第三二七話 アケチの語り
アケチとサトルの戦いは、サトルがアケチの右頬に信念の一撃を叩き込んだ形で終わりを告げた。
サトルは結局、それまでに受けたダメージの大きさに攻撃と同時に倒れ、満身創痍となり動けなくなってしまったからだ。
そして、サトルは最後にナガレにアケチを倒して欲しいと冒険者として依頼を託し、サトルが死なないことを条件にナガレもそれを請け負う。
結局そのまま気を失ったサトルだが、その直後ナガレはアケチと対峙し、サトルを負け犬と罵り続けるアケチを地面に叩きつけ――
「負け犬はお前だ、明智 正義」
普段は例えアケチ相手でも敬語の形を崩さなかったナガレだが、突然のこの強い口調に、その様子を見ていたマイも目を白黒させていた。
だが、同時に溜飲が下がったような、そんな様子も感じられ。
「や、やるわねナガレくん!」
と、気持ちを吐露している。
「……ナガレは、相手がどうしようもなく下衆の時、時折口調が変わる。怒っている、とか単純な話じゃない。でも、ただひとつ言えること――アケチは終わった」
ビッチェが断言するように言う。確かにこれまでもナガレが厳しい態度を取った相手は必ずそれ相応の制裁を受けている。
そして――ナガレは地面に叩きつけられ、這いつくばる形になったアケチに更に告げた。
「いかがですか? 地べたを這いつくばり、見下される気分は? どうですか? 地面に平伏し、相手を見上げる気持ちは?」
「ぐっ、ふざけるな!」
すると、暫く呆けていたアケチが歯噛みし、立ち上がり際に聖剣を振るった。
それはナガレに命中したかに見えたが、そのまま残像が消え失せ、本体が後方に現れる。
アケチの眉間に深い谷が出来上がるが、ふぅ、と息を整えだした。精神統一でも使用したのだろう。
「ははっ、どうやら不意をつくのが上手いらしいけど、忘れたのかな? 僕にはパーフェクトバリアがある。確かにサトルは運良く僕のこれを一度は破壊してくれたけど、こんなものはいくらでも僕は生み出せるのさ。その上で今度はこのスキル自体にパーフェクトリワインドを施した。これでもう、この障壁が壊れることはない! つまりこれで僕はより完璧に近づいたって事さ」
そこまで長々と語った後、髪をかき上げ、フッと笑みをこぼし、横目をナガレに向け続けた。
「現に、今の攻撃だって僕には何のダメージも与えちゃいない」
「今のはダメージを与えるのが目的ではありませんからね。貴方が常に口にしている、見下される側という者の気分を味わって頂こうと思ったまでですので」
ナガレは口調こそ元には戻ったが、アケチに対する厳しい態度は変わらない。
それにピクリと眉を揺らすアケチだが――
「ははっ、そんな事を口では言っていても本当は不安で仕方ないのだろう? 言っておくが流石にもう僕はハンデなんてくれてはやらないよ。一応これでも、君に関して、それなりの力をもっているのは見破っているつもりだからね」
「……私のことをですか?」
見破ったと言い切るアケチにナガレが問う。それを聞いていたビッチェが眉をひそめるが。
「そうさ。サトル程度なら、所詮レベル0と舐めて掛かっただろうけど、完璧なこの僕は違う。何せ無意味だったとはいえ、僕にいきなり一撃を入れたんだ。それにサトルの悪魔にも勝利していた。そう考えれば、本当の君の実力は予想がつく」
「そうですか。それでは、貴方の見立てでは、私の実力はどの程度と見ているのですか?」
ナガレが再度尋ねると、フッ、と斜に構え毛先を弄くりだした。マイがイラッとした面立ちでその様子を見ている。
「ずばり、きみのレベルは5万以上6万以下だ。どうかな? あまりに完璧すぎてて怖いぐらいだろ?」
「…………さあ? どうでしょうね?」
一拍の間をおいてナガレが含みのある答えを返す。
