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第二八六話 認めたアケチ

272話の復讐の開演から続くサトル絡みの話です。ナガレは登場しません。

少々胸糞展開というのが続きますご注意ください。

「お前は、何を言っているんだ?」

「うん? 何かおかしなことを言ったかな?」


 肩が上下に揺れる。柄を握る手が血が滲むほどに強く締まる。こみ上げる怒りに全身に沸き起こる震えが止まらない。


「お前はどこまで俺を馬鹿にする気だ? まさかこの期に及んで、そんな戯言をほざくとはな、まさか、まだ俺が何も知らないとでも思っているのか?」

「だから、何の話だい? サトルは一体何を知っているというのかな?」

「……いいだろう。だったら言ってやるさ。お前が俺にしたこと、その全てをクラスの連中からも教師のイサムからも聞いている! 俺を虐めの対象として生贄にしようと発案したのもお前なら! 陸海空の手で弄ばれ殺された妹の真実を知りながら、俺に罪をなすりつけ犯人に仕立て上げたのも全てお前だってな! どうだ? これでもまだ白を切れると――」

「うん、それはそのとおりだね。確かに僕はサトルをクラスの生贄に選んだし、君の妹が殺された後も隠蔽させて君に罪を被ってもらったよ。でも、それが何? どこか問題が?」


 まるで、他人事のように述べるそのアケチの態度に、サトルは驚きを隠せない。


「何を言って、いるんだお前は? 貴様のせいで! 俺の家族が妹が! 犠牲になった! お前のせいで俺の人生もメチャクチャになった! それだけの事をしておいて――」

「ははっ、大袈裟だなあ。犠牲とか人生とか、所詮有象無象の愚民でしかない君が、そんなくだらない事を理由に復讐だなんだと、正直僕にとっては滑稽でしかないよ」


 サトルの言葉に被せるように、はっきりとアケチが言い渡す。しかも、なんの淀みもない、ありのままの様相で、それがさも当たり前といわんばかりに。


「おま、え……」

「大体、少なくとも君に関していえば感謝こそされ、復讐だ何だと言われる覚えはないよね。それこそとんだ逆恨みだよ」


 その言葉が信じられなかった。正直耳を疑った。この男はサトルに行ったことを自ら認めながら、サトルの行為を逆恨みだと宣っているのだ。


「おまえ、は、自分で何を言っているのか判っているのか?」

「当然、愚民を統べるべく生まれた僕という優れた人間は、たとえ相手が下民だと判っていても、それ相応の振る舞いは要求されるからね。そして、だからこそ僕は愚かな民を正しく導く責任がある。だから、君もしっかりと導いたじゃないか? そのまま生きていたところでどうせ自分もなく世間に流されるまま、何の役にも立つことなく、社会の歯車にもはまれず、ただ二酸化炭素と排泄物を撒き散らすだけの汚物にしかならない予定だった君が、僕という優れた指導者に巡り会えたことで、生贄という形でクラスの役に立てたのだからね」


 笑顔で、そのような事を平気で述べるこの男を、サトルは同じ人間としては見れなかった。得体の知れない何かと話しているような気にさえなる。


「理解できないという顔をしているね? 仕方ないな。いつだって崇高な選ばれし英君の機微は愚民には高尚すぎて感じられないものだ」

「ふざけるな! 何が崇高だ、機微だ! 俺の家族は貴様のその下らない妄言で犠牲になったのだぞ!」

「それを犠牲と考えるから駄目なのだよ。むしろ君たちは役立ったんだ。例えばサトル、君が生贄となり虐められ続けることで、あのクラスはよく纏まっていた。平和だっただろう? 陸海空の三人は特に素行に難のある問題児だったけど、君がいたから彼らも大人しかった。そして君というはけ口がいたから、クラスの皆も日々のストレスから解放された。生贄が一人いるだけでくだらない争いも起こらず、僅かな生贄を除けば皆が幸せになれる。そうすることで君だってつまらなくて下らない何の役にも立たない塵芥から、教室という小さくて狭い空間ではあったけど、その活動を円満に進める為の小さな歯車になれたんだ。これはとても素晴らしいことだよ。何の役にも立たないゴミ屑から末端とは言え立派な部品に進化できたのだから誇っても良い」


