第二八七話 その残酷な真実
第272話から続くサトルの復讐回です。ナガレは登場しません。
そして引き続き胸糞回です。
サトルは未だ続くアケチの話をどうしても邪魔が出来ない。
そんな中、更にアケチは話を続けていく。
「でもクラスの連中はともかく、それ以外の相手はどうなのかな? 例えば僕が派遣した黒騎士とか? 彼らには何の罪もないだろ?」
「黙れ、言ったはずだ、俺は俺の行く手を邪魔するものには容赦はしない」
「なるほど、だから途中にいた彼女も殺したんだね? 可哀想にねぇ、君に夫を殺され、娘を残して死ぬなんて、無念だったろうに」
「ふざけたことを……そう思うならなぜあんな真似をした? あの女を狂気化させたのは貴様だろ!」
サトルが吠える。するとアケチは悪びれる様子も見せず、ハハッ、と笑った。
「判っちゃった? でも仕方ないよね。彼女がどうしても復讐がしたいっていうから。だから僕はその手助けをちょこっとしてやっただけだよ」
「……ご丁寧にあることないこと吹き込んでか? 本当にお前はやることが変わらない。俺に罪をなすりつけたように、誰かも判らない相手によくそこまで出来たものだ」
これまでの状況から、少なくともアケチはいまここでサトルと出会うまで、自分たちを狙っているのかが何者なのか気がついていなかったと見ている。
つまりアケチは誰とも判らない相手であっても、実際とは異なる情報を与え、あの女をけしかけたことになる。結局この男の本質はクズそのものなのだ。
「それは仕方ないよ。憎しみは時に強い原動力になるからね」
「……よくわかっているじゃないか」
「ああ、そうだね、君にはわかりきった話だったね。ふふっ、でもその復讐心は大したものだよ。本当に、その様子だとカラスも当然殺したんだろうけど、アイカも一緒に殺したのかな?」
なぜこいつがそこまで? と一瞬疑念が過るが、この男は全員が殺されたという前提で話をしている。それ故にアイカのことも聞いてきたのだろう。
ただ、サトルの中で実はまだやりきれていないのが他に一人ばかりいる気がしてならないというのはある。
尤もその程度の相手ならば後でどうとでもなるだろうが。
「当然だ、カラスと一緒にいたからな。殺してやったさ。言っただろ? 俺からすれば見て見ぬふりをしていたやつも一緒だ」
「ふ~ん、でもそれは言い得て妙だね。その理屈でいえば、君だって同じだろ?」
「……は?」
アケチの言っている意味が理解できなかった。一体サトルの何が一緒だと言うのか。
「う~ん、あ、そうかそうか。そういえばサトルは知らなかったんだね。それなら仕方ないか」
クスクスと笑いながら意味深に伝えてくるアケチ。その表情に不快感が芽生えるが。
「……一体何を言っている?」
「だから、アイカのことさ。彼女だって君と同じ生贄だったのだけど、君はそれに気がつけなかっただろ?」
一瞬サトルはアケチの言っている意味が飲み込めなかった。
「ははっ、唖然としているようだね。でも、生贄が自分ひとりだと思いこんでいたなら、それは自惚れが過ぎるというものだよ。僕は何事も平等に事を進めないと気が進まないんだ。だから、当然雄の生贄以外にも牝の生贄だって用意していた。よく考えたら当然だろ?」
さも当たり前のことのように述べるアケチだが、サトルの視界が歪む。
あいつも、虐められていた? と呟くように口にする。だが――
「馬鹿な! ありえない! 俺は彼女が虐められていた姿など一度も見ていない!」
「それは当然さ。彼女は君とは場所を変えて虐められていたからね。そこはやはり女の子だから、虐めといっても趣向が少々違ってね。特にこれは女子が考えたことでもあるんだけど、活動拠点は男子便所でね、便所で便女になってもらおうって言い出したんだ。中々上手いこと言うよねぇ」
何がおかしいのか、吹き出しながらそんな事を言う。それに後頭部をハンマーで殴られたような、強い衝撃を受けたサトルだ。
「ばか、な、そんな……だが、あの女は俺があいつらにやられていたときには教室にいた! なぜ!」
「決まっている。アイカは心が弱い。だからサトルの虐めを見ても何も出来ないのはわかりきっていた。それなりに脅しもかけていたしね。だが、サトル、お前にはアイカの真実はみせないよう徹底させたけどね」
「だから! どうして!」
