第二十八話 狩り
「やった! 仕留めた!」
カイルが拳を握りしめながら喜びの声を上げる。
その視線の先では、見事、矢に眉間を貫かれた鹿が倒れていた。
大きさ的にも夕食のおかずにするには十分過ぎる程のものである。
「流石ですね。一発で眉間を穿つとは感服いたしました」
近くで見ていたナガレが素直な感想を述べる。何せそれなりの距離がある中、しかも周囲は木々に囲まれているような状況だ。
その合間を縫うように放たれた一矢、その一発で仕留めたわけだから、彼がかなりの腕を持った弓使いである事が窺える。
「ははっ、それにしてもナガレっちはなんか、口調が固いね。もっと気軽でもいいんだけど」
「いえいえお気になさらず。私は昔からこの調子なので」
「昔からって……ナガレっちまだ若いのに――」
苦笑してみせるカイル。ちなみに彼の年齢は二十丁度である。
ただ勘違いするのも仕方がないが、ナガレの実年齢は八十五だ。
とはいえ、いつのまにか妙な呼び方をされていてもナガレは特に気にする様子もないが。
「それに、凄いって意味ならナガレっちの方が凄いと思うよ。素手で魚をばんばんとっちゃうんだから」
「あれは運が良かったのですよ」
一応は謙遜するナガレだが、運で何十匹もとれるものではないだろ。
しかもナガレは直接魚に触れていない。
と、そんな会話をふたりが続けていると、藪の中からガサゴソと草花を揺らす音。
そしてふたりの目の前に、角を一本生やした大型の兎が飛び出して来た。
ホーンラビット――魔物である。
この一本角を生やした魔物は見た目通り、角を利用した突撃が主な攻撃手段だ。
跳ねるように直進してきて、動きも素早いため、初めて対峙するようなルーキーあたりは思わぬ怪我を負ってしまう事もあるが、動きが単調で読みやすく、少しでも狩りに慣れた冒険者であれば単体相手では先ず問題にならない。
カイルもやはり手慣れたもので、ホーンラビットがふたりに身体を向けた頃には既に弓に矢を番え、鼻歌交じりに狙いを定めていた。
敢えてナガレが手を出すような状況でもないだろう、と思ったその時、もう一つ頭上に浮かぶ影。
それはホーンラビットの上から落下し、空いた方の手に握られた刃を背中に食い込ませた。
「ピュギゥ!」
最期に奇妙な鳴き声を上げてホーンラビットは死んだ。
そして、ふんっ、と鼻を鳴らしフレムがホーンラビットの背中に食い込んだ刃を抜き取る。
「おいらの出番じゃなかったか~」
柔和な笑みを浮かべながら、カイルがその狐耳をピコピコと揺らした。
「あん、なんだお前も狙ってたのか?」
肩で担いでいたそれを脇に置き、手早く手持ちの双剣で魔物を解体しながらフレムが言う。
「いや、おいらはそっちの鹿を仕留めたとこで、そこにそいつが現れたんだよ」
「鹿? あぁあれか、旨そうだな」
ちらりと後ろを見やりフレムが述べる。しかし手を動かすのは疎かにしない。
ホーンラビットは核以外でも角が素材として取引されている。とは言っても討伐報酬に魔核と角の買取金額を合わせ五〇〇ジェリーといったところだが。
「フレムっちも結構大きなの狩ってきたね」
彼が脇に置いた猪を指差しながらカイルが言った。
確かに中々食べごたえがありそうな獲物である。
しかし、その猪を肩に担いだままホーンラビットの上に降ってきたのだから、その膂力も中々のものであろう。
ちなみに勿論ではあるが、フレムが狩ったのは野生の猪であり魔物ではない。
見た目が猪のワイルドボアという魔物も存在するが、魔物は魔核がなくなると消滅するという性質上食材には適さない上、何より食べてみても酷くまずいらしい。
