第三十一話 愚か者
「全く冒険者でありながらギルドを裏切って盗賊に身内を売ろうとするなんてふてぇやろうだ! なぁ?」
右の頬に手形が残るフレムが裏切り者の男を見下ろしながら皆に同意を求めた。
ちなみにナガレが捕えた盗賊と冒険者の男はお手製の縄で雁字搦めにされた状態で、冒険者の集まる川辺まで連れてこられひと固まりにされている。
「話は判ったけど……だからって水浴び中の私達を覗いていいって事になりません」
「てか賊たちはナガレに捕まってたわけだしね。本当、サイッテー!」
だが、フレムとカイルに対しても盗賊なみ、いや下手したらそれ以上にピーチとローザの目つきが冷たい。
ナガレの一足早い対応で、女性陣の美しい肢体が、賊達の汚れた眼に晒されるような事は無かったわけだが、代わりに一応は彼女たちを助けようとしたフレムとカイルの瞳に焼き付けられる事となってしまったからだ。
ふたりの頬に残る手形はその報いでもある。
その事に関して、一緒に水浴びをしていたというビッチェには気にしてる様子もないが、ローザとピーチは別なのであろう。今もジトッとした目でふたりを責め続けている。
「いや、だから俺達は助けようと思って、さっきからそう言ってるんだろうが!」
「……だからっていきなり飛び込んでくることないじゃない。フレムやカイルなら気配とかである程度判断つくでしょ」
半眼で責めるように口にするローザ。うぐぅ! とフレムは言葉も出ないといった感じだ。
「まぁまぁふたりとも、フレムもカイルもこの賊から守ろうと必死だったわけですしそのへんで許してあげては? それに今は、彼らに関してのほうが大事ですしね」
「……ナガレ様がそう言われるなら仕方ないですね」
「まぁナガレが言うなら、あ、でも安心してねナガレ! す、すぐに水に潜ったし! 多分そこまで見られてないから!」
ナガレからしてみれば何の弁解かといったところだが、取り敢えず捕まえた盗賊と冒険者に身体を向け直した。
「てかお前ら、彼女たちを捕まえてどうするつもりだったんだよ?」
すると取り囲んでいた冒険者の一人が盗賊の頭に問い詰める。
だが男は、ふんっ、とそっぽを向き知らん顔だ。
「……まぁ恐らくですが、彼女たちを奴隷として売ろうとしていたのでしょうね。狙われたのは皆見目麗しい女性ですし」
ナガレがそう発すると、ピーチが、う、麗しい? と頬を染めた。
尤もピーチはどちらかという可愛らしいといった感じではあるのだが。
「で、でもそれは不可能ですよ? 捕えた女性を奴隷、そんな事!」
ローザが声を荒げた。彼らのやろうとしていた事に忌避感を覚えたのか途中言葉を詰まらせるが。
「えぇ、判ってます。ここバール王国では奴隷制度はほぼ形骸化してますからね」
ナガレの言葉にローザが頷く。
そう、王国には奴隷も奴隷商人と称されるものも確かに存在する。
しかし、ここバール王国では自由奴隷制度が採用されている。
自由奴隷制度とは本人の意志で奴隷になるかどうかを決められるという制度の事だ。
この王国では近年までは主には絶対服従という、この世界においては当たり前に採用されている奴隷制度が根付いていたが、現在の人権主義の王に代わってからはその制度が見直され、今の形に落ち着いたようだ。
奴隷という名称が残っているのは、すべてを無くしてしまうとこれまでそれで商売してきたものが仕事をなくしては堪らん! と反発してくるおそれがある。
それを抑えるための目的もあったらしい。
結果的に今の奴隷商人というのは奴隷になりたいものと奴隷が欲しいものとの仲を取り持つ中間業者へと様変わりしているわけだ。
奴隷にしてもあくまで契約に則っての指示に従う必要はあるが、そうでないものには強制権はない。
勿論暴力を振るうなどといった行為も禁止だ。契約に性奴隷としての取り決めも定めていなければそれも禁止される上、例え契約済みでも無理やりは処罰の対象となる。
更にこれまでの制度と違うのは奴隷にもしっかり契約金が支払われることだ。奴隷の期間も互いの同意の上で決めるので、一度奴隷になれば一生奴隷ということもない。
そして当然そのような制度を取り入れてる以上、拐って来たものを奴隷として売り飛ばすなど言語道断でありそれが知れれば重罪人として裁かれることとなる。が、しかし――
「ですが、確かにこの王国では無理やり奴隷として売るなど不可能ですが、他国においてはその限りではない……寧ろこのような奴隷制度を採用しているのはここバール王国位なもの、ですから」
「!? そうか! ここで拐った者を他国に売り飛ばす、それが目的だったという事だね!」
ナガレの発言から察したのか、カイルが声を上げた。
それにフレムが眉を顰める。
「ちっ! そんなとんでもないことを考えていたとはな。しかもテメェは同じ冒険者でありながら、全く反吐がでるぜ!」
吠えるように言い、唾を冒険者であった男に吐きつける。
頬に唾液を垂らしたその男の眼は怨嗟に満ちていた。
「でも、どうしてそんな事をしたのですか?」
ローザがどこか憐れむような目を罪人と成り果てた男に向けて問う。
