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第三二四話 負け犬

 矛盾――どんなものでも貫く矛と、あらゆるものを防ぐ盾、この二つがぶつかりあったらどうなるか?


 大抵の場合、両方共砕けるという結論に至る。だが、同時に多くの場合、使い手にまで言及することは少ない。


 しかし――矛にしても盾にしても使用者がいて初めて意味を成すこれらにおいて、使い手の質こそが結果を左右する上で大事な要素となりえるのは間違いがない。


 そしてそれは、アケチとサトル、このふたりの戦いにおいて如実に表れていた。


 サトルの持つ心撃の長剣は、サトルの想いが、その信念が最高潮に達することで、どんなものでも貫ける最強の矛となった。

 

 一方でアケチはパーフェクトバリア(完璧な障壁)というあらゆる攻撃を防ぐ最強の盾を有していた。


 しかもアケチの場合元々のステータスも高く、サトルとのレベル差はあまりに歴然としていた。


 単純に使い手のステータスだけを見れば、勝利はアケチにとって揺るぎないものがあっただろう。


 だが、使い手の質は何もステータス上の数値だけで決まるものではない。

 圧倒的な差を覆そうと、状況を見極め、舞台を整え、泥臭くても必死に勝利を掴もうとしたサトル。


 一方でアケチは己のステータスに慢心し、一切本気を見せることもなく、終始相手を軽んじていた。


 その結果、最強の矛を活かすために必死になったサトルと、最強の盾の力を過信し、盾に頼るだけの戦い方となったアケチとの間に決定的な差が生まれたのだ――





 サトルには確信があった。このアケチの障壁を必ず破れると言った確信が。

 それは何も漠然とした根拠なき自信というわけではなかった。


 決め手となったのは最初にアケチを吹き飛ばした一撃だった。ナガレの話を聞くに、アケチはあの時点で既に障壁を身に纏っていた事になる。


 だが、にも関わらずアケチはあれだけ大きく吹き飛ばされた。あれはつまりダメージにこそ繋がらなかったものの、サトルの剣戟の効果が現れた証明に他ならない。


 アケチの演技では? という可能性も考えられたが、アケチほどプライドの高い人間であればいくら演技とはいえあそこまで派手に吹き飛んだりはしないだろう。


 だが、それでもアケチとのステータス差には大きな開きがあり、ただ闇雲に攻撃し続けたところで、アケチの障壁を破れる可能性は低かったと言える。


 しかし、だからこそサトルはアケチの障壁のある一点のみを集中して狙うと言った策を思いついた。勿論あからさまに一点だけを狙い続ければ怪しまれる可能性もあったので、偽の攻撃も織り交ぜながら、しかし多くの剣戟はその一点に集束させていく。


 サトルにとって大きかったのは、アケチの戦い方が明らかに変化したこと――つまり、防御を完全に障壁任せにしてくれたおかげで、攻撃を当てることが容易になった事だろう。


 勿論その分、アケチの攻撃が激しさを増すこととなったが、それも覚の力をフル活用することで、そして全神経を研ぎ澄ませ対応した為、大きなダメージに繋がることはなかった。


 しかし、それでも強引に効果範囲の広いスキルをねじ込んできたアケチであったが――それすらも察していたサトルは、その一撃を逆に利用し、天井から勢いと体重の乗った渾身の一撃をアケチに叩き込んだ。


 だが――それでもなお障壁は破れず、しかも約束を反故にしたアケチの反撃により左腕を飛ばされてしまう。


 激痛がサトルを襲った。一瞬目の前が暗転しそうにさえなる――だが、その時サトルは確かに認めた。


 アケチの障壁に僅かながらも確かな綻びが出来ている事に。だからこそサトルは、すぐさま心撃の長剣を右手に構え直し、己の信念を、想いを込めて必殺の突きを放ったのだ。


 絶対にここでこの男を倒す! その必死の念が刃に乗ったその時、サトルの剣はどんなものでも貫く矛へと昇華した。


 既に綻びが見え始めていた最強の盾と、必死に研磨し磨き上げられた最強の矛――その結果は火を見るより明らかであり……。

 

