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第二七八話 満たされない思い

サトルの話が続いています。

「オラオラオラオラオロオラオラオラァアァアアア!」


 シシオが縦横無尽に飛び回り、大剣を振るう振るう振るう振るう、シシオの持つ武器は獅子王剣。どこまでも獅子に拘る男だが、それもオーパーツであり、一撃毎に剣に宿った獅子の一撃も追撃される。

 

 サトルがこれまで狩ってきた魔獣にもかなりレベルの高いのが存在したが、この武器を持ったシシオを相手にしては恐らく三秒と持たなかったことだろう。


 今のシシオの火力はそこまでに高い。だが、同時にアスタロスの防御力はその遥か上にある。何せこの悪魔は物理的にも魔法に対してもそれぞれの防御力は三百万を超える。


 そして勿論防御力だけではなく――


「ガハッ!」


 腕を振るう。まるで鬱陶しい蚊でも叩き落とすかのごとく。それだけで十分だった。シシオの身体はあっさりと地面に激突し、砕けた床が宙を舞い、大きく陥没する。


「アクアクリエイト! リバイアサン!」

 

 すると今度はサメジが魔法を行使。ただ、これは魔法と言ってもサメジのオリジナル。自らの想像を水で具現化する力。


 その結果生まれたのは巨大な水の龍、ドラゴンというよりは胴の長い巨大な蛇のようなそれがアスタロスに巻き付き、ぎりぎりと締め上げていく。


「なるほど、中々だな。だが、こんなものじゃこの悪魔は止められないぞ」

「だろうな、だが――開け天導第一一門の扉、天術式マカラハイドロイド!」

 

 ぎりぎりと締め付ける水の大蛇を力任せに引き裂かんとするアスタロスだったが、そこへ更にサメジが魔法を重ねた。


 天導門といえば古代魔法の中でも神導門に次いで難易度が高いとされる術式だ。その魔法を一一門とはいえ使いこなせるのだから、サメジは魔導師としてみてもかなりの実力者と言えるのだろう。


 そして魔法が発動、アスタロスの足元からまたもや無数の水の龍が這い上がる。かと思えば唸りを上げ回転をし、次第に巨大な水の竜巻へと変化した。

 

 天を貫かんばかりの勢いを見せる青色の竜巻を目にし、サトルはサメジの狙いに気がついた。


 恐らくサメジもこれでアスタロスが倒せるとは思っていないのだろう。アスタロスは魔法耐性も三〇〇万を優に超えている。


 天導門は確かに強力だが、たとえそれほどの大魔法でも今の(・・)サメジではアスタロスにダメージを与えるのは厳しい。しかし、サトルに関しては別だ。


 サトルも悪魔の書の影響で魔法系のステータスの方が高いが、それでもこれだけ強力なものとなると楽観は出来ない。

 

 しかもこの竜巻は内側にいる物全てが対象だ、つまりサトルもヘラドンナも確実にターゲットに入っている。


 だからこそサメジはこの手を考えたのだろう。まずリバイアサンでアスタロスの動きを止め、水の竜巻で召喚者であるサトルにトドメを刺す。


 どれほど強力な悪魔でも召喚者が死ねばその姿を維持してはいられない。つまりサトルさえ死ねば悪魔は消える。


 サメジはサトルが悪魔を召喚している姿を見て、その考えに至ったのだろう。そしてその考えは間違ってはいない。


 だが――それでも彼の考えは甘かった。


「ば、馬鹿な――」


 サメジの表情が驚愕に変化する。そう、甘かった。先ずリバイアサン、これはサメジが天導門の魔法を発動してすぐに、アスタロスの力任せの行為により引き千切られた。


 そしてその上で、巨人は両の手を肩の上に置いたのである。

 マカラハイドロイドの魔法は確かに強力だ。魔導門の第一門を遥かに凌駕する威力を秘めている。


 しかし、それも当たらなければ意味がない。そう、アスタロスの手は、サトルとヘラドンナを覆い隠す形で乗せられた。身の丈一〇メートルを誇るアスタロスであれば掌の大きさとて当然常人では考えられないほど大きい。

 