「アイカとは違い、君の場合手を差し伸ばしてしまう可能性が捨てきれないからね。虐められている者同士が傷の舐め合いを始めると興ざめだろ? だから君には知られないよう徹底したのさ」
にこにことサトル以上に悪魔的な笑みを絶やさず、アケチは更に続けた。
「でも、女子は中々陰険だよね。直接暴力には訴えなくても、ほら? そういう現場を動画に収めたり、それをネタに遊ぶ金を得るために利用したりね。だからわりとサトル以上に苦労したんだよ。だってほらあいつら節操ないから、平気で孕ませたりしてね。その処理もあったし。ま、そんなことを繰り返してたら二度と子供の産めない身体になっちゃったけど、所詮三流以下のメス犬だし仕方ないよね」
ギリリと拳を握りしめる。奥歯を強く強く噛みしめる。脳の奥が激しく焼け付くような感覚が襲った。
そして思い出す、アイカがサトルに同じだと言っていた事を。あの時サトルはてっきり他の連中と同じだと称されたと思い込んだが、それは違った。
つまりあれはアイカがサトルと同じだと、そう言いたかったのだ。
「でも、ある意味で君と同類の汚れ物だったのに、復讐のために殺しちゃうんだね。汚物は消毒だってやつ? まあでも、知らなかったなら仕方なかったかな? あんな豚が死んだところで、誰も悲しむものはいないだろうしね」
「ふざけるな! 貴様! 貴様! く、くそ、くそっ!」
「うん? どうしたの? まさか今更後悔してるの? 駄目だよ君は復讐者なんだからさ。そりゃ流石の僕もマイにあそこまでしたのはドン引きだったけどねぇ」
アケチの口からマイの名前が出た事でにわかにサトルが反応を示した。少なくとも妹を死に追いやったマイを許す理由などサトルにはない。
「下らないことをべらべらべらべらと! 大体その中でもマイは! お前や陸海空と同じ忌むべき相手だ!」
「うん? どうしてだい? マイは君の復讐とは全く関係がないだろ? 彼女は君とは正直面識がない。有名な芸能人だしね、そんな彼女をあんなに惨たらしく殺して、ファンに申し訳ないとは思わないのかな?」
「冗談を抜かすな! 俺が何もしらないとでも思っているのか! あの女は、自分が芸能界で活躍するために、俺の妹を犠牲にした! あの女のせいで、俺の妹はあの陸海空の獣に弄ばれ、殺されたんだ!」
「ああ、それね。うん、それは嘘だよ」
サトルの時が止まった。
暫くの沈黙、凍りついた空間。
そして、遂にサトルがその口を開く。
「う、そ、だと?」
「うん、そう。嘘、そもそもマイは中学の時から既にテレビで活躍していたし、わざわざ僕の力なんて借りる必要もないからね」
「――う、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! お前はマイが芸能界に成功するように持ちかけ、家族には金をちらつかせて言うことを聞かせた! 俺はそれを奴から聞いたんだ!」
「うん、カラスからだよね?」
アケチがあっさりとそれを告げた。確かにサトルが得た情報元はカラスだが――
「そして君はカラスの記憶を探って、それを確信した、そうだよね?」
「……なぜ、それをお前が――」
ワナワナと唇が震える。カラスが情報を漏らしたことはアケチにも察しがつくかもしれない。それは判る、だがサトルが記憶を読んだことはどうしてわかったのか。
「ふふっ、不思議に思っているね。君は僕がこの世界でサトルの事を知ったのは今が初めてだと思ってるね? だけどそれはちょっと違う。僕は君が僕やクラスメートを狙っているのには気がついていた。だから、いずれあいつとも接触するだろうと思って、カラスの記憶を僕の能力でちょっとだけ弄ったのさ。記憶の改変ってやつだね。君の力は確かに相手の記憶を見れる。だけど、それが災いしたよね、その結果改変された記憶が本物だと思いこんだのだから」
サトルの中で何かが音を立てて崩れていく。マイの悲鳴が、家族の悲惨な姿が、次々とフラッシュバックしていく。
「だ、だが! お前の言うように記憶を見たが、お前はあいつに何か耳打ちしていただろ! あれは、そのことで脅して――」
「あれはただこう言っただけさ、このままここに残ると言い張るならシシオも一緒に残していくよ、ってね。彼女は薄々シシオの欲情が自分に向いているのを気にしていたからね。だからそれだけ言えば十分だったのさ」
「そ、そんな――だ、だが、あいつは、あいつは俺に認めた! 自分の罪を! 」
