第三〇七話 膨れ上がる殺意
突如乱入したナガレの手によって、サトルが召喚した悪魔は次々と彼の持つ悪魔の書の中へと戻されてしまう。
復讐の為にマイを殺したいと願うサトルであったが、それも全てナガレの手によって阻まれ苛立ちは募るばかり。
そんな最中、遂にサトルは今現在呼べる中で最強と称する悪魔達をその場に召喚する。
そして既に呼び起こし別の場所で戦いを演じている残りの悪魔も戻りさえすればここに最強の悪魔軍団が集結する! と得意がるサトルであったが――
「それならもう戻ってくることはないと思いますよ。私の信頼する仲間がそれぞれ相手をしてますからね」
「…………は?」
ナガレのこの返答に、眉を顰め不快そうに言葉を発するサトルであった。
「――何を馬鹿な事を! 俺が呼び出せる中でも最強の仲間達だ! アルケニスとアシュラムは序列九位に八位、アスモダイに関しては序列三位だ! それがそう安々とやられるわけがないだろ!」
「そう言われても、確かに簡単ではないかもしれませんが、勝てると信じておりますからね」
「だったら聞くが、その連中はレベルはいくつなんだ? そこまで言うからにはかなり高いのだろう?」
「そうですね、それぞれレベルは185、235、368ですね。尤も一人はそこから更にレベルは上がると思いますが」
「……お前、それで俺の仲間に勝てると本気で思っているのか?」
「本気ですよ」
まるで酸素が足りてない金魚のように口をパクパクさせるサトル。
どうやらナガレの信頼する三人のレベルに驚いているようだ。しかし、それはレベルの高さにではなく――
「……そこまで言うからにはよほどレベルの高いのがいるかと思えば、まさかあのシシオやサメジよりも低いとは、そもそも三桁とか、冗談にしては笑えないぞ?」
「冗談のつもりではないですが……ふむ、しかしシシオというと――」
そういいつつ、ナガレは既に屍と化したソレを一瞥する。
それにサトルが反応した。
「どうした? アレが気になるのか? ちなみにアレでレベルは1500だ。一応レベルだけ見れば、お前の仲間が相手している内のアシュラムやアルケニスと同程度だ。まあ、脳筋だからそれでも俺の召喚した悪魔よりはるかに弱かったがな」
「……そうですか」
「ふん、随分と冷静そうに見えるが本当は気が気じゃないんじゃないのか? なんだったら助けにでも戻ったらどうだ?」
表情を変えずに立ち続けているナガレへ、サトルが提案するように述べる。
まるで、その場からすぐにでも立ち去って貰いたいようですらあるが。
「いえ、私はこの場所から離れる気はありませんよ。そちらのは自業自得ともいえますが、彼女には手を出させるわけにはいきません」
クッ、とサトルが歯噛みする。
「……それと、貴方は少々レベルで物事を判断し過ぎです。優劣は必ずしもそれだけでつくわけではありませんよ」
「……確かにそれが多少の差なら下が上に勝つことだってあるだろうさ。だが、そこに転がっているのと同程度ということはお前の仲間とやらが相手しているのは最低でもレベル四桁はあるってことだ。ましてやアスモダイに関しては更に比べ物にならないほど高い。そこまで差があって覆ると本気で思っているのか?」
「先程も申し上げたように、私の仲間が負けるとは思っていません」
「……強情なやつだな。いや、そこまでいくと逆に凄いか。だが、そこまで言うなら俺も少しだけ待ってやろう。もし本当にやられたならこの本を通して俺にもそれが判るようになっている。逆に返り討ちにしているなら目的も果たしてこっちに向かっているはずだからな。それほど時間もかけずやってくるだろう」
つまりサトルは、使役している悪魔がやられたのを感じるか、ここにやってくるまでは待つと、そういう事らしい。
「そうですか、それならば、少しは私の話にも耳を傾けて貰えますか?」
すると、やはりそこからは一歩も動く様子は見せないながらも、ナガレがサトルへ問いかける。
サトルは顎を押さえ一度は考え込む様子を見せたが。
「……まあ、いいだろう。何を言われても俺の気持ちに変わりはないがな」
とりあえずサトルも話を聞いてくれる気にはなったようだ。なので、ナガレもマイの事やアケチについてをメインに、更に悪魔の書についても言及してみせるが。
「……そんな、確かに何か気になるところはあったけど、そんなことをしていたなんて――」
ナガレの話は、当然後ろにいたマイも耳にしていた。勿論サトルの前でもあるため、連中のやったことをそこまで仔細に語ったわけではないが、サトルの妹をあの三人が殺したこと、そしてそれらの罪をアケチが隠蔽し、サトルにかぶせたことは当然知ることとなり、同時にサトルの妹を誘い出したのがマイという話になっているという事も説明した。
マイはその事に随分とショックを受けている様子であり言葉をなくしている。
だが――
「ふん、女優としても期待されていただけに、やはり演技も上手いものだな」
「……その様子だと、信用しては貰えてないようですね」
「当然だ。むしろ殊更お前を怪しいと思うようになったぞ。大体貴様は何故それが判る? そんな事が判るのはアケチやあの連中に関わりのあるものだけだ」
「……それに関しては今も話しましたが、生き残ったクラスメートや調査によって、後は私は人より少々勘がするどいもので」
ナガレがそう説明するが、サトルは訝しげな表情を見せた後、現出させている悪魔の書に声を掛けた。
「だ、そうだ。あいつはお前の事も、アケチに命じられて俺に持たされてるやら、裏切るつもりだなんて言っているぞ。実際そうなのか?」
