第二八三話 目には目を歯には歯を、家族には家族を
前話を読んでない方は1話前で注意書きがありますので見ていただければ幸いです。
「さてと――」
マイを見下ろしながら一言呟く。すると今度はサトルがブレインジャッカーをもう一体呼び出した。
え? と戸惑いの声を漏らすマイの目の前で、サトルが自ら頭にブレインジャッカーを乗せる。世界の干渉をうけないようにするにはブレインジャッカーの協力が不可欠だからだ。
「やはりいたな、噂通りだ」
そして再び鏡に映像が流れ出す。それはサトルの記憶の先にある現代の様子。
画面の中にはコンビニの前でたむろするいかにもといった風貌の若者の姿。
注目すべきはその若者が来ている革ジャンでそこには、サトルがまだ地球にいた時に巷で話題になっていたブラックチーターのチームデザインが施されていた。
ブラックチーターはヤングギャングを名乗る自称、闇の集団だ。犯罪行為にも多くの所属員が手を染めている。
そんな連中がサトルの通っていた高校の近くにもよく出没しているという噂はサトルもよく知っていた。
特にこのコンビニはたまり場にもされていると。故に自分の記憶から連中を探したのだ。
悪魔の鏡にはある程度、鏡の中の相手を操作する力もある――そう、その力を利用し、連中にある命令を送る。
すると、案の定何かに導かれるようにたむろしていた連中が動き出した。
一斉に車に乗り込み、指定した地点まで移動を始める。住所はしっかり確認していた。やつらがたむろしているコンビニからそう遠くもない。
それに車内にはなかなか面白そうなものも積んであった。これは使えるとサトルは口角を吊り上げる。
正直言えば、この連中に対する恨みなんてものはない。だが、世間に迷惑をかける犯罪者集団だ。そんな連中がどうなろうと知ったことではない。
それに、どうやら陸海空もこのブラックチーターとは関わりがあったという話も耳にしたことがある。
ならば結局のところ同じ穴のムジナだろう。
「な、なに? 何をする気なの?」
サトルの行動が読めないのか、しかし悪い予感だけはひしひしと感じているのか、マイが怪訝そうに声を漏らす。
だが、サトルはそれを無視し画面を見つめ続ける。
そして一旦アパート側に画面を移し、一世帯を除いて全ての住人に命令を飛ばし、アパートから離れて貰った。
通報されても面倒だし、流石にアパートの住人にまで危害は加えられない。
無関係の住人が出ていったのと、ブラックチーターの連中がアパートに到着したのはほぼ同時であった。
入れ替わるように厳つい集団が集まり、その部屋の前に立ちチャイムを鳴らす。
「ちょっと、ま、まさか? あんたまさか!」
『は~い、どちらさまですか~?』
何も知らない家族がドアを開ける。出てきたのは妹の美歌だ。すると集団は無言で部屋の中へと侵入していく。
『え? ちょ、何、何なの!?』
『あ、あなた達なんなのですか! 突然こんな、け、警察呼びますよ!』
しかし連中は即行で家の電話を破壊し、ふたりが持っていた携帯電話も取り上げへし折った。パソコンも叩き壊し部屋に鍵をかける。
何人かは窓やドアを塞ぐように立ち、逃げ道を全てなくした。
「いや、やめて! 何考えてるのよ! 私のママや妹に何をする気よ!」
「決まってるだろ? お前がされたことと同じことだよ」
サトルがあっさりと言い放つ。それが当然だと言わんばかりに。マイの表情が絶望に満ちた。
『いや、やめて! 何するのやめてよ~~~~!』
『そんな、娘に何を! お願いです! 美歌には、美歌には手をださないで!』
男たちが荒々しく娘の着衣を引き裂いていく。母親がやめてと懇願するが、男が容赦なく殴り倒し、馬乗りになって母親の服も脱がし始めた。
「こんなこと、やめてよぉ~、どうしてよぉ、家族は、家族は関係ないでしょ、酷いことしないで、ママと美歌に、酷いことしないでぇ……」
「は? 家族には関係ない? ああ、そうだな。そのとおりだよ。俺の家族も関係なかった筈だ! なのに貴様ら! 貴様ら家族が! 俺達を貶めた! そうだろ? なあ? そうだろが! これはお前ら自身がやったことへの報いなんだよ!」
「そんなの知らないよぉ、ママも美歌も、何もしてないよぉ、やめてよぉ、やめてえぇええ!」
