第三一〇話 それぞれが目指すところ
「まさか、ここまでとはわしも思わなんだぞ」
「……圧倒的有利」
「ぬははッ、その余裕、やはりわしに見初められただけはある――だが、わしとて大悪魔と称されるが一人! そうやすやすとやられはせんわ」
片膝をつき、アスモダイが肩で息をしながらもビッチェを認め、そして気勢をあげる。
立ち上がり、両の手でしっかりとその三叉の大剣を握りしめた。
――刹那、漲る闘気が三叉のそれぞれに集まり、回転し、集束していく。
そして三つの闘気が一つに纏まり、巨大な力に変化した直後、アスモダイが大上段の構えでビッチェに迫り振り下ろした。
「【メギドダウン】!」
それは恐らくアスモダイにとっての最大の一撃。まさに必殺技という名にふさわしい痛烈な一振り。
ビッチェの肢体はその斬撃自体は避けてみせるも、振り下ろされた剣戟が引き起こした衝撃凄まじく。
爆轟を伴う絶望的な衝撃。一瞬にしてその余波が大きく広がるが、それも途中で力の圧力によって強制的に圧縮され、渦を巻き床を削り天井を穿つ。
すり鉢状に抉れていく地面、螺旋状に展開する爆発と衝撃、それが黄金色の光を放ち、空間が、彼らの立っていた広間が、激しく踊り狂う。
その現象が数秒間続き、そして光が収束し、霧散した後には空間の中心に巨大な穴が出来上がっていた。
底が見えない程の深さ。そしてアスモダイとビッチェ、互いの姿は見られない。
だが、それから幾許もなく、巨大な影が凄まじい勢いで穴の中から飛び出した。
「ぐぉおぉおぉおぉおお!」
しかも、数多の斬撃をその身に受けながら、そのまま天井へと持って行かれ全身を刃に貫かれ天井に突き刺さり吐血する。
呻き声を上げ、最後には地面に放り投げられた。
それでもまだ息はあるが、しかし顔色も悪く、胸を押さえ、相当に苦しそうだ。
そんなアスモダイの視界に収まるもう一つの影。穴から飛び出し、どことなく妖艶な所作で彼の目の前に着地して見せる。
「……まだやる?」
かと思えば、剣先をアスモダイの喉元に突きつけ問いかけた。妖しげな雰囲気漂うその褐色の身体は、どこか淫魔を彷彿させる。
だが、発せられる殺気は、まさに捕食者のソレであり、エロティックとバイオレンスの融合したその姿は美しくも逞しい。
「……ぬはッ! ぬははッ! 勿論であるぞ! と、言いたいところだが、無理であるな。ぬはははははッ、全く人間でありながらここまでわしの心をかき乱し、しかもわしを倒せるほどの強さを有するとはな」
そういいつつ、アスモダイは手持ちの剣を消し去り、敗北宣言。
だが、その表情はどこか清々しげでもあった。
「……少し残念」
それを認め、ビッチェも鉾を収めた。アスモダイを圧倒したその力凄まじいが、ただ、まだ物足りないようでもある。
ふたりに分かれていた身が一人に戻った事で、彼女は圧倒的なパワーアップを果たした。だからこそ、もっと色々と試してみたかったのかも知れない。
「ぬはッ、しかしわしの最大の技を持ってしてもノーダメージとは恐れ入るぞ」
「……ノーダメージというわけじゃない。それにいくらなんでもまともに受けていたらただではすまない程の威力はあった。だけど、彼の戦い方を見ていたおかげで、ダメージを最小限に抑える術を身に着けた」
「その彼というのが、先に向かったあの男の事であるか? ぬははッ、だとしたなら、あの男が相手だったとしても、わしに勝ち目がないわけであるな。全く、だが、わし、消えるまでもう少し時間があるのじゃが、どうだ? せめてもの情けに一発」
「……今すぐ消す、ついでにもぐ」
「ぬははッ! 冗談であるぞ! いや、本当、ごめんなさい、だからその剣をしまってください!」
再び勢い良く盛り上がっていたそれを認め剣を振り上げるビッチェ。その姿に慌てて空気の抜けた風船のごとく、萎ませていくアスモダイである。
「……ふふっ、しかし、お主のようないい女に倒されるのも、看取られるのも悪い気はしないが、やはりサトル様の事は気がかりであるな。そして心残りでもある」
「……心残り?」
アスモダイの言葉に首を捻るビッチェだ。
「うむ、実はサトル様にはわしやデスナイトが剣を教えていてな。最初はデスナイトがメインであったが、奴は喋れんのでな、次第にわしが指導を行うようになったのだ。ちなみにアシュラムも教えたがっていたが奴は腕が多くて全く参考にならなかったのだがな」
「……その話、長い?」
「まさかの興味なし! いやいや、わし後三分もすれば消えるし! そんな悲しいこと言わないで!」
「……仕方ない、聞く」
どうやら三分ぐらいなら我慢してくれるようだ。
「う、うむ、とにかくであるな、サトル様は意外と筋が良かったのだ。本人は才能がないなどと思っていたようであるが、才能がなければこの短期間で名人級にまで剣術は向上せんしのう。しかもあと少しで達人級にまで上がりそうだったのだ。だから、それがのう、心残りである」