 その独善的な語りにサトルは言葉を失った。しかもこの男は自分の罪を誤魔化すためなどに語っているわけではない、心底心からそれを正しいとして諭すように口にしているのだ。


「君の家族だってそうだ。確かに妹は少々つらい目にあったかもしれないけど、そのおかげでカラスやシシオといった際限ない欲望の持ち主の気持ちが沈まった。下民の下等な命一つでそれが賄えるのならばこんな喜ばしいことは――」

「ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなーーー!」

 

 しかし妹の話を持ち出されてはサトルも黙ってはいられなかった、声を張り上げ、怒りを露わにし、アケチを睨みつける。


「そんな下らない理由で俺の妹が犠牲になっていいというのか! ましてやあの三人が裁かれず、俺に全ての罪を押し付け! それがお前の言う喜ばしいことなのか!」

「当然だろう? 君は生贄として選ばれたのだから、家族の責任は君が一人で負うべきだ。それが僕の決めたクラスのルールだ。生贄の妹を殺した程度であの三人が裁かれては僕の信用が落ちかねない。だからこそ警視総監でもある父と相談し色々と動いて貰ったのだからね」

「責、任だと? 妹が、奴らにさんざん弄ばれて殺された妹に、責任があると、お前は言うのか?」

「君は腹を減らしたライオンの檻の中に入り込んで食われたウサギを見て、ライオンに責任があるというでもいうつもりかい? 違うだろ? 悪いのは自分が餌だと認識もせず不用意に飛び込んだ馬鹿なウサギだろ?」


 どうやらこの男にとって人間は動物と変わらないようだ。サトルが家族と過ごしてきた時間も、どれだけ妹を大切に思っていたかも全く関係ないのだろう。


 尤もアケチは最初からサトルを有象無象の中の一人だと言っていた。恐らくこの男にとって自分以外の人間などただの駒。自分にとって役立つか役立たないかの物でしかないのだろう。そもそも最初から人としてみていないのだ。


「もう、沢山だ! お前がお前自身の犯した罪を認めないというなら、この俺がその身体に直接刻み込んでやる!」


 激昂する。そして新たに決意する。この男は生かしてはおけないと、そして死さえも生ぬるい、それ以上の苦しみを、そう、あのクラスの連中や陸海空、そして舞、それらのサトルが復讐した連中以上の苦しみを与えなければ気が済まない。


「あははっ、面白い冗談をいうね。僕が一体何の罪を犯したと? むしろ僕なんかより君のほうがずっと罪深いじゃないか」

「なんだ、と? 俺の方が、罪深いだと?」


 サトルが問い返す。本当は今すぐにでも話を打ち切って、アケチをズタズタに引き裂きたいほどでもある筈が、何故か聞き入ってしまう。アケチの言動から目が離せない。


「そうさ、例えば君はここに来るまでの間、一体どれだけの人間を殺してきた? ましてや自分の学校のクラスメートを君はことごとく惨殺してきたじゃないか」

「……それがどうした? 俺にとっての復讐相手はお前だけじゃない、俺を痛め続けた連中にも、しっかり罰を与えただけだ」

「その為に殺したのかい? たかが生贄に選ばれただけで? 君が殺した皆は、殺されなければいけないほどの事をしたというのかな?」

「したさ! あいつらは全員、殺されても仕方のない連中だ! それに俺自らが制裁を下してやったんだ!」

「制裁ね、君は神にでもなったつもりかな?」

「神? ははっ、笑わせてくれる」


 サトルが鼻で笑う。当然だ、神なんてものはサトルにとっては信じるに値しないものだ。サトルがいくら傷つこうが、家族が犠牲になろうが、神は手など差し伸べてはくれなかったのだから。


