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第三一四話 明智 正義の豹変

 自らの潔白を証明したいのであれば、と一つ提案をしたナガレ。それは悪魔を用いてアケチの記憶を確認するというものであったが、それを受けるか受けないかを確認した途端、アケチが豹変した。


 三人を屑と評し、張り付いていた笑顔も冷え切った冷血なそれに切り替わる。


「全く、これだから愚劣な下民は困る。こっちが少しばかり下手に出てあげればすぐに調子に乗るのだからね。自分の立場というのを理解していないんだ。低劣な証拠だよ」


 そして、相手を蔑むような言葉を吐き捨てた。

 そのあまりの変貌ぶりにマイも唖然とした様子であり、何なのこいつ、と吐露してしまっている。

 

 だが、ナガレにはこの豹変が予測できていた。この男がそういう男であることは少し話しただけでも予想がついた。


「やはり、受け入れませんでしたね。貴方は自尊心の塊みたいな方です。だからこそ、人から疑われる事も、試される事も我慢がならない。そして貴方自身が言っていたように自分が正義だと信じきっている。たとえそれがどれだけ歪んでいてもね。不思議なものですね、正義という言葉は使い手次第で薬にも毒にもなり得るのですから」


 あはっ、と抑圧から開放されたような満面の笑みを浮かべるアケチ。本性を見せた事がその要因であろう。


「全く、お前みたいな小生意気なガキが、僕を語るなんて一〇〇年早いよね。本当親の顔が見てみたいよ」

「奇遇ですね私もです」


 正直、ナガレは既に親なのでアケチの言っている意味は中々の的外れである。尤も見た目が若く、アケチも自分より年下だと判断したのだろうが。


 とは言え、ナガレはナガレで、一体どのように育てれば、このような歪んだ存在になるのかといった意味で言葉を返したわけだが。


「あははははっ、全く奴らがあんまり厄介だというものだから、どんな相手かと思えば、所詮はサトルと同じ、この世界でちょっと力を手に入れたからと調子に乗っているだけの自惚れの強い馬鹿じゃないか。まあ、予想に反してここまでやってこれたのは褒めて上げてもいいけどね」

 

 随分と楽しそうに笑いながら、アケチはまるでナガレを知っていたかのように語った。


「なるほど、やはり貴方も私のことを多少は知っていたようですね」

「ふふっ、さあ、どうだろうねぇ?」


 しかしそれは、ナガレからしてもある程度予測できていた事だ。尤もアケチはどこかはっきりとしない物言いで含みを持たせているが。


「やっぱり、お前が、ナガレさんの言うように、お前が悪魔の書を用意したのかアケチ――」


 サトルが立ち上がり、静かな怒りを燃え上がらせる。だが、アケチはそれを目にしても全く動じる様子はなく、あっさりと言いのける。


「そうだよサトル、でも君には本当にがっかりだよ。まさかこんなに使えない奴だったなんてね」

「何だ、と?」


 両目を見開き、肩を震わせていた。悔しさがこみ上げて、膨れ上がった感情をどう処理していいかわからないといった表情である。


「だってそうだろ? 僕がこんなにわかりやすいように餌をばら撒いてやったというのに、君は結局復讐を成し遂げることが出来ず、それどころかそこの牝豚を許してしまった。こんな情けない話はないよねぇ。本当死んでいった家族も報われないよ」

「ふざけるな、家族が死んだのは元は言えばお前たちのせいだろ――それに彼女は、俺の復讐とは何の関係もなかった。それをお前が細工して、俺に殺させようとしたんだろうが」

「だから何? 全く君はそんなことだから駄目なんだよ。だからクラスでも虐められたんだよ。君のそういう中途半端なところがね、全てを駄目にしている。全く、しかもぽっとでの最強に笑という文字がついてそうな屑に乗せられて、あんな中途半端な悪魔まで解放しておきながらやられてちゃ世話ないよね」


 くすくすと嘲るように笑いながらアケチが言った。サトルの拳が強く握られ血が滲みそうなほどであり。


「何なのよ、一体何なのよあんた! よくそんな事が言えるわね! サトルくんを酷い目に合わせて、家族まであんな目に合わせておいて! それでもあんた血の通った人間なの!」


 そこでマイが口を挟んだ。感情を露わにしてアケチへと声を荒げる。

 そんなマイに、アケチが冷ややかな視線を送った。


「黙れよ豚。大体僕は君にも心底がっかりしてるんだよ。全く上質な餌だと思ったからこそここまで大事につれてきてやったのに、結局何の役にも立ちやしない。これだから三流アイドルは、上手いのは股を開くだけなのかな~? 本当がっかりだよ」

 

 人を人とも思わず、マイを蔑むような言葉を平気で吐き出す。それがアケチという男だ。


「全く、よくもそこまで口が回りますね。語れば語るほど自分がどれだけ愚かなのかを証明するだけだと言うのに、そんなことにも気が付かないのですか?」


 アケチにいいように言われ、な!? と両目を見開き愕然となるマイに変わって、ナガレがアケチに言葉を返した。サトルは最初から判っていたことであろうが、マイもこれでこの男の本性がよくわかった事だろう。


「僕が? 気がつく? あははご冗談を。僕はあの明智家の人間だよ。完璧にして崇高な明智家の血を引き、稀代の才子、神の申し子とさえ称されているこの僕は、後に地球も、この世界も、その全てを掌握すべく選ばれた万物を司る存在そのものなのさ。つまり僕は気がつく側ではない、常に気が付かせる側なのさ。そこのサトルやマイのように、己が所詮愚かな家畜でしかないという現実と向き合えない、愚鈍な存在にね。だけど僕は心優しいから、どれだけ低劣で愚劣で下卑たる民にも皆平等に機会を施してあげるよ。勿論君にもねナガレ」