「うぉおぉおぉおぉおおぉおおおぉおお!」

「う、うわぁあああぁあああぁあああぁああ!」


 結果サトルの信念によって破られた障壁を認め、情けない悲鳴を上げながら、思わずアケチが身を捩る。


 その瞬間、何かがアケチの頬を通り過ぎた。スパッという切断音がふたりの耳に鳴り響き――そして勢いに任せて突きを放ったサトルの身体が前のめり倒れていった。


 片腕をなくしたせいか、サトルはバランスも上手く取れず、そのまま地面を転がり仰向けに寝る形に――


 その顔色は悪く、息も乱れていた。左腕を失いながらも捨て身の覚悟で放った一撃だ。それ故に、肉体的にも、精神的にも疲弊し、満身創痍といった様相。


 一方でアケチもまた、その息を乱していた。肩を大きく上下させ、顔を伏せ、表情は完全に引きつっていた。死の恐怖を目の当たりにした影響だろう。


 だが、その恐怖がある意味で幸いした。思わず、条件反射的に、身を捩った結果、死から免れることが出来たのである。


 だが――アケチは気がつく、床をポタポタと染める、その赤に。右頬から垂れ落ちる、朱色の雫に。


 血だった。頬をざっくりと切られたことで流れ落ちる鮮血。

 それにワナワナとアケチが震え、そして怒りからが顔が激しく歪んだ。


「この、僕が、傷を、親にだって殴られた事のない僕が、完璧な、僕の身体に、僕の、ボディに! 顔に、フェイスに! 汚れ一つ無い僕のビューティフルな肉体に、うぉおおぉおぉおおお!」


 激昂し、叫ぶ、天を仰ぎ、まるで青天の霹靂にでも遭遇したかのごとく衝動を吠え声に乗せた。


「貴様如きが! 愚劣で低劣で世界の塵芥にすぎない、害虫以下のゴミ虫が! よくもよくもよくもぉおぉおぉおぉおおおお!」


 絶叫し、倒れたまま立ち上がれないでいるサトルの前に立ち、アケチはその手に握った聖剣を振り上げた。


「お前の行いは万死に値する! 決定! サトル、改めてこの僕が! 正義の名のもとに判決を言い渡す! 問答無用で死刑! 斬首だーーーー!」

 

 身勝手な判決を言い渡し、鬼の形相でアケチがその剣を振り下ろす。

 サトルにはもうそれを避ける力は残っておらず――結果、振り下ろされた刃は――見事に空を(・・)切った。


「――よく頑張りましたねサトルくん、いえ、サトル(・・・)


 アケチがキョロキョロと周囲を見回し、ナガレの声でサトルがどこに移動したかを知る。


 そう、サトルはいつの間にかナガレの手に抱えられ、アケチの脚で十歩分程先にいるビッチェやマイの下に運ばれていた。


「サトルくん! サトルくん! いやだ、こんな、どうして――」

「……落ち着けマイ」


 サトルは静かに床に寝かされるが、左腕を無くしたサトルを改めて目にしマイが取り乱した。

 そんな彼女をビッチェが宥めるが。


「き、貴様! 貴様一体何をしている! この僕が、その下等生物に死刑を言い渡したんだ! この完璧な僕が! 世界の王たるこの僕が、決めたんだ! さっさとそのゴミを渡せ! この僕が直々に八つ裂きにしてやらないと気が済ま――」

「いいから、少しその口を閉じていろ――」


 ナガレが顔だけを巡らせ、アケチに向けて警告した。その瞬間、いいようのない圧力が、アケチの肉体と精神を縛めた。


 ガ、ハッ、と己の身に降り掛かった重圧により発症した過呼吸。


 その瞬間、確かにアケチの時は凍りついた――


「な、ナガレさん、俺、俺――」

 

 そして、サトルがどこか朦朧とした様子でナガレに語りかける。

 喋っちゃ駄目よ! とマイが止めようとするが、ビッチェがその腕を取り、近づくのを静止させた。


「俺、届くと思った、倒せると、思ったのに――駄目、でした。折角、ナガレさんから、この剣を預かったのに、無駄にしてしまいました。届かなかった、俺の剣は、あいつに、アケチに――」


 悔しさからか、サトルの瞳に涙が滲む。それは復讐を果たせなかった悲しみからなのか、ナガレから受け取った武器を活かしきれなかった口惜しさからなのか――


 だが、そんなサトルに向け、ナガレは真剣な目で答える。


「何を言っているのですか、サトル、君の刃は間違いなくあの男に届きましたよ。無駄にしたなんて、そんなことは決してありません」


 ナガレの言葉に、心なしかサトルの表情に安堵の色――そして。


「ナガレさん、お願いがあります。あのアケチを俺の代わりに、俺なんかが頼める義理じゃないかもしれませんが、だけど、あいつだけは、あいつだけは! でも、情けないけど、俺じゃまだ、未熟すぎて――」

