第二十七話 謎の女ビッチェ
「ふむ、これはまた心惹かれる光景ではありますが」
目の前に聳え立つふたつの山を目にした後、ナガレは首を擡げ、その顔をみやった。
「さて、どちら様でしょうか?」
誰何するナガレの顔に左右から包み込むように手を添え身を屈めるは、褐色の肌を有し妙な色気を漂わせた女性である。
サイドは耳に掛かるぐらい、後ろは項が覗けるぐらいまで伸ばした銀髪を湛え、形の良い細眉も銀、更に男心を擽るようなアーモンドアイもその虹彩はシルバーであり、その分褐色の肌がやけに映える。
この場にいる以上、恐らく彼女も冒険者なのであろうことはナガレにも理解出来たが、にしてもその出で立ちは中々に刺激的だ。
何せこの女、身を隠す銀色の布地は、面積が極限まで抑えられており、つまり露出度が異常に高い。
面積のやたら狭いビキニスタイルといったところである。
臀部などはTバックみたいなものであり、当然そのラインなど丸わかりだ。
はっきり言えば裸とほぼ変わらないが、むしろこれは裸より刺激的とも言えそうであり、弓使いのカイルの鼻下には既に赤い河川が出来上がっている。
とはいえ、今にも唇が触れそうな距離まで顔が近づいているこの状況、少々憚られる。
なので、改めて、あの――と、声を発すナガレだが。
「……貴方、面白い」
「私がですか? ふむ、ですが貴女も中々に変わっていると思いますが」
ナガレが含みを込めてそう返答すると、小悪魔的な笑みを浮かべ……うふっ、と発し今度は片手をナガレの袴へと滑らしていくが――
「ちょ! ちょ、なにしてるのよあんた!」
ピーチが無理やり押しのけるようにして、二人の間に割って入った。
それにより、彼女の靭やかな腕が離れ、どこか残念そうな表情を見せる。
「……貴女、だれ?」
「それはこっちの台詞よ! 突然一体誰なのよあんた!」
何故かナガレを守るようにしながら、ピーチが声を張り上げた。
「……私はビッチェ」
「わ、私はナガレとパーティーを組んでいるピーチよ!」
何故か張り合うように自己紹介し、更にどういうわけか自己のたわわに実ったそれを主張するが如く、胸を張って見せるピーチ。
「おお! これは両方共素晴らしい大きさ!」
「……ちょっとカイル――」
鼻血を垂らしながら興奮した口調で述べる彼を、軽蔑したような顔で咎めるローザ。
そしてピーチとビッチュ、このふたり胸の大きさに関して言えば甲乙つけがたい、が、しかしやはりビッチュの方が一回りほど勝利しているようである。
「……貴女が、彼の――ふ~ん」
どことなく挑発するような笑みを浮かべ、そしてすっと立ち上がる。
「……とても、楽しみ」
かと思えばそう呟き、そして踵を返すが。
「待てよ!」
そこへ、フレムが語気を強め呼び止める。
「……テメェ、一体なにもんだ?」
「……ビッチェ」
「いや、そういう事言ってんじゃねぇよ!」
前のめりになり突っ込むフレムだが、彼女は彼には興味なしといった様相で、馬車の端に身を寄せ――すぅ、すぅ、と一秒待たずして寝息を立て始めてしまった。
「な、なんなのよあれ……」
呆気にとられた様子で呟くピーチ。他の冒険者からも、誰だ一体あの女? などの声が囁かれ始める。
そんな中、フレムだけは唇を噛みしめ、なんなんだ、と悔しそうに呟いていた。
その様子にナガレは、口はともかく実力はそれなりのようですね、と考えを巡らせる。
何せ、今、寝息を立てているこのビッチェという女冒険者。
その力量は明らかにBランクのソレとは違っていた。
なぜなら、ナガレの近くに来て一言を発すその瞬間まで、ナガレ以外その存在に気づきもしていなかったからである。
これだけの美貌と、男の目を釘付けにして離さないであろう扇情的な肉体――普通であれば例え同じ女であっても、ついつい見てしまうようなそんな存在でありながら、彼女は気配を完全に断ち、まるで空気のようにそこに居続けていたのである。
その異様さにフレムは感づき、その正体を問うたのだ。
しかし、そんな女が何故ナガレに近づいてきたのか、そして何故袴に手を忍ばせる振りをしながら、ナガレの魔法の袋を奪いに来たのか――
いや、愚問である。それについて当然ナガレは看破している。
勿論袋を奪おうとしたのは隙をついて盗むため、などではなく、それをナガレが気がつくかを試すため――これは気配を断っていたのもある意味で同じ理由だろう。
(中々面白い事になりそうですね)
そんな事を考えながらビッチュを一瞥するナガレ。
すると、何故かピーチが頬を膨らませてそっぽを向いた。
「ナガレ、あぁいうなんかエッチぃのが好きなんだ。そうなんだ!」
