番外編 ナガレ九歳
番外編です文字数はいつもより多めです。
「なにを読んでるの~?」
目がぱっちりとしたツインテールの少女。そんな女の子が愛らしい声で少年に尋ねる。
教室で一人読書にふける少年だ。まるで烏の濡羽色のような艶やかな漆黒の髪を有す少年で男でも女でも魅了してしまうような不思議な魅力を秘めた少年でもあった。
上背は小柄だが端正な顔立ちで、全てを見透かすような怜悧な瞳を備えた少年であり、同年代とは思えない至極落ち着いた雰囲気を滲ませた少年である。
「今読んでるのは合気道探偵かな」
「合気道探偵!? なにそれ!」
「ミステリーですね」
「あ、うん、それはなんとなくわかるよナガレくん……」
まじまじとナガレの顔と読んでいる小説を交互にみやりながら少女が言う。
神薙 流――それが少年の名前だ。
「そ、それってどんなおはなしなの~?」
「うん、とある合気道家が次々と起きる難事件を合気で推理していくお話でね。合気と推理を組み合わせた傑作ですよ」
「そうなんだ、合気ってなんか凄いんだね」
少女が感心したように言う。しかし何故合気なのかは謎のままだ。
「おい、ナガレ~なに一人で本なんか読んでかっこつけてるんだよ~」
「別に格好をつけてるつもりはありませんが、それに貴方も読んでたではありませんか? Re:ラブるでしたか? 異世界に迷い込んだ少年がちょっとエッチなハプニングに合う度に時がまきもど――」
「うわあああぁああああああ!」
中々に恰幅の良い少年が吠えるように叫んでナガレを押さえつけようとした。どうやら少女の前でそれをバラされそうになったのが恥ずかしかったようである。
しかし思春期の少年であればちょっとエッチな漫画などをついつい読んでしまうのも仕方ないだろう。
とはいえ、突然ナガレに突撃する少年に、近くで見ていた少女は驚きに目を丸くさせるが、それよりなによりナガレより圧倒的に体格の良い少年が回転して反対側に着地していたことに更に驚いていた。
勿論驚いたのは回転させられて着地した少年もだ。足からな上、ふんわりと反対側に着地させられたので全く怪我はないが。
「……突然大声を上げてどうしたのですか?」
「そこ!? いや、今何かもっと凄いものを見た気がするんだけど!」
驚嘆する少女である。軽く肩を動かすだけで体格の良い少年が一回転したのだから当然だろう。
尤もナガレからしてみれば大したことではないようだが。
「と、とにかく! 俺、俺知ってるもんね!」
「知ってるとは?」
「お、お前の家インチキ道場なんだろ? か、かみかみうふんあんあんじゅくじゅくとかいう!」
「神薙流合気柔術ですね」
少年はかなりずれた間違い方をしているがナガレは冷静だった。
「そ、それだよ! 兄ちゃんがいってたんだぞ! あんきもとあんあんじゅくじゅくは違うって! それなのに一緒だなんておかしいって」
「合気道と合気柔術が一緒なのがおかしいと言いたいのでしょうか?」
「ふとしくんの間違い方がすごすぎるわ」
少女が呆れた目でツッコミ、うぐぅ! とふとしが呻いた。
「と、とにかくおかしいんだろ! 変なんだろ?」
「そうですね。確かに一般的には別物とされます。ですが神薙流は合気を極める為の合気道でもあり、剛と対極の位置に当たる柔でもあります。尤も元々は一つの流派でもあったようですが――とにかくそれ故の合気道であり合気柔術なのですよ」
「……よ、よくわからないけどさ~!」
「それよりも、誰かの気を引きたいと思うのであれば相手を貶めようとするのは逆効果ですよ。それより自分の自信のあることで関心を抱かせた方がいいでしょう。例えばふとしくんがこの間、町内の少年相撲大会で優勝したこととかね」