声が枯れんばかりに訴える。だが、凶行は終わらない。男たちは次々と覆いかぶさり、妹を、母親を、けがしていく。
『いやぁ、痛い、よぉ、助けてよぉ、ママぁ、お姉ちゃん……』
『どうして、どうして私達がこんなこと、いや、もうやめてぇええ、娘を放してぇえええ』
「ははっ、おいおい妹がお前に助けを求めてるぞ? 自分がどんな状況におかれているか、こうやってしっかり見ているのになぁ? 情けないよなぁお姉ちゃん。お前がいつまでも自分の罪を認めず、そんな顔してるから家族が犠牲になってしまったなぁああ! どうだ? どんな気持ちだ? これでもまだお前は認めないのか? 俺達にやったことを! どれだけ卑劣なことをしたかを!」
映像の中で酷い目に合わされている家族を、直視してられなかったのか、顔を背けようとするマイであったが、悪魔がそれを許さない。
無理やり顔を鏡に向け、力づくで眼をこじ開けた。
「あ、ああ、ごめんなさい、ごめんなさいママ、美歌ぁあ、ごめんなさい」
「なんだ? 謝るのは家族にだけか? さすが将来有望な女優は違うなぁあ! この状況でも真実からは目を背け続け罪を認めないのだから!」
狂気に満ちた表情で、サトルが訴える。その眼下には、ボロボロと涙するマイの姿。
そして――
「ご、めんなさ、い」
「あん?」
「だか、ら、ごめんなさいぃいい! 私が悪かったから! そうよ! 全て私がやったの! 私が悪いの! これで満足でしょ? だから! 家族を解放して!」
睨めつけるようにしてマイが叫ぶ。家族だけは助けて欲しいと、訴える。
その姿に、サトルは、ああ、と声を漏らし打ち震える。
「やっとだ、やっとその言葉が聞けた。ははっ、そうだよ、お前は、汚れている、穢れている、お前もお前の家族も! だから、ご褒美をやろう! 先ずは罪を認めたお前にな!」
家族を助けて、助けて、と必死に連呼するマイに笑いかけ、そしてサトルが、こい、とそれに促す。
すると、奇妙な肉の塊が姿を見せた。そのすぐ後ろでは悪魔の書から召喚されたネクロスが立っている。
「これが何かわかるか?」
「わからないわよ! それより早く家族を解放して!」
「は? 解放するわけないだろ、馬鹿か?」
え? と驚嘆しその大きな瞳を更に見開く。
「お前は馬鹿か? お前が懺悔した程度で、お前ら家族のやった罪は消えないんだよ! それよりも、みてみろよこれ。こうみえてこいつ、あのシシオなんだぜ? 俺がバラバラにしたから、ネクロスの力でもアンデッドとして動かすのに苦労したみたいだけどな。でもほら、俺は優しい男だから、せめて死体のまま、願いは叶えてやろうと思ってな」
すると、元がなんだったかも判別がつかないぐらいぐちゃぐちゃの肉塊である、シシオゾンビが、ゆっくりとマイに近づいていく。
「どうだ? 特に粗末だったものをそれっぽくするのは苦労したんだぜ? 元々あったものはぐちゃぐちゃになってどうしようもないから、残ってた骨で形を整えたんだ。まあ、先端はほぼ槍だけどな。とてつもなく痛いだろうが、それは勘弁して、シシオの愛をうけとめてやってくれ」
「い、いやぁああぁああぁあああ!」
狂宴は続いた。鏡の向こうではマイの家族が、徹底的に汚され、その様子を無理やり見せられながら、マイの上にのったシシオの成れの果てが槍でマイの肉を貫き、身体を動かし続けた。
「あ。ああ、あぁああぁああぁ……」
疲れ果て、全てに絶望した声を漏らす。
そんな汚物を眺めながら、サトルが、そろそろか、と一言呟くと、鏡の中の野獣たちが最後の行動を開始した。
誰かが車に戻り、積んであったそれを手にして戻ってくる。
――灯油缶だった。
「さて、これが最後の催し物だ。今日一番のみせものだぞ、よ~く見ておくんだな」
どこか呆然めいたマイにそう宣言する。
するとブラックチーターの連中が部屋中に灯油をばら撒き、母娘の全身にも浴びせ、そして――火のついたままのライターを床に落とした。
『あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"アヅぃ、アヅイよおぉおお、ママーーーーお姉ちゃんーーーー』
『あは、あは、燃える、全部燃える、私も、美歌も、あはははははっははっ燃える、燃えちゃうゥゥうううキャハハッハhxハハッッッハハッ――』
