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第三二一話 激昂するアケチ

「笑えない冗談だ。確かに君たちは僕の計画を尽く邪魔してくれた。だけどね、結局のところ状況に何一つ変化なんて無いのさ。そう、つかえない道具は捨てればいい。簡単な事だ、正直君たち如きの為にわざわざ計画を変更せざるを得ないのは不本意だけどね。仕方ない、完璧な僕は見極めるのだって早いのさ。潮時を踏まえているって奴だね」


 相変わらずべらべらとよく喋る奴だとサトルは思った。

 ただ、この話しぶりからして、アケチは今の今までサトルを暴走させる計画を諦めていなかったんだなと察する。


 尤も、最後の家族の魂の事を明かしたのは、ただの意趣返しに過ぎないのだろうが。とは言え、それすらもナガレに看破され、むしろアケチへのヘイトだけを溜めるに留まった。


 サトルの内なる炎は今もガンガン燃え上がっている。その全てをアケチにぶつけてやらなければ気が済まない。


 だが、決して己は見失わない。心は強く、信念を持ってその剣を振るうのみ。


「まあいい。先ずはサトル、お前を無様に殺してあげるよ。その後はそうだな、ナガレという身の程知らずの馬鹿の前でマイを殺し、そしてビッチェと熱い口づけを交わそう。奴の悔しがる顔が目に浮かぶようだ。そして奴から全てを奪ってから地べたに這いつくばらせて、命乞いの一つでもさせてから、殺してやる」


 マイもが不快そうに顔を歪め、ビッチェは眉を顰めるが、同時に彼女の口からは、力量の差も測れない真性のバカ、と吐き出されてもいた。


 そしてそれに関してはサトルも同意だ。


「まあ、でも安心したまえ。僕は紳士だ。約束は守るしハンデだってこのままだ。その上で君に圧倒的な差を――」

「そりゃどうも――」

 

 アケチの長話に付き合っていても仕方がない。それに今回はあまりに隙だらけすぎた。


 肉薄したサトルが右手に持った剣を斜めに振り下ろす。

 しかし、アケチは見透かしたように半身を引いただけでそれを躱してしまう。


「全く、無粋な男だよ君は」


 アケチの冷たい響きがサトルの耳に届いた。やはり(・・・)、誘いだったようだ。


 カウンターの突きがサトルに迫る。サトルの身体は一見振った勢いに流されてしまっているように思えるが――勢いはそのままに、むしろ流されるがまに軌道だけ修正し、身を翻すようにして刺突を回避。


 そのまま回転を維持し、アケチへの横撃に切り替えた。が、ほくそ笑みながら悠々とバックステップで逃げられる。


 だが、諦めない。必死に喰らいつこうと、その状態から前に詰め、逆回転での一撃を狙う。


 鋼の激突する甲高い音が両者の耳に鳴り響いた。アケチの笑みは更に深みを増していた。

 アケチの放った刺突が、サトルの刃を捉えたのだ。


 しかも偶然ではない。アケチは狙ってそれをやってみせた。つまりバックステップさえも誘いだったという事だ。


 サトルの腕が跳ね上がり、続けざまにアケチの刺突。


 アケチはサトルの弱点をしっかり把握していた。そう、サトルの覚えた悪魔流剣術は連携を苦手とする。だから、本来なら二連撃程度で途切れてしまう。しかも、力任せの攻撃が多いため、どうしても打ち終わりには隙が生じ、無理して三撃目に行こうとすればカウンターを狙われる可能性が高くなる。


 だからこそ、アケチはサトルの参の太刀を誘い、剣を弾いてみせたのだ。


 アケチが口端を歪めた。サトルの心臓目掛けて突きが迫っていた。

 防具といえるような代物を身に着けていないサトルがこの一撃を貰えば、死は確定するといってよい。


 だが――サトルの動きが急激に変化する。跳ね上がった刃が途中で止まり、軌道が真逆に向かい出す。


「そんなやぶれかぶれは間に合わないよ!」

 

 声を上げたアケチの突きがサトルの目の前まで迫った。確かにサトルの行動は一見すると何も考えていないような力技。

 だが、その瞬間アケチの表情が驚愕に染め上がった。


 アケチからしてみれば、絶対に間に合わないと思っていたであろうサトルの切り返しが、その胸を捉える前にエクスカリバーの背を捉え、地面に向けて叩き落としたのだ。


 猛獣の足音の如く激突の調べが周囲に広がった。流石に聖剣とされるエクスカリバーだけあって、折れるどころか傷一つ付いていないが、しかしアケチに攻撃を加える絶好の隙が出来た。


