第二九一話 真実
272話から続いたサトルの復讐回は一旦これで終わりです。
「流石に満身創痍ってところかな?」
地べたに横たわるサトルを見下ろしながらアケチが言う。
悪魔の書序列一位のオーディウムは使用者にとっては諸刃の剣とも言える代物だ。強力だが、本人の肉体も精神も、徹底的に蝕む。
「あ、アケ、チ、こ、ろ、す、コロ、ス――」
「うん、面白いね。殺せるものならどうぞ、その無様な姿で出来るならね」
そういいながらもアケチはスタスタとサトルの横に立ち、彼の手に握られたソレに手を伸ばした。
「でも、これはもう回収させてもらうね。君にはもう必要ないものだろうから」
「――ッ!?」
サトルの瞳が驚愕に染まった。なぜならアケチがそう言ってサトルから奪っていったものは――サトルが契約し利用した悪魔の書であったからだ。
「ど、どういう、こと、だ?」
「う~ん、そうだね。じゃあ、折角だから君にヒントをあげよう、ヒントその一、サトルはなぜ他の皆と別にこの世界に召喚されたのか? ヒントその二、一体誰がサトルを召喚したのか? そしてヒントその三、あれだけ都合よくサトルに見つかるような場所に悪魔の書を用意したのは一体誰か? さて、この答えは?」
にこにこと相変わらずの胡散臭い笑みを湛えながら、アケチがサトルに問いかける。
その答えに――サトルは愕然となった。
「ま、まさか、そんな、そんな、そん、な――」
「うん、君の思っているとおりだよ。まず、この世界に召喚されたのは君よりも僕達のほうがずっと早かった。その中で、僕にもちょっとした出会いがあってね。だから、サトルを召喚する魔法も行使できたんだ」
「う、あ、うあぁあ、あああああぁ――」
「はは、悔しそうだねサトル。あ、ちなみにこの悪魔の書も手に入れたちょっとした力を使って入手したものでね、君だけじゃ頼りないから君のパートナーとして選んだんだ。結果は予想以上だったけどね、はは、君もなんとか言ってあげたらどうだい?」
『……別に我は貴様に協力していたわけではない。サトルを選んだのも我を使いこなせると信じたからだ。先程までのアレも、貴様を殺せると信じておったぞ。だからこそ、このような結果になるとは残念であるがな』
悪魔の書とアケチが会話をしている。それがアケチの言葉が嘘でない証明となった。恨みを晴らすため、復讐のため、共に歩んだソレさえも、サトルを裏切った、その真実はサトルに絶望を与えるに十分たるものであった。
「なぜ、だ、どうして――」
「勇者を生むには絶対的な魔王が必要だからさ」
サトルが、残された力を振り絞りアケチに問う。以前も聞いたが、今度は別な意味で、何故ここまでするのか、サトルには理解ができなかった。
だが、それに対する答えに、サトルの絶望が更に増すこととなる。
「僕はね、この世界が欲しいんだ。だけど、由緒ある明智家の僕が力だけで征服するなんて馬鹿げているだろ? それよりも僕は偉大な英雄として勇者として、堂々と世界を掌握したいのさ。それに、その方が人々は操りやすいしね。でも、その為には帝国でちょっと活躍するぐらいじゃ弱い。それに帝国は嫌われているしね。そこでこの手を考えたんだ。サトル、君の恨みは深い、その力は利用できると考えた。特にこの悪魔の書と組み合わせればその力は絶大になる。そして僕の予想は見事的中した。君は僕が思い描いていたように成長した。オーディウムを呼び出した君は正に悪魔で魔王だった。その姿は多くの人々が目撃しただろう。それに、多くの国が滅び生物も死んだ。まさに絶望、恐怖、あの一瞬でそれらの感情が一斉に人々の心を支配した。そんな中、この僕が颯爽と聖剣を翳し、悪魔に支配された君を一刀両断にしたのさ。こんな劇的なことはないだろう? きっと今も生き残った人々は大騒ぎさ。間違いなく僕は勇者として英雄として、この世界の歴史に名を残す、君という道化のおかげでね」
「…………」
既にサトルには言葉を返す力も残っていなかった。ただただ悔しくて涙を流し続けた。
「ははっ、もう君も虫の息だね。そんな君に、僕から最後の真実を伝えてあげるよ」
これ以上何が? といった虚ろな瞳でアケチを見やる。
するとアケチは子供のような笑みを見せながら、何故か悪魔の書を促した。
「さ、教えてあげなよ。サトルと契約したさいの対価の本当の意味を」
『……サトルよ、我はお主と約束したな。我を契約する代わりにその寿命の半分をいただくと。そして、死後永遠の苦しみを味わうと――』
サトルは悪魔の書に目を向けたまま何も語らない。いや、語れない。だが、その念は届いている。それを認め、更に悪魔の書は続ける。
『あれの真の意味は、何もお前だけが苦しむという話ではない。お前とその家族も含めてという意味だ。そしてそれが結果的にお前の苦しみにつながる』
「…………え?」
蚊のなくような声でサトルが口にする。力を殆ど失ったサトルでも、悪魔の書から語られた真実には声を上げずにいられなかった。
「あはは、つまりね、サトル、君が悪魔の書と契約した時点で、死んだ君の家族、つまり両親と妹の魂は、この悪魔の書の中に捕えられているって事さ」
アケチが語ったその言葉に、サトルの両目がはちきれんばかりに見開かれた。
「あははっ! いいねぇその顔! 本当にサトル、君は期待を裏切らないよ! それにしても滑稽だねぇ。サトル、お前は死んだ家族や妹の為に僕達に復讐を誓った。だ・け・ど、その結果、お前自身が家族を苦しめる事になったのさ。お前が復讐を誓ったから、君の死後家族の魂は未来永劫苦しみ続けることになる、お前の身勝手な思いで、お前が余計な事をしたばかりに、お前の手で、家族の魂は永久に痛みを与え続けられるんだ!」
「ヴ、アアァアアァアァアア、ガアアアァアアアァアアア!」
それは風前の灯だったサトルが、命の限りを振り絞った最後の絶叫だった。絶望の嘆きだった。
その声を耳にしながら、アケチは、じゃあ、と腰の剣を抜きとる。
「さようならサトル。君は本当に僕にとって最高の生贄だったよ。でも、良かったじゃないか。君だって最後に楽しんだんだ。僕のおかげで無駄に死刑にならず、最後の最後で復讐ごっこを楽しむことが出来た。少しは僕に感謝しろよ? ま、人を呪わば穴二つとも言うし、地獄でお前の家族と永遠に苦しみ続けるんだね――」
『……サトル、我は本当に残念なのだぞ。このような結果になるとはな。だが、仕方がないであろう、これもまた運命だ』
その刃は至極あっさりと振り抜かれた。サトルの視界が反転する。浮遊感をその身に感じる。あざ笑うアケチの顔が、地上にあった。
それをみてサトルは悟った――僕の復讐劇はこれで終わったのだと。そして結局自分はアケチの掌の上で踊らされていたに過ぎないと。
そして今、サトル自身の絶望を持って、全てが終わりを、告げ――
次の更新は14時頃、そして本日最後の更新は15時です。
色々思うところがある回かもしれませんが最後までお付き合い頂けると嬉しく思いますm(_ _)m




