第三三〇話 完璧な暴露
アケチは自らの計画が集まった帝国騎士全員に知れ渡る事となったが、それを意に介さず自分勝手な演説を更に続けていた。
「判るかい? 僕はもうこの世界の神なのさ! それなのに君たちはあまりに愚かだ。その点、この帝国の皇帝はまだまだ賢かったといえるね。この僕に心から忠誠を誓ってくれた。だから傀儡とは言え、僕が英雄になった後にも、皇帝の椅子は保証してあげたよ。僕は世界の王だから、このぐらいの思慮深さはあるからね」
誇らしげに、自分こそが圧倒的な支配者なのだと言わんばかりに、更に話が続く。
「そろそろこの世界の下民達は気がつくべきなのさ。一体誰が真の支配者で、自分たちがただ生かされているだけの世界の歯車でしかないという事実に。あ、歯車と言ってもこの世界の低レベルな人間にはわからないかな? つまり家畜と一緒という事さ。中には君たちみたいな虫けら以下な塵芥も多いけど、そういうのは一斉に掃除すべきかな。何せ生殺与奪の権利はこの僕にこそあるのだから」
両手を広げ、愉悦に浸った表情で語り続ける。騎士たちは歯を強く噛み締め、怒りを露わにしているが、気にしている様子はない。
「皇帝や大臣はそのあたりの事を本当に良く理解してくれたよ。そもそも彼らも僕ほどじゃないにしても世の中の仕組みってやつを少しは判っていてくれたからね。奴隷として最下級にいるのが亜人というどうしようもない劣等種な粗悪品だけど、それ以外の民だって、ほんの少しだけ、そう積み重なった塵程度立場が上ってだけなのさ。吹けば飛ぶような価値でしかない粗末な人間の命なんて天秤に掛けるまでもないしね」
アケチにとって命というのはそれほどまでに軽い。
「僕の計画は、やろうと思えば少し面倒だけどサトルがいなくてもなりたつから、その後多くの人は死ぬよ。帝国でも九割ぐらい死ぬかな。でもそんな塵芥、いくらでも替えはきく。皇帝だって笑って、その程度の命でよければいくらでも差し出す、僕は当然として、私や大臣の命に比べれば帝国臣民のくだらない命など屁みたいなものだと言っていたしね。そう、これが普通の考え、これが当たり前、これが当然の結論なのさ」
アケチは勿論だが、皇帝でさえもそのような思想とは、騎士たちの中にもショックが隠しきれない様子の者もいるようであり。
「君たちだってそうさ。本当なら僕がわざわざ手をくださなくても、死ねと命じたなら今すぐその腰に差してる剣を抜いて、首を掻き切って自害するぐらいが普通――」
「はい、もう結構です」
だが、アケチが更に長々と話を続けようとしたところで、ナガレが強制的に打ち切った。
それに信じられないといった顔を見せるアケチであり。
「……はい? いや、何を言って――」
「ええ、演説の途中なのは判りましたが、いい加減その独りよがりな聞くに堪えない話を聞き続けるのもうんざりですし、耳が汚れるだけですからね」
ナガレがどこか辟易とした雰囲気を醸し出しつつ答える。するとアケチの表情が一変した。
「な! だ、大体お前はなんなんだ! さっきだって、僕の!」
「演説の邪魔をしやがってとでも言いたいのですか? 本来貴方が許可しない限り割り込みできないはずの演説のスキルが、邪魔をされたのがそんなに不可解でしたか?」
「な! ぐっ!」
ナガレの指摘に、アケチが喉を詰まらせた。どうやら図星のようであり。
「念のため、効果を高める、【絶対効果】も組み合わせたようですが、それでも私には通用いたしません」
「ば! 馬鹿な! 絶対効果だぞ! 絶対効果はその名の通り、絶対に効果が現れるんだ! それが通用しないなんてそんな馬鹿なことが!」
「残念ながら、世の中に絶対なんてことはありえませんね」
「な!?」
絶句するアケチである。かと思えば、今度はナガレが道着の襟元に手を伸ばし何かを取り出した。
「さて、これまでの話は聞こえてましたよね? アルドフさん?」
「えええぇえええぇえええええ!?」
