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レベル0で最強の合気道家、いざ、異世界へ参る!  作者: 空地 大乃
第五章 ナガレとサトル編

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第二七〇話 小森純一という少年

 化物は思いの外しつこかった。

 いや、むしろふいに喰らった目潰しのおかげで怒りが倍増したと見るべきか。乗り合わせた行商人には感謝してもし尽くせないであろうが、しかしそれも一時しのぎにしかならず。


 更に、一度解除されてしまうと、スキルの再発動まではかなりの時間を要する。

 正直どうしようもない状態だ。その上足場も決して良くはない。


「あ!?」


 結局、地面から完全に這い出てしまっている樹木の根に足を取られ、転げるようにして前に倒れてしまった。


 自分でも恥ずかしくなるぐらいの見事なコケっぷり。だが、そんなことを気にしてもいられないほどの脅威が目の前にいた。


 そう、化物はあっさりとコモリに追いついた。彼のステータスでは、目潰しを使ったところで、一度目をつけられた相手から逃げ切るのは難しい。


「あ、あぁ――」

 

 後手で後退りする。化物の口からは粘り気のある唾液が滴り落ちていた。その瞳は捕食者の様相をありありと宿している。


 そして再び、化物の大口が開かれ、その顔がコモリに近づく。その口で一気に食べ尽くしてしまおうと考えているのか、思わず目を瞑るコモリ。ギュッと瞼を閉じ、せめて楽に死ねることを祈ったりもしたが――


「――危なかったですね」


 だが、そんな彼の頭上から、突如別の誰かの声が降り注いできた。それは少年のような若々しい声でありながら、不思議と安心感を与えてくれる頼もしい響きでもあり――


 瞼を開いた時、とても小さくて、それでいてどこか頼もしさを感じさせる背中が目の前にあった。

 

 驚いたことに彼の髪は女性のように長く、そして美しい黒髪である。小柄な少年であり、その身に着するは、道衣のような和装であった。


「……どうやらお怪我はないようですね」


 コモリを一顧し少年が言う。見た目のわりに大人びた喋り方をする人だな、とコモリは思った。その頃には恐怖心も大分薄れていた。


 何より不思議な事が目の前で起きていた。コモリを喰らおうと狙っていた化物――それが、少年が間に立った瞬間に石化したかのように動かなくなったのだ。


 口は大きく開かれているし、右の前肢も振り上げられている。だが、まるで蛇に睨まれた蛙のように動こうとしない。そう、確実的な恐れが化物の瞳に宿っている、そんな気がした。


「――どうやらこれが何なのかをご存知なさそうですが、この獣はゴリアテ、レベル105の魔獣です」

「ま、魔獣?」


 思わず目を白黒させるコモリだ。魔獣といえば魔物より遥かに格が上とされ、人々の恐怖の対象とされている化物である。


 どれほどの腕利きの冒険者であっても、単身では絶対に挑まないとされるそんな恐ろしい化物が魔獣だ。


 コモリの知る限り、能力的に単騎で魔獣に勝てそうなのはアケチや陸海空ぐらいであろう。

 あの三人はステータスが化け物じみている。半分人間をやめているんじゃないか? と思えるほどだ。


 しかし、そんな魔獣が恐れを成す少年、彼もまた人間を超越した能力を持っているのだろうか? 全くそうは見えないが――と、コモリが考えていると。


「さて、貴方はどうしますか? このまま戦うというなら、いくらでもお相手いたしますが――」


 ふと、少年が魔獣に語りかける。人間の言葉など通じるのか? と疑問に思うコモリだが、途端にゴリアテは首を思いっきり左右に振り、そしてまるで臆病な子犬の如く回れ右をし逃げ去ってしまった。


「ふむ、魔獣としては賢明な判断といったところでしょうか」


 そんな相手を眺めながら、少年は顎を指で押さえつつ呟く。

 その様相は余裕に満ちていた。それがコモリにはなおのこと不思議であった。

 一体この小さな体のどこにそのような力が宿っているのか――


「あ、あの――」


 そして少年の背中にコモリが語りかけようとしたその時。


「ちょっとナガレってば! もう、急にどうしたのよ!」

「……魔獣が逃げ去るのが見えた」

「きっと先生が追い払ったのですね! 流石先生、戦わずに勝つとはまさにこのこと!」

「ですが、無駄な殺生に至らない辺り流石ナガレ様です」

「魔獣が相手なのにすごいよね~あれ? ところでナガレっち~その子は~?」


 草木を掻き分け、随分と個性的な面々がコモリの目の前に姿を見せるのだった――

 




