第三〇六話 ふたりのビッチェ?
「あ、あの~ビッチェさんありがとうございます」
「……ん」
「な、なんか私まですみません……」
「……ん」
「ね、ねぇビッチェちゃん、どうしておいらだけ背中じゃなくて、口に咥えられてるのかな~?」
「……お前信用できない」
「おいらだけ対応違わない!?」
カイルが叫んだ。あの盗賊を倒してすぐのこと、ビッチェはローザとアイカのふたりを促しビッチェの後ろに跨がらせた。このバイコーンは馬体としてはかなり大きい方なので、正直四人ぐらいは軽々と乗せられそうな程であった。
ただ、何故かカイルだけは背に乗ることは許されず、バイコーンの口に咥えられて運ぶという事態となった。
理由は、今ビッチェが言ったとおりなのだろう。尤もアイカにしても見ず知らずの男性には忌避感があるようであるし、直前の盗賊との件もある。
そう考えると、この対応は悪くないと言えるだろう。カイルは少々いじけてしまっているが、これもポーズみたいなものだ。
「うぅ、でも、何でビッチェちゃんがあんなところにいたの?」
「そ、そういえばそうですね。ナガレ様と一緒に向かわれたと思ったのですが、もしかしてあの周辺に残っていたのですか?」
「……違う、お前たちの知っているビッチェと、私は別物」
カイルとローザの疑問に答えるビッチェだが、それを聞いてもふたりとも首をかしげるばかりだ。
「あ、あの、よくはわかりませんが助けて頂きありがとうございます」
すると、アイカが手綱を握っているビッチェに改めてお礼を述べる。
よくわからないうちにバイコーンに乗せてもらう事となったアイカだが、さっきまではまだ少し取り乱してしまっていてお礼も述べていなかった。
しかしバイコーンの背にのり暫くして気持ちも落ち着いてきたのだろう。
尤もふたりの会話している意味まではわかっていないだろうが。
「……お礼を言われることでもない。どうせ通り道だった」
「そういえば、乗れとだけ言ってたけど、やっぱり目的地は例の古代迷宮?」
「……そう」
「あ、じゃ、じゃあ私も戻れるのですね……」
後ろのアイカが呟く。それはどこかホッとしたようでもあり、同時に不安そうでもある複雑な響きだった。
「……少し急ぐ、舌を噛まないように気をつける」
すると、ビッチェがそう注意を呼びかけ、返事を耳にした直後バイコーンが更に加速した。
背に乗っているふたりはまだビッチェが風よけになっているのでいいが、カイルはそういうわけにはいかないので、ちょっとした悲鳴が周囲に響き渡る事となったが、それは無視のビッチェである。
そしてその速度アップの甲斐もあってか、間もなくして古代迷宮の城が見えるあたりまで近づいた。
アイカはこのまま進めばクラスメートや騎士が待機している筈と教えてくれる。
ビッチェはアイカの示した方に向けて馬を駆るが、その途中、縄で繋がれたユニコーンと目があった。
それはバイコーンも一緒のようだが、他の三人は気がついていなかった。
ユニコーンの傍に寄り添っている悪魔が不可視状態にしてくれていたからだろう。よほど気配察知に長けているものでなければこれには気がつけない。
ただ、ユニコーンは別に無理やりつながれているというわけでもなく、一緒に添えられていた果物のおかげで食料も水分摂取も問題なさそうなので敢えて構うことなく、そのまま先へ向かった――
◇◆◇
「あれ? ローザにカイル、それにビッチェ!? 後ろに乗ってるのはアイカさんよね? え? 一体どうなってるの?」
「え? アイカ!?」
帝国騎士達の野営地となっているかのような場所に出たビッチェと三人。
突然の来訪者、しかもバイコーンに褐色の美女という組み合わせて場は一瞬色めき立ったが、ピーチが声を上げたおかげで不審者ではないことはすぐに判ったようだ。
尤も、多くの騎士はビッチェの色香によって蕩けたような状態になっている為、誰何する余裕すらなさそうではあったが。