「……はぁ、確かに男であれば、中々そそられる女性ではありますよね」
特に意味のある台詞ではなかったのだが、その言葉でますますピーチの機嫌は悪くなる。
ナガレ カミナギ、壱を知り満を知る男――だが女心には存外鈍い男でもあるのだった。
「今日はここで野宿となります。近くには川の他、森を少し進むとちょっとした泉もありますので――」
御者の声に合わせて、一旦馬車内の冒険者達がぞろぞろと外に降りていく。
何せ幌馬車の中は固い板の上、しかも街道を走っているとはいえ、やはりそれなりに揺れる馬車の中だ。
長時間の道程は腰を痛める要因にもなる。だからこそ、寧ろ外に出られるのはありがたいといったところなのだろう。
尤もナガレに関して言えば、腰を痛める心配などは不要であるが。
今回野宿を決めたというこの辺りは、野生の獣と魔物とが混在する森の一郭だ。
森のなかを流れる川辺が、馬車や馬を休めるのに調度良いのでそこを利用している。
ただ、魔物と言っても脅威となるものは殆どいない。獣形が主であり、角を生やした兎タイプのホーンラビットや野生の狼より一回りほど大きく、毛並が灰色のアッシェヴォルフなど、Cランク程度でも問題とならないのが多く、比率としても魔物よりは野生の獣のほうが多い。
「う~ん、外の空気が美味しいわねナガレ!」
途中、すっかり瞼が重くなり、ナガレの肩に凭れ掛かるようにして眠ってしまっていたピーチだが、馬車を降りてからはわりと元気そうではある。
「そうですね。ですが今日はこれから野宿ですから、食事の準備をしなければいけないですね」
「あ~確かにそうよねぇ。はぁ、途中街でもあればそこで休めるのにね」
仕方ないですよ、と薄い笑みを浮かべて応えるナガレ。
一応街道沿いには宿場のある村も一定間隔おきに存在はしているのだが、今回のようにある程度人数のまとまった旅では、流石に小さな村に全員で押しかけるような真似にもいかない。
宿場一つとってもそこまでの部屋数は用意されていないからだ。
人々の役に立つ事を第一に考える冒険者ギルドとしては、冒険者が泊まったおかげで他のお客が止まれないような事態を引き起こすわけにもいかないのである。
故に、こういったそれなりの人数での移動の際、長旅になる場合は野宿が基本でもある。
「あの、もしよかったら食事などご一緒しませんか?」
ナガレがピーチと今夜の事を話していると、後ろから声が掛かり、そちらを振り返る。
そこに立っていたのは白ローブを纏ったローザであった。
その横にはカイルと、むすっとしたフレムの姿もある。
「え? 私達と?」
「はい。さっきはフレムがその……随分と失礼な事をしてしまったのでお詫びに、火を起こすものも持参してますし、調理の道具もそこそこ用意がありますので、宜しければと」
「え? 携帯食とかじゃなくて調理するの?」
「当たり前だろ馬鹿。んな干し肉とか齧ってて力が出るかよ。てか、なんでこいつらなんて誘うんだよ!」
「まぁまぁ。フレムっちだってこれ以上ローザを怒らせたくないだろ?」
ぐむぅ! とフレムが喉を詰まらす。どうやら馬車内での出来事について、ローザから色々言われているようだ。
そしてこの男、強気に見えて彼女には頭が上がらない様子。
「ちっ……仕方ねぇ。だがな! 狩りには付き合ってもらうぞ!」
「狩りですか?」
「うん、流石に食材までは持ち運べないからね。だからこの山でね、結構現地調達する冒険者も多いんだよ。川もあるから魚もとれるしね」
「ま、お前みたいな頭だけって奴が狩りで役立つとは思えねぇけどな」
「ちょっとフレム! いい加減にしなさいよね!」
中々迫力のあるローザの様子に、くっ! と歯噛みするフレム。
そしてピーチはどことなく溜飲が下がったような面持ち。
「じゃあおいら達は食材を調達してくるから、ふたりは水浴びに行くといいよ」
「え? でもなんか申し訳ない気も……」
「ははっ、こういうのはほら、男の仕事だし。調理とかは手伝ってもらうと思うけどね。それにおいらたちは別に一日二日平気だけど女の子はそうもいかないでしょ?」
カイルが確認するように口にすると、ふたりが顔を見合わせた。
「ピーチ、折角こういってくれていることだし、後は私達に任せて行ってくるといいですよ。日が暮れると水浴びどころじゃありませんしね」
そう言いつつ空を見上げる。野宿を決める時間とあって、既に空は薄暗くなりつつある。
「そ、そう? じゃあ行ってくるね」
「フレムはもう失礼な事言っちゃ駄目よ」
うっせぇ! わーってるよ! と唸るように返し、そして一旦ピーチと別れたナガレは、フレム、カイルとともに森のなかへと入っていった――