「じゅ、ジュンイチ・コモリといいます助けて頂きありがとうございました」


 急遽ナガレが助ける形となった彼は、自らの名前を口にし、そしてナガレに向けてお礼をつげた。


 ただ、その合間もちらちらと視線はビッチェに向けられている。彼女の格好は多感な年頃な少年には少々刺激が強すぎるのかもしれない。


「私はナガレ・カミナギ、私達の暮らしていた日本流でいうなら、神薙 流と言った方がわかりやすいでしょうかね?」

「え!? じゃあやっぱり君も、異世界召喚に巻き込まれた感じなの?」


 助けられた直後は妙にかしこまった感じのあるコモリであったが、ナガレが同郷のものと知るやいなや随分と砕けた口調に変化した。


 今のナガレは見た目には一五歳か一六歳といったところであり、年下と思われたのかもしれない。

 ただ、それに対してフレムが不機嫌を露わにする。


「お前先生に向かってなんだよその口の利き方は! 命助けてもらったんだろうが!」

「ヒッ! ご、ごめんなさい――」


 吠えるフレムにビクッ! と肩を震わせるコモリである。フレムは見た目にはかなりガラが悪くもあるので、いかにも小心者っぽいコモリが恐れるのもわかる。


「フレム、別にいいのですよ。私も堅苦しいのは苦手ですから」

「せ、先生とか、な、何か妙な関係ですね。それに君、口調もちょっと年の割に――」

「あん?」

「ヒッ!?」

「ちょっと、フレムやめなさいっての。ナガレが気にしてないって言っているんだからいいじゃない全く」

「そうよフレム、ちょっとは自重しなさい。ごめんなさいね。あ、私はローザと言います。こっちのフレムは、一応仲間です」

「一応ってなんだよ!」

「おいらはカイルだよ~あ、フレムっちの一応仲間だからね~」

「だから一応ってなんだよ!」

「あ、私はピーチよ、宜しくね。ナガレとはパーティーを組んでいて魔法が得意よ。あとこっちのフレムは出来の悪い後輩」

「出来が悪いってなんだよ!」

「……ピーチ、ちゃっかり嘘ついてる。私はビッチェ、こっちの赤毛はただの馬鹿」

「お前らいい加減にしろよ!」

「あ、はい自己紹介ありがとうございます」


 全員から紹介を受けて戸惑いながらもコモリは返事する。相変わらずフレムに対してはおっかなびっくりといった様子。

 ただ、ビッチェやピーチ、ローザに向ける視線はどこか気恥ずかしげであり、それでいて興味も尽きないといったところか。


 何せビッチェは当然としてそれぞれタイプは違うが、ナガレの周りに集まる女性は美少女揃いである。


「チッ、まあいい。俺はもう判ってると思うがフレム! 先生の一番弟子だ!」


 ビシっと親指で自分を指し示し言い放つ。ちなみにピーチは弟子ではないので間違いなく自分が一番弟子だと思っているフレムである。

 

 尤も既にナガレも否定はしない。地球を含んでしまうと流石に一番弟子とは言えないが、この世界でナガレを先生と呼ぶのは彼だけなので致し方なしといったところか。


「ふぇ~こんな怖そうな人が弟子だなんて、君僕より年下なのに凄いんだね~」


 しかし、やはりナガレを前にすると口調が砕けるコモリである。助けられた時には頼もしくも思えたであろう相手なのだろうが、脅威が去り一旦落ち着いてしまうと彼にはやはり自分より下の相手としか思えないのだろう。


 とはいえ、実年齢でいえば年下どころか二回りではきかないほどに上の世代のナガレであるが。


「いえ、成り行きでこうなってしまっただけで、別にそこまで凄いわけじゃありませんよ」

「謙遜しなくてもいいよ。きっとあれだよね? 異世界に召喚されて凄いチートを手に入れて浮かれて弟子とかとっちゃったんだよね? そういうの読んだことあるから判るよ~羨ましいな~」


