第二九九話 託されしもの
ナガレがサトルと対峙し、召喚された悪魔を次々と合気で本に戻していた頃、古代迷宮を前にしたその地では、悪魔とナガレに託された者達による激闘が繰り広げられていた。
「ドッセェエエエェエエエェエエェ!」
紅色のツインテールを靡かせ、一人の少女がその杖を振り抜いた。
正確に言えば、杖の先端に青白い棘付き鉄球を顕現させた杖を振り抜いた。
その重い一撃は、アルケニスを名乗る蜘蛛型の悪魔を捉えそのまま大きく弾き飛ばしていく。
最初ほどではないにしても、ダメージに繋がりそうな一撃を当てているだけで、彼女は凄いと感じた。
倒れた帝国の騎士に、解毒薬を飲ませているメグミがだ。
「オラオラ!」
そして、杖で殴る少女ピーチからある程度離れた位置で戦いを演じる彼。燃えるような赤い髪が特徴的な勇ましい男であり、双剣を操りメグミが苦戦したアシュラムという名の悪魔と渡り合っている。
「どうだオラァ!」
「ふん、調子にのりやがって」
見ている限りかなり勇ましくもあるフレムだが、その実、剣さばきは驚くほどに洗練されていた。双剣使いの彼は両手に持ったソレを自在に操り、流れるような連続攻撃を繰り広げている。荒々しい中にも感じられる繊細さはその見た目には全くそぐわないが、見ているものを魅了する何かを秘めている。
「あっちの双剣士も凄いな……」
「ああ、俺達が全く相手にならなかったあの骨剣士と渡り合っている」
「だけど、あっちの杖使いの姉ちゃんも凄いぜ」
「ああ、なんで魔法使いっぽいのに杖で殴っているかは判らないが、杖を振る度に大きな果実が揺れやがる!」
そっちかよ! とメグミは突っ込みそうになったが、何はともあれ、あのナガレという少年が置いていった薬の効果は絶大だ。
薬を与えた全員が既に起き上がり、メグミと同じようにその戦いに興味津々といった様相である。
「なるほど、流石に口だけってわけでもなさそうね」
「だが、勘違いすんじゃねぇぞ」
すると、離れた位置にいたそれぞれの悪魔が、連ねるように口にし。
「私はまだ全然余力があるのだからね!」
「キャッ!」
「我はまだ、二本しか使ってないのだからな」
「ぬぉ!?」
突如、それぞれの悪魔の動きが変わった。アルケニスの爪が加速しピーチを狙い、使用する腕を四本に増やしたアシュラムの剣戟がフレムに襲いかかる。
「気をつけてください! アルケニスには毒が! アシュラムは操る腕の数で能力が向上します!」
メグミが叫ぶ。一度戦った彼女だからこそ判ること。そしてそれはふたりにとっても役立つ事だろう。
ただ、少なくともピーチはこれで相手の攻撃を一撃たりとももらうわけにはいかなくなった。毒に対する耐性など持っていない上、回復役も限られてくるからだ。
この場にはナガレから薬を預かったメグミがいるが、この戦闘中に相手も安易に薬を飲ませはしないだろう。何より相手の狙いは――
「全く突然乱入してきて杖で殴るとか、腹立たしいけどねえ。でも、冷静に考えたら私の狙いは別にあんたじゃない」
「カカッ、確かにその通りだ。おいお前もよく聞け、無駄に命を散らせたくないならここを退くんだな」
「貴方もね、退けば無理して追いかけはしないわよ。私達も早く主様をおいかけたいし、そのメグミって女だけ殺せればそれでいいのさ」
どうやら悪魔たちはメグミさえ引き渡せば命だけは助けてやると、そういいたいらしい。交換条件というものだろうが。
「んべぇ、冗談じゃないわよ。そんなことで退くなら最初から助けになんてはいらないわよ」
だが、馬鹿にするように舌を見せた後、ピーチがそう言い切った。
「全くだな! 俺達は先生に頼まれたんだ! 意地でも守りきるぜ! 勿論お前たちもぶっ倒してな!」
フレムも強気に言い放った。フレムにしろピーチにしろ、敗北なんて考えてもいなければ、逃げるなんて選択肢もない。
「全く呆れた野郎だ。先生だ? なんであんな餓鬼をそう呼ぶか知らねぇが、あいつはお前たちを見捨てたんだぞ?」