 そして魔法耐性三〇〇万を誇るアスタロスの手は、それ自体が堅牢な防壁のような役目を担い、魔法からふたりを守ったのだ。


「シシオ! もうつべこべ言っている場合じゃない! 俺の魔法でお前をサポートする、テメェはその力を利用して渾身の一撃を叩き込め!」

「くそっ! お前と協力するなんて冗談じゃねぇが仕方ねぇ!」


 さしものシシオも己の攻撃を全て跳ね返し、更にサメジの魔法すら通じないとあっては認めざるを得なかったようだ。


 そう、この悪魔はとても単身で挑んで勝てる相手ではないと。


「アクアクリエイト! 水の鎧! 魔導門――発動せよ付与術式!」


 サメジの所為により、シシオの身体にまとわりついた水が鎧へと変化し、更に両手の大剣に強烈な水の付与がつく。


 どうやら物理と魔法の両方を同時にぶつける戦法のようだ。

 サメジは魔法だけの威力に頼るよりも、物理的な威力なら遥かに高いシシオに魔法の力を乗せることで得られる、より強力な一撃に賭けたのだろう。


「いくぜ! 勢獅子! そして――獅子咆撃波!」


 再び勢獅子を発動、シシオの攻撃力が数倍に――その上で獅子咆撃波、だがこれだけならば先程となんらかわりはない。

 だが、シシオは今回はアスタロスにではなく、反対側の地面に向けてそれを放った。


 一体何のつもりかと思うサトルだが、なるほど、どうやらシシオは光線をロケット噴射のごとく利用し、更に勢いをつける考えなようである。


 そして地面を抉る光線に押される形でシシオの身が弾かれたように飛翔し、凄まじい勢いで巨人の胸へと肉薄した。


「喰らえ! これが俺の怒涛の一撃だーーーー!」


 シシオの大剣が二度振り下ろされる。快音と共に、アスタロスの胸に十字に交差する傷が刻まれた。


 そう、確かにサメジの力添えもあり、シシオの攻撃力は飛躍的に上昇した、巨人の皮一枚(・・・)ほどを傷つける程度には。


「そ、そんな、そんな、馬鹿、な――」


 自由落下を始めたシシオの表情に驚きが満ちる。目を見開き、ありえないと言った様相。


「――もういいぞ、やれ」


 そして、サトルの冷たい響き、アスタロスがこの広い空間全体に響き渡るほどの、震わすほどの、下手な相手であればそれだけで心臓が止まるほどの、シシオなどとは比べ物にならないほどの雄叫びを上げ、その斧を振り下ろす。


「ち、畜生がぁああぁあああぁ!」


 身を捩る。死んでたまるかと、こんなところでやられてたまるか、と必死になってその狂刃をかわそうとする。


 だが、巨人の斧刃は容赦なく、それでいてとても器用に、シシオの左肩のみを切り飛ばした。


「あ”ぎゃあぁああぁああぁあぁ!」


 腕の消失した肩口を押さえ、悲鳴を上げる。絶叫だ、あまりの激痛に耐えられず上げた、絶望の響きだ。


 宙を舞う左腕は、アスタロスが再度奮った戦斧の一撃であっさりと挽肉へと変わり果てた。


 残った本体が地面に落下する。そして地面を転がりまわる。のたうち回る。あまりに無様なその姿に、サトルは仮面の奥で笑いがこみ上げて仕方ない。


 だが、こんなものではない、こんなものでは終われない。だからこそ、敢えて今の一撃に手加減を加えたのだ。


 そうでなければ腕ではなく、シシオの全身がミンチ肉に変わっていた事だろう。


「さて、次は――」


 サトルが呟き、そしてアスタロスに命じる。サトルはこの中で一番うざったい相手が誰かを知っている。だからシシオがまともに戦えない状況を作った今、そいつも同じ目にあわせておく必要があるだろう。

 

 だが――アスタロスがそのターゲットを、そうサメジを振り返ったその瞬間。


「グ、グォオォオォオオオガアアァアアッァアア!」

「な!?  どうしたアスタロス!」


 突如アスタロスが左目を押さえて苦しみだした。それはまるで眼下でのたうち回るシシオのように。


 一体何が、とサメジを見やると、杖を掲げるサメジの姿。

 それで理解した、サメジがアスタロスに向けて何かを放ったのだと。


「主様! あの男、あの腐れ外道が! アスタロスの目に向けて高速で水を射出しました。も、申し訳ありません、私がもっと早く対応できていれば」

「グウウウォオオォオオォオォオオ!」

(高速で水を? まさか、ウォーターカッターという奴か? だが――)


 よく見ると、アスタロスの目の周りが爛れ、煙も上がっている。

 それを見て、理解した、あの男は水に強力な酸も混ぜたのだと。


『油断したなサトルよ。確かにアスタロスは強い、物理的にも魔法的にもそのタフさは相当なものだ。だが、それでも全く弱点がないわけではない。そう、いくらアスタロスでも、目にはその高い防御力は発揮されないのだからな』


 くっ! とサトルは歯噛みする。だが、いくらサトルが落ち着けと命じても制御不能に陥ったアスタロスはやたらめったらと暴れまわるのみだ。


 一旦悪魔の書に戻すという手も考えたが――しかしアスタロス級になると一度戻した後、そう安々と呼び戻す事はできない。


 最終的には対アケチを想定する必要がある以上、ここで悪魔の無駄遣いは許されない。


「サトル様、私におまかせを!」


 すると、ヘラドンナの腕からにょきにょきと水色の細長い蔦が伸び、アスタロスの傷ついた瞳に侵入していった。


「ヘラドンナ、それは?」

「はい、痛みを和らげ、傷も癒やすことの出来る効果のあるものです。これであれば――」


 ヘラドンナから伸びた蔦が次々とアスタロスの目の中に入り込んでいく。すると、次第に巨人は落ち着きを取り戻していき、そして遂に鎮静かしその場に片膝をついてみせた。


 そんな巨人の表情はどこか申し訳ないような、落胆しているような、そんな雰囲気だが。


「気にするなアスタロス、俺のミスでもある。もっと考えておくべきだった。だが、後悔している隙はない。とにかく――」


 そう言ってまさに怪獣が暴れたあとのような酷い有様となった周囲を見やる。

 アスタロスの行動で、床がそこらへんに凹みが見られ、柱の多くは崩れ落ちてしまっている。


 そんな最中、サトルは復讐すべき対象の一人を見つける。だが、それは彼が最も望まない形でだ。


「あれは、サメ、ジ? 馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁぁああぁああぁ!」

 

