第三〇〇話 ピーチVSアルケニス
「……まさか我にこのような一撃をいれるとはな」
「チッ、やっぱ今のじゃまだ無理か」
そう言って立ち上がってきたアシュラムを睨めつけるフレムである。
そして、フレムが骸骨剣士のアシュラムと戦いを演じている頃、ピーチもまた目の前のアルケニスに苦戦を強いられていた。
そして遂にアルケニスの強烈な一撃により、ピーチは地面に倒れてしまう。
「ここまでのようね、流石に次は外さないわよ」
蜘蛛の胴体の上にのった女の顔が醜く歪んだ。黒目だけの瞳がそのしっかりと杖持ちの美少女を捉え、そして振り上げられた爪が容赦なくその身に降りかかる。
「何!? 消えた!」
だが、今まさにアルケニスの爪がピーチを捉えようとしたその瞬間、蜘蛛の視界からピーチが消えた。かと思えば、背後から再びあの気合の声。
「どっせぇええぇえええぇえええぇええい!」
振り抜かれた杖。その先端には棘付き鉄球。またもやピーチの渾身の一撃を受けたアルケニスは、再び放物線を描きながら森の奥へと飛ばされていく。
「どう! 私の魔法の味は!」
「え? 今の、ま、魔法?」
杖を両手で握りしめながらどうだといわんばかいに声を上げるピーチ。しかしそれを見ていたメグミは疑問顔だ。
とはいえ、感嘆の声を漏らさずにはいられない。さっきまで見てたフレムもそうだが、ふたりともいざという時にも諦めず、より大きな力で危機を乗り越えているのだから。
「ふぅ、でもナガレから教えてもらっておいてよかった――」
ふとピーチが何かを思い起こすように遠い目をしながら呟く。
今のピーチの動きは魔力操作によるもの――しかもそれを一瞬だけ爆発的に高めたものだ。
元々ピーチは魔力を全身にみなぎらせることで肉体を強化する魔力強化を取得していたが、ナガレ曰く、戦闘時に常に魔力を漲らせるやり方は効率が悪く、短い時間で魔力切れを起こしてしまう。
その為に新たに教え込まれたのが、この瞬間的に魔力を爆発させるように増幅させ一瞬だけ肉体を超強化する、魔力瞬爆である。
このやり方の一番の利点は、必要なときだけに必要な強化を施すというやり方ゆえ、結果的に魔力の消費を抑えられることだろう。
尤も取得までは中々大変であり――
『これからピーチに向けて大小様々な岩を投げつけます。一〇万セットおこないますので、必要な魔力を調整して瞬間的に強化し、壊していってください』
そんなことを笑顔で言ってのけたナガレである。そして全く遠慮も躊躇いもなく、宣言通り一〇万セットこなすことになったりしたわけだが――
(あれはキツかったけど、おかげで助かったわ!)
ぐっと拳を握りしめ思い起こすピーチ。確かにこの魔力操作のおかげでかなり優位に立てたと言えるが。
「ピーチさん、凄いです!」
そんな彼女にメグミからも賞賛の声が上がり、いやぁ、と彼女を振り返り照れてみせるピーチであるが。
「あ! ピーチさん後ろ!」
突如メグミが慌てた様子で声を張り上げる。
え? とピーチが後ろを振り返るが、その時には既に巨大な網が迫ってきており、そしてピーチを捕獲して一瞬にして森の中へ引きずり込んでいってしまった。
「そ、そんな――た、助けにいかないと!」
そう言ってメグミが駆け出そうとするが、まだアシュラムと戦った時の影響が残っているのかふらついてしまい、他の騎士に支えられる形に。
「メグミ殿、まだ無理です!」
「で、でも――」
「大丈夫だよ」
アシュラムと再び切り結んでいたフレムが、彼女に向けてそう告げる。
「先輩はあんな奴にやられやしないさ。それにな、先生は絶対に無茶を言わないんだ。俺達の受けた修行も一見無茶に思えて全て絶対にやりきれるものだった。だから、俺達はこんなところじゃ負けないのさ」
「カカッ、面白い冗談だな。少し我輩の攻撃に耐えられたからと調子にのりすぎではないか?」
「そっちこそ、腕が人よりちょっと多いぐらいで調子に乗ってんじゃねぇぞ」
そしてフレムとアシュラムの戦いは続く――
◇◆◇
「キャッ!」
可愛らしい声を上げて、網から開放されたピーチが森の中を転がった。
そんな彼女に上空からあの蜘蛛の声が落ちてくる。
「悪魔の森へようこそ、私の餌となる可哀想な子豚ちゃん」
「誰が子豚よ!」
立ち上がり、ピーチがムキーと杖を振り回した。確かに人一倍よく食べる彼女だが胸は大きくても太ってはいない。子豚ちゃんなどと言われる筋合いじゃないのだ。
とは言え、すぐに表情を引き締め、俯瞰してきているアルケニスを見やる。
「なるほど……網を張ったというわけね」
「そういうこと――」
ぺろりと舌なめずりをしアルケニスが答える。だが、かといってピーチには特に慌てた様子は感じられない。