「……悪魔さ、俺は悪魔に魂を売ったんだ。文字通りな。だからこそ、どれほどの冷酷なことでもやってのける」

「悪魔かなるほどね」


 ふっ、とアケチが嘲笑じみた笑みをこぼすのが癪に障った。


「でも、やっぱり疑問だね、そうだな百歩譲って君を直接虐めてきた連中はともかくとして、待機組とされていた奴らはどうなのかな? ソレも殺したんだろ?」

「……俺にとってみれば、見て見ぬふりをし、陰で笑っていたような連中だって同罪だ」

「ふ~ん、ぶれないね。そこまでいくと立派だよ、でもメグミはどうだ? 彼女はどうして殺される必要があった?」


 サトルの脳裏に迷宮に入る直前に出会った委員長の顔が浮かんだ。目に涙を溜め、謝罪しようとした彼女の顔が。


「確か彼女は君を一度は守ろうとした筈だろ? それなのに、殺すなんて酷いよね君は」

「関係ない。一度程度そんな事があったからなんだ? あの女はその後俺に手のひらを返し、ストーカー扱いした。それが原因で奴らはますます増長した!」

 

 そう、確かに一度は虐めをやめるよう訴えたメグミであったが、その後の手のひら返しでサトルへの虐めはますますひどくなった。


「ははっ、確かにそれはそうか。いくら自分の親の為に(・・・・)したこととはいえ、彼女は十分に罪深い」

「……なんだと?」

 

 サトルの眉がピクリと跳ねた。その様子を眺めながら、アケチは愉快そうに続ける。


「おや? 知らなかったかな? 彼女の父親ね、弁護士だったんだよ。結構やり手でね、誰もが嫌がるような案件も自ら引き受けて法廷に立つ中々正義感に溢れた人でね。そんな父親を見てきたから、メグミも父親に憧れ、そして父親みたいになろうとして、あんな真似もしたんだろうけどね」


 あんな真似、それは恐らくサトルを庇ったあの時の事を言っているのだろうとなんとなく察した。


「でもね、可哀想に。メグミがサトルの虐めをやめろと行った直後にね、父親が捕まってしまったんだよ。しかも強姦罪なんて不名誉な事でね。不思議なことに父親にはアリバイだってしっかりあったんだけど、証拠品から指紋が出たりして、このままじゃ実刑は免れないだろうって話になったんだ。だからさ、あまりに可愛そうだから僕がちょっと手を差し伸べてあげたんだよ。君の父親の無実を証明してあげるってね。ほら、僕の父親は警視総監だし、母親だって検事長だからね。それぐらいお手の物だったのさ、ま、そのかわりにあの西島同席の下で、二度とサトルの件で口を出すなと誓約書を書かせたんだけどね、あ、ついでにサトルをストーカー扱いして拒絶しろともね」


 サトルは一瞬愕然となった。だがこれでなぜメグミがサトルに謝罪をしてきたのかが判った。

 アケチの話を聞くに、あの振る舞いは彼女にとって不本意だったのだろう。


 だが、だからといってサトルの身に降り掛かったことは変わらない。


 しかし――それでもサトルには確認しておかなければいけないことがあった。

 なぜなら彼女の父親に訪れた境遇は、サトルの身におきたことによく似ている。


「たとえどんな理由があろうと、俺がやられた事に変わりはない。だが、メグミの父親が捕まったこと、それはまさか――」

「うん、そうだね。僕が父に話し、手を回させ罪を被ってもらった。ま、冤罪ってやつだね」


 やっぱりか、と唇を噛む。


「なぜ、そんな真似を?」

「当然だろ? 彼女は僕が決めたルールに従わなかったんだ。しかも極めて独善的で愚かな理由でね。でも、僕は心優しいから、彼女にチャンスを与えるために裏で手を回したんだよ」


 あはははっ、と無邪気に笑いながら語る。こいつはどこまで、と怒りに震えた。


「でも、確かに君の言うとおりだね、メグミみたいな愚かな女は殺されても仕方ない。君は正しいよ」


 クスリと笑いながらもアケチが語る。怒りの炎を胸の内で燃やし続けながら、同時にこいつは何がしたいんだ? と疑問に思う。

 

 だが、今のアケチからは耳も目も離せない――

次の更新は活動報告の予定通り19時頃となります。

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