「……でも、サトルは基本悪魔の力で戦っているのではないか?」
「うむ、そこなのだ。サトル様の恨みは深く、だが、同時に復讐相手も一筋縄ではいかない奴らばかりだ。特にカラスという愚か者を相手してから剣術にこだわるのはやめたようであった。勿論相手のレベルも高い以上、自分が最も自信を持てるもので挑む気持ちもわかるがな。だが――本来ならば自分の手で、復讐を果たしたかったのではないか? とそう思えてな。故にもっと剣術を磨いてやりたかったと、それが心残りなのだ」
「……そう、でも大丈夫」
「うん? 大丈夫とは?」
「……ナガレがいる。サトルの気持ちが本当なら、ナガレが答えてくれる。それに、お前だって一時的に消えるだけだろう。また呼ばれたら教えてやればいい」
「……なるほど、そういうことであるか。それで、この予感の理由もわかった気がするであるな」
アスモダイはその眼を細め、どこかすっきりとした表情でそれを述べる。
それに、予感? と、問い返すビッチェだが。
「……いや、こっちの話であるな。ただ、わしはもうサトル様に剣を教える事はないであろう。だが、わしがいなくてもナガレという男が近くにいればきっと……ふふっ、良かった、これで心置きなく、わしも消えることができる」
「……いくのか?」
「うむ、じゃが、どうだろうか? あと一〇数秒はありそうだし、先っちょだけでも――」
「……早く逝け」
「――最後までつれないのう。あ、でも最後の逝けはなんとなくそそられ、はうん!」
こうして最後に何故か大きく身体を仰け反らせ、アスモダイは逝った――どこか満足そうな表情で……。
「……終わった。後は私も――」
アスモダイが消え去ったのを確認し、ビッチェはナガレの向かった方角に身体を向ける。
このまま後を追うつもりなのだろう。
そしてその目線は一旦あの黒騎士に向けられるが。
(……もうこうなったら襲われることもない――)
広間はすっかりメチャクチャな有様である。中心には大きな穴が出来上がっているぐらいだ。この状況では魔物なども立ち入ろうとはしないだろう。
後から他に追ってくる者がいることはあるかもしれないが、逆に言えば後の事はそっちに任せればいい、とビッチェは判断。
なので、黒騎士のアレクトはそのまま寝かせた状態にし、ビッチェは単身、ナガレの後を追うのであった――
◇◆◇
「よっしゃーーーー! 回復したー! 俺は行くぜ! 先生の後を追うぜ!」
ローザに回復魔法を施され、すっかり元気になったフレムが蹶然する。
それに呆れ顔でため息をつくローザである。
「全く、治ったばかりだというのに、でも、言っても無駄よね」
「だねぇ~こうなったらもうフレムっちは止まらないよ~」
「でも、それなら私も行くわ! 魔力も大分戻ったし!」
苦笑するカイルだが、どうやらピーチもフレムに倣うようで、軽くストレッチなんかもして見せている。
「あ、あの、それなら私もご同行して宜しいでしょうか? サトルにも、会っておきたいし……」
すると、アイカと一緒に話を聞いていたメグミが立ち上がり願い出る。
彼女はアシュラムの散り際にも、謝るならサトルに謝るように忠告されていた。
その事もあって、どうしてもサトルの後を追いたいのだろう。
「……そうだな、むしろあんたは来たほうがいいだろう」
すると、彼女の同行はフレムが認めた。アシュラムと戦い、その中で彼女の気持ちを耳にしているだけに、そう判断したのだろう。
「……メグミちゃん、行くのですね――」
だが、それを聞いていたアイカの反応に、メグミが、あ、と短く声を漏らす。
「その、アイカは、流石に連れていけないわよね……」
そこまで語りメグミが逡巡を見せる。今アイカを放って自分だけ迷宮に向かう事に迷いを感じたのだろうが。
だが、意外にもアイカも一緒に立ち上がり、決意めいた表情で口を開いた。
「――それなら、私も行きます!」
「え? アイカ、本気? で、でも――大丈夫?」
「はい、私も逃げてばかりはいられませんし、それにメグミちゃんが一緒にいてくれれば……」
「う、うん! 勿論アイカはちゃんと私が守るよ!」
それなら安心です、とアイカが微笑みを返す。
「それなら、やはり私もいかないとですね」
「おいらも今度は一緒にいくよ~護衛は多いほうがいいだろうしね」
ローザも同行を決め、カイルもそれに倣い軽くウィンクを見せる。
アイカは、やはりまだ見知らぬ男性に対して不安感がありそうだが、それでもなんとか向き合っていこうと決めたようだ。
「盛り上がっているところ悪いのだが、いくらなんでもそれは許可が出来ない」
だが、そんな彼らに待ったを掛けたのは件の帝国騎士であった。
「あん? 許可が出来ないってなんだよ。俺達はお前らに指図される覚えはないぞ」