するとピーチが驚きの声を上げる。
「あ、アルドフって、あの洞窟で出会ったアルドフ? え、なんでその名前がここで出て来るの? それに、それは?」
ピーチからの質問が続く、アケチはどこか呆然としている様子だ。
そして彼女の見ている先、つまりナガレが話しかけているそれは、小型の、ボタンにも似た道具だ。
「ピーチの思っているとおり、あの洞窟で出会った彼ですね。そして彼は別れ際に、これを私につけていったのですよ」
「……つまり、ナガレはそれを知っていて、敢えてつけておいた?」
「そうですね。この魔導具は相手の声はこちらに届きませんが、こちら側の声を広範囲で拾います。しかも、相手側には、この魔導具で拾った声を記録できる魔導具もあるはずです」
「……な、なんか聞いていると盗聴器みたいね」
マイが頭に浮かんだであろうワードを述べる。するとナガレが頷き。
「そうですね。まさに録音機能付きの盗聴器です」
「そ、そんな魔導具まであるなんて、意外とこっちも進んでいるのね」
「驚きです……」
メグミとアイカも目を白黒させていた。ただ、これにはちょっとしたからくりもあるようであり。
「では、ここまでの話をどう扱うかはアルドフさん、貴方にお任せしますよ。一旦壊させていただきますね」
そう告げ、ナガレはそのボタンのような魔導具を握りつぶした。
「でも、ナガレ、それがあるなら、あの時もそれを利用して話しかければ良かったんじゃない?」
「それだと、相手に警戒されてしまいますからね」
ピーチが言っているのは、ナガレが合気を利用してアルドフに語りかけた時の事だろう。
ただ、密かにナガレにその魔導具をつけたのであれば、確かに下手にナガレが気づいていると知れば、盗聴するのをやめていたかもしれない。
ナガレは最初からこの盗聴を利用しようと考えていたので、それは避けたかったわけだ。
それに、聞かれて困るようなことは特に話してはいないし、話すにしてもそこだけ合気で妨害すればいいだけの事である。
「さて、これで貴方のこれまでの会話が、全て外に筒抜けとなってしまったわけですが、今度はどうなされるおつもりですか?」
改めてナガレが問う。すると、アケチがハッ! とした表情を見せた後睨みつけてきた。
「……貴様――」
「貴方は、自分の本性がばれそうになると、それを知ったものすべて排除して回る方針のようですが、ならば今のが帝国全土に知れ渡れば、今度は自ら帝国の人間全てを殺して回るのですか? ですが、そうなれば当然今度は諸外国にもそのことが知れ渡りますね。その時は、他の国も全て滅ぼすのですか?」
「……何が言いたいんだ?」
「所詮力に頼ったような杜撰な計画ではいずれは破綻するということです。自らの力に傾倒しすぎていて、周りを一切みようとせず、自分だけが正しい、それ以外は全て使い捨ての駒でしかない。そんな歪んだ考えでは、何も得ることなど出来はしませんよ。例えそれで世界を手中に収めることが出来たとしても、そんなものは裸の王様以外の何者でもありません」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 偉そうに僕に講釈を垂れるな! 底辺の分際で! 愚者の分際で! 貴様こそ、ただの井の中の蛙だということを忘れてるわけじゃないよね? 大体今の話だって答えは簡単さ。今すぐ君を含めて全員を瞬殺し、そのアルドフって男も見つけて首を刎ねればいい。ただ、それだけだ!」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ言い立てるアケチに、ナガレが肩を竦めて答える。
「そんな事が、本当に可能だと思っているのですか?」
「当然さ! 僕は完璧なんだ! さあ先ずはお前だ! 偉そうに言っているが、この僕の視えない攻撃に全く対応できなかった癖に、どこにそんな余裕があるというのかな? しかも今度は、全方位からの逃れられない斬撃で、君の身体をズタズタに切り裂いてあげるよ! パーフェクトインビジブルスペシャル!」
