第二七二話 復讐の開演
更新再開です。とりあえず一日2話から3話ずつ、切りが良いところまで更新予定。
ただここから続くのはサトル絡みです。ナガレの登場は結構あとになります。
そしてこの先の展開は読み手によって不快に思う場面が多くあります。一応警告は入れる予定ですがご了承いただければと思います。またサトル編を読んでいなかった方の為にナガレ登場時に補足は入れていくつもりですのでどうぞよろしくお願い致します。
カラスに復讐を果たし、アケチの足取りを追ったサトルは、それから間もなくして連中が探索に向かったという英雄の城塁にたどり着いた。
「今のところ、とくに変わった様子はないか――」
今サトルは、レオナードの魔法によって完全に姿を隠蔽し、サトルは木々の隙間から荘厳な城と、その周辺で野営を行う騎士や少女の姿を監視していた。
「……委員長――立川 恵……」
そして鎧姿の少女を見やり、憎々しげに呟く。彼女は、実際はクラスの副委員長だったのだが、委員長のアケチは生徒会長や剣道部の部長なども兼任していた為、実質クラスでは委員長同然ということで、委員長と呼ばれることのほうが多かった。
ショートカットとつり目から勝ち気な印象も与える少女。ただ全体的に見れば見目はかなり良く、クラスでも男子から人気があったほうだ。
そしてサトルにとっては思い入れの強い相手でもある。なぜなら彼女はまだサトルが虐められ始めて間もないころ、唯一クラスでの虐めを問題視し、声を上げた女子だったからだ。
そう、サトルは一度は彼女に庇われた。虐めに積極的に加わるか、見て見ぬふりをするか、そのどちらかでしかなかったような状況で、彼女だけがサトルを本気で助けようとしてくれた、ように思えた。
だが、それもすぐに瓦解することとなる。ある日のこと、サトルはメグミに話しかけた。あまり自分から話しかけたことはなかったが、サトルの事をずっと庇ってくれていた相手だ。
ちゃんとしたお礼の一つも言わないと、とそう考えた。照れくさくもありサトルとしては意を決してといった行動だったのだが――だが、彼女は一旦サトルを無視し、聞こえなかったのかな? と再度声を掛けたサトルに突然怒鳴りだした。
更にその上でサトルをストーカー扱いし彼の前から離れたのである。
わけがわからなかった。なぜ突然そんな事を言うのか? しかもストーカーなんて見に覚えのない濡れ衣を着せるのか――だが、それがきっかけで、結果的にクラスのサトルに対する虐めはより過激になっていった。
ストーカーするような男に容赦などする必要が無いという建前で――
それからメグミがサトルを庇う事は二度となくなった。彼女自身が直接虐めに加わることはなかったが、例えサトルと目があってもすぐに逸し、他の連中と同じ傍観者に成り果てた。
だからこそ、サトルは彼女を許せない。彼女に対しては恨みとは別の感情の方が強かったかもしれない。そう、それは失望。結局はお前も皆と一緒だったのかという幻滅。
だが、それは恨みが全くないというわけではない。むしろここに来てその顔を眼にし、どす黒い感情が芽生えてくるのをサトルは感じていた。
ただ――肝心な連中がいない。そう、サトルが到着した頃には既にアケチやシシオ、サメジ、それに――マイ、このサトルが尤も嫌悪し、憎悪し、殺意渦巻く存在は迷宮探索へと乗り出してしまっていた。
直接見たわけではないが、状況を見ればそれぐらいは判る。カラスからも話を聞いていたし、メグミや何人かの騎士がここに留まり野営する意味がない。
恐らく残っている連中は見張り役みたいなものなのだろう。アケチ達が迷宮攻略に挑んでいる間、余計な邪魔が入らないようにしているのかもしれない。
尤も――連中の練度はそこまで高くはない。あの中で一番の実力者は間違いなくメグミだ。だが、その彼女でさえレベルは91程度。
称号は魔法剣士でスキルにも魔法剣がある。他にも相手の放った魔法を切る魔法切断や精神統一というステータス向上系のスキルも持っている。