「アイカ! 無事だったのね! 良かったよぉ、アイカ~~~~」
「め、メグミちゃん……」
バイコーンからアイカが降り、すぐにメグミが駆けつけ彼女を抱きしめた。
再会がよほど嬉しかったのだろう。
「いた! うぅ、おいらの事ももう少し丁重に扱ってほしいよぉ……」
そしてバイコーンは咥えていたカイルから口を放し、ドスンっと地面に落ちた。
頭を擦りながら不満を口にしていると、同じく降りたローザが倒れているフレムへと駆け寄っていく。
「ちょ! フレム! なにこれ凄い怪我じゃない!」
「あ、うん、私もフレムもここで残って悪魔というのとちょっとやりあってね」
「え!? ピーチも? 怪我は大丈夫?」
「うん、私は大丈夫。魔力の消費が大きかっただけだし、マジックポーションも飲んだし、もう少し休めばね。ただ、フレムは結構無茶したみたいで――」
「ば、バッキャロぉ、俺だって大したことねぇよ。かすり傷だ」
「う~ん、かすり傷かどうかはともかくとして、これだけ喋れるなら大丈夫そうではあるよね~」
「ふん、当然だ」
「だからって全く無茶して。ほら、回復してあげるから大人しくして」
「……わりぃな」
フレムの傷ついた身体へローザが魔法で治療を施していく。
それを認め、とりあえずフレムの方は大丈夫そうかなと思ったのか、ピーチはその顔を先ずアイカへと向けた。
メグミが一生懸命謝り続け、アイカもどこか戸惑っている様子。戦いの後聞いたことだが、どうやらメグミはアイカがカラスという男と一緒に消えてしまったのをずっと気にし、そして後悔していたようだ。
「でも、彼女も意識を取り戻してよかったわ。流石ローザね。とは言え――」
そこまで言った後ピーチはバイコーンから降りたビッチェをみやり。
「ビッチェ、貴方どうしてここに? 確かナガレと一緒に迷宮に向かった筈よね?」
「……それは別。ただ、あまり時間がない、私はもう迷宮へ向かう。バイコーンは置いていく、ちょっかいかけなければ大人しいからお願い」
「へ? 向かうって、ちょ、ビッチェ!」
「て、テメェ、待て! 俺も先生の下へ!」
「ちょ! フレムその身体じゃ無理よ。せめて回復してからにしなさい!」
「くっ、こんなことぐらいで、先生の弟子失格だぜ!」
「あはは、でも、本当になんだったんだろうねぇ~」
こうして他の面々が様々な反応を示すなか、ビッチェは再び迷宮の中へと消えていったのだった――
◇◆◇
「あれ? 私、どうして――」
黒の女騎士アレクトが目を覚まし、そして額に手を当て、頭を数度振った。意識がボンヤリしている様子だが、あたりに響く剣戟の音に気が付き視線をそちらへ向ける。
「あれは、誰? 化物は、確か、悪魔――?」
アレクトは剣を交えるふたりの姿を認めつつ、記憶を探るように呟き続ける。
どうやら、狂人化している時の事もぼんやりとは覚えているようだ。
「……気づいたか」
すると、褐色の女剣士、ビッチェと悪魔アスモダイが一旦距離を離し、そしてビッチェがアレクトを見やり声を発す。
その姿に、アレクトも一瞬目を奪われたようだった。彼女は女性でも思わず見とれてしまう程に美しい。
だが、すぐに何かに気がついたような様子を見せる。
「そ、そういえばあの男は! あの男はどうした!」
慌てた様子で周囲を探すアレクト。その様子から、誰の事を言っているのかすぐに察しがつくビッチェだが。
「……そっちはナガレに任せる。お前はとにかく大人しくしてろ」
「は? ナガレって誰なの? ……よく判らないし、助けてくれたなら感謝もするけど、見ず知らずの誰かになんて任せておけない! 先にいったというなら私も、そしてこの手で――」
「……やれやれ、ちょっと待つ」
「ぬははッ、よいよい、惚れた女の頼みを聞くのも男の甲斐性よ」
アスモダイが豪快に笑い言う。その言葉に嘘がないことはこれまで戦いを演じ続けてきたビッチェがよく判っていた。
そして、起き上がり、出口へと向かおうとする彼女の前に瞬時に移動し、腹に一発決めるビッチェである。