 絶叫する。咆哮する。そして、主様! というヘラドンナの声も聞かず、巨大な肩から飛び立った。


 そして悪魔の翼で地上におり、崩れた柱の側に寄る。そして改めて憎き復讐相手の顔を見た。


 そう、柱の下敷きになって事切れているサメジの顔を――


「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! テメェ! 何勝手に死んでやがる! 何あっさり死んでるんだよぉおぉぉおぉおおおお!」


 叫ぶ、心の限り、張り裂けそうな胸を押さえ、喉が潰れんばかりに絶叫した。

 その剣で瓦礫を吹き飛ばし、地面に横たわる骸を無理やり起こし、何度も揺らし殴り、地面に叩きつけ、剣で何度も斬りつけるが反応はない。


 当然だ死んでるのだから。そう、死んだのだ。サトルが最も望まない形で、何の苦痛も与えられず、何の後悔も感じさせず、自分のやったことがどれほどの物かを知らしめる事もできず――死んだ、死んだのだ。


「う、あ、あああぁあ、ああっぁあ、くそぅ! くそぅ、くそ! くそ! くそ! くそ! くそおおおおぉおぉおお!」

「主様――」


 ともすればそのまま死でも選ぶのではないのかと思われるぐらい、危うく、気狂いに思えるほどに身悶える、そんなサトルの背中にそっとヘラドンナが身を寄せた。


「可哀想な主様、このヘラドンナが出来るならその無念を変わってあげとうございます」


 耳元でヘラドンナが囁く。だが、それでもやはりサトルの気が晴れることはないだろう。絶対に復讐を遂げなければ行けない相手を、こうも楽に死なせてしまうことなど、サトルにとってあまりに想定外であった。


『うむ、しかしこうなっては仕方がないな』


 だが、そんなサトルに向けて、悪魔の書はあまりにあっさりとそれを言いのけた。


「……仕方が、ないだと?」

『そのとおりだ、これはもう仕方がない。既に死んでしまった相手に、いつまでもこだわってもおられぬであろう?』

「ふざけるな!」


 サトルが激高する。自らのパートナーである悪魔の書相手に、ここまで反抗的な態度を示したのはこれが初めてだろう。


「所詮、所詮お前には俺の気持ちなんて判らない! ただの本でしかないお前にはな! だからそんなことを簡単に言いのけるんだ!」

『そのとおりであるな。我にはお前の気持ちなど判らぬ。だがそれがどうかしたのか? 元々我らは依存し合う関係などではないぞ? それにだ、お前こそ何を勘違いしている? まさかこの世の運命は全て自分を中心に回っているとでも思ったか?』

 

 悪魔の書はあっさりとそれが他人事であることを告げ、更に続ける。

 サトルはその両目を大きく身広げ、何? と問い返した。


『勘違いするなよサトル。これまでのほうが奇跡みたいなものだったのだ。復讐を遂げたい相手に何の失敗もなく、全ての復讐が思い通りに進んだこれまでのほうが上手く行き過ぎていただけなのだ。だが世の中そうことが上手く運ぶばかりではない。ときには思い通りに進まぬこともあるであろう。それが今回だったそれだけの事だ。だがサトルよ、貴様はだからといってここで足を止めるのか? このままずっとメソメソとクヨクヨとし続けて、何かが好転するのか?』

「…………」


 悪魔の書が諭すように語る。頭のなかに響いたその声を聞き届け、すくっとサトルが立ち上がった。


「ああ、そうだな。そのとおりだ。そうさ、俺は何を勘違いしていたんだ……」


 悪魔の書の表紙を眺め、どこか遠くを見るような瞳で呟く。


「そうさ、お前の言うとおりだよ。だけどな、こんなことで復讐は終わっていない。だったらこの野郎の分まで連中に上乗せしてやるだけだ。今度は絶対に失敗しないようにな」

『……くくっ、いい表情に戻ったではないか。それでこそ、我が認めた男よ』

「サトル様、私はどこまでもお付き合い致します」

「ああ、ありがとうヘラドンナ」

『それで、さっきまでいたふたりもいないようだが、どこへ行ったかは判っているのか?』


 悪魔の書が尋ねる。確かにシシオとマイの姿が既に見えなくなっていた。ただサメジのようにどこかで死んでしまっているということはなさそうである。


「ああ、奴らがちゃっかり逃げていった方向は見えたからな。だから、今度こそしっかりケジメはつけてやるさ」


 そう口にしたサトルの双眸には、これまで以上の怨嗟の炎が渦巻いていた――




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