「ふぁ!? な、なんでお前がそれを~」
「え? ふとしくん相撲大会で優勝したの?」
それを聞いていた少女が興味ありげにふとしに尋ねた。しかしふとしは顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうである。
「どうしたの? 凄いじゃない相撲大会優勝なんて!」
「え? で、でも女の子ってこういうの嫌いだろ? 相撲なんて……」
「そんなことないよ! うちはおじいちゃんも私もお相撲大好きだよ~お話聞きたいな~」
「え? そ、そうなの? えへへ、しょ、しょうがないな~」
こうしてツインテールの少女の興味はふとしくんに移動し、ふとしくんも口では、仕方ないな全くなどといいながら顔がデレデレである。
その様子を笑顔で見送るナガレであるが。
「あ、ちょっと待ってて。そ、その悪かったよ。俺つい」
「いいのですよ。気にしてませんから」
「ナガレ! いいやつだな! バカにした兄貴は帰ったら上手投げしておくよ!」
少女にことわりナガレに謝ってくる少年。どうやら根はいい子なようだ。ただ好きな子がナガレと話しているのにヤキモチを焼いただけなのだろう。
「お~いナガレ~帰りサッカーしてこうぜ!」
「サッカーですか?」
ふとしくんとの話も終わり再び合気道探偵を読み始めるナガレ、丁度探偵が合気トリックを見破るところだったのだが、そこで別のクラスメートから声が掛かった。
「え? ナガレくんってサッカーするの?」
「たしなむ程度ですけどね」
すると、今度はオカッパ頭の少女が意外そうに声を上げた。くりくりっとした瞳の可愛らしい少女だ。このクラスは全体的に女の子のレベルが高い。
「たしなむ? よくわからないけどナガレは凄いよ! 昨日だって高校生相手に一〇〇回ハットトリック決めたんだぜ!」
つまり一人で三〇〇点とったということである。
「すご~い、でも高校生とどうして?」
「それが俺たちがサッカーしてたらさ、高校生の兄ちゃん達が乱入してきて下手くそなくせに生意気だー! とか突っかかってきたんだよ」
「なにそれ怖い!」
「でもさ、そこにナガレが通りがかってさ、結局試合で負けたら向こうが土下座して謝るって話になったんだけど、結局ナガレがキーパーやってくれて一点もとらせず三〇〇点とっちゃたんだよ!」
「え? き、キーパーで三〇〇点もとっちゃったの?」
「流石にあれは僕も大人げなかったなと反省してます」
「あ、うん、ナガレくん子供だよね?」
「しかもさ! 相手の高校生、サッカーの全国大会で優勝しちゃうような強豪校のレギュラーだったんだぜ! プロからスカウト来てたのもいるらしいけど、それから三〇〇点とるなんて凄いよ!」
「た、確かに凄いね。ナガレくんもだけど、ある意味相手の高校生が」
確かに正直かなり痛々しい。そして小学生一人にこてんぱんにされたことで、すっかり自信をなくしプロ入りも諦めたようだ。
「だからさ! 帰りにサッカーしようぜ!」
「待てよ! ナガレは俺達と野球するんだよ!」
「ナガレくん野球も出来るの?」
「たしなむていどですが」
「たしな? よくわかんないけどナガレは凄いんだよ!」
「あれ? 何か今同じような話を聞いたような……?」
少女の思ったようにやはり野球でもかなりの活躍をみせたナガレである。とはいってもこちらは少年の従兄弟が日本ベーコンウォリアーズ通称日ベンの選手で、スランプで二軍落ちしていたのをナガレの指摘でフォームが改善され、見事一軍に復帰し今も大活躍だということと、ナガレが投げたら一球目で球が消滅(耐えきれず)、加減した二球目で二〇〇kmを観測した程度の話だが。
「だからナガレ、今日は一緒に野球やろうぜ!」