勿論、これは見当外れもいいところだが、アケチは自分の予想が当たっていると思ったのか機嫌が良さそうだ。
しかしそれをみていたビッチェは呆れたような哀れんでるような、そんな目をアケチに向けていた。
「さて、君はそれだけのレベルがあるからこそ、この完璧な僕に戦いを挑んできたのだろうけど、ここで絶望的な真実を教えてあげよう」
「……なんでしょうか?」
「ふふっ、僕のレベルは125800だ。どうだい? 絶望したかな?」
「…………」
マイがゲンナリした目でアケチを見ている。当然だろう。なぜなら彼女はとっくにそんな事は知っている。
アケチはドヤ顔で語っているが、そんなことはとっくにナガレが看破しているのだ。
「……そうですか」
「ふふっ、クールビューティーを気取ってるつもりかな? 僕には判るよ。君は今どれだけ焦っているかが、なぜなら――」
それから得々と、自分がどれほど優秀でナガレが愚かかを語るアケチ。あまりに長々と語るその様子に辟易した様子のビッチェとマイだが――その途中、あることにふたりは気がついたようであり……。
「と、いうわけさ、よく判ってくれたかな。僕がどれだけ素晴らしいかが」
「はい、貴方の自尊心の高さはよくわかりました」
あっさりと皮肉を返され、アケチは少々ムッとした顔を見せる。
「ですが、私にもサトルとの約束がありますゆえ――」
そういいつつ、自然体で相対するナガレ。両足を軽く開き、両腕も落とし、一見するとただそこに立っているだけのような、そんな形。
それに対し、アケチも剣を構えるが、ジリジリと距離を詰めつつ、中々仕掛けてこない。
アケチの額に汗が滲んでいる。きっと彼の中では、その異質さが信じられないといったところであろう。
しかけるタイミングを見極めようと、葛藤している様子も感じられるが――しかし、どこか強引に、アケチは間合いを詰め、剣戟をねじ込んだ。
だが、その刃をナガレは人差し指だけで触れ、右から左、左から右へと受け流す。
その度にアケチは振り子の人形のようにいいように弄ばれた。
更に袈裟懸けの斬りに関してはそのままクルリと反転させ、地面に叩きつける、が、アケチは後方に転がりノーダメージなのをアピールした。
「あははっ、君には学習能力がないのかな? バリアがあるかぎり僕にダメージは通らないよ、さあ、今度はこれだ! パーフェクトシューティングスプレンダルハーモニー!」
それは、サトル戦でも見せていた高速の突きの連打。しかもハンデ無しのこの状況では文字通り光速の突きと化しナガレに襲いかかる。
が、しかし、ナガレはそれも人差し指で受け流し、しかもその所為によって軌道の変化した突きは、アケチが放った突きにアケチ自身が放った別の突きがぶつかりあうといった奇妙な状況を生み出してしまう。
「くっ! なんだこれは! なんだと言うんだ!」
「足下がお留守ですよ」
そういいつつナガレが懐に潜り込み、かと思えばその身が横を通り過ぎると同時にアケチがつんのめり、ごろごろと無様に転がった。
「くっ、くそ! だが、何度も言わせるな! この程度、ダメージはない!」
「そのようですね」
「ふぅ、ふぅ、だ、だけど、少しはやるようだな。認めてあげるよ。少しはね。だけど、これはどうかな!」
ナガレを認めるような素振りを見せつつ、アケチは何もないその場で突然剣を振る。
すると、何かを察したようにナガレがその場から離れた。
刹那――剣閃がナガレのいた場所に刻まれる。
「へえ、これに気がつくとは中々だね。だけど、まだまだ!」
そこからさらにアケチがナガレと離れた位置から剣戟を空間に叩き込んでいく。
その度に、ナガレの位置まで攻撃が及んだ。
斬撃が飛んでいるなどではない、攻撃が空間を飛び越え、ナガレの場所まで届いているのだ。
