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第三二九話 真実を知る時

 フレム、ピーチ、カイル、ローザ、メグミ、アイカ、そしてアレクトと他の帝国騎士は、結局アレクトの記憶もあって、広間を出てからはそれほど時間もかからず、そこへ到着する事が出来た。


 そして、あ、ナガレ! と喜ぶピーチ。

 フレムも、先生! と歓喜する。


 そんな中、ナガレともう一人の戦いに目を向ける褐色の女剣士と、その横で座る少女に、膝枕をされている少年を認め、一行は近づいていった。


 少女と少年に関しては、メグミとアイカがそれぞれ、サトルくん! マイちゃん! と声を上げる。


 それを耳にし、ピーチ、フレム、カイル、ローザの四人も膝枕されている方がサトルだと認識する。


「あ! やっぱりビッチェ来てたのね! でも、一人?」


 そして、開口一番ビッチェに向けてピーチが尋ねる。一人というのは、後から来たもうひとりのビッチェを踏まえての発言だろう。


「……ん、同化した」

「え? ど、同化、あ、相変わらず凄いわね貴方――」


 それに対するビッチェの答えに、目を細めるピーチであったが。


「ちょ! 突然何なのですか貴方!」


 戸惑いと興奮を含んだ大声に振り返るピーチとビッチェ。その視線の先では、少年を膝枕する少女と、そんな二人に向けて剣を抜くアレクトの姿。


「アレクトさん! 何してるの!?」

「……そこをどけ小娘。私が用があるのはこの男だ。こいつが、私の夫をそして仲間を殺したのだからな!」


 アレクトへメグミが駆け寄り叫んだ。だが、その言葉にメグミが足を止め肩をビクリと震わす。


「え? サトル、が?」

「……サトルくんが、殺した?」


 そしてメグミとその後ろを追ってきたアイカが狼狽の声を発する。アレクトが復讐のために狂気化という状態すら受け入れたのは知っていたが、彼女は復讐相手の名前は知らなかった為、まさかそれがサトルだとは思わなかったのだろう。


 しかし、今アレクトの目は憎しみに満ちている。それが彼女の恨みの対象がサトルであることの証明に他ならなかった。


 彼女とて、ここに来る途中、今回の全てはアケチが計画した事ということは聞いてはいたが、それでも実際に命を奪ったのはサトルなのである。


 そんな仇を目の当たりにして、冷静でいられるわけもなく――


「……そう、貴方がアレクトさんなのね。貴方がサトルくんに恨みを抱いている理由は、彼とナガレくんとが戦っていた時の話でなんとなく判っているわ。でも、だからってこんな寝首をかくような真似をして、本当に貴方は満足なの?」


 だが、一旦瞑目し、剣を突きつけているアレクトに向けてマイが言葉を返す。


「な、なに?」

「……見ての通りサトルくんは今傷を負って気を失っているわ。今その剣を振るえば、簡単に命を奪うことだって可能でしょうね。でも、それが貴方の望み? それが貴方の復讐? 貴方も騎士なのよね? 誇りある騎士が、こんな真似をして、恥ずかしくないのですか!」


 更に、キッと睨みつけ、相手を諭すように言いのける。年齢で言えばマイの方が下だが、しかしその眼力に、思わずたじろぐアレクトでもある。


 その凛とした姿勢は、気高く、誇らしげで、そして、美しかった。


「……また、私は、見誤るところだったというのか――」


 そして、アレクトは剣を下ろし、鞘に納める。


「判ってもらえてよかったわ。ありがとう、アレクトさん」

「……勘違いするなよ。あくまで、その男が目覚めるまでの間だ」


 アレクトの言動を目にし、メグミはどこかホッとした様子であり、アイカは、なんとも言えないような複雑な表情を見せてもいた。


 メグミはともかく、アイカからすれば実際に命を狙われているわけであり、今は寝ているが、目を覚ました後は、どう接していいかわからないという思いなのかもしれない。


 むしろアレクトほど強い憎しみでもあればまた別だったのかもしれないが、サトルの境遇を考えればアイカを他の生徒と同じに見ていたのであれば、あれほどの憎しみの目を向けてきても仕方がないと思える自分もいるのだろう。


「そもそもお前はいつも見誤ってばかりだな」


 そんな中、一旦離れるアレクトの背中に向けてフレムが言った。

 

