第三一五話 実力の差
遂に本性を現した明智 正義。しかも事もあろうかアケチはサトルとマイを始末すればナガレを傍に仕えさせてやるなどといい出し始めた。
当たり前のように断るナガレだが、それが気に食わなかったのか、アケチは剣を抜きその牙を向け始めた。
だが、そんなアケチに対峙するは、ナガレではなくサトル。彼はナガレから受け取った剣を片手に、全ての決着を付けるため、悪魔の書に頼らず自らの手で挑むことを決意したのである。
「……これは驚いた。もしかして君、本気で僕とやりあうつもりなのかな?」
「これが冗談に見えるか?」
悪魔の書をなくした事で、一時は弱々しさが前面に出ていたサトル。
その姿に、マイもどこか不安を感じていた様子であったが、いざアケチと相対したことで彼はすっかり元の調子を取り戻していた。
いや、正確に言えば、アケチを意地でも討ち倒すという決意は全身に漲っているが、悪魔の書を手にしていた時のような、ただ思い込んでいるだけのような強さは完全に抜けきっている。
つまり、今のサトルはより自然体に近づいたと言えるだろう。
ただ、当然悪魔の書がナガレの手に渡り、その恩恵も受けられなくなったことで、サトルのレベルは大幅に減少している。
これは、当然アケチであればすぐにでも看破出来たことだろう。だからこそ、相手はどこか呆れたような表情で、嘲笑っているのである。
「驚いたね。悪魔の書をあんなポッと湧いて出てきたような乱入者に奪われて、醜態を晒した君が、まさか僕に挑もうだなんて。もしかして彼に投げられて頭がどうかしちゃったのかな? 大丈夫ですか~? 悪魔の書、失くしちゃったんですよ~君、今何も武器になるものを持ってないんですよ~?」
自らの側頭部を人差し指で突き、アケチがサトルをからかうように口にする。
どこか挑発じみた行為だが、サトルは心乱されることなく、ジッとアケチを見据え剣を抜いた。
「お前にはこれが見えないのか? 普通世間一般ではこれを武器と言うのだがな」
剣先をアケチに向け、左右に揺らしながら小馬鹿にしたように言い返す。
その姿に、ぷっ、とマイが吹き出した。
「サトルくんも中々いいますね」
「うん、少しだけ胸がスッとしたかも」
遠巻きにふたりの様子に目を向けていたナガレとマイが言う。特にマイは、既にアケチへの嫌悪感が最高値を軽く超え振り切ってしまっている程。
故に素直に気持ちを吐露したのであろう。
「……あははッ、いや失礼。どうみても僕には子供の扱う玩具にしか思えなかったから、全く気づかなかったよ」
「だとしたらナガレさんの言っていたとおり、相当目が悪いな。できればいい治療魔法の使い手を紹介してあげたいところだが、残念だが手遅れか。目もそうだが、お前の腐りきった心はどれほど優れた魔導師でも匙を投げるだろうからな」
アケチの皮肉めいた言葉にもむきになる様子もなく、淡々と言葉を返していく。しかも、程よく相手の神経を逆なでする形でだ。
「う、うん! サトルくん負けてないよね!」
『馬鹿な、何を呑気な事を。ナガレと言ったな、お前も本気でサトルをあのアケチとやらせるつもりなのか?』
「もちろん、それにこれはサトルくんが自分で決めた事ですし、本気でなければあそこに立てないでしょう」
悪魔の書の問いかけに、ナガレがなんてことはないように返すが、そのやり取りを見ていたマイが眼をパチクリさせ。
「え? うそ、この本、本当に喋るんだ……」
そう言って、ナガレの手にある本をまじまじと見やる。
『……解せん、なぜこの娘にまで我の声が判るのだ』
「それもマイさんの力による影響です。サトルくんの心に触れた結果、貴方の念も解する事が出来るようになったのですよ」
「そ、そうなんだ。やるわね、役作り――」
自分の能力の事にも関わらず、ナガレの話を聞き、感心するマイである。
そして、改めてふたりの様子に目を向けるマイだが――
「……君も本当、いい度胸してるよ。その無鉄砲さはある意味尊敬に値する。だけど、虚勢を張るのも相手を見てやったほうがいいね。たかだかレベル25程度じゃ逆立ちしたって僕に触れることすら叶わないさ」
アケチはサトルの発言に、若干ムッとした様子を見せていたが、すぐに表情を戻し、諭すように語りだした。
「え? レベル25って、私より低い……」
『ふん、見たことか、あの男はサトルのレベルもステータスもすぐに看破できる。ごまかしなどききはしない。お前がどういうつもりか知らぬが、あの程度のレベルではむざむざ殺されにいっているようなものであるぞ』
マイも今のサトルのレベルがどの程度かまでは知る由もなかった。だが、あのアケチに挑もうと言うからにはそれなりのレベルはあると思っていたことだろう。
だが、実際はレベル25、マイの表情に不安が滲み、ナガレに、大丈夫なの? といった視線を送った。
「……確かにまともにやりあえば、サトルくんには先ず勝ち目はありません」
「え! そ、そんな……」
「――ですが、そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。確かにまともにやりあえばとても勝てる戦いではありませんが、あのアケチが相手だと考えれば、そのレベルの低さが逆につけ入る隙を与えてくれる武器ともなりえます」