『……我はお主なら我を使いこなせると思い契約を結んだまでだ。命じられてもいなければ裏切ろうなんて気もない』
サトルの問いかけに悪魔の書がそう答える。それは当然ナガレにも筒抜けだが、どちらにしてもナガレの説明とサトルの解釈には齟齬があった。
「ヘラドンナ、君も本当は俺を謀ろうとそう考えているのか?」
「そんな! ありえません! 私は心から主様をお慕いしており、主様に仕えることこそが我が天命と思っております!」
そう語るヘラドンナの表情からは嘘が感じられない。本気でサトルに尽くそうと考えているのが見て取れた。
だからこそサトルも、ナガレに向き直り、反論してみせたのだろう。
「聞いてのとおりだ。こう見えて俺はこの本や、他の仲間との付き合いは当然お前より長い。それに悪魔の書との正式な契約者だ。だから彼女やこの本が嘘をついているかついていないかぐらいは判断がつくつもりだ」
「……確かにその書物にしても、そちらのお仲間にしても、嘘はついていないでしょうね」
「はん、自分に不利とみれば、意見をころころ変えるのか?」
「いえ、私はその書物はアケチが用意したものであると言っただけですよ。そして、それがアケチの策である以上、その悪魔の書を使用している限り貴方はアケチには勝てません」
「……何を馬鹿な事を、大体、俺はお前の言うことなど信用していない。そこのマイの話にしてもな!」
「ど、どうしてよ! なんでそこまで頑なに私を殺そうとするのよ! それは、理由は今大体判ったけど、それにしたって今このナガレ君が説明してくれたでしょ!」
暫くショックを受けていた様子のマイだが、流石にこうも執拗に命を狙われてはたまらないと思ったのだろう。
同時にナガレに関しては自分より年下と判断したのか君付けである。実年齢は相当高いが見た目で言えばどうしてもそう思えてしまうのだろう。
「黙れ! その白々しい態度に反吐が出る! ナガレ! お前がどういうつもりなのか知らないが、貴様が何を言おうが俺は実際にみているんだよ! カラスという男の記憶をな!」
「その記憶が改変されているとしたら?」
「何?」
「貴方が恨みを抱いているアケチという男は、様々な能力を自在に行使できる力を持っています。当然記憶の改変とて可能なのですよ」
「あはは、これはまた大きく出たな。だが、語るに落ちたな、何故貴様にアケチの能力が判る? 会ったこともないのに! それもお前の勘でわかるとでも言うつもりか?」
「その通りです、が、やはり口だけでは信用しては貰えないようですね」
「当たり前だ! 俺はその記憶を映像として確認もしている! いくら記憶の改変が出来るといってもそこまで出来るものか! それにそうであればステータスに何かしらの変化が見られるはずだろ!」
「……それもステータスですか。この世界の人々の多くも含めてですが、ステータスというものへの依存が少々過ぎますね」
「ふん、貴様の与太話よりは信憑性が高いけどな」
「……そこまで私の話が信じられないというのであれば、貴方が今話していたブレインジャッカーの力で確認しては如何ですか? それを利用すれば少なくともマイさんの真実はつかめる筈ですよ」
ナガレの確信をつく一言。それにサトルは一瞬眉を顰める。記憶を覗けるというのは話の中で確認出来ることだが、その悪魔の名前までは口にしていなかったので、何故それが判ったのかと疑問に思ったのだろう。
「……なぜ名前まで判ったか疑問だが、いいだろう。貴様の提案に乗ってやる、だからそこをどけろ」
「……いえ、それは無理ですね」
「何故だ? 貴様がいては検証すら出来ないではないか」
「貴方はそもそも検証する気がありませんね? 私がこの場を少しでも離れたら、問答無用でマイさんに危害を加えようと考えています」
「――ッ!?」
サトルが目を見開き、ギョッとした。どうやら図星だったようであり、ギリリと悔しそうに歯噛みする。
そんな時であった――
『……サトルよ、お前も気がついたと思うが、今、アルケニスとアシュラムがやられたぞ』
「――あぁ、判っている」
どうやらナガレの言ったとおりになったようである。ピーチとフレムが悪魔の二体を撃破したのだ。
そうなると後は序列三位のアスモダイを相手するビッチェのみだが、これも、もう少しすれば決着がつくだろうとナガレは判断している。
「……まだアスモダイが残っているが、これではっきりした。やはりお前は危険だ、アケチが姿を見せた時に、お前がいては面倒なことになる可能性が高い」
サトルはナガレを見据えながら、何かを確信したように断言する。
「だから、やはり今のうちにお前を全力で排除する。俺の復讐のためにな!」
「……念のために確認しますが本気ですか? 私は貴方の復讐とは何の関わりもない人間ですよ。勿論、ここにおられるマイさんにしてもですが」
「そんな戯言が通じると本気で思っているのか? 少しでもアケチに関わってそうであれば、お前は俺にとって排除する障害でしかない。それに、例えアケチと接点がなかったとしても、俺の復讐する獲物を守ろうとしている時点で、お前は敵なんだよ!」
「――そこまで見境がないならば仕方がありませんね。ですが一つだけ言っておきます」
「……なんだ?」
「復讐を免罪符に、ただ闇雲に振るだけの刃では、決して私には届きませんよ」
「――黙れよ……」
心底苛ついた様子でサトルが一つ呟き、そして遂に悪魔たちに命じた。
ナガレを、殺せと――




