第三〇五話 護衛のカイルと乱入者
「よっし! ダッシュリザードもこれで撃退だよ~」
「ありがとうカイル」
アイカの治療にあたっているローザがカイルにお礼を述べる。今彼女は聖魔法を施すことに集中している為、身を守る術がない。
聖魔法、つまり聖術式の回復魔法には一瞬にして怪我を治す(術者の練度と魔法そのものの位によって効果は変わるが)タイプと掛け続けることで傷を徐々に癒やしていくタイプとがある。
その中でローザが今施しているのは徐々に回復が出来るタイプの方だ。一見すると即効性の強いタイプの方が速いように思われがちだが、確かに戦闘中など回復に時間を掛けていられない場合は有効だが、この手の魔法は消費魔力が大きく、また連続使用は出来ない。
その為、アイカのようにHPが0という仮死状態に陥っている相手には、今ローザが施しているような徐々に回復していくタイプの方が効率がよく、また肉体への負担が少なくすむ。
ただ、その分当然回復まではそれなりの時間が必要であり――その為、カイルはここに残り、彼女の護衛の為に奮闘している状況だ。
実際、治療中も何度かこの場所は魔物に襲撃されているが、カイルの弓でその全ては返り討ちにあっていた。
ただ、この森はそれほどレベルの高い魔物が存在しない為、カイル一人でもいまのところはなんとかなっている。
ダッシュリザードにしてもCランクのパーティーで撃退出来る程度の魔物であり、カイルの腕があれば単身でも撃退するのはそれほど難しいことではなかった。
なんだかんだでナガレ達と行動を共にしていたのが大きかったのか、カイルとてそのレベルもうすぐ100に届くかといったところだ。
このレベルであれば本来Aランク試験を受けるだけの実力ありと認められ、また試験を突破するのも十分とされる程だ。
そう考えればCランクでも倒せる程度しかいないこの森であれば、カイル一人でも護衛としては十分すぎるほどと言えるだろう。
「ふぅ、素材の解体もこれでオッケーと。あ、それにローザ、途中で猪も狩ったから、目覚めた後の食材もバッチリだよ」
手に入れた素材や魔核を腰につけた魔法のバッグにしまい、ローザに声をかけるカイル。そしていまだ意識を失ったままのアイカの顔を覗き見る。
「ど、どうかな?」
「うん、多分、もう大分回復してきてると思う。ここまできたら、多分もうすぐ――」
ローザが答えている途中、ピクリとアイカの眉が動いた。
あ、とカイルが呟くと、少しずつその瞼が開かれている。
「やったよローザ!」
「しっ、気がついたばかりだから、少し静かに、それと、ごめんカイル、少しだけ離れていて」
え? と眼をパチクリさせるカイルだが、ローザの真剣な表情に、コモリから聞いていたアイカの境遇を思い出す。
カイルはアイカからすれば見ず知らずの男性だ。彼女がこれまで一体どれだけ酷い目にあわされてきたかを考えれば、ローザが気を遣うのも当然だろう。
なのでカイルは一旦アイカの視界に入らない位置まで移動する。
「……あ、れ? こ、ここは――」
そして眼鏡の奥の瞳を開いたアイカが疑問の言葉を口にする。その双眸はまだどこか虚ろでぼんやりとした様子も感じられた。
若干意識が混濁しているようでもあるが、大丈夫ですか? とローザが声をかけると、覚醒したように目を大きく見開き、貴方は? と誰何してくる。
「私は聖魔導士のローザと申します。回復魔法士と言った方がわかりやすいでしょうか?」
そう答えた後、とりあえず指を立てて何度か本数を問いかけ意識に問題がないかを確認する。回答に間違いもなく、念のため名前も確認したがしっかりと答える事が出来た。
記憶に関しては前後が曖昧といったところもあったが、とりあえず掻い摘んで状況を説明する。
