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第三一八話 サトルの弱点

 ナガレとビッチェが言うように、確かに目に見えてサトルへの被弾が多くなってきていた。


 一方でサトルの攻撃はアケチには当たらなくなってきており、しかも段々とサトルが受けに回ることのほうが多くなっていた。


 ついさっきまではお互いの攻めの比率は五:五ぐらいであったのだが、今は七:三程度でアケチが攻めに回っている比率のほうが高い。

 

 アケチは特に突き技しか使用しないという制約を手数で補っており、しかもサトルの動きを読み始めたのが、サトルが必死に逃れようとする先に立ち、しっかりとサトルを正面に捉えた上で、攻め込んでいくというスタンスを維持していた。

 

「そ、そういえばサトルくん、これといった防具も装備していないし、それでダメージを受けちゃってるのかな……」


 歯を噛み締め、緊張した面持ちでマイが口にする。 

 だが、それに関してはビッチェが首を横に振った。


「……下手な防具をつけても、アケチの武器の性能を考えればダメージは防げない。むしろ防具がある分動きが鈍ることもある。避けるのが第一と考えるなら、今の装備でも問題ない」

「そうですね。特にカオスフルアーマーに頼りすぎていた分、他の防具では違和感があることでしょう。あの鎧は肉体面を強化し、更に鎧自身も軽かったでしょうからね」


 つまり、結果的にサトルはそれ以外の防具に馴染みがない事になる。

 現状の装備はクロスアーマーとも呼ばれる綿を多く詰め込んだ物で、色は黒。アーマーという名称ではあるが、本来は鎧の下に着るような厚手の内着である。


 なので、そこまで防具として過度に期待はできないが、その分動きやすく、おそらく比較的初期の頃に手に入れ、それから着用し続けているであろうから、下手な鎧よりも馴染みが良く扱いやすいことだろう。


 ただ、やはり防具としての信頼性に欠けるのは否めない。アケチの攻撃を受けるにつれ、所々は破け、綿が飛び出し、部位によっては血が染み込んでしまっている。それが殊更痛々しく思えてしまう要因であろう。


「でも、どうして急に……確かにアケチのレベルは高いだろうけど、今は下げているわけだし、サトルくんの動きも、正直私よりも良いと思うし……」


 マイが語る。アケチに主導権を取られ始めている事が納得いかないと言った様相。

 単純なレベルでみれば、現状レベル88のマイがサトルより上回っているが、剣術や単純な身体能力として見ればレベルが低くてもサトルの方が上だと彼女は感じているようだが――


「確かにサトルくんの動きは一見良く見えます。彼が剣を教わっていた期間を考えればかなりのものです。しかし――それでもやはり経験不足は否めません」

「え? 経験不足?」


 ナガレの説明に怪訝な表情を見せるマイ。するとビッチェもコクリと頷き。


「……ナガレの言っている通り。私にも判る、サトルは実戦経験が足りない」

『……何を馬鹿な事を。サトルはあれで冒険者として動き回っていた事もある。経験不足などという事はないであろう』

 

 ビッチェがナガレの話に同意するが、悪魔の書が念で横槍を入れてきた。確かにサトルは断りこそしたが、順調にいけばAランク以上は確実ともされた程の腕前は誇っていた。


「それは貴方、つまり悪魔の書を使用しての戦いですね。しかし、今サトルくんが使用している武器は剣。そして、悪魔流剣術にしても、今ここで披露するまでは実践で使用していなかった。だからこそ、今ここに至るまでただの剣術としてしか認識されていなかったわけです」

「……だからこそ、それが裏目に出た。サトルは、かなりの練習を積んでいたとは思う。だけど、技は実践で積んでこそ光る。そうでなければ、ただの(なまくら)でしかない」

「そ、そこまで……」


 言わなくても、と続けたかったであろうマイだが、サトルの現状を見ていると納得するしか無い。そして、同時にふたりが言っていたサトルの弱みも理解することが出来たようだ。


「サトルくんの技はまだまだ洗練されていません。最初は動きの奇抜さで翻弄できていたものの、だんだんとその動きの大味さにアケチも気がついたのでしょう」

「……サトルも出鼻をくじかれる事が多くなっている。あの悪魔流剣術は一撃一撃に重みをおいている傾向が強い。だから多少強引でも攻撃にもっていこうとする。アスモダイみたく、頑丈な身体と圧倒的なパワーがあればそれも十分脅威になりえる。でも、今のサトルにはどれも足りていない」


 つまり、今のサトルでは悪魔流剣術を用いて、強引に押し切るという真似が難しいということでもあり、それが結果的にカウンターを貰いやすいという欠点に繋がっている。


「アケチは突き技しか使用しないという縛りを設けましたが、ある程度の腕があれば、突き技一つでも様々な技や攻撃パターンを組み立てられます。重い一撃から、素早い一撃まで――全く欠点がないとまでいいませんが、制限を突きに絞ったあたり、したたかな性格をしているともいえるでしょう」


 つまり、アケチの突き技しか使用しないというハンデは、実際のところそこまでのハンデに繋がっていないとも言える。

 