 それを見ていたピーチやローザが、また余計な事を、と頭を抱える。


「貴様は! ずっと思っていたが失礼が過ぎるぞ! 大体初対面の貴様になぜお前呼ばわりされなければいけないの――」

「あ! そういえば、ローザさんという方は来ていますか?」

「あ、はい私です!」


 指を突きつけ抗議の声を上げるアレクトだったが、ハッ! と何かに気がついたように声を上げたマイにローザが返事し駆け寄った。

 

 結局消化不良気味に、クッ! と呻き、アレクトは、もういい! と他の騎士を見やる。


 マイは、ローザにナガレに言われた事を告げ、サトルへの治療をお願いする。

 それをローザは快く承諾し、早速聖魔法による回復を施し始めた。


「……それにしても、連中は一体どうしたというのか?」


 アレクトはアレクトで、他の騎士の様子に怪訝な表情を見せていた。

 理由は、彼らが立ち止まったまま、ある一点に目を向け固まり続けていたからだ。


 しかもただ固まっているわけではなく、一様に頬を染めたり、鼻息を荒くさせたりと、妙な興奮状態に陥っているようであった。


 中には股間で山を作っているものもいる。


「こ、こんな状況でなんて不届きな奴らだ――」


 思わずアレクトも眉を顰める。


「え、ええ、ですが、理由ははっきりしてそうね」


 その様子に苦笑いするメグミ。しかしそのちらりと見やった視線の先には、褐色の美女ビッチェがいた。


 そう、帝国騎士の視線も既に彼女に釘付けだ。心も完全に奪われているといっていいだろう。


「お前たちシャキッとしろ! 今がどういう状況か判っているのか!」

 

 なので、アレクトも顔を険しくさせ、騎士たちを叱咤する。


 すると、帝国騎士たちの視線が一旦アレクトに注がれるが、その途端、ため息を吐き出した。


「な! なんだその態度は!」


「……俺、今までアレクト(・・・・)こそが美しさと強さを兼ね添えた最高の騎士だと思っていたんだけどな」

「ああ、やはり、あらためて彼女を見るとな」

「どうしても見劣りしてしまうよな」


 そんな騎士たちの言葉に、な、な! とアレクトが表情を強張らせる。


「むしろ俺、虚しくなったよ。今まで道端に転がってたちょっと綺麗な石ころを必死に崇めてたんだなって」

「ビッチェ様に比べたら所詮アレクトなど三流品」

「結局、偽物じゃ本物には勝てないってことか」


「そ、そこまで言う?」


 メグミが気の毒なものを見るような目をアレクトに向ける。

 アレクトはアレクトで、くっ! と唇を歪めた。


 そして騎士たちは口々にビッチェを讃え、逆にアレクトには可哀想なものを見るような目を向けつつ。


「な、なんというものを見せてくれたのだ、なんというものを――ビッチェ様に比べると、アレクトなどただのカスだ」


 などと涙ながらに訴えるものまで出てきた程だ。

 しかし、流石のアレクトもそこまで聞いて黙っていられるはずもなく、プチーンと何かの切れた音が響き渡り。


「お前たちそこになおれ」

『……はい?』

「この私が、直々にその腐りきった性根を叩き切ってやるといっているのだ! さっさと並べーーーー!」


 叩き直すではなく叩き切ると言い放ったアレクトが帝国騎士たちを追い回した。


 やはりかなり女性としてのプライドが傷ついたのだろう。

 だが、アレクトの見た目は決して悪いなんてことはない。むしろ普通に考えればかなりの美人だ。

 しかし相手が悪かった。ビッチェが相手ではどうしてもアレクトの美しさも霞んでしまう。

 神の手が加えられた宝石とピカピカに磨いた泥団子を並べるようなものだ。勝負になるわけがない。


「先生の相手をしているあれがアケチって奴か?」

 