 間髪入れず、サトルがアケチに向けて剣を振り上げる。避けるのは絶対に間に合わないといえる絶妙なタイミング。


 火花が散った。鋼と鋼のぶつかりあう音が再び鳴り響く。だが――今度は先程のとは意味が違った。


「……なんだ、ガードはするのか?」


 アケチが上手いこと剣を滑り込ませ、その一撃を防いだのだ。


 だが、これはアケチが自ら課した制限に反するとも言える。左手一本で突き技しか使わないということは、当然守りも突きに関する手法でしか行わないという事でもある。


 そして、実際アケチはこれまでのサトルの攻撃は全て、避けるか、先程見せた刺突で跳ね返すかのどちらかしかやってこなかった。


 だが、今のアケチの体勢は突きのそれではない。明らかに剣をガードに使っている。


 そして――剣を重ねたままの暫しの睨み合いの末、アケチは自ら大きく飛び退き、髪をかけあげながら言った。


「ふ、ふん、それはあくまで攻撃に関しての話だ。防御は別だよ」

「……そうかよ。ま、お前のプライドがそれで保たれるなら、別にいいんじゃないのか?」


 当然これは皮肉だ。サトルは暗に、アケチが無様であることを匂わせている。


 アケチの表情にはありありと悔しさが滲み出ていた。サトルを見る目が厳しいものに変わる――





「……アケチはざまぁない。でも、サトルもやる、動きが更に良くなった」

「ええ、しかも最初の連携は敢えて変化させず、逆に相手を誘い込み最後の一撃で見事に切り替えましたね」


 ビッチェとナガレの会話に、そうなんだ、と戸惑いの表情で呟くマイ。このぐらいになると、今の彼女では攻防の全てを見極めるのが厳しいのだろう。


「本来、悪魔流剣術は天性の力に任せた強引とも言える攻め方が特徴でしたが、これをサトルくんが行った場合、剣というよりは重たいハンマーを無理して振り回しているような状態に陥ってしまいます」

「……だから、連携も安定せず、打ち終わりの隙も大きかった」

「はい、ですが、サトルくんはあの剣術の長所だけを残し、短所は本来自分の持っている利点を活かし、新しいスタイルを確立させました。今のサトルくんは身体の柔らかさをいかした鞭のような攻撃に変化しています。故にその柔軟さを活かした鋭く変幻自在な攻撃を可能としているのです」

「……サトル、先が楽しみ」


 腕を組みつつビッチェが言う。彼女が素直に人を褒めるのは珍しいかもしれない。


「でも、それならアケチにも勝てるよね! だってあいつあれだけ偉そうに言っていたのに、ガードまでし始めたし」

「……確かに今のままで続けてくれるなら、ただ、サトルくんのこの成長ぶりを考えると――」


 ナガレはアケチへとその目を向ける。あまりの悔しさからか、奥歯を噛み締め続けるアケチの姿を――





 それはアケチにとってあまりに屈辱的な出来事だった。

 こんな筈ではなかった。本来ならアケチはサトル相手に一撃たりとも、そう掠らせることさえさせずに華麗に勝利を収める予定であった。


 だが、今の一撃で全てが崩れた。アケチにも今自分がサトルに何をされたか理解する事が出来た。


 当然だ、アケチは天才だ。全てにおいて完璧な存在、それがアケチだ。マサヨシだ。


 パーフェクトなヒューマンとは誰のことか? と問われれば明智 正義その人しかありえない。


 だからこそ、サトル如きに謀れたのが悔しくて仕方がない。逆にこちらの攻撃を誘発させ、反撃に転じられ、このアケチが無様にガードさせられるなど、あってはならない惨事であった。


 あまりに無様、あまりに惨め。しかもついつい言い訳がましいことまで口にしてしまった自分に腹が立つ。


 だが、何より、何より目の前でしてやったりといった表情を見せているサトルに腹が立った。何故お前がそんな顔をしている? 違うだろ? そうじゃない、お前はかつて教室で虐められ続け目から光を失い毎日に絶望する、そんな存在でいなければいけない。


 なのに――どうしてこいつはそんな風に僕を見下している? そんな思いがアケチの胸中で渦を巻いた。


「……違う、違う違う違う違う! 違うそうじゃない! 貴様はそんな目で僕を見るべき器じゃない! 自分の立場を! 弁えろこの屑が!」





 突然激昂しはじめたアケチにサトルは一瞬目を丸くさせた。余裕がなくなってきているのは判っていたが、ここまでとは――どうやら精神統一とやらを使用する余裕すらなくなているようだ。