「……それは、私への依頼と受け取ってよろしいのですね?」


 サトルがナガレに訴える。懇願する。

 すると、ナガレがそう問い返し、マイが目を丸くさせるが。


「しかし、依頼であれば、報酬を決めて貰う必要がありますね」

「ちょ! ナガレくんこんな時に何を言い出すのよ!」


 顎を押さえ、何かを求めるように発するナガレに、マイが抗議の声を上げた。


「……いいから見てる」


 しかし、そんなマイを落ち着くよう促すビッチェ。しかしマイは納得のいっていない顔を見せる。


「わ、わかりました、俺に用意できる範囲の報酬なら」

「勿論、無理を言うつもりはありません。私が用意して頂きたい報酬は貴方の生きる気持ちですから」

「……え?」

「先程から聞いていると、まるで今にも死にそうな様子でいますので、折角生きる決意をされたのにそれでは困りますよ。貴方には生きてやるべきことがまだまだ残っているのですから、だからこんなことで死ぬのは許しません。ですから、それで宜しいですか?」


 ナガレの問いかけに、マイも、サトルも目を丸くさせる。


 そして――


「……ははっ、参ったな。本当に、ナガレさんは、厳しすぎるや、でも、判り、ました、だか、ら、後は――」


 サトルはニッコリと力なく微笑むと、ゆっくりと瞼を閉じ、そしてそのまま、意識を失った。


「え? 嘘でしょ、そんな、嫌だ、サトル、サトルーーーー!」


 そんなサトルに弾かれたようにマイが寄り添い、大粒の涙をボロボロとこぼす。


 サトルの表情は、とても安らかであり。


「……浸っているところ悪いけど、サトルはまだ生きてる」

「……え?」


 ビッチェの声に、マイが顔を上げ彼女を見やる。え? そうなの? とちょっとした戸惑いが見受けられるが。


「今約束をしたばかりですしね。気を失いはしましたが、命に別状はありません」

「え? で、でも! でも腕が! 腕が切れちゃったんだよ! 早くなんとかしないと!」

「……よく見ろ、もうくっついてる」

「――はい?」


 ビッチェのツッコミに、困惑するマイ。だが、彼女が目を向けると、確かにいつの間にかサトルの左腕はもとに戻っていた。


「ふぁ!? え! なにこれ! どういうこと!?」

「……落ち着け、今この場でそんな事出来るのは一人しかいない」


 そしてちらりとビッチェがナガレを見やり、マイもまた、驚愕の表情をナガレに向けた。


「さて、では依頼を遂行すると致しますか。それと、彼の腕は一応はつきましたが、疲れもありますし、細かい傷も多いですので、後から駆けつけてくるローザに治療をお願いしてください」

「……判った、後は任せて」


 ビッチェが答えると、ナガレは微笑み、そして立ち上がる。


「な、ナガレくん! さっきは頭ごなしにどなってしまってごめんね……そ、それと、あんなやつやっつけちゃって!」


 マイがナガレの背中に訴えると、彼は手を上げそれに答えた。


 そして、いよいよアケチの前にナガレが姿を見せたところで、ようやくアケチも正気を取り戻す。


「くっ、はぁ! はぁ! はぁ! くそ! なんだっていうんだ一体!」


 アケチが胸を押さえ、声を上げる。

 そして、ナガレを認め姿勢を正した。


「……ふ、ふん。どうやら僕としたことが、少々気が高ぶりすぎたのか取り乱してしまったようだ。全くお恥ずかしい」


 かと思えば、そんな事を語りだす。どうやら、自分の身に起きたことにナガレが関係しているとは欠片も思っていないようだ。


「それにしても、君も物好きだよね」

「……物好き、私がですか?」

「そうさ。だって、あんな負け犬の頼み事を聞いてあげるなんてね。まあ、野良犬は野良犬同士、傷の舐め合いをしているのがピッタリだとは思うけど、まさかあんな負け犬のためにこんな無謀な戦いを仕掛けようとするなんて、僕からしたら物好き以外の何物でもないよ」

