の才能があれば、数多の技術を物にできるのに、それを捨ててまで一つに拘る意味なんてないさ」

「別に一つである必要はありません。ようは志の問題です。貴方が言うように、一つの術に拘ることなく、幾つもの武術に精通している者もいます。中には正直貴方とは比べ物になりませんが、どのような武術であっても、その眼で見たものは全て模倣してしまうという流派も存在します」

「ははっ、それは確かに僕に近いね。それこそ才能があってこそしゃないか」

「それは違います。あらゆる武術を模倣するということはあらゆる技術に精通していなければいけないという事でもあるのです。当然それを会得するのは生半可な努力では叶いません。それこそ己の肉体を何度も破壊するような厳しい修練と、絶対にくじけない鋼の精神がなければ、成し得ないことなのです」


 ナガレが思い浮かべた流派、それは四神流と言う。玄武、白虎、青龍、朱雀という四つの型があり、その中の一つ青龍の奥義が相手の技を模倣する青龍の眼となり――


『正直息子はセンスはいいと思うのだが、こういってはなんだが、はっきりいえば超がつくほどの馬鹿なのが玉に瑕で、おかげで【青龍の眼】は本来座学で覚えるべき事も数多くあったのだが、学問となるとさっぱりでな。しかし身体に覚えさせると早いのだ。全く困ったものだ』


 ふと、四神流の最高師範と茶を酌み交わしながら話した時の事を思い出すナガレである。確かその息子は名前をタケトといった筈だ。


 直接会ったことはないが、年はこのアケチに近く今は高校生だった筈である。

 そんなことをふと、アケチとの会話をきっかけに思い出したナガレだが、しかし年が近いといっても全くタイプは異なる。


 なぜならタケトは確かに父親が言うように才能もあったようだが、それ以上に血の滲むような修練を積んでいるのはまちがいないからだ。

 そうでなければこの若さで四神流の四つの型や奥義を使いこなせるはずがない。


 そして、同時に思う。このアケチは以前道場破りをして回ったなどと嘯いてはいるが、真の猛者が存在する道場には足を踏み入れていないのだろうと。

 

 そうでなければ、所詮この程度の実力しかない男が、負け無しなどとはありえない。


 唯一、アケチの動きの中に、かつては威光を振るった門派の物も含まれていたが、残念ながら代替わりしてからは鬼神とさえも称された先代程の力は感じられなくなってしまった。


 それ故、現在の師範はアケチに破れてしまったのかもしれない。しかし、今は現役を退いているが、全盛期の先代であったなら一捻りだったことだろう。


「ははっ、なるほどね。つまりその誰かは知らないが、模倣する奴らも所詮は模倣に過ぎず僕以下って事だね。僕みたいに完璧な――」

「これで二度目になりますが、今も言ったようにするべき努力を怠り、才能があると思いこみ、物事を入り口に少し立っただけで知った気になる貴方は完璧とは程遠い存在です。物事には突き詰めたからこそ見える先というものがある。にも拘らず、それを見ようとしなかった。自分を完璧とし、才能に溺れ、その結果本質を見失った。お前(・・)のそれは完璧なんかじゃない、ただの中途半端だ」

「黙れ黙れ黙れ、シャラーーーーーーーーーーップ!」


 完璧であることを完璧に否定され、アケチが逆上した。両手に闘気を溜め、それを集束していく。


「もう戯言は沢山だ! だったら純粋なパワーで決めてやるよ! この闘気に僕のレベル12億5800万分のパワーを全て注ぎ込んだ! 受け流せるものなら受け流してみろ! だが、失敗したらここにいる全員死ぬ! その覚悟でやってみるんだな! はぁあああぁああああああ!」


 突き出したアケチの両手から、とんでもないパワーの篭った波動が放出され、帯となりナガレに迫る。


 確かにこれだけの力であれば、受け流すのもそう簡単ではないように思えるが――


「やれやれ」


――パシーン。


「へ?」


 アケチが眼を丸くさせた。当然だろう。なぜならナガレは、迫るアケチのフルパワーを、左手だけで簡単に弾いてしまった。それこそ小虫でも追い返すようにサクッと。


 勿論、これも受け流す行為のうちなのだろうが、あれだけ気合を入れて放った渾身の一撃をこうもあっさりとは、アケチは一瞬ときが止まったように固まってしまい。


 だが、弾き返されたソレは、真っ直ぐにアケチに向かって戻っていき、そして彼自身を飲み込んだ。


「う、うぉおぉおおおお、ぐおおおっぉおおぉお、ひょほぉおおおおぉおぉおおおおおおおお、ぁあああぁああぁあああ!!」


 アケチの放った闘気が消え去った後は、そこにはアケチの足首より下ぐらいしか残っていなかった。


 尤もこれとて完全に自業自得であり、そして不老不死により、再び復活を遂げるわけだが。


「屈辱的だ、この、完璧な僕が、中途半端だと? この僕が、あれだけのパワーを込めた技も、こんな、屈辱だよぉ、屈辱だよぉ、屈辱だぁああぁあぁあ、ナガレぇええええぇええ!」


 そして皆が見ている前でアケチは一旦両膝を床につけ、ボロボロと涙を流しながら、そんなことを訴え、そして遂に声を張り上げナガレを睨みつけた。


「こうなったら、もう終わりだ! 貴様が、ナガレ、貴様が悪いんだぞ! 貴様のせいで、僕は最後の禁じ手を使う! そしてこれを使ったら最後、もう、世界は終わりだ!」


 奥歯を噛み締め、逆恨みでしかないが、怨嗟の炎をその眼に宿し、アケチはここに断言した。


 まだ禁じ手があるのかよ、とどこか呆れた様子を見せるものもいたが――


「そう、これが最後の、僕の最終兵器! これですべてが終わる! パーフェクトエンド(完璧な終焉へ誘う世界)――」

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