ナガレはそれを躱し続けるが、その数はアケチのステータスの高さと相まって段々と増していき、ナガレは一旦後方に飛び退き、アケチとの距離を大きく離した。
「ははっ、流石の君も、見えない斬撃相手じゃどうしようもないみたいだね」
「……なるほど、完璧の名は伊達じゃないようですね。かなり厄介そうです」
「ふっ、今更格の違いに気がついても遅いさ。もう少し早ければ、僕の傍においてあげても良かったのだけどね」
「それは惜しいことをしました。ですが、一つ気になる事があります」
「うん? 気になること?」
アケチの攻撃に舌を巻くような台詞を吐くナガレ。その様子にまんざらでもない表情のアケチだが、ナガレの話に食いつき気味に問い返した。
「はい、これほどの力を持っていながら、どうしてサトルにそこまで拘ったのですか? 悪魔の書まで用意して」
「ははっ、それは君が一番よくわかってるのじゃないかい?」
「残念ながら、私にもわからないことはあります。サトルが悪魔の書を使いこなせるようになった後、貴方が倒そうとしたというのは彼にも説明したとおり、予想できましたが、その目的までは不明でしたからね」
確かにナガレはサトルに対して、悪魔の書はアケチが用意したものである事や、最終的にアケチがサトルを倒すつもりであることも話したが、アケチの目的がどこにあったかは説明していない。
「ふふっ、なんだそうか。そうだろうね。僕の高尚な計画が、君のような愚人にそうそう理解出来るはずもない」
「……まあ私の予想では、悪魔化したサトルを倒し、それを認めてもらい大きな報酬でも得ようとしたなど、その程度かと思いますが」
「はっ! あははははは! 馬鹿馬鹿しい! 僕がそんなものを望むと、本気で思っているのかい?」
ナガレが自分の考えを告げると、アケチが声を上げて笑いだした。
「……違うのですか?」
「お話にならないね。仕方ないな。冥土の土産に教えてあげるとしよう。僕はね、君も戦ったあのオーディウムの力を利用し、魔王に仕立て上げようとしたのさ。そして一旦世界の大部分を破壊してもらった後この僕が颯爽と打ち倒し、この世界の真の英雄として君臨する。そしていずれはこの世界を掌握する! それが僕の壮大かつ完璧な計画だったというわけさ!」
「……それはまた随分と大掛かりな。ですが、サトルが使用したあのオーディウムでもそこまでの力はないと思いますが」
「本当に君は愚かだな。これだから程度の低い馬鹿な下民は嫌なんだ。君が相手したあれは怨嗟も中途半端な出来損ないさ。本来ならマイの死や家族の死を僕が上手いこと餌にして奴の憎しみを最大限まで引き出し、完成体を生み出してやるつもりだったんだ。そうすれば、帝国なんて辺り一帯火の海さ。帝都だって一瞬にして消え去る」
「なるほど、つまり貴方は皇帝さえも切り捨てる予定だったと、そういう事ですね?」
「勿論、といいたいところだけど、それは少し違う。皇帝と一部の大臣はまだまだ利用価値があったからね。だからこの迷宮攻略に入る前に計画として伝えてある。僕が英雄であると、皇帝の言葉として広めてもらったりとその権力は暫くは役立つからね」
「ふむ、しかし私の調べでは、既に皇帝などの主要人物は貴方の傀儡だという話でしたが?」
「よく調べたね。そこは褒めてあげるよ。でも、やはり物を知らないね。確かに僕に逆らえなくはしたけど、意志までは奪ってないよ。そうでないと、どうしても嘘くさくなるからね」
まるで子供に説明するように更にアケチが続ける。
「皇帝の性格を考えれば、別に無理して精神まで支配しなくても良かったし、そのままのほうが都合のいいこともあったのさ。だから今のままの精神の状態で、計画が始まったら隠し通路を使って逃げるように告げたら涙を流して喜んだよ。僕の思慮深さに感謝するって。あいつら自分の命さえ助かれば帝国臣民なんてどうでもいいんだってさ。笑えるよね~」