「君は馬鹿だなぁ~そんなの当然じゃないか。自分と置き換えてみなよ? 君だって警察に事情徴収を受けている時、ずっと無実を訴えていたけど、最終的にはやっていなくてもやったと認めただろ? 人間追い詰められればそんなものさ。特に彼女は目の前で家族が酷い目にあわされていたんだ。助けるためにはなりふりかまっていられないだろう」
「そ、そんな! じゃあ、俺の父さんの冤罪は! 妹を誘ったメッセージは! どう説明する!」
「冤罪は僕の父が仕組んだことさ、弱みを握った女子高生を利用してね。妹に送ったメッセージなんて君のスマホから妹の情報さえ知れれば、あとはどうとでもなるよ。サメジはあれでIT系にも詳しかったからね」
仕掛けた悪戯が成功したように愉悦に浸った笑顔を見せる。しかしそれとは対象的に、サトルの表情は段々と歪んでいく。
「いやはや本当に大したものだよ。何せマイに関しては本当に君とは何の関わりもなかった。君は覚えているかな? 時折西島が学校に来るなと命じただろ? あれは彼女が学校に来るときだけそうさせてたのさ。流石にテレビに出ているような人気のアイドルに、あんな現場を見せるわけにはいかないからね。だから、敢えて彼女が来るときにはサトルにはこさせないよう彼に助言したのさ。だから特に体育祭や文化祭に限って休まされただろ? マイは特にイベントごとには顔を出したがっていたからね」
「そ、そんな、そんな……」
「本当にマイは可愛そうだったよね。アレだけ必死に君にやっていないと訴えたのに、自分は何もしていないと訴えたのに、君は一切耳を傾けなかった。そして当然その家族だって同じさ。君は知っていたはずだろ? マイを支えた家族の美談。あれだって全て本当さ。彼女の家族が住んでいたボロい豚小屋を見て何も感じなかったかい? マイは十分な稼ぎがあったけど、母親は決して金の無心はせず、家に入れてくれた分もふたりの娘の将来の為に決して手を付けなかったそうだよ。立派だと思うよ、でもそんな慎ましくも幸せな家族を、君が、サトル、お前が、その全てを踏みにじったのさ。自分がやられたことと全く同じようにね、それなのにまだお前はこの僕のほうが罪深いと寝言をいうつもりかい?」
「うわああぁああぁああぁああああ! あああぁああぁああぁあぁああ!」
『落ち着けサトル――』
「があぁああ! ああぁあぁあ! あ、ぐぅ、うぐぅ、ああぁあ、う――」
絶叫し、慟哭し、悪魔の書の呼びかけも耳に入らない。嗚咽を漏らし嘔吐さえも無様に撒き散らす。
「――なぜだぁああぁあああ!」
それでもなんとか顔を上げ、色々な思いを押し込み、あらん限りの声を振り絞りアケチを睨みつける。
「うん? 何故って?」
「なんで、なんでここまでする! 俺の事に気がついていたとしても、今の話でマイにはなんの関係もなかったのだろう! それなのに何故、カラスの記憶を弄ってまで! そこまでしたぁあぁああ!」
「そんなの決まってるじゃないか。お前の妹がマイのファンだったからだよ」
「……は?」
「だから、ファンだったんだろ? お前の妹が? 生贄と血の繋がった屑みたいな妹が、マイのファンだった。だから、利用したのだよ」
愕然とした、その理由はとても納得の出来るものではなかった。
「それ、だけで?」
「うん、それだけ。でも、面白いだろ? だって、愛しの妹が好きだった、ファンだった、尊敬していた、マイを、信頼していたお兄ちゃんが、殺したんだ。無残にも、その家族を含めて、惨たらしくね。よりにもよって自分の仇を取る、その為に復讐すると誓ったお兄ちゃんが、その妹が最も望まないであろうことをしたんだから。ふふっ、もし君の妹が生きていたら、なんて言うだろうね?」
「…………うぁ、うぁ、うぁああああああぁあ――」
妹との記憶が想起する。サトルにサインを貰って欲しいとお願いしていた妹の姿が。テレビに映るマイの姿を見ながら尊敬の眼差しを向ける妹が、マイの美談を自分のことのように話す妹が――その妹が好きだった、ファンだった、尊敬していたマイを、その家族を、自分が、殺した。
「あははははは! いいね! その表情! それが見たかったんだよ僕は、君のその、惨めな姿が! いいよ! 本当に最高だ、君は思った通り生贄として最高な男だったよ! 哀れで、情けなくて、無様で、最低だ! あはっはははっはっっっっは!」
サトルにはもう何も残っていない――
自分で書いておいてなんですがこのアケチは……
次の更新は予定通り21時です。