「あんた馬鹿? いくらなんでもこんな見え見えの網にひっかかるわけないじゃない」
ビシリと杖で指し示しピーチが言い放った。確かに周囲に張られた網は、円網と呼ばれるタイプ。しかしその大きさが問題だ。
アルケニスが乗っても大丈夫そうな網があちらこちらに張られているのである。つまりかなり大きく、しかもピーチの背よりかなり高い位置に張られているので獲物を捕らえるにはあまり意味が無いように思える。
「当然よ、これは別に貴方を捕まえるために張ったんじゃないもの」
だがアルケニスは不敵な笑みを浮かべ、意味深な答えを示す。
だが、ピーチにはいまいちその意味が理解できず小首を傾げてしまう。
「ふふっ、どうして私がわざわざ樹木の生い茂るこの場所に引きずり込んだが、その身体にたっぷり教えてあげる、わ!」
語尾を強め、かと思えばアルケニスが大きく跳躍した。その軌道はピーチの頭を飛び越え、反対側に張られた網へと向かう。
その様子を注視していたピーチであったが――アルケニスがその網に到達すると網は一旦深く沈み込み、しかしある程度のところで一気に反発、アルケニスはその勢いを利用して今度は別の網へ――
そう、つまりアルケニスは移動手段としてこの網を利用しているのである。ピーチを囲むように周囲のあちらこちらに張られた網。樹木の多い場所を選んだのは網を張れるポイントが多かったからなのだろう。
しかも、アルケニスの動きは一つ網から弾かれる度にどんどんと加速していき、遂には一つの影としか捉えられなくなる。
そして――強襲! 目にも留まらぬ速さで頭上からアルケニスが迫りピーチの背中を狙う。
振り下ろされる光る爪。だが、ピーチは既のところで大きく跳び、それを躱した。
そして鎖付きの鉄球に変化させていた杖で着地点を狙う。
「甘いわね――」
だが、鉄球がその身体を捉える前に、アルケニスは弾かれたように後ろへと吹っ飛んでいく。
え? と動揺を見せるピーチだが、アルケニスはそのまま別な網へと移動し、再び周囲を跳ね回り始めた。
「くっ! あの動き、さてはつぎの到達点と糸を結んでおいたのね」
「オ~ホッホ! そういう事よ。これで私の勢いは落ちない。それどころかますます加速するわよ!」
高笑いを決めながら再びアルケニスが飛び回る。ピーチが口にしたとおり、アルケニスはピーチを強襲する際には次のポイントとなる網と自分とを細い弾力性のある糸で繋げていた。
これにより例え躱されてもすぐに次のポイントへ移動が可能となっている。
「でも、そんな単発な攻撃、いくらでも躱してあげるわ!」
ピーチが叫ぶように言う。ピーチは瞬間的に身体能力を向上する事が可能だ。それを上手く利用すれば、避けるだけならなんとか出来るかもしれない。
だが――
「それなら、こんなのは如何かしら?」
ビュンビュンと動き回る影から声が降り注ぎ、かと思えば今度は太く鋭い爪がピーチに向けて飛来してくる。
「な!?」
それに驚き、ピーチは再び身体能力を高め躱すが、その額には汗が滲んでいた。
この蜘蛛の悪魔は、てっきり近接戦闘が主流かと思いきや、どうやら爪を飛ばすという芸当も可能らしい。そして爪には毒が含まれている、ピーチは意地でも受けるわけにはいかない。
「ふふふっ、よく避けたわね、だけど、こんなものじゃないわよ! ポイズンニードルレイン!」
頭上を高速で跳ね回るアルケニスの軌跡から大量の爪が降り注いだ。それはまさに雨の如く。
いくら身体能力を魔力で補おうと、一見すると躱しきれないほどの雨霰に目を見開くピーチ。毒の込められた爪は、掠っただけでも敗北へと誘われる――その時、ふとナガレとの出来事が想起された。
「え? 先を読む?」
「はい、それがピーチにとって、今後必ず必要になることです」
「で、でも私考えるのちょっと苦手……」
ある日ナガレに指導を受けている際、ピーチは助言を受けた。だが、杖で殴るという魔術師らしくない戦い方に慣れてきていたピーチは難色を示してしまう。
「ですが、ピーチは今はともかく元々は魔術師です」
「うぅ、今でも魔術師のつもりなんだけど……」
しゅんっと肩を落とすピーチであったが、笑顔を見せつつ、ナガレはそのまま話を続ける。
「なので、長年戦士として生きてきたような相手と比べると、どうしても抗えない点があるのです」
「抗えない? 身体能力とか? でも、それは魔力で補えるわよね」
「確かに身体能力は魔力で強化することで、戦士にも負けない力を発揮することは可能です。ですが、戦士としての経験や戦場で培ってきた勘などは、どうしても劣ってしまうのです」