「ふんっ! 原因はそのフレムって男だよ。俺は以前そいつに酷い目にあわされたのさ。半殺しに近い目にな!」
唾を撒き散らす程に叫びあげ、積年の恨みとばかりにフレムに言を叩きつける。
それを耳にしたフレムは、あぁん? と目を眇め一考し。
「そうか、思い出したぞテメェ。確か酒場で若い女店員に絡んでたやろうか。うるせぇ出てけ! と言ったらキレて突っかかってきたからな。それでボコボコにしてやったんだったな」
「は? 何それ、だったら絡んでたあんたが悪いんじゃない」
「ま、まぁそれでボコボコにしちゃうのもやり過ぎかなと思うけどね」
ピーチが腕を組み呆れたように口にし、横で聞いていたカイルは少し同情するような目を男に向けた。
「なるほど、ですがそれだけではないでしょう? 寧ろメインは……」
ナガレがそこま言うと、チッ! と舌打ちし。
「なんなんだテメェはレベル0の癖に……全てを見透かしたような目をしやがって気に食わねぇ! 本当に気に食わねぇ! どうやったかしんねぇがグレイトゴブリンを倒し、更にゴッフォまでやってテメェだけ荒稼ぎしやがってよ! その裏で俺ら見たいのがどんだけ苦労してんのか判ってんのか! テメェのせいで討伐した分の稼ぎも減るしよ!」
怒鳴り散らす男の訴えは、ただの逆恨みでしかないものだ。
ナガレは嘆息しつつ男を見下ろし。
「なるほど、やはりお金ですか。その様子だとあの時にはいなかったようですが、ゴッフォとの一件も噛んでいた口ですね? しかしそれもギルドによって対処され、このような計画を企てたと」
「……あっきれた。何よそれ、てかそんなに稼ぎたいなら頑張って依頼こなして稼げばいいじゃないの」
「そうですね。そのために今回の討伐依頼にも参加されたのでは?」
「ふんっ! 何が討伐依頼だ。おめでたいなテメェらは。確かにスイートビーの蜜は金になる。だが一体どれだけの冒険者が狙ってると? 受注依頼とはいえそれでもかなりの数が参加してんだ。そんなかで十分に稼げる奴なんてごく僅かなんだよ。だったら!」
「だったら盗賊と組んで裏取引に協力した方が金になる。そういう事ですか?」
男の語りに被せるようにナガレが言う。するとぎりりと歯噛みし、男はナガレを睨んだ。
「そうだよ! 大体冒険者なんてそもそも十分に稼げる奴の方がまれなんだ! まともにやってたってバカを見るだけなんだよ! 稼げそうな話があれば裏の仕事でもなんでもやってやるよ! 金のために魂売って何が悪いってんだ!」
「うわ、開き直るとか本当サイッテー。どうしようもないわねこいつ」
相手を蔑むように口にするピーチ。
フレムも、クズが! と汚物でも見るように見下ろしているが。
「そうですか、話は判りました。それにしても愚かですね」
「……所詮テメェには俺みたいな奴の気持ちはわかんねぇよ」
「確かにそうですね。本当に、やるにしてもこんな杜撰な計画しか考えられない人の気持ちなどわかりようもないですし」
ナガレの言葉に男の眉がピクリと跳ねる。
「杜撰、だと?」
「そうです。第一成功すれば大金を得られると思っていたようですが、そんな簡単にいくわけがないでしょう。みたところ貴方はそこの盗賊たちとの取引も初めて。つまりその盗賊たちからしたら別に貴方ごときうだつの上がらない冒険者、いつ切り捨てたっていい存在です。報酬なんて本当に支払って貰えると思っていたのですか? 私ならそんな真似しません。適当なところで切り捨てますよ。貴方みたいな冒険者一人の命ぐらいどうとでもなるでしょうからね」
ナガレの発言に、男は口をあんぐりと開けまるで金魚のようにパクパクとさせている。
だが、ナガレの発言が正しいことは、近くで聞いていた盗賊の、男を嘲るような笑い声で察することが出来た。
「全く、そんなことにも気が付かないようだからBランクになってもロクに稼ぐ事もできないんですよ。結局貴方のやったことは自分で自分の首を絞めていただけです。この計画が成功しようが失敗しようが貴方に待ってるのは過酷な現実だけだったわけですから――」
プルプルと拳を震わせる男に、ですが感謝してますよ、と更にナガレは言葉を繋ぐ。
すると、わなわなと顔を持ち上げ、感謝だと? とその言葉を復唱した。
「えぇ、何せ貴方の安易な行動で、私は盗賊も、貴方という愚かな冒険者も捕える事が出来た。これでまたギルドから報奨金が出るのは間違いないでしょう。本当にありがたい限りですよ。金に目がくらみ犯罪にまで手を染め、にも関わらず何の成果も挙げられず、罪人として処罰される運命しか待っていない貴方という浅慮な冒険者から、なんと私は大金を手にする事が出来る」
「うぁ、あ、あ、あぁああぁあ、うあぁああぁああぁああぁああ! 畜生ーーーー! 殺してやる! テメェ! ぶっ殺してやる! ふざけやがって! ふざけやがって! がぁあああぁああぁああぁあぁああぁああ!」
男の絶叫が夜の森に木霊した。縄が食い込み痣になるほどにもがき、目を血走らせ涎を撒き散らしながら叫び続ける。
しかしそんな男に、貴方には一生かかっても無理ですよ、と返すと罪人に成り果てた男は地面に顔を埋め慟哭した――