 だが、そんなアレクトと帝国騎士のやりとりなど興味ないと言わんばかりにフレムがマイの隣に立ち問いかけた。


 マイを挟んだ反対側にはビッチェとピーチの姿。正面にはサトルに治療を施すローザがいる。


 すぐ後ろではカイルが追い掛け回される騎士を楽しそうに眺めていた。


「ええそうよ。て、先生?」

「おうよ! 先生の一番弟子といえば俺、フレムのことよ!」

「ちなみに最初の仲間で、ナガレのパーティーのリーダーは私、ピーチよ!」


 自分を指さし得意げに語るフレムと、それに対抗するように胸を張るピーチである。


「は、はあ、一番弟子のフレムさんに、ぴ、え! ピーチ? 貴方がピーチさん!?」

「え? う、うんそうだけど、どうかした?」

「あ、いえ、ちょっと意外だなって……」

「意外?」


 こてんっと首を傾げるピーチであるが、よもや自分のことが杖で殴打する撲殺戦士だと思われているとは夢にも思わないだろう。


「ま、でも先生が出たとなれば、あのアケチって野郎には勝ち目はないぜ」

「……残念だけど、そんな呑気な事を言っている場合じゃないと思うわ。確かに最初に一撃を入れたのはナガレくんだったけど」

「……は? な、ナガレ、くん? おま! 先生にむかって!」

「はいはい、そんな事に食いつかない。マイさんもこの馬鹿のことは気にしなくてもいいからね。あとこっちにも私にもさん付けはしなくていいから」

「あ、私もローザでいいですので」

「おいらもカイルでいいよ~」

「俺のことまで勝手に決めるなよ!」

「……馬鹿は馬鹿でいい」

「はあ!?」

「え? え~と、あ、私の事はマイでいいですよ」


 そんなやりとりを目にしつつ、呼び方も定まったところで話の続きに入るマイである。


「とにかく、ナガレくんは最初こそ一撃をいれたけど、その後はどっちかというとアケチの攻撃を避けてばかりで反撃に出れていないのよ」

「……なんだ、そんなことかよ」


 マイの話を聞きながらも、アケチの視えない攻撃を避け始めたナガレを認め、フレムは肩を竦めてみせた。


「そんなことって……」

「そりゃ、あんたからみればそう見えるかもしれないが、俺からすれば一目瞭然さ。先生はちっとも本気なんか出しちゃいないぜ。手加減って言えるレベルですらない」

「……え!? そうなの!」

「う~ん、確かにそうね。なんていうかな、敢えてすんごく力を落とした上で山でも数百個ぐらい担ぎながら戦ってるみたいな、それぐらいの感覚ね」

「や、山って……数百って――」

「……ふたりの言っている通り、ナガレは敢えてアケチを調子づかせている。それは、多分――」


 そこまで口にし、ビッチェはアレクトと帝国騎士を振り返った。


「……お前たち、いつまでじゃれ合っている」

「な!? じゃれあってなんていないわよ!」

「……いいから早くこっちにくる。今から面白いものが見れる」

「面白いもの?」

 

 目を白黒させるアレクトと帝国騎士。そしてメグミとアイカも興味を抱いたようであり、全員がビッチェ達の傍まで近づいてきた。


 すると――


『本当に君は愚かだな。これだから程度の低い馬鹿な下民は嫌なんだ。君が相手したあれは怨嗟も中途半端な出来損ないさ。本来ならマイの死や家族の死を僕が上手いこと餌にして奴の憎しみを最大限まで引き出し、完成体を生み出してやるつもりだったんだ。そうすれば、帝国なんて辺り一帯火の海さ。帝都だって一瞬にして消え去る』

『皇帝の性格を考えれば、別に無理して精神まで支配しなくても良かったし、そのままのほうが都合のいいこともあったのさ。だから今のままの精神の状態で、計画が始まったら隠し通路を使って逃げるように告げたら涙を流して喜んだよ。僕の思慮深さに感謝するって。あいつら自分の命さえ助かれば帝国臣民なんてどうでもいいんだってさ。笑えるよね~』

『ははっ、何を今更。クラスメートなんてものはその殆どはサトルを肥えさせるための餌さ、決まってるだろ? 帝国騎士や黒騎士だって、ここに連れてきたのは特に皇帝が望んで(・・・)選抜した連中さ』

『だからさ。だから、奴らはこれまで皇帝からしたら目の上のたんこぶだったんだよ。今回連れてきた連中は、妙に甘くてね。人権派を気取ってるような奴らもいて、アレクトやその夫なんかは、密かに獣人を見逃したこともある程だ。だけど、実力は確かな連中だから、これまで皇帝もはっきりとした処罰は下せなかった。帝国は実力主義という一面も持ち合わせていたからね。だけど、この僕が古代迷宮に赴くことになって、今回の計画だ。正直皇帝からしてみれば今回同行した黒騎士や騎士はもういらない子ってわけなのだよ、これまで手に余っていた産業廃棄物がこれでようやく片付くってわけだね。勇者アケチ様々って事さ』


 アケチの演説が、迷宮の広間内に響き渡る。彼の愉悦に浸った表情が、自信に満ちた声が、そしてその醜悪な本音が――帝国騎士の、アレクトの、そしてメグミやアイカの耳にもしっかりと届き、記憶に染み付かせた。


