第三二二話 覚
少し長めです。
一気にレベルを上げ、アケチがサトルに猛撃を仕掛けてきた。
そのレベル差はあまりに大きく、サトルはアケチの刺突に押し切られ地面に倒れてしまう。
しかし、直後放たれたトドメの一撃を、謎のビジョンによっていち早く知ることが出来たサトルは、間一髪で攻撃を受け止め難を逃れることに成功する。
相手の突きの勢いを利用し、体勢を立て直すサトル。不快そうにアケチがサトルを睨めつけた。
トドメをさせなかった事が悔しそうではあるが、とはいえ、状況は一変した。ハンデの一つを、所詮はおまけでしかなかったという理由で終了させ、レベルを500にまで引き上げたアケチは今のサトルにとっては確かに驚異的とも言える。
ただ、今の攻防だけでもサトルのレベルは数レベルほど上がっていた。アケチがレベルを上げてきた分、比例して得られる経験値も多くなってきているのもかも知れない。
尤もこの世界のレベルには判然としない事も多い。なんとなくサトルは経験値として捉えているが、別に経験値がステータス上で見えているわけでもないので、そんなものがあるのではないか? といった予想でしかない。
それにレベル自体、魔物を倒してさえいれば上がるというものでもない。魔物をいくら倒しても上がらないこともあるし、単純に鍛錬を続けるだけでも上がったりすることもある。
また、相手を倒していなくてもこのアケチとの戦いのように戦闘中に自然と上がっていたりすることもある。
とにもかくにも――確かに再びレベルは上がり始めたが、いくらここでレベルが上っていったとしても正直焼け石に水なのはサトルにも理解が出来ている。
現状、やろうと思えばアケチはレベルを最大値までは自由にあげられる。この余裕からして500が最大値でないことは明らかであり、サトルの予想ではこの一〇〇倍以上は確実にありそうだと、そう考えた。
本人はいきなり本気を出すような真似はしないなどといっているが、その多寡もアケチの胸三寸で決まる。
例えこのまま戦い続け、サトルのレベルが500に近づいたとしても、すぐにその差を広げてくるだろう。かといって、最大値まで上がるのを待つほど悠長ではないだろうし、そもそも流石にそこまで上がる保証もない。
ならば――サトルとしては今手に入れたであろう新たな力を見極め、戦いに組み込むしかない。
「ほらほら! どうしたのかな? さっきのような幸運はもう起こらないよ。次は間違い無しにトドメを刺しちゃうからね~」
再び調子に乗り出したアケチの猛攻が迫る。やはりそこでもサトルは防戦一方であった。
なんとか急所は避けようと剣でのガードに集中するが、この状態ではジリ貧になる一方。
右に左、下に上、斜めの軌道に至るまで、アケチの刺突が乱れ飛ぶ。
全てが直線的な突きの連続に関わらず、ステータスの高さに物を言わせ繰り出されるソレは、既に技というより暴力だ。
しかし、それもこれだけレベル差があると下手な災害より質が悪い。
例えガードしたところで、衝撃で発生した鋭い風が服を裂き、肉を刻む。
捌ききれず、貫かれた箇所が流血し、段々と布地を赤に染めていった。
痛みも酷くなっていく、正直この状態で立っていられるのが不思議なぐらい――だが、それでもサトルはなんとか状況を打破しようと、意識を集中させ、太刀筋を読もうと躍起になる。
その時であった。再びサトルの視界に朧な残影。それはサトルの急所を貫く一撃。数多の弾幕を餌にガラ空きになった腹部に放たれし一閃。
だが、前もって判っていれば、ぎりぎりでも対応が出来る。
半身をひねり、抜けた突きは腹の皮一枚だけを攫っていった。
だが、その後のダッシュが速すぎて、反撃には転じられず。影が高速で駆け抜けていった先へとサトルがその身を巡らせた。
「……なんだ? どういう事なのかな? 流石にさっきのも含めて二度も幸運や偶然で済む話じゃないね? てっきり何か妙なアビリティやスキルでも覚えたのかと思ったけど――レベル以外には特にこれといった変化もないし」
訝しげな瞳をアケチが向けてくる。
この男でも判らないのか、と実はサトルが一番驚いていた。
新しいアビリティやスキルの可能性は当然サトルも真っ先に思った事だ。だが、自分のステータスを確認してみてもアケチの言うとおり何も追加されていない。
変化があったのはレベルと、悪魔流剣術が名人級から達人級になったという点だ。これはこれで大きな成果だが、剣術では今の現象は説明が出来ない。
もしかしたら、ナガレの言っていた隠し能力なのか? と考えたりもしたが、アケチが視えてないとなるとその可能性も低そうだ。
何せアケチはナガレの話によれば、アイカの隠されたアビリティにも気がついていたようなので、サトルにもし隠しスキルやアビリティがついていたなら確実に見抜いてくるだろう。そもそもいくら隠しだからといってサトル自身に確認ができないというのもおかしな話だ。