だが、サトルからしてみたらそんなもの何の脅威にもなりえない。そして他の騎士もLV40~42程度。勿論これとて普通に考えれば十分過ぎるほどの戦力なのだが、ほぼ全ての悪魔を使役できるようになったサトルにとっては烏合の衆といって差し支えない程度の戦力である。
『サトル様、聞こえますか?』
そんなことを考えながら連中を観察していると、サトルの横に生えていた植物の蕾が開き、花弁からヘラドンナの声が聞こえてきた。
これはヘラドンナの植えた悪魔の植物の一つで、コエトドキ草だ。これを植えておくと遠方から対となる側を使用し声を届けることが出来る。
つまり、今ヘラドンナはこの場にはいない。一体アケチ達がどの程度まで攻略を進めているかを調査してもらうため、先ずは彼女に迷宮内に忍び込んでもらったからだ。
勿論外で野営しているメグミや騎士達にも気づかれていない。序列二二二位の悪魔、アークミストも同伴させているからだ。
これは纏った相手を周囲から目立たなくさせることの出来る悪魔だ。ただ、それでも気配察知能力に長けた相手がいると気づかれてしまうが、先にカラスを殺していたことが幸いした。
メグミにしろ他の騎士にしろそこまで気配察知に長けた相手はいなかったからである。
『サトル様、調べた限りですが、恐らくアケチはこの迷宮の半分程度は踏破してるかと思われます。どう致しますか?』
サトルがヘラドンナに調査に向かわせたのは、待ち伏せに徹するか、それともこちらから迷宮に乗り込み仕掛けるかの判断材料とするためだ。
だが、これは中々の迷いどころでもある。ただ――当然迷宮で手に入るアイテム如何では思わぬ苦戦を強いられてしまう可能性もある。
特に古代迷宮に眠るとされるオーパーツには強力な力を秘めたものも多いと聞く。
そう考えると、ここでじっと黙って待っているのは得策ではないだろう。
「……判ったヘラドンナ、今から急いでそっちへ向かう。ヘラドンナは一旦そこで身を潜めて俺が到着するまで待っていてくれ」
『宜しいのですか? まだ調査を進めることもできますが?』
「そうは言っても古代迷宮は危険な罠も多いと聞くしな。勿論ヘラドンナの腕は信用しているが万が一ということもある」
『サトル様、私のことをそこまで――』
……なんだろうか? とサトルは考える。彼は単純に戦力としての痛手を考えてのことなのだが――何せ悪魔は例え死んでも悪魔の書に戻るだけだから魔力さえあれば何度でも呼び出せる。
ただ、ヘラドンナクラスであるなら、一度悪魔の書に戻ってしまうと再召喚までに多少の時間が必要である。
そう考えて待機を命じておいたにすぎない、とサトルは考えるが、ただ、身の回りのことについても色々と世話になっているのは確かである。
そう考えると悪魔の中でもヘラドンナは少々変わっているとも言えるだろう。命じなくても自分から進んで料理などを作ってくれるのは彼女ぐらいなものだ。
(そう考えると、単純に死なせたくないというのもあるのだろうか――)
勿論そこに恋愛的感情が芽生えているなどと言った甘ったるいものではない。むしろサトルには今そんなことを考えている余裕などない。
ただ、だからといって戦力としてだけの悪魔とも見れなくなっているのも事実なのだろう。尤もサトル自身、その変化には気づいていないであろうが。
「とにかく、今から行くから待っててくれ。出来るだけ急ぐ」
『判りました。それではここまでの地図を送ります。いつまでもお待ちしておりますので』
そして交信は切れた。同時に周囲の種々が集まり繊維となってついに一つの地図と化した。ヘラドンナの魔法である。
ヘラドンナは植物を扱う魔法に関しては一級品だ。出来上がった地図も正確そのものであり、役立つことは間違いない。
「さて、いよいよだな――」
どこか寂しそうな表情を見せるユニーをひとなでし、サトルはいよいよ準備に取り掛かった。
流石にユニコーンは迷宮の中にまで連れていけないのでここで待機していて貰うことになる。勿論誰かに襲われたりすることがないよう、アークミストで覆わせるのを忘れない。そしてサトルは改めてその手に悪魔の書を現出させ、彼女たちに戦わせる悪魔を選出する――
「カラスもアイカも、一体どうしたって言うのよ――」
胸の前で腕を組む様にし、メグミはイライラした面立ちで親指の爪を噛んだ。