「ちょっと待ってよ! 今日はナガレくんに新作のドラゴンファンタジアC・アイキ!でわからないところ教えてもらおうと思ったんだよ僕!」
「え!? ドラゴンファンタジア!」
ドラゴンファンタジアは家庭用ゲーム機において高いシェアを誇る人気RPGである。そして通算一〇〇作目にあたるドラゴンファンタジアC・アイキ!は、満を持して搭載されたアイキシステムが話題となった最新作でもある。
「ナガレくんってゲームもやるんだね」
「たしなむていどですけどね」
「たしな……?」
「もうそれはいいよ! でも、あれって最近発売されたばかりなのにもうクリアーしたんだね~」
「それが凄いんだよ。ナガレくんは三時間でクリアーしちゃったんだから!」
「え? 三時間!? 早すぎない!?」
「それが、あいき? とかで三時間でも三〇〇〇時間と一緒とかなんとか?」
「なにそれ頭が沸騰しそうだよ!」
しかし事実なのだから仕方がなかったりする。それが合気というものだ。そしてナガレは結構やり込むタイプだ。
「それでさ、僕も頑張って完全クリアーを目指してるんだけど、どうしても隠しボスのアイキ神が倒せないんだ」
「アイキ神!? なにそれ!」
「最後のボスを倒した後に出現する隠しダンジョン、アイキの迷宮を突破した先にいるシークレットアイキですね。あれはタイミングよくそれでいてリズミカルにアイキを発動させつづけないといけないので確かに難しいかもしれません」
「アイキ率高すぎ!」
「そうなんだよ~だからナガレくん今日は僕とゲームしようよ! そして一緒にアイキ神を倒そう!」
「ちょっと待ってくれよ! 今日はナガレに俺の相撲をみてもらいたいんだ! さっきのお詫びに!」
「おまちなさい! ナガレ様は今夜私のお城の舞踏会に招待する予定ですわ! 勝手なことは言わないで頂きたいですわね!」
「ナガレ、俺の落語をみてやってくれ!」
「今日は私と競技用かるたについて語り明かすんだから!」
「セパタクローしようぜ!」
「何か凄いよ! それにおかしなのが混じってる気がするよ」
『ナガレ今日は俺(私)と遊ぼう!』
そして多くの学友から申し込まれるナガレ。しかし小学生のナガレにこの中から一つを選べとは中々酷な話だ。
これでは断られたほうがどうしても嫌な思いをしてしまう。密かにおかっぱ頭の少女も遺伝子組換えなしの青バラの研究に誘っていたりするが――そんな中ナガレの答えは。
「わかりました、全部やりましょう」
『全部ーーーーーーーー!』
そうナガレにとってはわざわざどれかひとつだけを選ぶなんて選択肢はありえない。やりたいことはとりあえずやってみるナガレである。だからこそこの答えは全員に付き合いすべてやる、これしかないのである。しかも全て同時にだ。
しかし、これは一見馬鹿にしているような回答でもあるのだが――
『まあ、ナガレなら大丈夫か~』
しかし全員思ったよりもあっさりと納得するのだった。
そして昼休みも終わりあっというまに帰りのホームルームの時間がやってきたわけだが。
「あ~それでは皆帰りは気をつけて帰るように。といってもナガレがいればそんな心配はいらないかあっはっは」
「先生がその発言はどうかと思いますが……」
クラスの女子が呆れたように述べる。だが、その時であった、突如教室が揺れ、全員がざわつく。
「え? なにこれ地震!?」
「みんな机の下に――」
先生が皆に注意を呼びかけようとするが、揺れはすぐに収まり全員が安堵した表情を見せる。
だが、ナガレだけは険しい表情を見せていた。
「お~結構揺れたな~皆無事か? まあ、うちにはナガレがいるからいざとなればなんとかしてもらえるけどな。あっはっは!」
全員のジト目の視線が担任に突き刺さるが、本人は全く気にしていないようである。