「ひぐぅ、ひぐぅう、ママぁああ、美歌ぁああぁあ、ごめんなさい、ごめんなさいいいぃ、助けられなかった、お姉ちゃん、助けられなかったよぉおお」
鏡の中では無言で業火に包まれ、朽ちていくブラックチーターの連中と、泣きわめき、母親と姉に助けを求める妹、そして精神が耐えきれず狂ってしまった母親の姿。
「ちっ、鏡の向こうじゃ精神を戻すことが出来ないのが残念だな」
その様子を眺めながら、吐き捨てるようにサトルが言う。それから間もなくして鏡の向こうからサイレンの音が鳴り響き始める。
これだけの火事だ、誰かが通報して緊急車両がやってきたのだろう。だが、今更きてももう遅い。画面の中では丁度母親と妹を材料とした天然の黒炭が出来上がったあとだった。
見目麗しいふたりだったが、こうなったらもうただのゴミでしかない。
「さてと、楽しんで頂けたかな? 家族への復讐ショーは?」
マイを振り返り、その顔にわざとらしい笑みを貼り付けサトルが問いかける。
マイの両目にはすっかり怨嗟の炎が宿っていた。
「何が、復讐ショーよ! この人でなし! 殺人鬼! あんたは狂ってるわよ! 異常者よ! こんなことして、こんなことして、一体何が楽しいのよ! 汚れているのはあんたの――」
「黙れ」
泣きわめき、サトルを批難するマイ。だが、サトルはマイの顎を押さえ、威圧の篭った声をその顔に浴びせた。
ぎりぎりと顎が砕けんばかりに力を込める。
「お前はまだ勘違いしているのか? お前にそんな目をする資格はない。お前は復讐される側だ、立場をわきまえろよ?」
地面にその身を投げ捨てて、汚物をみるように見下し、そして、まあいい、と口にして悪魔の書を構えだす。
「いでよ、悪魔の書第六位バベル――」
そして召喚された悪魔、それはまるで炎がそのまま人の形を体現したかのような悪魔。
頭からは轟々と炎が吹き出ている。
「お前の顔を、その醜い心と同じにしてやるよ」
呼び出された悪魔バベルが、マイの正面に立ち、そしてその豪炎を纏った腕で、彼女の美しい顔に掴みかかった。
「あっ、ひ、ぎゃああぁあああぁあ、あつい! あづいぃいぃいいぃ!」
上質な肉が焼けたような音が響き、その顔にズブズブと指が食い込んでいく。あまりの熱に皮もその下の肉も耐えられないのだ。
煙が立ち、焦げた匂いがサトルの鼻腔をつく。バベルが手を放すと、ドサリと力なくマイの身が地面に倒れた。
それを無理やり他の悪魔が起こし、引きずるようにして鏡の前に連れて行く。
「あ"ごでがあ、わだぢの、がお、わだぢの――」
鏡に写った自分の姿に絶望する。肉まで真っ黒に焦げ、骨が顕になり、グズグズの醜い姿になった自分の顔に言葉をなくす。
「はははははっ! これはいい! マイ、お前にお似合いだぞ! よかったなこれでホラー映画なら引っ張りだこだ! あははははぁあ!」
マイの変わり果てた姿をさんざんあざ笑い、そして、ま、テレビには二度と出れないだろうけどな、とも冷たく付け加える。
マイの膝がガクリと折れた。爛れた唇でブツブツと何かを繰り返す。
「……ま、どちらにしろ地球になんて戻れないけどな。喜べ、お前を家族と同じ目に合わせてやる。後は、地獄でその醜い顔を晒しながら、一生を穢れた家族と後悔しつづけるんだな」
バベルの手から炎の弾が吐き出され、遂にマイの全身を地獄の炎が蝕んだ。
死んでいった母や妹のように悲鳴を上げ、痛みに苦しみ、その熱に苦しみもがき続けた。
そうやってじっくりと炎に焼かれ続け、だが、その炎も暫くして消え去り、後には残骸の消し炭だけが残った。
サトルはそれを躊躇なく踏み潰す。そして、呟く、これで――、
「後は、一人、あいつだけだ」
と……。
――パチ、パチ、パチ、パチパチパチパチ。
すると、そんなサトルの頭上から、忽然と降り注ぐ拍手の雨。
「――サトル様」
「ああ、判っている」
ヘラドンナが声を掛けてくるが、サトルもそれを察しているように返事し、そして天井を見上げた。
「いやはや、凄いよねぇサトルくん。本当驚きだよ、君だったんだね僕達を追っていたのは。それにしても、こんなところまでわざわざやってくるなんてね」
「明智、明智ぃいいぃいぃい正義ぃぃいいいぃいーーーーーー!」