何がおかしいのかアケチがクスクスと笑う。邪悪な笑みである。
「……なるほど、つまり一部の大臣と皇帝以外は後は死んでも構わないとそう思ったのですか。しかし、それほどの事があれば、他国がだまっていないでしょう」
「馬鹿だな。さっきも言ったけど、あの悪魔の力が解放されていれば、帝国だけでなく世界中が大混乱さ。それだけの力があった。大陸なんて三分の二ぐらい滅んだんじゃないかな? それほどの代物だよ」
「なるほど、大した物ですね。恐ろしい代物です。しかし、それではこの迷宮も一溜りもないのでは? 一緒に連れてきたクラスメートや帝国騎士はどうなされるおつもりだったのですか?」
ナガレは更に質問を続ける。それに馬鹿にしたように答えるアケチである。
「ははっ、何を今更。クラスメートなんてものはその殆どはサトルを肥えさせるための餌さ、決まってるだろ? 帝国騎士や黒騎士だって、ここに連れてきたのは特に皇帝が望んで選抜した連中さ」
「……望んで? つまり実力があったから貴方の護衛のために選ばれたと?」
「それこそ馬鹿の発想さ! この僕の強さを見ただろ? 本来僕に護衛なんて必要なわけないのさ。連中なんて最初から生贄。場合によってはサトルの経験値稼ぎの役にでも立ってもらおうかなと、その程度の奴らさ現にアレクトの夫は十分に役立ってくれた。アレクトに復讐心を植え付けさせる意味でもね」
「……驚きましたね。帝国の騎士と言えばそれ相応の実力者揃いですし、黒騎士と言えばその中でも選りすぐりのエリートではないですか。それなのにそう簡単に切り捨てるのですか?」
ナガレが肩を大袈裟に上下させつつ尋ねる。それに気分良さそうに答えるアケチ。
「だからさ。だから、奴らはこれまで皇帝からしたら目の上のたんこぶだったんだよ。今回連れてきた連中は、妙に甘くてね。人権派を気取ってるような奴らもいて、アレクトやその夫なんかは、密かに獣人を見逃したこともある程だ。だけど、実力は確かな連中だから、これまで皇帝もはっきりとした処罰は下せなかった。帝国は実力主義という一面も持ち合わせていたからね。だけど、この僕が古代迷宮に赴くことになって、今回の計画だ。正直皇帝からしてみれば今回同行した黒騎士や騎士はもういらない子ってわけなのだよ、これまで手に余っていた産業廃棄物がこれでようやく片付くってわけだね。勇者アケチ様々って事さ」
そこまで語り、アケチが声高々に笑いだした。だが、その後すぐに真面目な顔に戻り。
「ま、その計画も、君のおかげでぶち壊されたんだけどね。まあ、それならそれで、手はあるけどさ、やっぱり愉快じゃないよね」
「……なるほどなるほど。いやはや、それにしても、本当に貴方は自尊心の塊のような方だ。同時に、自己顕示欲が非常に強い。おかげで、話を聞いてもらうのにも苦労しませんでしたよ」
ナガレがそう告げると、アケチが目を白黒させ。
「……話を、聞いてもらう? なんだ? ビッチェやマイの事か? そんなもの、今更――」
その瞬間、ナガレがその場で、パーーーーン、と軽快な音を鳴り響かせる。
柏手を打ったのだ。
すると――突如あたりが喧騒に包まれだし……。
「な!? ば、馬鹿なこれは!」
「ですから、皆さんにですよ。ここに集まっていただいた帝国騎士も含めてね」
突如姿を見せたそれに慌てふためくアケチを眺めながら、ナガレが言い放った。
ストックの関係もありこの章が落ち着くまで毎日更新は続けていきたいと思いますが時間は不定となります。どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m