だが――
『は~い皆さん私の声聞こえるかな~?』
「え? なにこれ校内放送?」
「え~でもなんか直接頭のなかに声が聞こえてくるよ~」
『そうで~す、はい、皆さん落ち着いてね。説明はこれからするからね』
「な、なにーーーー! なんだこれは! まるで先生の大好きな異世界系俺ツエー小説みたいな展開じゃないか!」
先生のテンションが上った。だが、同時に生徒からの人望がだだ下がりだ。
『ではまず私のことについて説明しますよ~私は君たちが異世界と呼んでいる』
「アットランテースの神が一体なんの御用で?」
『……はい?』
「え? ナガレくん、知ってるの?」
「知ってるのかナガレ!」
「知ってるというかなんとなくわかりました。この声は異世界の天界からですね」
『異世界ーーーー!?』
クラスメート達の声が揃った。そこに何故か先生も含まれている。
「異世界というとアレか? 転生したり召喚されたりしてチートとハーレムか! 凄いじゃないか!」
目をキラキラさせて喜びの声を上げた、先生が。
『……ふふっ、私のことを知っているのがいたのは驚きだな。まあ、そっちの世界ではわりとありがちなようだけど、そのとおりだ! これから君たちには異世界にきてもらう。勿論そこの先生とやら(なんでこいつが一番喜んでるんだ?)が言うようにチートも授けよう。どうだ悪い話ではないだろ?』
「え~でも親が心配しちゃうよ~」
「でもチートとかちょっと興味あるかも」
「そうだよな、だって魔王とか倒せるんだぜ! かっこいいじゃん!」
「素敵な王子様とかいるかな~」
「あっはっは! 凄いじゃないか。これはもう異世界にいくしかないな! お前たちも異論はないよな!」
「先生はもう少し冷静になってください」
一番ノリノリな先生にナガレが突っ込んだ。流石に教師がこれはどうなんだ? という思いもあることだろう。
「それに、神とやら、貴方はさっきからメリットばかりで肝心のデメリットを話してませんよね?」
『ギクッ! な、何を言っているのだ! デメリットなどあるわけないだろ!』
「いや、今ギクッと言ってたよね?」
そう確かに言っていた。小学生の少女にもわかるぐらいはっきりと。
『き、気のせいだ! あったとしても些細なことだ!』
「異世界に召喚されると同時に奴隷化されることと、そもそも召喚した者の三分の二は死ぬような過酷な環境が些細なことですか?」
『…………』
途端に声が途切れ沈黙が訪れる。それはナガレの言っている事を肯定しているに他ならなかった。
「な、なんだよそれ詐欺じゃん!」
「そうだよ! 大体奴隷って何よ!」
「そうだよ! とりあえず奴隷ってそもそもなんなのかから教えろよ~食い物なのか?」
「うん、ふとしくんはちょっと黙ってて」
「そ、そんな、いや、でもちょっとまてよ、それはつまりこの俺だけが奴隷にならずに最強のチートを手に入れて異世界で無双&ハーレムのフラグなのでは?」
「先生、そんなことは絶対にありませんので安心してください」
ナガレがはっきりと断言すると先生はむしろがっかりした。
「とにかく、嘘をついて異世界に召喚しようなどと考える神を信じる訳にはいきませんね」
『ふん、勘のいい餓鬼は嫌いだよ。生意気なやつだ。だけどな! 拒否権はないんだよ! 無理矢理でもこっちに来てもらうぞ!』
「嫌だと言ったら?」
『転送!』
ナガレの問いかけへの答えは異世界からの珍客で成された。
「グウォォオォォオォォオオ!」
『キャ、キャーーーーーー!』
突如教室内に魔法陣が浮かび上がり、かと思えば頭に角の生えた鬼が姿を見せた。
その凶悪な様相に女子からは悲鳴が上がり、男子も腰を抜かし、教師は――漏らした!
