第三〇話 盗賊の魔の手
「おいおい、本当にそんなに上玉なのか?」
額に傷のある男が鎖帷子に身を包まれた男に確認する。
その後ろでは屈強な雄共がぞろぞろと後をついて歩いていた。その数は八人。
「えぇ、間違いないですよ。裏で売り飛ばすには上物過ぎる女ですよ」
「へぇ、そいつは楽しみだ」
傷のある男はそう言ってニヤリと口角を吊り上げた。
男たちは比較的木々の密の深い場所を選んで泉に向かって進行している。
勿論全員出来るだけ目立たないよう、息を潜め、しかしその動きは迅速に、場馴れした所作で獲物を目指していた。
「それにしてもよくやるよなお前も、仮にも仲間だろ?」
「そんないいものじゃないさ。それに、ターゲットの女の一人はフレムっていうムカつく野郎の仲間だ。俺はあいつに以前ひどい目にあわされたからな」
そう返した男――額に傷のある男を先導している彼は、今回の討伐依頼に参加した冒険者の一人であった。
彼はソロでこの依頼を請け、なるべく目立たないよう馬車の中でフレム達の様子を窺っていた。
「それで? 残りふたりは恨みを晴らすついでってところか? 酷いやつだよ全く」
「そんなこと、あんたらみたいな盗賊と組んでる時点で判ってる事さ。だがこっちもヤバイ橋わたってんだ。報酬の方は頼んだぜ」
「それは質次第だな。それと、そのフレムって仲間の女は聖魔術師だから問題ないとして、残りふたりはどうなんだ?」
「問題ない。一人はピーチと言ってレベル0で冒険者になりやがったおかしな野郎の仲間だ」
冒険者の男がそう口にすると、はぁ? と傷のある男が眉を寄せ。
「なんだそりゃ? レベル0? そんなんでよく冒険者になれたな」
「あぁ、何故かよくわからないが、その女と合わせてBランクにまで昇格しやがった。まぁどうせ何か卑怯な手でも使ったんだろ。ギルド長に会っていたという噂もあるし、賄賂でも使ったのかもな」
「へ、なんだ同類か。まぁレベル0じゃ盗賊にもなれないだろうけどな」
後ろの方から、くくっ、という忍び笑いが聞こえてくる。
仲間たちも同じ気持ちなのであろう。
「ターゲットの女もこないだまでCランクで燻ってたような女だ。魔術師だが詠唱さえさせなきゃどうってことはない。小生意気な女でな、少々幼い感じもあるが、いい体はしてる。好きな奴には堪らないだろうよ」
「ほう、そいつは楽しみだな。俺はそんな女のほうが好みでな。特に小生意気な女を無理やりってのに興奮するのさ……くくっ、そいつは俺の方で頂くとするかな」
「好きにすればいい。だがその分もしっかり報酬は貰うぞ。後はもう一人……こいつはよくわからないんだが、ただ見た目はかなりの上物だ。中々お目にかかれないぜあれは。スタイルも抜群だし色気もハンパねぇ。だがな、これといった防具も装備せず男を誘うためだけにやってきてるような女だ。問題にはならんだろ」
「……なるほどな。確かにそれなら三人だけでも十分すぎるほど稼げそうだ。聖魔法の使い手なんかはそれだけでも重宝されるしな」
そういいつつ下卑た笑みを浮かべる傷の男。それに倣うように冒険者の男も口角を吊り上げた。
「さぁもうすぐ泉だ。今頃無防備でその裸を披露し続けてるだろうさ」
「あぁ、おいテメェら興奮するのはいいが、ここを離れるまでは沈めておけよ。後でたっぷりと味見させてや……て、おい! 後ろの連中はどうした!」
思わず前を行く傷の男が声を荒げる。その言葉でようやく他の仲間も後ろの何人かが列から消えてしまっている事に気がついたようだ。
「あれ? おかしいな今の今ま、で!?」
その瞬間――最後尾になっていた一人もまるで霧のように消え失せた。
「……は? なんだ? どうな――」
「ひっ!」
「わっ!」
「な、何――」
そして一人、また一人と傷のある男と冒険者の男の視界から仲間が消え失せていく。
後ろに八人ついていた仲間はいつの間にか、残り一人だけになってしまっていた。
その異様さに、遂に傷の男と冒険者の男が脚を止める。
「……なんなんだよこれ」
「俺が知るかよ! だが、何かいるのは確かだろ……おいテメェ! ちょっと見てこい!」
「へ? お、俺が?」
残った一人の仲間が顔を引き攣らせ問い返す。
が、ギロリと傷の男に睨まれた事で、不承不承と様子を見に前に出た。
だが、そこから五歩目を大地に刻んだその瞬間――様子を見に向かった男が傷のある男の真上を通過し、背後の幹に激突し地面に崩れ落ちた。
「な!?」
後ろを振り返り驚愕するふたり。
すると――
「ふむ、これで残ったのは貴方達だけですか」
その声に、ふたりは声のする方へと顔を戻す。
その目の前には、いつの間にか現れた袴姿の少年――ナガレ・カミナギの姿があった。