なので――サトルはナガレが何か知っているのでは? と一瞥するが――とくに口では何も言わなかった。
しかし、よく考えてみればそれも当然だと思い直す。何せ今それをナガレが話してしまえば、アケチにだって聞かれてしまう。
これが何かしらの能力だったとしても、わざわざアケチに知らせることはないだろう。
ただ、それでもサトルは一つだけ確信したことがあった。やはり自分は何かしらの力が身についのだということに。それは例え口では伝えなくても、ナガレの目が伝えていた。それをサトルは感じ取った。
そして、それであればこの能力についてある程度の予想はつく。ビジョンはサトルがもし喰らったなら確実に命が危なくなるであろう攻撃に対して確認できた。
しかもそのビジョンは相手の行うであろう次の攻撃と同じものだ。つまり、これは未来視に近いものだとサトルは考えた。
なぜそれがステータス上に表示されないのかは判らないが――サトルは迫る攻撃の一部が先見出来る力が身についた。尤もその時間はかなり短い。
恐らく、〇コンマ何秒か先が視える程度だろうと考える。だが、それでもギリギリの戦いの中ではあるとないとで大違いだ。
後は、この力をどう戦闘に活かしていくかだが――
「……ナガレ、何かサトルに目で合図した?」
「ふふっ、流石ビッチェは鋭いですね」
何かに気づいたような様子で語りかけるビッチェ。それに微笑み返し賞賛の言葉を送るナガレである。
「……ナガレのことを、私は常に見てる。だから判る、でもあの馬鹿は気がついてない」
ちなみにあの馬鹿とはアケチの事である。
「わ、私も全然気が付かなかった……でも、何をサトルくんに知らせたの?」
「そうですね、サトルくんの考えが正しいことを伝えたといったところです」
「……それが、サトルの動きが明らかに変わったことに関係している?」
「ええ、眠れる獅子が目覚め始めたといったところでしょうか」
「え? それって、もしかしたら何か強力なスキルとかアビリティを覚えたとか?」
マイが、ひょっとしたらと思いついた事を口にするが、いえ、とナガレが答え。
「能力は能力ですが、この世界のステータスに反映されるものとはまた別です。そうですね、この場合、異能とした方がわかりやすいでしょうか」
異能? とマイが目をパチクリさせた。
「え~と、異能というとアニメや漫画であるようなあれ? そういえばドラマで演じたこともあるけど……」
指を顎に添え思い出すようにマイが言った。確かにナガレのいた世界では現代を舞台としたような創作物でよく聞かれる能力だ。
「はい、その認識で間違いありませんね」
「でも、それだとどうしてステータスに反映されないの?」
「それは、彼の中で目覚めた力は、彼自身の血の記憶から呼び起こされたものだからですよ。ですので、そもそもこの世界では干渉も認知も出来ない力なのです」
「ええ! そ、それってつまり、サトルくんが地球にいた頃から、その、持っていた力ってこと? そ、そんなことありえるの?」
マイが心底驚いた顔でナガレに尋ねた。魔法やスキルのようなものは異世界だけの特権だと思っていたのかもしれない。
「勿論多くはないですが、稀にあることです。超能力なども多くは偽物ですが、中には本当に身につけている人もいますからね。そうですね、例えば超能力を隠すために敢えてマジックということにしている人などもいたりします」
「お、驚いたわね……」
まさか地球にまでそんな力を身に着けている人がいるとはマイも思わなかったのだろう。結構な衝撃を受けている様子だが、しかし中には合気で瞬時にしてあらゆる言語を理解したり、隕石の軌道をそらしたり、火山の噴火を止めたり出来る人間もいたりするのだ。そう考えれば超能力者や異能持ちの一人や二人いてもおかしくはないだろう。
「……ところでナガレ、血の記憶というのは?」
ビッチェが尋ねる。彼女からすれば別に異能持ちがいたところでこういった世界にいる以上驚きはしないだろうが、血の記憶という点には興味をひかれたのかもしれない。
「はい、血の記憶というのは、そもそもあの力はサトルくんの先祖が関係していることだからですね。古代には覚という異能を有していたサトリ一族という者たちがおりました。サトルくんに芽生えた力はまさにこの覚です」
「サトリ……何か聞いたことがあるような……相手の心を読む能力よね?」
「確かに現代ではそう伝わっているようですが、実際は少し異なり、自分に迫った危機を事前に覚ることの出来る力です。動乱の時代にはこの力を持ったサトリ一族が戦で持て囃された時もあったようですが、その時の戦いぶりがまるで心を読んでいるかのようだ、ということで心を読めるという噂が広まったのでしょうね」