「……あ、そうか、私、サトルくんに――」
だが、ある程度話したところで記憶も蘇ってきたようだ。ローザはサトルの名前を口にすることはなかったのだが、胸を貫かれていたのを治療したという話を聞いたことでサトルにやられたという事実を思い出したようである。
「あ、あの、隠しアビリティの事は、知っていたのですか?」
「え? あ、はい。それは知っていて、メグミさんにだけは話していました。ただ、発動したのは今回が初めてなので自分でも驚いてます。その、彼の攻撃を受けた時も、そのことはすっかり失念していて、もうこれで最期だなと思ってましたから」
「そ、そうですか……」
伏し目がちにそう答えるアイカに、物悲しい思いを抱くローザ。無事でいたことは本来喜ばしいことなのだろうが、彼女の浮かない表情と、受け続けた仕打ちを考えると手放しでは喜べないのだろう。
「……でも、死んでしまった方が良かったのかもしれません。私なんて生きていたって――」
「――ッ! 馬鹿な事を言わないでください! 死んで良い命なんてあるわけないじゃないですか! そんな悲しい事――言わないでください……」
ローザの声が尻窄まりに小さくなっていく。沈んだその表情を見て、アイカがハッとした表情を見せ。
「ご、ごめんなさい! 私、助けて貰ったのに、こんな事――本当は先にお礼を言うべきだったのに……あ、あの、治して頂きありが――」
「おいおい、本当にこんなところに中々の上玉が転がってるじゃねぇか」
「野郎も獣人だろ? 大して値はつかねぇかもだが、奴隷として売り飛ばすぐらいは出来そうだな」
「そっちのは聖魔法の使い手か? へへっ、こりゃいい、聖魔術士は高値がつくからなぁ」
ローザとアイカが話していると、突如木々をかき分けて姿を見せた男たち。
いかにもといった風貌の連中は、それぞれ弓や手斧、短めだが刃の幅が広い曲刀などを手にし、鎖帷子や革鎧を身にまとっていた。
「――止まれ! それ以上近づいたら、容赦なく射るよ!」
すると、カイルが前に出て矢を番えた弓を構え警告する。
相手は一〇人程、カイルのいる位置まで連中の足で数歩分といったところだが、カイルの腕ならば、この距離があれば、瞬時に全員射抜くことも可能である。
「え、あ、あの、この御方は?」
「ごめんなさい、落ち着いてから紹介しようと思っていたのだけど、私の仲間のカイル。でも安心してね、貴方に回復魔法を施している間ずっと護衛をしてくれて、腕も確かだから」
アイカはやはりどこか不安そうであり、それは勿論カイルにでもあるが、突如現れたならず者に対しての方が大きいのだろう。
そんな彼女をローザも放っておけるわけがなく、杖を構えいつでも魔法が行使できる体勢を取る。
攻撃系の魔法は使用できないがローザだが、身を守るための魔法は使用できるからだ。
「へ、優男が随分と勇ましいじゃねぇか」
「だが相手が悪かったな。俺たちゃ帝国内でも札付きの盗賊団、【奪え犯せ殺せ】、だ」
「おうよ、テメェも大人しくしてるなら奴隷として売り飛ばすぐらいで済ますが、歯向かうなら殺すぞ」
「……なんというか名称からして最低だね」
それはカイルでさえも軽蔑な眼差しを向ける最低な連中であった。
しかし何を言われてもその下卑た顔を崩すことなく。
「へへっ、でも女は安心しな、俺らでしっかり楽しませてはもらうが、殺したりはしないぜ。金のためにもな」
「俺らが気持ちよくなるためにもだろ?」
「違いねぇや、ぎゃははははははははっ!」
「本当に最低な連中が多いな帝国は――」
不快そうに眉を顰めカイルがこぼす。この帝国に盗賊が多いことは、これまでの道のりで十分判っていたが、大体出てきた瞬間に瞬殺だった為、質の悪さをそこまでよく知ることはなかった。