「な、なんだテメェは!」
その状況に思わず傷の男が叫びあげた。
すると、ナガレは、ふむ、と顎に指を添え。
「それは恐らくもう一人の方が判ると思いますよ」
澄ました表情で発せられた言葉に、何? と男は冒険者の男をみやる。
「……あ、あいつがさっき言っていたレベル0の冒険者だよ」
戸惑った様子で返答する男。
すると、何だと? と男は顔を顰め、再度ナガレを見やった。
「……てめぇ、俺の仲間をどうした?」
「全員奥で眠って貰ってますよ。暫く目覚めることはないでしょう。尤も一人はおふたりにも判りやすいようそちらに飛ばしましたが」
「……判りやすい?」
怪訝な顔で反問する傷の男。
「えぇ、ご自分の立場を判ってもらうのにはそれが一番ですから。見ての通り貴方のお仲間はすべて排除いたしました。潔く投降するのが身の為かと思いますよ?」
問いかけるような口調であるが、これは忠告に他ならない。
だが、男はそれを耳にした直後、ふんっ! と強気に鼻を鳴らし。
「なるほど読めたぜ。てめぇが本当にレベル0ならこいつは囮だな」
「囮?」
冒険者の男が怪訝そうに問い返す。
「あぁ、ようはハッタリだ。相手を惑わすためのな。きっと仲間が他に隠れてんだろ。例えばさっきお前が言っていたフレムとかいう冒険者とかな」
傷の男の発言に、冒険者の男は顔を歪め、なるほど、と得心がいったように呟いた。
「おいフレム! 姑息な真似しやがって! 隠れてんのは判ってんだ! 出てきやがれ!」
そして今度は冒険者の男が叫び上げる。
だが、これといった反応はない。
「ちっ、だんまりかよ」
「ふん、まぁいいさ。そうと判れば手はある。お前は周囲に気をつけてろ、俺はあのレベル0とかいうふざけた野郎を捕まえる。そして仲間をおびき出せば完璧よ」
「……なるほど。流石盗賊たちを纏め上げる頭だ、それなら間違いはないな」
「あの、話は終わりましたか?」
ナガレにはふたりの会話がしっかり耳に届いていたが、敢えて問うように言う。
「ふん、そうやって澄ましていられるのも今のうちだけだ。どうせテメェはレベル0、仲間がいることさえバレちまえばどうってことはねぇ」
そういいつつ拳を鳴らす、そんな姿を眺めながらナガレは口を開き。
「どう思おうが勝手ですが陣を張りました。そこからこちらには来ないほうが宜しいかと思いますよ」
ナガレの警告、しかし、抜かせ、と一言発し意に介さずといった様子でその一歩を踏み込んだ。
「ぐふぇ!」
瞬間、何かに弾かれたように男の身が吹き飛び、背後の幹にぶち当たり、既に倒れていた部下の上に落下――そのまま意識を消失させた。
「……だから言ったんですけどねぇ」
そう呟くナガレを目にしながら、な、ななっ! と声を震わせる裏切り者の冒険者。
恐らく彼には何が起こったのか理解できていないことだろう。
しかし特に難しい話ではない。
最初に言っていたようにナガレは男がその一歩を踏み込む前に合気陣を展開していた。
最大で半径一〇〇mまで展開できるこの奥義は、相手の行動に合わせてそれに最適な合気を瞬時に繰り出せる陣を周囲に張る型である。
そして今傷の男はナガレの忠告を無視しその陣の中に足を踏み入れた。
脚を踏み入れるということは、その瞬間には地面に踏み込みの分の力が伝わるという事である。
そしてその力の流れは当然のように土中に波紋のように広がるわけだが、ナガレは相手の踏み込みと同時に寸分狂わぬ力の波紋を発する踏み込みを行い、相手の波紋に己の波紋をぶつけたのである。
これにより波紋と波紋がぶつかり合い踊り狂い、そして遂にはその力の波が数十倍にまで膨れ上がる、だがそのままでは折角昇華した力が霧散する、が、そこへナガレは人の認識できる範疇を凌駕する程に脚を震わせ追撃の振撃をぶつけることで数十倍にまで膨れ上がった力の波を更に数千倍にまで引き上げ衝撃波とし陣に踏み込んだ男へ返したのだ。
これぞナガレの合気陣からの派生技であり神薙流合気柔術奥義振撃脚である。
「さて――」
「え?」
裏切り者の冒険者がその眼を白黒させた瞬間、ナガレは彼の背後に周りそっとその首を指で押さえた。と、同時に男は白目をむき、地面へと傾倒する。
これでこの男も暫く目覚めることはないだろう。
ナガレはそのまま、周囲の適当な草や蔦を取り、合気で頑丈な縄に加工し盗賊たちと裏切り者の冒険者を一纏めに縛り上げていく。
その時――
「大丈夫かローザーーーーーー!」
「ちょ! 待ってフレム! そんないきなり飛び込んだら、ま…………」
「…………ひっ、きゃ、きゃあぁああぁああぁああぁあぁああーーーーーーーー!」
そんな女性たちの悲鳴が、泉のほうから聞こえてくるのだった――