「へ、へえ、色々あるのね。でも、ナガレくんよく知っているわね……」
「……当然、ナガレはなんでも知っている」
ビッチェの答えに、妙に納得してしまうマイである。何せナガレはサトルの悪魔の書の件も含めて、この短時間であらゆることを看破している。
「でも、それだと、その覚という力を持っているのは、地球に他にもいるって事かしら?」
「……いえ、サトリ一族は国が乱れていた時こそ兵士や忍として重宝されましたが、動乱が収まり、安泰に近づくにつれその異能に恐れを抱くものが現れ始めました。そしていずれ己の命も狙われるのではないかと危惧したとある大名の命により、サトリ一族は恐ろしい力を持った鬼の一族だと噂を流させ迫害し、更に全く身に覚えのない罪を着せ、一族郎党に至るまで皆殺しにしようと計画しました。サトリ一族は元々その数が少なかった上、覚の力を持ってしても対応しきれない程の人数が討伐隊として組まれ、老若男女問わず命を奪われました。見せしめのようにひどい拷問を受けたともされてます」
「……酷い」
「えぇ……確かに酷い話です。ですがそれほどの状況にありながらも何とか落ち延びた女性が一人おりました。彼女は大怪我を負いながらもなんとか逃げのび、藁にもすがる思いでとある寺に生まれたばかりの我が子を託し、そこで力尽きました」
「……それがサトルの先祖?」
「はい、そうなりますね。しかもこの先祖は偶然にもサトルという名前を付けられておりました」
「さ、サトルくんと一緒。でも、その子供はどうなったの?」
サトルと同じ名前だったと知り、興味を持ったのだろう。マイがナガレに続きを尋ねる。
「……サトルはすくすくと育ったようですが、彼もまた異能に目覚め、そして育ての親であるお師匠様に力のこと、そして両親のことも必死に聞き出そうとしました。最初は渋っていた師匠も彼の必死さに折れ、真実を話して聞かせたといいます。その結果――彼もまた復讐を誓い、寺を出ていきました。そして彼はその覚の力を用いて、たった一人で一族のほぼ全ての命を奪った大名を討ったようです。ですが、その後は自らの力が後に不幸を呼ぶことに繋がるかもしれないと考え、復讐を遂げた後再び寺に戻り、師匠にお願いして力を封印して貰いました。その結果、今に至るまで覚の力に目覚めたものはいなかったわけですね」
「そうなんだ……ひどい話だと思ったけど、復讐を果たせたのは、よかったのかな?」
「時代が時代ですからね」
「……でも、どうして封印されていた力がサトルに?」
「それは恐らく、彼の境遇が、その先祖と重なるものがあったからかもしれません。彼もまた迫害に近い凄惨な毎日を送り、更に謂れなき罪を着せられ、家族さえも奪われたのです。そのことがきっかけで血の封印が弱まり、先祖返りを起こしたのでしょうね」
「そう言われると、なんとなく納得できる話だけど、それにしてもここに来て突然目覚めるものなのね」
「いえ、予兆はありましたよ。彼はダメージを最小限に抑えるために肉体が反応していると話しましたが、ですがいくらなんでも本来あれだけの目にあって五体満足でいられるのは並の人間では考えられません。しかもサトルくんはそれを細胞レベルで行っておりました」
「え? それじゃあ……」
「はい、つまりその時点で既に彼の力は目覚め始めており表面化してきていたことになります。だからこそ大きな怪我には繋がらなかったわけですね」
ナガレの話に感嘆するマイである。それにしても、本当になんでもお見通しなのね、となんとなく目を細めてしまうマイであるが。
「でも、その力があればアケチにも勝てそうね!」
興奮した様子でマイが戦いに目を向ける。勿論ここまでの話は一切ふたりには届いておらず、アケチは未だにサトルの力には気がついていないようだが――
「……確かに力には目覚めましたが、この覚という能力はそれだけで圧倒的な力の差を覆すことが出来る、という代物でもありません。ましてサトルくんはまだ力に目覚めたばかり。なので視えるのも精々〇.ニ秒先程度といったところです」
「え! そんなに短いの!?」
マイが驚く。流石にその短さでは、あまり役に立たないのでは? と考えても仕方がないかもしれないが。
「……極限状態においてその差は十分に大きい。要はサトルの使い方次第」
「そうですね、まさに活かすも殺すも、サトルくん次第です」
ビッチェの言葉にナガレも同意し、そして再びふたりの戦いに目を向ける。
そしてナガレはこうも呟いた。
「しかしサトルくんはやはり勘がいい、先程よりも力を使いこなせているようですよ――」
少しずつ、自分の力についてサトルは理解してきていた。この能力の効果は、サトルが思い描いていたもので間違いがない。