 最後に声高々に笑い上げる。何がそんなに嬉しいのか、不思議に思うほどに。


 そう、呆然となる帝国騎士やアレクトを他所に、ピーチはむしろ呆れた目を彼に向けていた。


「……あいつ馬鹿? 馬鹿なの? なんでこんな皆が見てる前でべらべら語っちゃってるわけ?」

「……多分ナガレの力」

「へ? ナガレの?」


 ピーチの返事にコクコクと頷くビッチェであり。


「……認識阻害に近い。アケチは間違いなく周りが見えてない」

「そうか、確かにナガレならそれぐらいできそうね」

「当然だ! 何せ先生だからな!」

「だ、だとしたら前言撤回ね。一体何者なのよ、何よ認識阻害って……」


 マイが目を細めてどっちかというと呆れたように言う。改めてナガレの人外さについていけないといった様子だ。


 そして、その直後のことであった。ナガレが柏手を打ち、軽快な音が響き渡ったかと思えば――


「な!? ば、馬鹿なこれは!」

「ですから、皆さんにですよ。ここに集まっていただいた帝国騎士も含めてね」


 ナガレの所為によって、集まっていた騎士たちもにわかに騒ぎ出す。

 アケチはアケチで、いつの間にか集まっていた帝国騎士やクラスメート、そしてナガレの仲間の姿に驚きを隠せない様子。


「ま、まさか、聞いていたというのか? この連中が、全て?」


 そして、目を白黒させ疑問の声を発するアケチだが。


「あぁ……しっかり聞かせてもらったぞ。私の夫を経験値などと称したことも含めてな。全く、まさかそのような考えをアケチ様、いや! アケチ! 貴様が持っていたとは!」

「ふざけるなアケチ! 帝国を何だと思っているのだ!」

「アケチもアケチなら皇帝も皇帝だ!」

「こんな外道を勇者として祭り上げるなど!」

「こんな、こんな奴の為に、我々は命をかけていたというのか、許せぬぞアケチ!」

「この、外道勇者が! 悪魔は貴様だーーーー!」


 糾弾の声が一斉にアケチに向けられる。中には転がっている石を渾身の力で投げつけるものもいた。


 尤も、アケチのバリアーに遮られ、石などは一切アケチに届くこともなく――そして……。


「――ふふっ、はははっ、あ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはーーーー! これはおかしい! これは愉快だ! ははっ、はっははははははーー!」


 突然大口を広げ笑い上げ始める。その異様な所為に、帝国騎士たちの糾弾の声も一旦やみ、石を投げる手も止まった。


「……てめぇ、何がおかしいんだこら!」


 そんな中、流石のフレムは遠慮なく、アケチにむけて怒鳴り上げる。


「ふむ、またえらく頭の悪そうな男が自分の立場も弁えずこの僕に質問など出来たものだ」

「な、なんだとこら!」


 フレムが、今にも飛び出しそうだが、ピーチやカイルに、ちょ! と止められた。


「……フレムは私の仲間なのですけどね」

「ははっ、どうりで、君の程度が知れるというものだよ」

「くっ、いい加減にしろ! 大体貴様は立場が判っているのか!」

「そうよアケチ! これで貴方の悪辣な考えが世に出たのよ! もう言い逃れは出来ないわ!」


 するとふたりの騎士、アレクトとメグミが前に出てアケチに言い放つ。


 だが、ふっ、と意に介さずといった様子でアケチが髪をかき上げた。


「立場? 世に出た? 言い逃れが出来ない? むしろそれで何か問題が? 大体世に出たといっても、精々ごくごく一部の小虫に知られただけだろ? 言い逃れ? この完璧な僕に、そもそも言い逃れが必要なやましいことなどないのさ。そもそも、害虫が土の中で何を騒ごうが、一体誰が耳を貸すというのかな?」


 な!? とアレクトとメグミが絶句した。騎士たちも唖然としている。


「ふふっ、ナガレ、君もどうやったか知らないけど、帝国騎士たちに知らせることが出来ればこの僕相手に少しでも優位に立てるとでも思ったのかな? 些末な考えだね。君のような底辺に位置する虫けららしい男の考えそうな事だよ」

 

 そこまで言った後、アケチは全員を見回し、そして更に言った。


「大体、邪魔な害虫がいくら増えたところで、踏み潰せばいいだけの話じゃないか。君たちわかっているのかい? この僕を、この世界の英雄にして勇者にして王たる僕を敵に回して、まさか駆除されずに済むとでも思っているわけじゃないよね?」

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