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第三二五話 神薙家の事情

ここで合間の話となりますが地球での話に……

 この日本には、神縫島という島がある。その面積は四国の倍ほどであり、その姿も四国を二つ組み合わせたような形状だ。


 そしてこの神縫島には、島が生まれたときから根を下ろす神薙家の屋敷があった。

 その建物だけでも一〇〇万坪を超え、広大な庭園は樹海を思わすほど――それ故に敷地を囲む塀も長大であり、門も東西南北に一箇所ずつ存在する。


 また、この広大な敷地内には、門下生が日々修練を重ねる道場が何箇所も存在している。


 神薙流は無手による技術以外にも、杖術や剣術、槍術などといった得物を使った兵法から、更に茶道や書道、華道に至るまで一通りのことは教えていたりする。


 そんな神薙家は日本でも屈指を誇る立派な邸宅とも相まって、密かに神縫島の観光スポットとしても知られている程でもあるが。


 それほどの敷地面積を誇る神薙家だけに――当然ながらその環境を維持するため、神薙家の人間以外にも数多くの使用人も出入りし、また住み込みとして働いていたりもする。


 勿論、本来なら神薙 流が一人いるだけで、使用人など雇わなくても事足りる(ナガレはやろうと思えば家のことも庭のことも瞬く間に終わらせることが可能)なのだが、基本的にナガレは任せられることは人に任せるといった考えの持ち主だ。


 それに、当然だがそのほうがより多くの雇用が見込める。


 そんなわけで――今日もまた、外では庭園の手入れのため、多くの人々が忙しなく動き回っており、屋敷内でも多くのメイドが掃除に明け暮れていた。


「そこの枝はもうすこし短く、あ、皆様は向こう側の雑草が気になりますので――そろそろ池の水も入れ替えて頂きたいですね。東門から北門に向けて少々傷みが――」


 そして、当然だがそれだけ多くの人間に仕事を任せる以上、全体の纏め役が必要だ。

 今、外で庭師や左官に指示を出しているのは神薙家の庭師や左官の纏め役でもあり、執事であり、神薙家における警備の全般を指揮する立場にもある老巧な男性だ。

 

 神薙家の中でも古参の人物でもある彼の名前は黒井 執治(くろい しつじ)


 小柄な彼は、頭も白く染まり、年月により刻まれた皺も老齢らしいソレだ。


 だが、常に身に纏っている執事服の上からでも判る鍛え上げられた肉体。そして気骨さの滲み出る様相と、目に宿る光は年老いても未だ現役といった生気に満ちあふれている。


 そんな彼はとある事情から神薙家に仕えるようになり、今では神薙家の隠れた守護神とさえ称される程となった男でもある。


「今日は特に道場からの洗濯物が多くなると思うから気をつけて頂戴ね。それと、門下生の昼食は肉関係が続いたから魚で――アイキの食事も忘れずにお願いしますね」


 そして屋敷内でテキパキと指示を出す彼女は、黒井 瞳(くろい ひとみ)

 神薙家において家政婦を任されている老練な女性である。


 ちなみにここで言う家政婦とはお手伝いさんという意味合いではなく、メイド達を統括する本来の意味での家政婦である。


 そんな彼女も毛はやはり色が抜けきっているが、その抜け方も美しく、屋敷内では常に和装、立ち振舞も清らかで、年老いてなおその様相は色褪せていない。


 そんなふたりが、外と内における支柱となって使用人たちを纏めているわけだが――このふたり名字が同じな点から察せられるように夫婦である。


 ふたりの出逢いはまさにこの神薙家あってのものであり、夫婦揃って神薙家に身をおいていることもあって、もはや家族同然のふたりなのである。


 尤も、今となっては繋がりでみても、家族という事で間違いなくもあるが。


 さて、こういった体制で毎日が過ぎていく神薙家だが、各所の道場から響き渡る掛け声とあいまって、昼間の神薙家は中々に賑やかだ。外周をランニングする門下生が微笑ましくもある。


 尤も、これだけ広大な神薙家は一周するだけでも一般人ならヘトヘトになるレベルであり、北側の門からは、でてすぐ険しい裏山とも繋がっている上、門下生の中でも中級以上の腕前を持つものは問答無用で朝から裏山の獣道を駆けずり回るので中々に大変だったりするようだが――