その上で、集中力を高めれば高めるほど、能力が発動する確率が上がっていく事を知った。
最初は、命の危険があるような一撃のみ、少し先のアケチの攻撃を先見出来ていたが、今はアケチの攻撃の内、八割程度が視えるようになってきている。
残り二割に関しても、当たってもそれほど大きなダメージに繋がらないような、また、サトルでも十分対応可能なものばかりだ。
つまり、それに伴いアケチの突きを回避できる確率も当然上がっていった。
だが、アケチにはまだ余裕が感じられる。今も、薄ら笑いを浮かべながらサトルに宣言してきた。
「驚いたな。またレベルも上がってるし、随分と避けるのも上手くなったじゃないか。だけどね、こんなのまだまだ序の口さ、僕はまだまだ加速するよ!」
宣言通り、明らかにアケチの突きの速度が上がった。更に激しい突きの嵐がサトルに迫る。
だが――不思議とサトルの心は落ち着いていた。その理由は明白だった。サトルに芽生えた力の、覚という異能のおかげだ。
正直、なぜこの力が覚だと思ったかはサトルにもよくわからない。ただ漠然とそう思えたのだ。
だが、何故かそれがしっくりときた。そして覚のおかげで、アケチの攻撃にも対応出来るようになっている。
勿論、過信は出来ない。この力は、それ自体がとんでもなく大きな力ということでもない。何せ視えるのは相手のほんの一瞬先の行動だ。
だが、それでもやはり、あるとないとでは安心感が違う。
気は抜けない状況が続くが、だからこそ、サトルはアケチの些細な変化にも気づき始めていた。
アケチにもサトルと同じ欠点が出始めている。そう感じたのだ。
アケチの突きが、本当に些細な変化ではあったが乱れ始めていた。これまで見せていたような正確無比な突きの中に、極稀に乱れが生じている。
それはサトルを舐めているとかいう次元の話ではなく、もっと根本的なもの。
サトルが悪魔流剣術を実践で使いこなせていなかったばかりに、その欠点が顕になったように――
アケチもまた、使用してるエクスカリバーに慣れていないのだ、と漠然とだがそう感じた。
何せアケチはこの迷宮の最深部で、聖剣と称されるエクスカリバーを手に入れたばかり。この時、以前使っていた武器はスキルで収納したか、もしくは棄てたか――恐らくアケチであれば後者だろう。必要なくなれば人であろうとあっさり見捨てるアケチならば、道具にも執着などもたないだろう。
だが、それが仇となった。結局アケチが手に入れた聖剣を振るうのはこれが初めて。しかもエクスカリバーは片手半剣であり、両手でも片手でも扱える中々万能な代物だが、その分使いこなすのは難しい。
しかも片手半剣はそれなりに重い。聖剣とはいえ、それは変わらない事だろう。
勿論、アケチ程のステータスがあれば、多少重くなったところで問題はなさそうなものだが――しかしステータスとして扱えるのと感覚的な変化はまた違う。
もし、アケチがこれまで片手剣をメインに使っており、それを急に片手半剣であるエクスカリバーに乗り換えたらどうなるか。
しかも、アケチは自ら左手の突きしか使わないという制限を設けた。
ただでさえ手に馴染んでいない武器でそんな真似をしたらどうなるか。
最初のうちはステータスの高さで無理やりごまかしていても、時間がたつにつれ、その歪は少しずつ広がり、顕になっていく。
これをアケチ自身が気がついていればまた違ったかもしれない。
しかし、アケチは自らが完璧だと信じ切っている男だ。まさか己が武器に振り回されるような状態になることなど微塵も考えていないのだろう。
だが、その尊大過ぎる自信こそが、相手につけ入る隙を与えることとなるのだ。
「な!?」
アケチの顔色が驚愕に染まった。突きの猛打の中に僅かに生まれた歪み、だが、それはサトルが反撃に転じるには十分な隙だった。
覚の力で、その乱れをいち早く悟ったサトルが放った一太刀をアケチは思わずガードした。
悔しさからか、アケチが表情を歪め、大きく後方に飛び退く。
だが、サトルはこの行動すらも読んでいた。これは覚とは関係なく察していた事。
アケチの欠点――アケチは目に見えてわかりやすい行動を取ることがある。
それは自分にとって想定外な出来事が生じたとき。その時アケチは、高確率で後ろに下がり体勢を立て直そうとする。
だからこそサトルは、そのタイミングを狙って隠していたスキルを行使した。
今まで実践では一度も使わず、故にステータスにも反映されていなかった一撃。
その場で大きくサトルが剣を振り下ろす。同時に生じるは空間の歪み。放たれた斬撃が、後方に下がったアケチに向けて一直線に飛んでいく。
【斬撃波】――ここぞという時のために溜めておいた、とっておきの一撃。
それが今まさに、無防備なアケチへ直撃した――