言われてみれば、とピーチは思案顔を見せる。確かにピーチはこれでも元は魔法系で通してきた。以前は将来の夢も大魔導師になることであり、故にこれまでの修練は肉体的なものよりは頭を使った事が多かった。
「それじゃあ、私はやっぱり杖で戦うだけじゃ、何れは限界が来るという事? そうか! その日のために今からでも魔法の練習を再開!」
「いえ、そうではありません。この短期間で杖を使った戦い方にもかなり慣れてきてますし、応用も効くようになりました。魔力操作の巧みさも考えれば、その腕を埋もれさせるわけにはいかないでしょう。重要なのは短所ではなく長所を伸ばすところです」
「ちょ、長所?」
「はい、瞑想を上手くこなせるピーチは集中力があります。だから考えるのが苦手ということはないはずです。そして戦士の勘で劣る部分は、その長所で埋められます。常に考え、先を読む力に状況判断力が身につけば、杖を使った戦い方にも必ず活きてきます」
「そ、そうなんだ……でも、どうすれば身につくかな」
「そこでこれです」
そう言ってナガレが用意したのは将棋という名称のゲームだった。ナガレのいた世界に存在したゲームだが、相手の次の手を考え深く考えたりと、読み合いを制するのが重要なため、ピーチにはぴったりだという。
ナガレはこの将棋を得意の合気で作成し、ピーチと何度も、いや、何万回、何千万回と対局し、ピーチに考える力を身に着けさせようとしたのである。
ただ待ち時間が一秒以下と非常に短い上に相手がナガレだ、ピーチが勝てるはずもなく、しかも負けたらマッサージの罰が待っていた。
何故マッサージが罰なのかと思えそうだが、マッサージ後確かに頭がスッキリするが、施している間は痛みが伴うという厳しいマッサージだったわけで最初はちょっぴりドキドキしていたピーチも悲鳴を上げながら受けることに――とは言え。
ピーチは瞑目し、その場から僅か数歩だけ移動した。遂に観念したわね、と口角を吊り上げるアルケニス。
だが、その表情は瞬時に驚愕へ切り替わった。なぜなら、ピーチの移動した先に一発たりとも爪が落ちなかったから。
つまり、ピーチは一瞬にして降り注ぐ爪の軌道を判断し、当たらない位置に移動したわけである。
ピーチはナガレとの対局を繰り返した時の事を思い出し、そして頭を切り替え、その教えを再現した。その成果がこれである。
「クッ! だったら!」
再び爪の雨が降り注ぐ、だが、ピーチはまたもや爪の着地点を予想し、当たらない位置へと移動した。
しかし、アルケニスは網を利用し急降下、高速で強襲を仕掛ける。
が、その瞬間ピーチの姿が消えた。また逃げた! と次の網へと飛んでいきながら悔しそうに歯噛みする。
そんなアルケニスの視界の端に、高速で移動するピーチの姿。
何? と跳躍を繰り返しながらピーチを見やるアルケニスだったが――そこでまた驚愕。
なぜならピーチは、アルケニスの仕掛けた網を逆に利用し、全く同じように跳躍を繰り返し始めたから。
「まさか、私の真似なんて生意気だね! だけど、そんな付け焼き刃でなんとかなると思ったら大間違いだよ!」
縦横無尽に影と影が飛び回る。ピーチもアルケニスと同じように加速を続ける。
そして、遂にアルケミスとピーチの軌道が重なった。互いに正面衝突してしまう軌道。
だが、アルケニスは爪を構え、その勢いのまま貫こうという考え。
一方ピーチは杖を盾に変え守りの構え。
「お馬鹿ね! そんな薄い盾じゃ私の爪は耐えられないわよ!」
「耐えるのが目的ならね――」
アルケニスが声を上げると、ピーチが応じ、そして薄く伸ばした魔力の盾を下側へずらす。
どういうつもり? と眉をしかめるアルケニスであったが、その途端、ピーチの軌道が変化。大きく上へと浮き上がる。
な!? と両目を大きく見開くアルケニス。何が起きたのか理解が出来ていない。
しかし判ってしまえば単純だ。ピーチは薄く形成した盾を使い風を上手く利用し、自らの軌道を変化させたのである。
これにより、当然アルケニスはピーチを捉えること叶わず、次の網へと到達する。
そして再び網を利用して跳躍。だが、これが失敗であった。なぜならアルケニスが到達した網から先へいける目標は、そこからでは一箇所しかない。
つまり、ピーチは今の突撃さえ躱してしまえば、アルケニスの次の軌道が読める。それを最初から読んでいたのである。
そして案の定、アルケニスは網を利用し次の網へと一直線。
その半ば程で、網を利用しバウンドし、頭上から杖を棘付き鉄球に変えて迫る影。
勢いが完全に乗った状態では、アルケニスも頭上からの攻撃に抗う手段はなく――
「どっせぇえええぇええええええい!」
そしてピーチの渾身の一撃がアルケニスの胴体にヒットした――