そして、それにすぐさまに反応したのはやはりフレムだ。不機嫌を露わにした態度で騎士たちに言い返す。
「……私達とて助けてもらっておいてこのような事を言うのは心苦しいが、これでも帝国騎士であってな。アケチ様よりここを守るよう命じられているのだ。アケチ様に従うは皇帝の意志でもある。それに背くわけにはいかぬ」
つまり、助けてもらったとは言え、突如乱入した見知らぬ者を、黙っていかせるわけにはいかないと、そういう事なようだ。
「そ、そんな、いくらなんでもそれはあんまりではないですか?」
しかし、これにはメグミも納得がいかないようすで食って掛かる。
「メグミ殿、貴方がそれでどう致しますか? 本来であれば貴方がこの者達を止めるべき立場の筈。アケチ様の為にも」
「そ、それは――」
「アホか、本当馬鹿らしいぜ。お前らも何も判ってないんだな。そのアケチこそが諸悪の根源だと言うのによ」
一瞬ためらいを見せるメグミであったが、その後を引き継ぐようにフレムが言い放つ。
その言葉にぎょっとなる帝国騎士であったが。
「ば、馬鹿な! よりにもよって何たる無礼な! 助けてもらったとは言え! 不敬に過ぎるぞ!」
流石に聞き捨てならないと不快感を露わに叫びあげた。よほどアケチを信頼しているのか――だが、それに黙っていられないのはピーチ達も一緒だったようだ。
「あ~もう! うるさいわね! フレムは馬鹿だけど、嘘なんて言わないわよ!」
「その通りです。フレムは確かにお馬鹿なところはありますが、嘘をいうような男ではありません」
「そうだよ! フレムっちは確かに馬鹿っぽいかもしれないけど、嘘はつかないよ!」
「お前ら俺に喧嘩売ってるのか?」
あくまでアケチの命令に従おうとする騎士たちに語気を強め食って掛かる三人。だが、その言い草に、フレムの蟀谷に浮かび上がった血管がピクピクと波打っていた。ただ、一応はこれでも三人は彼を擁護してるつもりなのである。
「チッ、まあいい。いいか? 先生の言っている事に間違いはないんだよ。いいか、アケチはな――」
そして、フレムは前もってナガレから聞いていた真実を騎士たちに聞かせる。途中言葉の間違いなどはピーチやローザが訂正していたが、とりあえず話は通じたようであり。
「……まさか、皇帝が傀儡に?」
「そもそも、アケチ様は国を守る気などないだって?」
「それどころか、英雄になるために国を犠牲にしようとしてるとは――」
騎士たちがざわめき出す。流石に話が突拍子なさすぎると、半信半疑といった様子のものも多かったが。
「……私は、ナガレさんを信じます。それにアケチだって本当はそこまで信用できる相手ではないのです。私も……弱みを握られて、サトルを助けてあげられなかった一人ですから……」
「メグミちゃん……」
悔しそうに、後悔の念を吐露するメグミ。その肩にアイカが手を置いた。どこかいたわっている様子も感じられる。
「……メグミ様がそこまで言われるというのであれば、もしかしたら――」
そして一部の騎士には考える余地があると思い始めているものも出てきているようである。
「とにかく、そのアケチの事も含めて先生がなんとかしようと動いているんだ。弟子の俺がこんなところでぼーっとしてるわけにはいかないんだよ」
「私もよ、それに一応リーダーだし」
「そういうこった。とにかく俺たちはもういくから、邪魔だけはすんなよ」
「あ、あの出来ればバイコーンの事はよろしくお願いいたします。といっても、何もしなければ大人しいとは思いますが」
「ま、機嫌を損ねると貫かれちゃうかもしれないけどね~」
「あ、それじゃあ私達も。いこ、アイカ」
「うん、それじゃあ――」
六人がそう言い残し、その場を後にしようとしたが、その時、待ってくれ、と一人の騎士が声を上げた。
「おいおい、まだ何か文句があるのか? 邪魔するってんなら流石に――」
「ち、違う! そうではない。その、貴方達はナガレという少年の後を追うのだろ? そしてその先にはアケチ様がいると。ならば皆さんについていけば真実がつかめるかもしれない」
「だから、全員とまではいかないが、我らもつれていってもらえないだろうか?」
そう言って名乗りを上げたのは四人の帝国騎士であった。
「……別にそれは構わないが、足手まといになるようなら途中でも置いていくぜ」
「そ、それは勿論覚悟している。だが、我ら四人はこの中でも実力は高い方であり、勿論メグミ様程ではないが、それでも自分の身を守ることも、ついていくことも可能だと思うのだ」
「だから、お願いだ! 決して邪魔はしないので連れて行ってくれ!」
そう懇願され、やれやれとため息をつくフレムでもあるが、特に断る理由もないので承諾する。
こうして帝国騎士を含めた一〇人は、ナガレやビッチェに追いつくべく、迷宮内へと足を踏み入れるのだった――
今回ちょっと間をはさみましたが、次回!オーディウムが!