ナガレの話に、マイは目を丸くさせ、悪魔の書も一旦口を噤む。
マイにしろ、悪魔の書のにしろ、ナガレの考えがまるで読めないといった様相だ。
「……ふん、そんなこと、やってみなければわからないだろ」
そんな中、暫しの沈黙を破ってサトルが口を開いた。その顔には全く怯んでいる様子が感じられない。
「……なるほど、所詮悪魔の書を無くした君では相手の力量を測ることも不可能ってわけか。今自分がどれだけ無謀な戦いをしようとしているかも判らないようだけど――」
「――ッ!?」
その瞬間、サトルの目の前にアケチの顔が、そして首にはエクスカリバーの刃が添えられていた。あと少し体重が乗れば、サトルの首などすぐにでも胴体と離れ離れになっていたことだろう。
「これが、今の君と僕との差だよ――」
しかし、アケチはそれ以上何をするまでもなく、バックステップで間合いを取り直した。
「さて、これで頭の悪い君にも理解できたかな? なんなら今からでも悪魔の書を用意する時間ぐらい与えてやってもいいよ。僕は寛大な心の持ち主だからね。それに、その方がちょっとは楽しめそうだ」
余裕の体で、アケチがサトルを促す。
その様子に、悪魔の書も念を飛ばすが。
『……あの男もあぁ言っているのだ。素直に応じさせて我をサトルの手に戻すと良い。少なくとも今よりは遥かに――』
「それはなりません。そもそも、彼にその気はないようですからね」
悪魔の書の訴えをあっさり却下するナガレ。何だと!? と驚嘆する悪魔の書であったが。
「馬鹿を言うな。お前が用意したようなものを誰が使うものか。それにもう俺は決めたんだ、この剣でアケチ、お前を討ち、復讐を果たすとな」
そう、ナガレの言うように、サトル自身がそれを拒絶した。既に彼の決意は固く、その真剣な瞳を認めたアケチは――声を上げて笑いだした。
「あはっ、あはははははは、いや本当、凄い凄い、馬鹿もそこまでいくと立派だよ」
大袈裟な拍手をしながら、皮肉めいた口調でそう述べる。
「でも、そうだね、だったら君のその勇気に免じて、少しだけ僕も君の復讐ごっこに付き合ってあげよう」
「……復讐、ごっこだと?」
「うん? 気に障ったかな? ごめんね正直で。でも、僕はほら、広い心の持ち主だから、あえて君の復讐が叶うように、ハンデをくれてあげるよ」
「ふざけるな! ハンデなんているか!」
アケチから次々浴びせられる言葉に、サトルの表情も怒りに染まっていく。
「まぁまぁ、そうむきにならないで。そうだね、特別サービスだ、僕はハンデとして左手しか使わないし、突き技以外を一切封印するよ。どう? 面白いだろ?」
「お前、どこまで俺を馬鹿にすれば――」
「おっと、失礼失礼。これでもまだ流石にハンデというには弱いね。ならこれは更におまけだ、僕は本来の力の一パーセント、いや、それでもまだ多いかな、何せ神にも等しい僕が、蟻の一匹程度でしかない君を相手しようと言うんだ。一パーセントまで落とした上、更にその内の五パーセント程度の力で戦ってあげるとしよう。うん、これなら少しは面白い対決になるかもしれないよ」
「ふざけるなぁあああぁああああ!」
気勢を上げ、サトルが遂にアケチへと挑みかかった。その様子を、マイが心配そうに見つめている。
「あのアケチのやつ、本当に腹の立つ、でも、サトルくん、あんなにむきになっちゃって」
『ふん、全くであるな、あれではいいように遊ばれるのがおちであろうぞ』
「いえ、あれでいいのですよ」
悪魔の書ですら、呆れたような声を発する状況。だが、それに対するナガレの言葉はふたりにとって意外なものであった。
「で、でもあんなにムキになって、アケチの思う壺じゃないかな?」
「いえ、むしろ彼は冷静ですよ。だからこそ、アケチの嗜虐心を刺激し、敢えて道化を買って出て相手があのような行動に出るよう仕向けてみせたのです。そうでもしなければ、とてもではありませんがサトルくんに勝ち目はありませんからね」
ナガレの説明にマイが目を丸くさせる。まさかアノやり取りの間にそこまでの考えを巡らせていたとは思いもしなかったのだろう。
そしてそれは、悪魔の書にしても一緒のようであり。
『なんということだ、つまりサトルはあえてあのような態度を取り、相手にハンデを背負わせたというのか――ハッ、まさかお前が言っていたレベルの低さが武器になるとは、これのことを言っていたのか? つまりサトルがそこまで考えて行動することを、お前は読んでいたというのか?』
悪魔の書が驚きに満ちた念で問う。アケチからしてみればレベル25のサトルなど本来話にもならない相手だ。それほどまでにふたりの実力は懸隔している。
だが、だからこそアケチはサトルを見下し、普通にやっても面白くない相手だと認識した。それがこのハンデに繋がったのか、と悪魔の書も理解し、そこまで計算していたのか? と悪魔の書は驚愕しているのであろうが。
「さて、どうでしょうね――」
ナガレははっきりとは答えず、含みを残すのみ。そして、その視線はサトルへと向けられる――