「そうよ、任せるふりをして逃げたに決まってるじゃない。私たちに恐れをなしてね」
悪魔ふたりがそう言って彼らの発言を笑い飛ばす。確かに一見まだまだ少年といった様相である彼だ。そう思われても仕方がないことなのかもしれないが――
「はんっ! お前たちこそ先生の事を何も判っていないぜ!」
「そうよ、ナガレなら、やろうと思えばあんたらぐらい本当なら瞬きするより早く瞬殺することだって出来たのよ」
フレムとピーチが交互に語る。そのふたりの話を聞き、今度は二体揃って呆れたような笑いを見せた。
「大口もそこまで叩ければ立派だな」
「大体、それならどうして何もせず逃げるような真似をしたのよ?」
アシュラムとアルケニスが肩をすくめる用にして交互に述べるが。
「先生は逃げたんじゃねぇ」
「そうよ、ナガレは先に向かったのよ、そう――」
そして一旦瞑目し、かと思えば意志の篭った強い瞳を見開かせ――
「先生は俺を信頼してくれた」
「ナガレは私を頼ってくれた」
だから、とお互いが口を揃え。
「俺はその信頼を裏切るわけにはいかねぇんだ!」
「私はナガレの気持ちに答える必要があるのよ」
そして再び二人が身構えだす。しっかりと、その目で相手を見据えて。
「……凄いな、あのふたり――あれだけ強い心があったら、私も……」
その様子を眺めながらメグミが呟き自らの胸を押さえた。ふたりの様子に何か思うところがあったのだろう。
「そう……でもだとしたらあの男は完全に見誤ったわね」
「そのとおりだ、我達は主様に仕える大悪魔が一人」
そして、先ずアルケニスが動きを見せる。これまでの圧倒的な速度で、ピーチの背後を取る。
「序列八位、このアルケニスを舐めてもらっては困るわね!」
蜘蛛の爪が襲いかかる。メグミが危ないと声を上げるが、ピーチは背中に杖を回し、その一撃はなんとかガードする。
爪には毒があるため、一撃たりとも喰らうわけにはいかない。
弾けるように振り返るピーチだが、アルケニスの猛攻は続く。
「そんな杖で受け止めるだけ大したものだけど、防戦一方よ!」
「くっ!」
上から下から、左右から斜めからと、アルケニスの爪の雨が降り注ぐ、ピーチは確かになんとか凌いでいる方だが、身体は少しずつ後ろに下がっていた。
「ああ、おっぱいのデカい嬢ちゃんが危ないぞ!」
「いや、おっぱいって……た、確かに大きいけど――」
メグミが自分の胸と比べつつ、若干悔しそうに述べる。別に小さいわけではない彼女だが、それでも戦闘中、終始揺れ続けるピーチの胸に比べるとかなり劣ってしまうのが悔しいところなのかもしれない。
「おい、あっちの赤毛の男も押され始めたぞ!」
そんな中、フレムという剣士を見ていた騎士たちからも声が上がった。
その先では、確かに均衡が崩れつつある赤髪と骸骨剣士の戦い。
アシュラムは操る腕の数を四本に増やし、その結果手数も倍になる。
「ヌハハッ、どうだ? お前も少しはやるようだが、絶対的に抗えない差がある!」
「差だって?」
「そう! それは腕の数よ! 所詮人間の貴様は双剣を使ったところで操れる腕の数は二本! しかし吾輩は最高で一六本も操れるのだ! そこには抗えない差がある! まあ、尤も貴様如き四本あれば十分だがな! さあ、これで終わらせてやろう! 鬼骨流剣術四刀流四門!」
その瞬間メグミの目でも捉えられないほどの斬撃によって、フレムが身体が大きく吹っ飛んだ。
「フンッ、四つの急所を同時に断つ我が四門を受けて無事な人間などいるわけもない」
勝ち誇った様子で上と下の顎を噛み鳴らすアシュラム。その視界の先でフレムが落下し、地面に激突しそうになるが。
「よっ!」
しかし、地面に到達する直前、フレムは双剣を握ったまま器用に地面に手を付け、そこから腕をバネにするようにして衝撃を逃し、再び後方へと着地した。
「……貴様、吾輩の四門を受けて無事だというのか?」
「当然だろうが、あんなもんでやられるほど温い特訓うけてないんだよこっちは――」