「お、お前たち、この俺が、生徒は俺、が……」
「あんた説得力なさすぎ!」
「おとうちゃーーーーん!」
『ははっ、どうだ? わかったか? もしお前らが言うことをきかないならそのオーガに――』
「グボォオォオ!」
『……へ?』
しかし、ナガレくん危ないよ! という女子の警告にも安心感のある笑顔で応じ、かと思えばつかつかとオーガの前に歩み寄ったナガレがあっさりと化物の頭を床に叩きつけた。
一瞬の沈黙――異世界の神すらも言葉を失った。何せ九歳の幼い子どもが、二メートルを軽くこえた筋骨隆々のオーガをいともたやすく倒したのである。
しかもオーガはその一撃で青い粒子となり完全に消え去ってしまった。
「ふむ、変わった構造ですね。死体が残らないのは楽でいいですが」
『な、なんだ、なんなんだおまえは! は? 一体何をした! なんでチートも授かってないような餓鬼が!』
「何をしたかと言えば合気ですが、とにかく――僕はこれから皆とサッカーをして野球をしてゲームをして、相撲もしてお城の舞踏会に参加して、落語を見て、競技用かるたについて語り明かし、セパタクローをしてから天然の青バラについて研究し、道場で修業もしなければいけないので、こんな茶番に付き合ってる暇はないのです」
「ナガレ、お前凄いな!」
教師が驚嘆した今更だが。
「それに合気道探偵も丁度いま犯人を合気で追い詰めていていいところなのです。僕は読書を邪魔されるのは好みません」
『くっ! わけのわからないことを! 大体私は神だぞ! もっと敬うものだろ!』
「いたいけな小学生を騙して異世界に連れていき、更に奴隷にまでおとそうとする神など敬う必要はありませんね」
ナガレ、小学生にして中々の正論である。
『愚か者が! おい貴様!』
「え? 俺?」
どうやら強い念が先生の頭に響いたようで、かなり驚いている様子だ。
『そうだ、貴様、この中で一番偉いのだろう? ならばこの餓鬼どもに命じるのだ! 素直に召喚に従えと!』
「俺が、子供たちに……」
『そうだ、何をグズグズしている! 早くするのだ! そうすれば、貴様のいう理想のチートを授けてやろう。お前だけ奴隷ではなく神の使徒としてやってもいい。そうすれば召喚後の幸せな生活が約束されたようなものだぞ?』
「理想のチート……幸せな生活――」
「せ、先生……」
子供たちが不安の声を漏らす。そして先生は俯き加減に考え込むが。
「だ、だが断る!」
『何?』
「お、俺は教師だ! 生徒を危険と判ってる場所に送り込むなんて出来るわけがない!」
『せ、せんせ~~~~い』
生徒たちがうるうるとした目で先生を見ていた。下がっていた株も急上昇であることだろう。
『そうか、なら死ね』
「ぎゃあああぁあああぁ!」
「せ、先生ーーーー!」
「キャーーーー!」
しかし異世界の神は無慈悲であった。なんともあっさりとその言葉を吐き出し、白い火柱が勇気ある先生を包み込み、その口から悲鳴が漏れ続ける。
「ぎゃあああぁああああぁあ」
『ふん、私に逆らうからこうなるのだ。お前たちも――』
「あああぁあああぁあああ」
『て、長いな! いつまで叫んでるんだ! とっくに――』
「先生、大丈夫ですよ。合気で包んでますから熱いのは気のせいです」
「ふぁあぁあぁあ、て、え?」
先生、確かに派手に悲鳴を上げてはいたが、よく見ると火傷どころか、着ているジャージにも全く影響が出ていない。なんなら白い炎に包まれているにも関わらずどんどん綺麗になっていってるぐらいだ。
「ほ、本当だ全然熱くない……え? もしかして実は大したことないとか?」
「いえ、一億度ぐらい出てると思うので大したことはあると思いますよ」
「なにそれ怖い! なんで平気なの!」
『そうだ! なんで平気なんだ!』
「合気、だからですかね?」
「あ、うん、ずっと思ってたんだけどナガレのその合気って一体なんなの?」
「合気は合気ですね。では、返しますよ」
『は? かえ――ギャアアァアアァアア!』
今度は神の絶叫が教室内にこだました。先生を包んでいた白い火柱は瞬時に消え去ったので、まさにナガレが相手に攻撃を返したのだろう。
『が、こ、この私にこのような真似を……』
「結構がんばりますね」
『黙れ! こうなったらもう貴様らの世界などどうなっても構うものか!』
「グウウォオォオォォオオオォオオオ!」
その瞬間、今度は教室の窓の外から大地を揺るがし空を割るほどの咆哮が聞こえてくる。
何事かと全員が窓から身体を乗り出すようにして空を見上げる。