刹那――アケチが剣を抜き、瞬く間に千を超える斬撃を空間に刻んだ。そして、先ほどと同じように、その攻撃の全てが空間を飛び越えて、四方八方から隙間なくナガレに襲いかかる。
「はは! これで終わりだ。僕の目の前で華麗に散るが――」
勝利を確信した笑みを浮かべ、声を上げるアケチであったが、その瞬間斬撃は全て、アケチに向けて振るわれ、その障壁に快音と爪痕を残した。
「……へ?」
「念のため申し上げておきますが、先程のは対応できなかったのではなく、敢えてしなかったのですよ。やろうと思えばこの程度の些末な技は、目をつむっていても返せます」
はっきりと断言する。だが、その言葉に嘘などない。現にナガレの身体は勿論、着衣にも一切の乱れはなく、傷どころか綻び一つ感じられない。
そう、アケチの視えない斬撃とやらも、ナガレの前では意味がない。四方八方から襲いかかろうと、ナガレは全てを一瞬にして受け流し、アケチへと返してしまえるのだ。
「な、くぅ、だが、調子にのるなよ! この程度、大体、僕にはこのパーフェクトバリアがある! 今の攻撃だって一切僕には届いていない。そうさ、ダメージを与えることが出来なければ、倒すことなんて出来るわけが――」
「では、試してみましょうか」
「――ッ!?」
途端に、ナガレがアケチの目の前に出現し、驚き身じろぐその脚を最初と同じように払い、そしてぐるりと回転させた後に、その頭を地面に叩きつけた。
「……いかがですか?」
「くっ! 何を無駄なこ――へ?」
ナガレが問いかけると同時に、アケチは両足を上げ、その身を跳ね上げ地面に着地し体勢を立て直した。
一見軽やかに見える身のこなしであったが――しかし、アケチは直立状態が維持できず、あっちへふらふら、こっちへふらふらと踊りだす。
「どうです? 目の前がぐらんぐらんしますよね?」
「な、きさ、ま、何、を――」
「別に大した事はしてませんよ。技としては幻酊という物で、本来は叩きつけると同時に頭蓋を振動させ脳を数万回揺らし、平衡感覚を失わせる程度のものです」
アケチが終始酔っぱらいのような千鳥足なのはこのせいである。
「ば、馬鹿な、完璧な防御を誇る僕の障壁が――」
「ええ、ですから、今回はその障壁を逆に利用させて貰いました。どれほど優れた障壁でも、障壁として存在する以上、貴方との間に僅かな隙間は存在しますからね。それを利用して障壁の内側に叩きつけさせて貰いました」
そこまで言ったところで、アケチが両膝をつけ、口元を手で押さえた。よほど気持ち悪かったのだろう。
「その障壁にはもう一つ面白い使い方がありますよ」
しかし、ナガレは容赦なくアケチの頭に手を添え、再び回転させ今度は高速で地面に叩きつけその反動でバウンドしたアケチが天井にぶつかる。
その瞬間、アケチがグハッ! とうめき声を上げた。障壁があるにも関わらずダメージが通った証拠だ。
「いまのは障壁の内側を利用して肉体的ダメージを与えた形ですね。外側からはどれほど強固に思えても、内側から利用されれば逆に自分を傷つける道具として利用されるわけです」
地面で跪き、咳き込むアケチに解説するナガレ。そして、尤も、とゆっくりと近づいていき、ビクリと肩を揺らし背後に飛び退こうとしたアケチの後ろにあっさり回り込んでいたナガレが、その飛び退いた勢いを利用してぐるんっと回転させ、アケチをバスケットボールのボールの如く地面でバウンドさせながら、近くに見える半分ほど折れた柱の前まで持っていき、跳躍してダンクシュートを決めた。
その瞬間、パリーンという音とともに、アケチの障壁が粉々に砕け、柱も砕け、地面が衝撃で窪んだ。
アケチは窪みの中心で、生まれたての子鹿のような状態でピクピクと痙攣している。
「見ての通り、完璧な障壁とやらも、破ろうと思えばいつでも破れます」