「ほらほら、ペース落ちてるぞ~どうしたどうした~早くもどらないと昼食にありつけないぞ」

「ひっ、ひぃ……」

「き、キツイ――」

「う、噂には聞いていたけど――」


 ナゲルが声を上げると、門下生の何人かが弱音を吐く。日頃の鍛錬用に利用しているこの裏山も神薙家の所有するものだが、敢えて自然のまま特に手を加えずにいる。


 その為、当然道も整頓されてなく、相当に険阻だ。おまけに走るルートもこれと決まっているわけでもなく、ただひたすらに前を走る師範についてまわらなければいけない。


 尤も、何かあった時のために師範代の大門という男も後ろから一人ついてきているが、それはそれで、遅れている門下生の尻をひっぱたく役回りの方が強い。


「がははっ、どうしたどうした! はやくせんと旨い昼食に間に合わんではないか! ほらほら尻を蹴り飛ばすぞ!」


 ひぃぃい! という声が後ろから聞こえ、ほどほどにしとけよ、とナゲルが後方に投げかける。


 尤も本当に蹴りあげることはよほどのことがない限りないが、ダイモンは体格だけならナゲルより遥かに大きく、顔も鬼瓦の如しなので平常時で比べればナゲルより遥かに威圧感がある。


 門下生からしてみれば腹を減らして凶暴化したホッキョクグマに追われているようなものだ。

 尤も神薙家として考えれば精々ホッキョクグマ程度と言えなくもないが、門下生からすればそれでも十分恐怖である。


 とはいえ――この裏山を疾駆する鍛錬において、今日に限ってはいつもと違うトラブルに見舞われることとなる。


「ひ、ひぃっ!」


 門下生の数人が腰を抜かしその場に倒れ込んだ。場所的にまだ緩やかな山道だったから良かったが――下手な場所だと滑落しかねない。


 尤もナゲルがいれば、そのような目にあわせるわけもないが――とはいえ、これは彼らのミスではない。いくら神薙流道場の門下生とはいえ、いきなり散弾銃(・・・)をぶっ放されることに慣れているわけもない。


 幸いな事というべきか、当然の事というべきか、飛んできた銃弾は全てナゲルの手により勢いが殺され、受け止められるに留まった。


 射角から考えてナゲル達より高所からの射撃。ナゲルが銃弾を受け止めたことに気がついたかついていないか知らないが、樹木の影から身を乗り出し、再度銃口を向けてくる。

 

 ナゲルはそれをみてベネリM4だと判断した。その格好は猟師然としているが、使用しているのは軍用の代物でしかもピストルグリップタイプだ。


 当然、例え猟師であったとしても、国内で所持が認められる代物ではない。


(やれやれだ……)


 ナゲルは嘆息しながらも瞬時に距離を詰め、その猟師もどき達を一瞬にして組み伏せた。

 関節を痛い感じで一通り外したので悲鳴が広がる。


 暴れられても面倒なのでそのまま落とした。


「し、師範! 大変です! 大門さんが!」


 すると、血相を変えて門下生の一人が声を上げる。


「ああ、撃たれたんだろ?」

 

 だが、ナゲルの答えは酷くあっさりとしたものだった。

 

「え、ええ、そうですが、え? あの、撃たれたんですよ?」

「ああ、判ってるよ。だけど大丈夫だ、あいつの身体は鋼鉄の分厚い壁並(比喩ではなく事実として)に丈夫だから、この程度の銃弾なら跳ね返す」

「……はい?」

『う、ウワアァアアアァアアァアアァア!!』


 門下生の一人が、何を呑気な、とでも言いたげな表情を見せていたが、その直後、大のおとなが派手に高い高いされている様子を認め、彼も、またその後ろで控えていた他の弟子たちもが一様に驚嘆していた。


「ぬははははははっ! この俺様をこんな玩具(ショットガン)で何とか出来ると思ったら大間違いよ!」

「ああ、まあ、普通は只じゃすまないんだけどな」


 後方から狙ってきた猟師風の不届き者をお手玉のように回転させながらダイモンが言う。

 その様子に他の弟子たちも呆然と立ち尽くしていた。


(とは言え、流石にこれ以上走るのは無理か――)