だが、この連中を見るだけでどれだけ帝国が腐敗ているのかを垣間見ることが出来る。
「あ、いや、いや、いやだぁあああ、もう――」
そんな最中、アイカの様子が明らかに変化した。瞳孔が広がり両肩を押さえガクガクと震えだす。
「だ、大丈夫ですよ! 絶対に手出しはさせませんから!」
ローザは様子が変わり、過呼吸にまで陥っているアイカを優しく抱きしめ、なんとか落ち着かせようと声を掛け続ける。
それを一瞥したカイルは、ギリッと唇を噛み締め連中を睨めつけた。
「女の子を泣かせるような連中は嫌いだよ。とっとと立ち去れ、さもないと容赦はしない!」
カイルから二度目の警告。だが、護衛が弓使い一人という状況だ。
盗賊たちも全く怯む様子はなく、むしろカイルの事を完全に舐めきっている。
「はん、テメェこそどけるんだな」
「ま、歯向かうってならこっちも容赦しねぇし」
「大体、まだ何もしてないのに怯えるなんて失礼にも程があるだろ。こりゃしっかりしつけてやらないとなぁ――」
そして男たちが警告を無視し、三人との距離を詰めてきた。
刹那――
「ぎ、ぎゃぁあぁああ! 目が、目があぁああああ!」
「ひぎぃ、俺の大事な息子が、いでぇ、いでぇよぉおおお!」
前衛の四人の内、ふたりの眉間を矢弾が貫き絶命させ、残りふたりもカイルの放った矢によって眼球が潰れ、粗末な棒が使い物にならなくなった。
「て、テメェ!」
「遅いよ!」
後衛にいた弓使いが慌てて構え始めるが、カイルの弓さばきに比べればあまりに動きが鈍すぎた。先ず肩が射抜かれ続いた二射目がふたりの喉と胸を貫いた。
カイルにはまるで容赦がなく一瞬にして六人が死亡か戦闘不能と言った状態に陥る。
「まだやるなら、今度は全員殺す」
普段のお調子者のカイルからは信じられないほどの気迫。その瞳はまさに野生の狐が如し。思わず残りの連中もたじろぐほどだが。
「お前ら何チンタラやってやがる」
「か、頭!」
木々をへし折りながらヌッと現れた巨漢。その姿に盗賊たちがホッとしたような表情を浮かべた。
連中の一人が発した声から、この盗賊団の頭であることはよくわかるが――
「まるで熊だね……」
カイルが見たまんまの感想を述べる。確かに男は大きかった。カイルも上背は高い方だがそんな彼が見上げてしまうほどであり、ただ大きいだけではなく腕も丸太のように太く、肩幅も広い。
身体には鎖帷子の上から細長い板金を包帯のように巻きつけたバンデッドメイルとされるタイプの鎧を身に纏っていた。
その為、鎖帷子に比べると隙間がない分、刺突系でもダメージは通りにくい。これは矢にしても一緒である。
だが、何より目を引いたのはその腕に備わった盾である。腕を通せる円盾といった形状だが、拳側に向けて刃が一本突き出されていた。
「うん? なんだたかが三人にこんなにやられたのか。なんてザマだコラ!」
「で、でも頭、この亜人、弓の腕がやたら長けててよぉ」
「仲間もあの弓で何人もやられたんだよ!」
口々に頭に訴える仲間たち。すると、あん? と顔を顰めカイルに目を向けてきた。
「チッ、なんだ狐臭ェ亜人やろうかよ。こんな獣だか人間だかわかんねぇ劣等種にやられてんじゃねぇよ」
明らかにカイルを蔑視した発言。それにアイカを宥めながらも、ローザがキッとした目つきで頭を睨めつける。
「ほう、狐野郎はともかく、女の方はかなりの上玉じゃねぇか。そっちのメガネは地味っぽいが、ローブ着てる方は聖魔術師か? 清楚な感じがたまんねぇって客も多いんだ。ま、どっちにしろ一回は汚されるんだがな」
ゲスな笑い声を上げながらそんな事を言いのける。流石団名からして最低最悪と言える代物だけに、頭もそれに見合った碌でもない男のようである。
「そいつらにはもう警告している。近づくと言うなら容赦しないよ」