そしてあっさりと言いのけるナガレ。その周囲ではいつものメンバー以外の全員がポカーンとした表情で呆気にとられていた。
いつものメンバー、つまりビッチェ、ピーチ、フレム、カイル、ローザに関してはもう慣れたものであるが。
「ぐ、は、くっ、いでよ、え、エリクサー――」
しかし、窪みの中で満身創痍といった様子のアケチは、突如手の中に小さな瓶を取り出し、それを一気に飲み干した。
かと思えば、体中の傷が癒え、余裕の笑みを湛えて窪みの中から飛び上がり、空中で浮遊したまま静止する。
「はあ、はあ、はあ、今のは、流石の僕もヤバイと思ったよ。そう、今のは流石にね! この僕に、エリクサーまで使わせるなんて! やるじゃないか、でも、生意気だよ君、生意気が過ぎるってもんさ!」
アケチの声に、あいつエリクサーなんて……と言葉を漏らすピーチ。幻の秘薬とさえ称されるエリクサーは飲めばどのような病でもたちどころに治り、部位欠損でも治療し、全ての傷もあっというまに癒やし完治するという。
そんなものを持っていたことに驚きを隠せないのであろうが。
「貴方にとってみれば、エリクサーは大した代物ではないのかもしれませんが、それでも、この程度でそれを使う必要が出てしまうとは程度がしれますね」
ナガレが空中のアケチに向けてそう言い放つ。エリクサーを持っていたという事実よりも、エリクサーを使ってしまったという事にがっかりしてる様子をはっきりと表明した。
アケチの拳が自然と握られ、笑顔が引きつり始める。
「大口を叩くのもいい加減にしておくことだね。言っておくけど、この僕は万をいや、億を遥かに超えるであろう能力を有している完璧な勇者なんだ。今の技だって、精々その中の中レベル程度の能力でしかない」
周りの騎士たちがにわかに騒ぎ出す。マイやメグミも驚きを隠せない様子であり。
「億を超えるって……どれだけなのよ……」
「はん! はったりに決まってるだろ!」
「……いや、あの男、うざいし傲慢だけど、能力について嘘をつくとは思えない」
ビッチェの発言に、ピーチとフレムにも若干の狼狽が感じられるが――
「貴方の言っていることには少し語弊がありますね。正確にいうなら、貴方の持つたったひとつのスキルの効果でそれが可能なわけですから」
しかし、ナガレがアケチに指摘する。すると、アケチの表情に僅かな歪み。
「……一体、何を言っているのかな君は?」
「言葉のとおりですよ。私には貴方の能力も見えてますからね。そう、貴方の力は――」
そう、壱を知り満を知るナガレに見破れないものなどない。
そんなナガレが察したアケチのステータスと能力は――
ステータス(看破)
名前:マサヨシ アケチ
年齢:17歳
性別:♂
称号:魔神の加護を受けし完璧な勇者
レベル:125800
生命力:10560000/10600000
魔力 :10252000/10252000
攻撃力:10125000
防御力:10050500
敏捷力:12850000
魔導力:10000000
魔抗力:10000000
アビリティ
魔法行使(魔導第一門まで可)・魔力変換(効果・極大)・光の恩恵・英雄の素質・祝福・福音・聖なる加護
スキル
光操作・絶対なる束縛・啓龕・光の慧眼・詠唱破棄・術式記録
隠しスキル
・アカシアの記憶
概要
この世界における全てのデーターが閲覧可能となるスキル。この世界が生まれてから現在までのあらゆる情報が網羅されている。
スキル保持者はこれらのデーターに自由に干渉が可能。魔法・アビリティ・スキルはいくらでも取り出してステータスに追加したり自由に行使が可能となる。データに保存されているアイテム類(装備品も含めて)は自由に具現化が可能。
※ただし神器など一部の希少道具は現存するものが取り出される。既に存在しない場合は複製される。
※魔神との契約と制約により、天導門と神導門は開けない。