 仕方がないので中途半端な状況ではあったが、ナゲルはダイモンと一緒に下山を決めた。

 勿論突然散弾銃をぶっ放してきた連中は適当に木の蔦を利用し縛り上げ持ち帰る。


 それにしても、とナゲルは考える。随分と直接的な手に出てきたなと。


 実は少し前から妙な嫌がらせをしようとしていた連中はいた。


 屋敷の前に生ゴミを大量に放置しようとしたり、放火しようとしたり、塀にいたずら書きをしようとしたり、産業廃棄物の不法投棄を試みたりと――幸いなことにこれらは全て未遂(主に執事であるシツジのおかげで)に終わったが、捕まえた連中は例の、つまりブラックチーターの末端の末端のような連中のようで、つまり使い捨ての蜥蜴の尻尾みたいな連中ばかりだったのである。


 ナゲルとしては、妹のミルの情報まちといったところもあったので、とりあえずはその都度ゴミ掃除を繰り返していたが、流石にいい加減辟易してきたなといったときに、ある連中が屋敷に訪れたわけで、それに対応したのがナゲルの父であるクズシだったわけだが――


「……再開発の為にここを明け渡せと?」

「この辺り一帯を、全て潰して新たな都市として有効活用しようという計画がありまして、なので出来るだけ早々に退去して頂きたいのです」

「そんな話は、一切聞いていないが?」

「ですからこのような形で、われわれが赴いているのですよ」

「いきなりやってきて、土地を明け渡せなどと宣う不動産会社を信じろと?」

「いやいや、この会社をそのあたりの場末の不動産会社と一緒にしてはなりませんよ。その証拠に私のような優秀な弁護士が顧問弁護士としてついているんですから、その時点でこの話に嘘偽りがないことがお判りいただけますよね?」

「……話しにならん。とりあえず今日のところはお引き取りを、この件については私自らそれ相応の場所に確認を取るので」

「一体どこに確認を取る気ですか? まさか県知事などと愚かなことをするつもりではありませんよね?」

「はははっ、だとしたらとんだお笑い草ですよ。いいですか? これは国家の関わる(予定の)重大なプロジェクトなのです。たかが地方の知事が関わる話じゃない」

「……ならばその担当者はどなたかな?」

「それはお答えできません。秘匿保護法がありますからね」

「……お前たちはそれを聞いて、本気で私達がここを出ていくと思っているのか?」

「思っていますよ。それに当然ただでと言っているわけではない。こちらもそれなりの提示をさせて頂いた筈です」

「それなりのというと、この撤去費用は不動産側の方がすべて持つ。その費用を差し引いて立ち退き料を五〇〇万円支払う。新しい移住先として絶海の孤島(面積0.01km2、本土まで船で五日の距離)を提供するというこれかね? 馬鹿馬鹿しいにも程がある」


 結局クズシはそこで話を打ち切り、早々にお引き取り願ったようだ。

 その際に名刺を受け取っており、後で話を聞いたナゲルが確認したわけだが名刺にはそれぞれ、【明智不動産】、【明智法律事務所】とあった。


 明智ばかりかよ! とナゲルも思わず突っ込んだもので、しかもやってきた顧問弁護士は所長の明智 善人(あけち ぜんじん)という男であり、名前と実際の行動が伴ってなさすぎて思わずナゲルも変な笑いがこみ上げたほどだ。


 とはいえ、クズシの話では去り際に、最近この辺りも物騒になってきているそうなので注意してくださいね、などと言い残していったようだ。


 そもそもこの連中、本社にしても事務所にしても本土にあるというのに、なぜ最近物騒だなどと判るのかといったところであり、わかり易すぎて逆に怪しいぐらいであったが――


 とにかく、追加料金を求められつつも、泣く泣くこの会社と弁護士事務所についてもミルに調べさせた矢先にこの事件である。


 とりあえず散弾銃を所持していた連中は警察に引き渡しはしたが――

い、一話で収まらず!が、頑張ります!

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