「フンッ、生意気な狐野郎だ。どうせ売っても女ほど金にならねぇし、テメェはさっさと殺すか」
カイルが警告するも、全くの無視を決め込み、頭が近づいてくる。
それを認め、カイルが直ぐ様指を放した。容赦などない、相手の急所を狙った殺意ある一撃。
だが、頭は腕を振り上げ円盾で矢を弾き返した。半球状の盾という事もあってか、いくら射っても次々に弾かれてしまう。
「くっ、だったら、ヘヴィーショット!」
矢に重みを加えた一撃。カイルの持ち技では最も威力のあるスキルだが――
「無駄だ、俺の異名を教えてやるよ、【弓潰し】だ。弓使いには一撃もダメージを受けたことがないのさ」
自信有りげに語り、気合の篭ったその一射もあっさりと盾で弾き返し、そこから一気に間合いを詰めてくる。
カイルは乱れ打ちで連射を試みるが、それも全て盾で弾かれ、そして距離を詰めると同時に頭は矢を防いだ盾を水平に振った。
「ぐっ!」
「チッ、浅いか、だがな」
避けるため飛び退いたカイルだが、腹部を切られ、一文字に血が滲んだ。そこまで大きな傷ではないが、勢いに押される形で、尻もちをついてしまう。
すぐに弓を構えようとするが――カイルの目の前に盾から飛び出た鋒があった。
「そ、そんな……」
「残念だったな。これで終いだ。ま、だが安心しな、女は俺達でしっかり可愛がってやるからよ」
「そ、そんなカイル! 待ってて今――」
ローザから悲鳴にも似た声。杖を構え何かの魔法を行使しようとしているが、その小柄な身体にアイカが飛びつき、ガタガタと震えてしまっている。
これでは魔法に集中が出来ないだろう。しかもカイルが倒れたことで生き残った盗賊も下品な声を上げローザ達に向かってきている。
このまま捕まりでもしたらもうどうしようもない。しかも頭は今まさにカイルにトドメを刺す寸前だ。
――絶体絶命、カイルも、クソッ! と思わず声を張り上げる。
だが、その時だった、突如鳴き声を上げ、一頭の勇ましい角持ちの馬が現場に飛び出してきてその角を持ってローザ達に近づこうとした盗賊達を貫き、後ろ足で蹴り殺した。
「な! なん――」
突然の出来事に、頭はカイルにトドメを刺そうとした腕もとめ、乱入者へと顔を向けようとする。
――風切音。それは至極あっさりとしたものであった。カイルの耳にも届いた、ヒュンッ、という調べ。
と、同時に球体が空中に浮かんだ。それは今まさにカイルへとどめを刺そうとしていた頭の頭だった。
そして、首から上をなくした胴体は傾倒し、地面に人型の跡を残した。
それは――恐らくカイルが瞬きしている間に、いや下手したらそれよりも早く、まさに一瞬の間に起きた出来事であった。
あまりの事にローザもアイカを抱きしめたまま呆けている。
カイルはまずふたりの無事を確認し、すぐに、恐らく自分たちを助けたであろう人物へと顔を向けた。
先ず目についたのは巨大な赤毛の馬であった。だが、それは普通の馬とは明らかに異なっていた。なぜなら頭に二本の角が生えていたから――
「バイコーン……」
思わずカイルが呟く。バイコーンはユニコーンの近親種ともされているが、ユニコーンのように乗り手に制限はなく、頭に一本ではなく二本の角があるのが特徴。
ただし気性が荒く、その為制限はないとはいえ飼いならすのは容易ではない。商人などではこの盗賊達のように貫かれるか蹴り殺されるのが落ちで、冒険者でも相当な実力がなければ捕まえるのすら困難だ。
そんなバイコーンであるが――
「……へ? え? ど、どうして君がここに?」
しかし、そのことよりもカイルが、それに騎乗する彼女の姿に驚いた。
それはローザにしても一緒のようであり――
「な、なんでビッチェちゃんがここにいるの!?」
改めて目にした彼女の姿に驚愕するカイルなのであった――