「お前ら、鹿やったならとっとと血抜きしとけよ。こっちの猪は終わってるけどな」
ナガレはそうですね、といいつつカイルが仕留めた鹿へと脚をすすめる。
「あ、やばいナイフ忘れてた……」
「はぁ? おいおい何やってんだよ。たく仕方ねぇな、だったら」
ナガレの背中にふとそんなやりとりが届いた。だがナガレは特に意に介す事なく鹿を持ち上げ、合気を利用した技法で首を切り、更に血を一瞬のうちに抜き取った。
「終わりましたよ」
「え? 何が?」
「血抜きです」
「はい?」
「何言ってんだお前? 頭大丈夫か?」
あまりの手早さにナガレが何をしていたかも気がついていないふたりは、その言動にカイルは疑問の声を、フレムは怪訝そうな目でナガレを睨んでくる。
しかたがないのでナガレは彼らの前に血抜きを終わらせた鹿を並べた。
フレムの仕留めた猪の横に置いた形だが、刃物を用いたフレムの血抜きよりも痛みが少なく、あまりに鮮やかな処理であった。
「……ナイフ持ってたならそう言えよ」
「いや、これ持ってたとしてもなんでこんな一瞬で血抜き終わってるの?」
疑問のつきない話ではあるが、空を見ると夜の帳が下り始めている。
なので、そろそろ準備を済まして行きますか、とナガレが提案。
それにとりあえず、そうだね、とカイルが応じ、フレムもどこか不機嫌そうではあったが、その場で猪と鹿を解体し、魔法の袋などに詰めて帰路についた。
「それにしてもちょっと量が多かったかもね。おいらが採った果実や野草もあるし」
カイルは元々山育ちらしく、木々に実る果物や、食材に適した野草などを見極めるのが得意であった。
おかげか、肉だけではなく手に入れた食材の種類は中々に豊富である。
が、フレムの仕留めた猪も含めて考えると、かなりの量になってしまったのは確かだ。
「余った分の食材は他の冒険者にも譲るというのはどうでしょうか?」
「あん? なんで俺達が仕留めたものをただでくれてやらないといけねぇんだよ」
ナガレの提案にフレムが文句を垂れる。人に分けるという行為が気に入らないようだ。
「ふむ、ならば余った分を利用して物々交換をしてもらうという手もありますね」
「……はぁ? ぶつぶつ交換なんだそれ?」
「う~ん、相手を殴るとか? いや! そんな事しちゃ駄目だよナガレっち!」
「……いえ、物々交換というのは、例えばこちらが余っている肉などを相手に提供する見返りに……そうですね、調味料とかそういった与えた分にあったものを相手から交換分として貰い受けるといったものですが」
「!?」
「そ、そうか! 余ったものがそれだと無駄にならない! 凄いよナガレっち! 頭いい!」
そんなことはないですよ、と返すナガレと、チッ、とやはり面白くなさそうな顔を見せるフレム。
――その時、ふとナガレが真剣な表情を見せ目つきを鋭くさせる。
「あれ、ナガレっちどうしたのそんな顔して?」
「……泉の近く、少々面倒なのがうろついているようですね」
ナガレが呟くようにいったその言に、はぁ? とフレムが怪訝そうに眉を顰めた。
「何を言ってるんだテメェは?」
「……あまり詳しく話してる暇もないので一旦私はここを離れますね」
そう言うが早いか、ナガレは前をゆったりとした所作で歩みだし、かと思えばふたりの視界から消え失せた。
「な、なんだ!? どこへ行きやがった!」
「た、ただ歩いているようにしか見えなかったのに……てか、泉って言ってたよね?」
「……あぁ、そして泉といえば――」
ハッ! とした表情を見せるふたり。
そして、
「くそ! ローザが! 急ぐぞ――」
と声を上げふたりも泉に向けて駆け出すのだった――
次回!ちょっぴりサービス?
 