突然の大量の魔物の襲撃。それにカラスは例のクラスメートを次々と殺している相手の存在を示唆した。
そしてカラスはアイカを連れて、襲撃者の正体を掴むためと飛び出していったのだが――それから全く戻ってくる気配がないのである。
幸い魔物はそこまで強力な相手もいなかった為、カラスとアイカを除けば誰一人欠けることなく、魔物を殲滅させるに至ったのだが――
しかし肝心のアイカとカラスがいないまま朝が来て、更に次の夜が訪れてしまっている。
勿論メグミもただボーっと待っていたわけではなく、他の騎士とも相談し、何組かで別れて周辺を捜索したりもしたのだが、ふたりの姿は一向に見つかることはなかった。
騎士の中にはもしかして魔物や襲撃者にやられてしまったのでは? と口にする者もいたが、メグミにはとても信じられなかった。
なぜならカラスの実力はあれでかなり高い方だからである。常にシシオの影に身を潜め、自ら戦闘に出向くことなどあまりないカラスであったが、そのスキルが優秀であることは確かであった。
だが、そう考えると、あのときのカラスの行動はやはりおかしいと思うメグミでもある。あのカラスが積極的に皆のためだけに動くとは思えなかったからだ。
「あいつ、まさか、アイカを連れ去るためにわざと?」
ぎりりと唇を噛みしめる。そしてそれは十分にありえることでもあった。召喚される前のアイカの事を考えれば、カラスが何を狙っているのかぐらい想像はついたはずだ。
だけど、メグミはその可能性を考えることが出来なかった。カラスがアイカをつれていってしまったというのに、この状況でそんな筈はないと目を逸らした。それはある意味でいいわけだ。
――これじゃあ、私は何も変わってないじゃないか、そうメグミは悔やむ。メグミは自分が卑怯な人間だと判っている。
アイカのことだってサトルのことだって、彼女には判っていた。だけどそれでも何もできなかった。その結果サトルはあんな事を――
アケチは、所詮サトルはそういう思考の持ち主だったんだよ、などと言っていたがメグミには信じられなかった。だが、自分に出来ることなんてあるわけがなかった。結局サトルにしろアイカにしろメグミが見捨てたことに変わりはないのだ。
そしてだからこそ、メグミはこの世界にきてせめてアイカは守ってやりたいと思った。だからこそ先ずメグミはアイカに頭を下げた。
許されることではないかもしれないけど、決して許してはくれないかもしれないけど、それでも彼女は頭を下げた――だけどアイカは、笑って許してくれた。
そしてそれからメグミは今度こそアイカを守ってやろうと硬く誓った。
だけど、その誓いをこうもあっさり破ることになるとは。
「あの能力なら簡単に死ぬようなことはないと思うけど、でもそういう問題じゃない……」
城でアイカとクラスの女子との諍いから、間に入って守ってあげたりしたこともあり、アイカもかなりメグミに心を許していた。
彼女のその能力の事を知ったのも、そういった背景からアイカが気を許してくれたのが大きいだろう。
だけど、メグミはそれを他の相手には絶対話さないよう伝えてある。そうでなければ――あの陸海空などいったい何をしでかすか判ったものでは無かったからだ。
(とにかく、アイカを見つけないと)
そう考えるが、今残されたメンバーで尤も索敵能力に長けていたのがカラスだというのが皮肉な話である。
魔法剣士のメグミが扱えるのは攻撃系がメインであり、下手な冒険者よりは気配に敏感な自信はあるが、それでも斥候能力に長けた相手となるととても自信は持てない。
他の騎士とて似たようなものだろう。
「こうなったら……少しずつ捜索範囲を広げていくしかないか――」
本来なら自分一人でも飛び出していきたい気持ちも強いが、流石にそれでは他の騎士に申し訳が立たない。メグミは委員長と呼ばれるだけあって、そのへんは律儀であった。
ならばやはり交代で根気よく捜索を続けるほかないだろう。
だが――メグミのその思いは、騎士の慌てふためいた声であえなく砕かれることとなる。
「た、大変だ! 化物が! 化物があらわれたぞ!」