 ナガレは瞑目し、特に何も答える事はなかった。だが、だからといってアケチの口が止まることはなく、勝手にべらべらと言葉を続けていく。


「君は、正直僕に比べれば、能力的にもこの完璧な僕という存在の一割にも満たないような矮小の存在でしかないけれど、それでもレベル0という不名誉かつ最底辺のステータスにしては頑張っていると思う。何せあのサトルから悪魔の書を奪ったのだからね。あのオーディウムは所詮は出来損ないでしかなかったけど、そこだけは僕も評価してあげるよ。だから今キミの手でソコの生ゴミふたりを片付け給え。やり方は任せるけど、それをやってくれたならこれまでの非礼は水に流してあげるし、この英傑たる僕の傍に仕える事を特別に許してやってもいい。脳筋なシシオや所詮強者の影に隠れて粋がるしか能がなかったカラスなんかよりは、君は多少は使えそうだからね」

 

 アケチはまるでそれが当たり前の事のようにナガレに選択を迫った。尤も、彼からすればナガレが否を唱えることなど先ずないと判断しているのであろうが――ただ、少なくともマイとサトルに関しては開いた口が塞がらないと言った様相。


 そしてナガレは――


「…………」


 瞑目し沈黙を続けたままであった。


「……あはは、どうしたのかな? 君、耳が聞こえないわけでもなければ口がきけないわけでもないよね? この寛容な僕がわざわざ君にチャンスをくれてあげているのに、何も答えないとは少々失礼が過ぎるんじゃないかな? それともまさか迷っている、わけじゃないよね? 君はそこまで愚かじゃないと僕は信じてるよ」

「……ふむ、その口ぶりからすると、もしかして私に言っていたのですか?」


 だが、そこでナガレが口を開き、他人事のように返した。


 アケチの眉がピクリと反応する。


「……冗談はよして欲しいな。ナガレ、君以外に一体誰がいるというのかな? そんなこともわからないほど君は無能なのかい?」

「ふむ、正直申し上げると私の方こそ少々驚いていますよ。今の話を聞いてついていこうとするものがいると本気でお思いですか? 人並みの感覚と教養が身についていれば、こんな事はわざわざ聞かなくても判ること。ですので、あえて沈黙を保っていたのですが、まさかそれすらも気が付かないとは――だとしたなら、貴方はもう少し物事の道理というものを見極める目を養った方がいいでしょう。尤も、目以前にいろいろな物が貴方には欠落しているようなので、既に手遅れかとも思いますが」

 

 アケチの蟀谷がピクピクと波打った。胡散臭い笑顔は残したままだが、明らかな苛立ちが感じられる。


「驚いたね。まさかここまで勘違いしている愚か者が、そこのふたり以外にもいたなんて。類は友を呼ぶとはよく言ったものだよ。でもね、一度吐き出したツバはもう飲み込めないし、僕は二度も温情を与えるほど甘くもない。これでもうここから逃げることも許さないよ。まあでも、君はどちらにしても罪人として追われている身だ。僕の助けがなければ、どちらにしても惨めな死しか選択肢はないから、僕という崇高な存在に消されるだけマシだったかもしれないね」

 

 そう言ったアケチの手に聖剣エクスカリバーが握りしめられる。どうやらアケチは、自らが手を下し、三人を始末することに決めたようだ。


「さて、こうなったらもう僕に負けはないけど、僕は心優しいからね。君は無手での戦いが得意らしいけど、どれだけやれるか僕が見てあげよう。それに先手も君に譲ってあげるよ。どこからでも掛かっておいでよ」


 アケチからの挑発。だが、ナガレは特に構える様子も見せず、そして戦おうとする姿勢も見せず沈黙を保った。


「……どうしたのかな? まさか今になって怖気づいたとかかい?」

「全く、せっかちな男ですね」


 再度挑発を見せるアケチだが、ナガレは淡々と言葉を返す。そして、視線をサトルに向けた。

 

 すると、ゆっくりとサトルが立ち上がり、決意めいた瞳で口を開く。


「……ナガレさん、その剣を貸して頂けますか?」

「どうやら決心がついたようですね。勿論お渡ししますよ。元々これは、この本の代わりに貴方にお譲りしたものですので」


 ナガレは軽く顎を引いた後、改めてその剣をサトルに手渡した。


「さ、サトルくん、やっぱり、やる気なの?」

「……うん、あいつの姿を目にしたら、どうしても、俺がやらないと、この気持ちは、抑えられそうにないんだ」

「サトル、くん――」


 マイは、それ以上は何も言うことがなかった。もしかしたら止めたかったのかもしれないが、その眼の真剣さに、掛ける言葉を失ってしまったのだろう。


「……サトルくん、その剣は君の思いの強さに答えてくれる剣です。心を強く持てばきっと役立ってくれる筈ですよ。悪魔の書についても元はどうあれ、貴方が悪魔達と築いた信頼関係や教わった剣術に関しては偽りではなかったはずです、それをお忘れにならないよう」


 サトルは一旦瞼を閉じ、はい! とはっきりと口にした上で、ふたりに見送られる形でアケチの前に躍り出た。


 そして、そのことに一番驚いていたのは、サトルが恨みを晴らすべく諸悪の根源、明智 正義であった――

ナガレを勧誘するも見事に撃沈なアケチです。

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