 そこまで口にした後、ついでにこんな美人とハーレム築いちゃってさ、と妬みの篭ったつぶやきも見せるコモリである。


 尤もナガレの力は与えられたチートでもなければ、ハーレムを築いているつもりもないが。


「……チッ、なんか癇に障る奴だな。大体、お前はなんでこんなところで魔獣に襲われていたんだよ?」

「え? あ、いや、それは――」

「もしかしたらですが、森を出た先の乗合馬車が盗賊やゴブリンに襲われていた事と何か関係あるのでしょうか?」

「え!? どうしてわかるの!」


 コモリがびっくり仰天といった顔を見せる。その時点で彼が関係していたのは明らかだ。尤も単純に乗り合わせていて、危険を感じ逃げ出したといったところであろうとナガレは判断するが。


「あ、あのもし襲われているのでしたら、た、助けにいったほうが――」

 

 縋るような目を見せるローザ。帝国の人間に対してこれまであまり良い印象は受けていないだろうが、それでも危険な目にあっている人がいるならできれば助けたいと思うのが彼女である。


「そ、それはやめたほうがいいんじゃないかな? だいいち結構時間経ってるし、今更いったってもう遅いよ」

「あん? なんだとテメェ」

「ちょ、やめなさいっての」


 フレムが思わずコモリの胸ぐらを掴む。しかし彼は今度は目を逸らすだけで声は上げなかった。


「フレム、離してあげなさい。それに確かに今からいってももう終わっております」

「え? そ、それじゃあ……」

「はい、盗賊とゴブリンを除けば全員無事ですよ。ゴブリンと盗賊が鉢合わせしたのが逆に良かったですね。盗賊に関しては自業自得ともいえますが、互いに争い合ったことで相打ちとなり、結果的に馬車の人間や冒険者には被害が出ておりません」


 ナガレの最初の話で、一瞬悲しみをその瞳に宿したローザであったが、その後の補足でホッと胸を撫で下ろした。


「そういうことなのね。確かにそれなら今から行っても仕方ないわね」

「でも、無事でよかったよね~」


 ピーチとカイルもほっと一安心といった様子である。するとビッチェがナガレの隣に立ち耳打ちした。


「……ホブゴブリンはあの戦力だと本来どうにかなる相手じゃない、ナガレが、手を貸した?」

「はは、これだけ離れていたら手は貸せませんよ」


 ビッチェの質問に僅かに笑みをこぼしながらナガレが答える。

 そう、確かに手は出していない。ただ、合気であれば多少はといったところであり、不自然にならない程度にホブゴブリンの動きを邪魔した形だ。


 それによって護衛の冒険者でも対応することが出来たのである。


「あ、あのそれじゃあ、リンゴを背負っていたおばちゃんや行商やってるおじさんも無事なの?」

「はい、少なくとも盗賊以外は全員無事ですね。そのおじさんというのはお知り合いですか?」

「あ、いや、馬車でたまたま知り合ったり隣り合っただけなんだけど、おばちゃんはリンゴを分けてくれて、おじさんからは購入した目潰しのおかげですぐにはやられずに済んだから――」

「気に入らねぇな」


 後頭部をさすりながら答えるコモリに、フレムが再び食って掛かる。


「お前、結局そのおばちゃんや行商のおじさんに良くしてもらったんだろ? なのにどう考えてもお前馬車を見捨てて一人だけ逃げてきたみたいじゃねぇか」


 責めるようなフレムの言葉。それにグッと唇を噛み締め目を伏せる。

 

「ちょっとフレムっち~それは仕方ないよ~だって、皆が皆、戦える力を持ってるわけじゃないし」

「だけどよぉ、こいつは先生が助けたとはいえ、この森に逃げ込んで暫く生き延びてたんだ。戦う力が全くないとも思えないぜ。大体異世界から召喚された奴らってのは強い力が身についているもんなんだろ? だったらその場に残って戦うぐらい――」

「できないよそんなの! 勝手に決めつけないでよ!」


 今度は逆にコモリの方から食って掛かる。少々ムキになっているような、尖った声であった――



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