「……サトルが、負け犬ですか?」


 得々と語りだすアケチにむけて、改めてナガレが問う。

 すると、鼻を鳴らし髪をかき上げ、さも当然だと言わんばかりにアケチが答える。


「負け犬じゃないか。僕に復讐するだなんて偉そうな事を言っておいて、結局出来たのは僕の頬に傷をつけた程度。まあ、それすらも正直腹立たしいことではあるけど、まあよく考えてみればこの程度の傷は僕ならあっさり回復も出来るしね。ほらこの通り」


 アケチは己の右頬に手を当て、得意気に述べる。すると確かに出血は(・・・)収まった。


「つまり、そういう事さ。サトルの馬鹿は、結局彼我の力量にどれほど大きな差があるかも理解できない愚か者だったということだよ。家族も報われないよね、あんな――」

「貴方は――」


 調子に乗ってべらべらと囀るアケチを止めるように、ナガレが言葉を重ねた。


「最初にサトルにこう約束しました。左手しかつかわない、突き技しか使わない。レベルも一パーセントまで下げ、更にそこから五パーセントまで落とすと」

「……それがどうかしたのかい? あんなものは所詮お遊び――」

「しかし、貴方はサトルが戦いの中で成長していることに気がつくと、言い訳がましいことを述べ、レベルを引き上げた。更に危なくなると、今度は剣で防御するようになり、レベルも次々と上げていった。その上で、保険として障壁まで纏わせていたのです」

「……何がいいたいのかな?」


 問いかけるアケチだが、ナガレは更に言葉を続ける。


「一方サトルは、例え貴方がころころと制限を都合の良い方向に変えていこうと、文句の一つも言わず、戦いの中で弱点も克服し、果敢に貴方へ挑んでいきその差を縮めていった」

「……黙れ、いい加減その口を閉じろ」


 命じるように口にする。だが、止まらない。


「サトルは、貴方が展開させていた障壁の存在を知っても、なお諦めず、それを破るために考えを巡らせ、最終的に左腕を犠牲にしても気持ちが折れることなく、決死の覚悟で放った一撃が、障壁を打ち破り、そして――」


 そこまで語り、ナガレの指がアケチの頬に向けられる。


「その傷、そう、貴方の顔に一生消えない傷を残した」


 ぐぎぎ、と悔しそうにアケチが奥歯を噛み締め、そして叫んだ。


「黙れと言っているだろう! 大体、何が一生消えない傷だ! さっきも言っただろう! 聞いてなかったのか! この程度の傷、この僕に掛かれば――」


 ナガレを否定するように言葉を並べ立てながら、アケチの手が傷を治したであろう右頬に触れた。

 そこで気が付き、驚愕する。傷は、深々と切り刻まれた傷は、癒える事なくはっきりとその頬に遺されていた。


「消えてなんていませんよ。それはサトルが決死の思いでつけた傷です。あの剣戟にはそれだけの強い想いが、信念が、込められていたのです。それが、消えるはずがない。消えて言いわけがない。その傷は、貴方の敗北の証です」

「敗北、だと? この僕が敗北しただと? ふざけるな! 最後に立っていたのはこの僕だ! あんな害虫に、この僕が負けているわけがないだろう!」

「負けに決まってるじゃない!」


 しかし、己の負けを認めようとしないアケチに向けて、マイが声を振り上げて訴えた。


「そうよ! 負けよ! アケチ、あんたの負け! 勝ったのはサトルくん! サトルくんよ!」

「――クッ、牝豚が……」

「……誰が見てもアケチ、お前の負け、それが判らないなんて、無様を通り越して哀れ」

「な、き、君までそんな――」


 アケチが目を見開き、その拳を固く握りしめた。自然と感情の変化が表にでてしまっているのだろう。


「……そういう事です、これで貴方にもお判りでしょう?」

「な、何がだ! ふざけるな! 僕は負けてなどいない! 勝ったのは僕だ! 貴様に邪魔さえされなえれば、あの負け犬の首を――」


 ふとナガレの姿がぶれ、かと思えばアケチの視界から消えた。

 え? と動揺したその瞬間、目の前にナガレの姿があった。

 ぎょっと戦くその脚を払い、大きく回転したアケチの顔を掴み、地面へと叩きつけ――ナガレが言い放つ。


「負け犬はお前(・・)だ、明智 正義」

サトルVSアケチ!決着――そして戦いは次のステージへ、ナガレ始動!


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[一言] 地球の明智も潰されるんでしょうね、残った人達が居ますもんね!
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