ふと、フレムの脳裏にナガレからの教えが頭を過る。
「極論を言えば、相手の攻撃を一切うけず、こちらの攻撃だけを当て続けることが出来れば戦いには勝てます」
それはある時、先生のように決して負けない強さを手に入れるにはどうしたらいいか? とフレムが尋ねた時の回答であった。
その答えは、確かにそのとおりだとフレムも思ったものだが、しかしナガレほどの実力者ならばともかく、そうでないものがその域に達するのは一朝一夕でどうこうなるものでもない。
それをナガレに伝えるフレムだが。
「そのとおりですね。これはあくまで極論ですし、それに格上の相手とやる場合には当然全てを避けて、自分の攻撃だけを当てるというのは至極困難になります」
「その場合はどうしたらいいのでしょう? やっぱり、気合ですかね!」
その時フレムは鼻息を荒くしてそう答えた。
だが、ナガレは首を横に振り。
「確かに気合も大事ですが、それだけでは空回りします。そうですね、フレムの場合、先ず人の身体は思ったよりも脆く、同時に思ったよりも頑丈であるという事を覚えておくといいでしょう」
それを先生から言われた時、正直フレムの頭では理解が出来なかった。相反するふたつの事柄を一緒に語られていることで、脳が弾け飛びそうな気分になる。
「そうですね、では試してみましょう」
「へ?」
すると、ナガレがフレムの胸に手を置き――
「ぐふぇ! あ、が、ぎっ、ぐっ……」
途端に胸を押さえ、地面に倒れ、ゴロゴロ転がるフレムである。そしてしきりに、苦しぃ、死ぬぅ、と繰り返したが。
「大丈夫ですよ声が出るうちは死にません。それよりも、今のが脆いとった部分ですね。わかりやすいように心臓にしましたが、人間急所をやられるとここまで脆いのです」
肩で息をしながらフレムが立ち上がる。死ぬほどの痛みは流石にそこまで長くは続かない。ナガレがしっかり調整していたからだ。
「では、もう一度胸にいきますね」
「え? せ、先生! す、少しま――」
「行きます」
問答無用でナガレの合気が炸裂。フレムの胸部に再び重い衝撃、だが、それは最初に比べるとまだ耐えられるほどであった。
「え? これは、先生が手加減を?」
「いえ、最初と同じですよ。ただし、位置を若干ずらしました」
「い、位置ですか?」
「はい、そしてこれが思ったより頑丈といった部分です。急所から少しでもずらせば、これぐらい差があるのです」
「な、なるほど……」
「そしてフレム、貴方には相手の目を見抜く洞察力があります。相手の攻撃を一度は受けるにしても、ダメージを極限まで抑え、そして一度受けた技は二度と受けないを覚悟に決めておけば、いずれは究極の見切りを会得できる事でしょう」
「は、はい! 俺頑張ります!」
「はい、では、先ず手始めに、これから一万通りの技を仕掛けますから、死なないようにダメージを最小限に抑えてくださいね」
「……へ? あ、あの先生、あああぁああぁあああぁあああッ!?」
フレムはその時のナガレとのやり取りをふと思い出し、口元を緩めた。
すると、アシュラムの気勢が彼の耳に届く。
「フンッ! たまたまであろう。ならばもう一度だ! 喰らえ、鬼骨流剣術四刀流四門!」
再び迫る剣戟、四本の刃がフレムの四ヶ所の急所を同時に狙いに掛かる。
そして再びフレムが真上に飛ばされた。全身これ骨といった様相のアシュラムだが、その事に勝利を確信したのか器用に骨の口端を吊り上げる。
だが――頭上に舞い上がった頂点付近、フレムがくるりと回転しその斬撃の勢いを逆に利用する形で急降下、落下する勢いにアシュラムの力と自らの体重を乗せ、渾身の一撃をその頭蓋に叩き込む。
「グハッ!?」
不意を突かれたアシュラムは、地面に叩きつけられ、その勢いに任せて後方へと吹っ飛んでいった。
その姿を認め、軽やかに着地したフレムが得意気に言い放つ。
「先生仕込みのこの俺に、二度同じ技は通用しねぇんだよ!」