「――あ……」
「……もう少し、寝て頭を冷やす」
そして再び気を失った黒騎士を壁際に寝かせ、ビッチェはアスモダイと対峙する位置まで戻る。
「……ところで、まだ彼女をやる気か?」
「ぬはははッ、もうあのような女に興味はないわ。主様の命も狂気化しきる前に一思いに殺せであったしな。狂人から解けたのであれば、もう殺す必要もない」
「……そう」
ビッチェが構えをとり、アスモダイを見据える。
「うむ、今のは心優しいわしに惚れ直すところではないのか?」
「……寝言は寝てからほざく。そもそも惚れていない」
「つれないのう。だが、そろそろわしもアレがはちきれんばかりであるし、いい加減決着をつけさせてもらうぞ」
その瞬間――空気が変わった。今までのが余興だったと言わんばかりの闘気を発し、爆発させ、空気がびりびりと振動し、ビッチェの肌も震え胸も大きく揺れる。
「さて、そろそろわし、本気出しちゃうもんね」
「……凄い、その力、最初から出されていたら私もどうしようもなかった。それは認める、だけど、少し遅かった」
「何? ぬぉ!」
その瞬間、影が一つふたりの空間に飛び込み、アスモダイに向けて刃を振るった。
何事かと思ったアスモダイは、声を上げながら振り抜かれた鞭のようなソレを避ける。何発かは身体に貰ったようだが、ダメージには繋がらなかったようだ。
ただ、ビッチェの横に降り立ち、並んだその姿にアスモダイは目を丸くさせ驚きの声を上げた。
「な! お主と同じ容姿のものがもう一人だと?」
そう、驚嘆した理由は乱入した者が、今戦っていたビッチェ瓜二つであったから――しかも使用している武器まで一緒で、髪型から装備品まで全く違いが見当たらない。
「むぅ、これはなんという――僥倖! お主達双子か何かが? あいわかった! 両方ともひとしくわしの子種を注いでくれよう!」
「……冗談じゃない」
「……まっぴらゴメン」
「むぅ、ふたりそろってつれないのう。だが、それがいい!」
そそり立つそれを隠しもせず断言するアスモダイ。その姿にふたり同時に息を吐き出す。
このふたり息もぴったりな様子だが。
「……お前一つ間違っている」
「……私達双子ではない」
「なんだと? しかしそっくりではないか」
ふたりの回答に、怪訝そうに問い返すアスモダイだが。
「……片方は分身」
「……元々は一つの身体」
そう言ってふたり寄り添う。お互い手を取り合い、なんとも悩ましい姿である。
「ふむ、なるほど。つまり一人ではなく二人で掛かれば、わしを倒せると、そう思っていたわけだな。だが、甘いぞ! いくら二人になろうと!」
「……違う」
「え? 違うの?」
あっさり否定されてちょっと恥ずかしそうなアスモダイだ。
「……彼女は戦闘専門、狩りを主体に何年も動き続けてもらっていた」
「……だから、私はずっと自分を磨き続けた」
「……それが今」
「……一つになる」
すると、ふたりのビッチェがお互い見つめ合い、そしてその顔が段々と近づいていく。今にも唇と唇が重なり合いそうなその様子に、な、なんと、とアスモダイも完全に目を奪われてしまっていた。
そして今まさにふたりの唇が重なるかと思えたその瞬間、ふたりの身体が光に包まれ、アスモダイの視界を奪う。
「むぅ! いいところであったのに!」
どうやらふたりの何かを期待していたようだが、残念ながらそれは見ること叶わず。
そして光が収まった時――そこには再び一人となったビッチェの姿。
「……お待たせ、ここからが本番」
「――ぬはははッ! ぬははッ! 素晴らしい! ここからでも判るぞ! その変化が! 凄まじい! 流石はわしが認めた女よ! 滾る! 滾るぞ! ならば見せてみろ! お主の本気とやらを!」
そして真の姿に戻ったビッチェと本気になったアスモダイの対決が、今始まりを告げ――
さあビッチェの本気!ですがここで次回からサトルとナガレに戻ります(^^ゞ