 かと思えば、今度はアケチ自らサトルに突っかかり、刺突の連打を浴びせてくる。


 だが、これはサトルにとってすでに怖くもなんともない攻撃だ。怒りに任せて冷静さを失った攻撃など取るに足らない。


 皮肉なものだな、とサトルは考える。ステータス上のサトルのレベルは既に60を超えていた。悪魔流剣術も名人級から達人級に変化している。


 それもこれも目の前で怒りの形相を見せているアケチのおかげだ。アケチはサトルにとって最大の復讐相手なのは紛れもない事実だ。

 だが、アケチと剣を交える事が、逆にサトルの成長を促進させた。


 サトルを利用しようとしていたアケチが結果的にサトルに利用されたのだ。


 そしてその結果、アケチは自らの醜態を晒し、そして既に我さえも失っている。

 潮時だな、とサトルは感じていた。今のアケチであれば、サトルでも倒す事が可能だと、そう考えた。


 だから――やけになったアケチの刺突の隙間を狙い、サトルが攻撃を重ねる。


 だが、その瞬間、アケチの身体がサトルの視界から消え失せた。

 いや、正確には凄まじい勢いで加速し、後ろを取られた。


 な!? と目を見開き、直ぐさま身体を翻す。にやりと口角を吊り上げたアケチがいた。

 そして再び刺突の連打。先ほどと同じ、感情に任せた強引な連打に思える。

 

 だが、質が明らかに変化していた。一撃一撃の鋭さが、重さが、速さが、明らかに変化している。


「ぐぅうぅうう!」


 何発か貰い、うめき声を上げつつ何とか後ろに飛び退き距離を取った。


 痛みは――先程よりは大きい。出血も多そうだ。致命傷とまではいかないが、楽観視出来ないレベルでもある。


 サトルが身につけた防衛反応――だが、それも凌駕し始めている。

 そして、これだけの変化が生じた原因は――一つしかありえなかった。


「……やはり、アケチがレベルを上げてきましたね」


 ナガレの言葉がサトルにも届く。やはりか、と唇を噛みしめる。


 え! と驚くマイの声。そして――


「ちょっと! どういうことよ! 貴方レベルを上げるって約束が違うじゃない!」


 そして抗議の声を上げるマイであったが、温度の下がった瞳をマイに向け、アケチが答える。


「約束? 何を言っているのかな? 僕がハンデとして確約したのはあくまでこの左手での突き限定という条件のみだ。レベルに関してはあくまでおまけさ。そしておまけをつける期間はもう終了。でも、安心してね、僕だっていきなり本気をだすほど大人気なくはない。教えてあげるよ、僕の今のレベルは500さ。でも、これぐらい今の君なら乗り越えられるだろう? ねぇ? 才能あふれる、サトルくん!」


 再びアケチがサトルに迫る。レベルが500――その差は明らかで、歴然としていた。

 サトルもレベルが60を超えるまでに向上していたが、それにしても開きがありすぎる。


 何とか剣で凌ごうとするが、対応が間に合わない、相手の速度に動きが追いつかない。


「あはは? どうしたのかなサトル? 全く反応が追いついてないじゃないか! さっきまでの威勢はどうしたのかな? ねえ? ねえ! いいことを教えてあげるよ。僕はねこれでも君に対してずっと舐めプしてたのさ。舐めプだよ舐めプ、判るかな? それに対してちょっとだけ調子に乗ってたに過ぎないんだよお前は! それを、勘違い、するな!」


 そして――


パーフェクト(完璧な)クリティカル(会心の)ストライク(一撃)!」


 光を纏ったアケチの痛烈な一撃が放たれる。なんとか剣を滑り込ませ直撃は避けたが、その圧力と衝撃に耐えきれず、その身が大きく吹っ飛んだ。

 

 そして地面を転げ、ようやく止まったとき、顔を上げた先には愉悦に浸るアケチの姿。


「――そうさ、これが正しい姿だ! お前が僕を見下すなんて許されない! サトル! お前は常に僕を見上げる側だ! そうやって地べたに平伏しているのがお前にはお似合いなのさ! そして大地を這いつくばる愚かな虫けらのように、惨めに死んでいけ!」

 

 その瞬間、アケチの突きがサトルに迫った。間に合わない! 咄嗟にサトルはそう思った。身構える暇さえなかったのだ、避けるのは不可能であり、サトルは死さえも予感していた。


 だが――サトルは気がつく、今目の前で繰り出されたトドメの一撃が、まだ放たれていなかった(・・・・・)ことに。


 そして先に視えたそれがどこか朧気だった事に。


「何!?」


 アケチの目の色が変わった。必殺のタイミングで放たれた、その一撃が再びサトルの刃に防がれていたからだ。


 しかもサトルは今度はひと足早く両足に力を込め(少々無理がある姿勢だったものの)後ろへ飛びのいた為、逆にアケチの一撃を利用し浮き上がり、上手く体制を立て直し地面に着地して見せる。


「――しぶとい、ゴミ虫め!」

 

 アケチが吐き捨てるように言う。

 だが、その姿を眺めながらも、サトルは今のビジョンについて考えを巡らせていた――

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