 むしろ、カウンターを当てやすいという今の状況で考えれば、突きは最適な手段とも言えるほどだ。


「……それに、サトルは防御面でも、経験不足が露呈してきている。正直、ここがかなりの正念場」

「いや、ふたりとも冷静に分析してますけど、それってサトルくんがピンチって事ですよね? な、なんとかならないんですか?」


 マイがどこか焦った様子で尋ねる。

 だが――


「……これは、サトルの戦い。サトル自身が気づくしか無い」


 ビッチェの言葉は冷たいようだが、確かにこれはサトルが自分で選んだ事だ。

 ナガレにしても、二人の戦いを見届ける以外にやれることはない。






 現状サトルにとって厳しい戦いが続いているのは確かであった。

 

 サトルが放った攻撃は、アケチの放った素早い刺突で尽く遮られてしまう。

 更にアケチの攻撃は面白いようにサトルにヒットしていた。


 ここにきてサトルはアケチに翻弄されっぱなしである。アケチは突き技だけという制限の中でもその技のパターンは豊富だ。


 一方で悪魔流剣術は本来そこまで連携に拘った形はしていない。これも元々身体能力に長けた悪魔ならではのやり方といえるだろう、実際アスモダイの教えもかなり脳筋っぽいところがあった程だ。だが、今のサトルにそれを活かせる力がない。


 そして、ここにきてサトルが自らの未熟さを痛感したのは、アケチの攻撃を読みきれていない事だ。


 アケチの突きは、右から来たかと思えば左から、下からと思えば上から。コンビネーションにしてもくると思った時には来ず、こないと思えば来る。


 そう、アケチはここにきてフェイントも多く活用するようになっていた。それがサトルが対応しきれていない理由だ。


 ただの素早い突きなどであれば、ハンデとしてレベルを下げている今の状態であれば、サトルとて避けれない程ではない。


 だが、そこにフェイントを加えられたことで、力量の差が如実にあらわれてしまった。


 悪魔(アスモダイ)の指導の中でフェイントについては一切教わっていないというのも大きかったかもしれない。


 何せ、悪魔からしてみればフェイントは能力の低い人間が使うような小手先の技でしか無いという考えが強い。


『剣術は結局のところ、圧倒的なパワーが物を言うのですぞ!』


 アスモダイのそんな教えがサトルの脳裏をよぎった。だが、あの当時は悪魔の力で能力の底上げがされていたからまだ良かったが、今はそのパワーがサトルに欠けている。


「ふふっ、君の剣術も、見切ってしまえば大したことないよね。僕の突きの前では、手も足もでないじゃないか」

「……こんなのは今だけだ。すぐに、見破ってやるさ」

「ふ~ん、まだ元気があるんだね。でもね、僕も正直そこまで暇じゃないんだよね。ビッチェとの事もあるし、だから――そろそろ決めさせてもらうよ! 【パーフェクト(完璧な)シューティング(刺突の)スプレンダル(華麗なる)ハーモニー(調和)】!」


 サトル目掛け加速し、射程距離に入った瞬間、猛烈な突きの連打を浴びせる。

 その全てはサトルに命中し、その身が軽々と後方へ吹っ飛んでいた。


 それを認めたアケチは、その場でクルリとターンを決め、ビッチェに身体を向け剣を鞘に収めた後、優雅に手を回し、恭しく頭を下げた。


「見て頂けたかな、我が愛しき姫よ。この完璧にして鮮やか、華麗にして優雅な技を貴方に捧げます」

「……気持ちが悪い」

「ふふっ、お褒めに頂き光栄です」

「……全く褒めていない」


 ビッチェも思わず眉をひそめる程の勘違いぶりに、マイもかなり引いている様子だが――


「随分と余裕ですね。まだ、勝負もついていないというのに」


 ナガレが既に勝った気でいるアケチに言い放つ。それに眉をひそめるアケチであり。


「君の目は節穴かい? 今の僕の完璧な突きを見ていなかったのかな?」

「……節穴はお前。よく見てみろ」


 やれやれとため息混じりに言葉を返すアケチであったが、ビッチェに言われたことでその顔をサトルの飛んでいった方へ向ける。


 すると、立ち上がったサトルがじっとアケチを見据えていた。


「……驚いたね。君のしぶとさはまるでゴキブリのようだよ」


 両手を広げ、アケチが小馬鹿にしたように述べる。サトルは奥歯を噛み締めアケチを睨めつけているが、アケチは特に気にもとめていないようにも思える。


 だが――


「貴方はゴキブリだと馬鹿にしますが、ゴキブリは環境によって進化してきた生物ですよ。過酷な環境に身をおくほどより強く逞しく成長するのです」

「だから何だというのかな? 所詮ゴキブリはゴキブリだろ?」

「ゴキブリで悪かったな」

「――ッ!?」


 剣も抜かず、嘲るような視線を送っていたアケチに、いつの間にか肉薄していたサトルの剣戟が炸裂する。


 その一撃によって、今度はアケチの身が吹き飛ばされていき、その姿を眺めながらナガレが口を開く。


「――つまり、そういう事ですよ」


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