するとそこには彼らが通う学校の数十倍はありそうな程の巨体を誇る竜が出現し、地上を俯瞰していた。
『そいつはこっちの世界では最凶とも謳われる、闇のダークネスダークドラゴンだ!』
「へ、変な名前だけどいかにも強そうだ!」
「こ、これは流石にまずいんじゃ?」
『ははっ、今更後悔しても遅いぞ! お前たちが召喚されることを拒むのが悪いのだぞ! これが現れたら貴様らの世界は終わりだ、お前たちが素直に召喚に応じないから、お前らのせいで家族も! 恋人も! 全てが死ぬ! 世界が崩壊するのもお前たちのせいだ!』
「そ、そんな、僕達のせいで……」
「ふぇぇぇん、ママ~パパ~」
「こ、こうなったらやっぱり神様のいうことを聞いて――」
途端に子供たちがわんわんと泣き出し、先生が苦渋の決断を下しそうな表情、だが――
「これで世界が崩壊? 本気ですか? 全然大したことないのですが――」
『……へ?』
神の声に一度は絶望しかけた生徒たちであったが、彼の声にはっと気が付き空を再び見上げてみれば、ナガレが闇のダークネスダークドラゴンの首根っこを掴んでブンブンっと振り回しているところであった。
そのあまりの様子に唖然となる生徒たち、というよりは学校中がといっても良いが――とにかくあまりの出来事に異世界の神ですら言葉を失っている。
とはいえ――実際にナガレが首根っこを掴んでるわけでは当然ない。手の大きさと首の太さが全くあわないのにそれは不可能だからだ。
つまりこれは、竜がナガレを排除しようとした力を利用し、体重移動と合気によって振り回しているように見えているに他ならない。どちらにしろ送りこまれたダークネスダークドラゴンからしてみれば災難以外の何物でもないが。
「これも返しますね」
『へ? ギャアアァアアアアァア!』
また悲鳴が聞こえた。今度は何かに押しつぶされたような音つきでだ。そしてナガレが投げ飛ばしたダークネスダークドラゴンもいつの間にか消えている。つまり、明らかに自らが送り込んだ竜に押しつぶされた音であろうが。
『い、一体なんなのだお前は? ぐぅ、いたい……』
「ただの小学生合気道家ですよ。それよりもまだ続けますか? つづけるというならもう容赦はしませんが――」
その瞬間、かなりの合気を異世界の神に向けて放つナガレである。それは下手な殺気よりも遥かに威圧感のあるものであり――
『ヒッ! わ、わかった! も、もうお前たちの世界には二度とちょっかいを出さない! だから、ゆ、許してくれ~~~~!』
こうして――神の声は二度と聞こえなくなった。
そしてナガレが教室に戻ると全員が歓喜の声を上げてナガレをたたえてくれたという。
そしてナガレは――約束通りその日の内にサッカーと野球とゲームと相撲とお城の舞踏会と落語と競技用かるたとセパタクローと天然の青バラの研究と合気の修行を同時にこなすのであった。
――ナガレ一五歳のある日の事。
「キャー! 何か地面に魔法陣が現れたわ!」
「な、なんだよこれマジック?」
「すげー光ってる! なんかやばくね?」
「異世界召喚キターーーー! クラス転移でチートで最強ヒョッホーーーー!」
それはその日の午後の授業中のことであった。床一面に広がる突然の魔法陣に思い思いの声を上げる生徒たち。先生も唖然としてただ見守るしかできなかったが。
――パァアアアァアアァアン……。
そんな破裂音と同時に床一面に広がっていた魔法陣が完全に消え去っていた。
(またですか、やれやれ――)
そして皆と同じように授業を受けていたナガレは、まるで落とした消しゴムでも拾うかのような何気ない仕草で床に触れ、異世界からの召喚魔法を完全に破棄してしまっていた。
「な、ナガレくん! いま、確かに魔法陣が浮かび上げってたよね? これ異世界召喚されるあれだよね!」
「いえ、気のせいだと思いますよ」
「え? でも確かに」
「気のせいですよ」
人懐っこい笑みを浮かべその言葉を繰り返すと、クラスの皆もナガレが言うなら気のせいなんだろと納得し――結局いつもと変わらない日常を送りつづけることとなるのであった……。
というわけで、小学生のナガレをメインで書いてみました。
ちなみに九歳と一五歳では召喚されかけた世界は別です。
そしてこういった経験から、いずれ異世界にいくこともあるかもしれないと手紙を書いて持ち歩いていたわけです(笑)
余談ですがふとしくんはこの時のことがきっかけで後に横綱になることが出来ました。




