第二六六話 フレムVS魔獣ヴァーム
今年最後の更新となります。
ヴァームの攻撃方法は至極単純だ。相手を捕食するための突撃という一種類だけが、ヴァームの持つ唯一の攻撃手段だからだ。
だが、単純な攻撃手段しか持たない相手が弱いとは限らない。それは、今魔獣ヴァームと戦闘を繰り広げているフレムが一番理解している事だろう。
ヴァームの厄介なところは一回一回の攻撃で必ず姿を消すことだ。つまり地面だろうと天井だろうと壁だろうと、ヴァームは気にせず突き進み、孔を穿ち移動する。
しかも掘った孔はすぐに埋め直すため、次の攻撃が予測しにくい。
土中の移動速度も速いため、天井に消えたと思えば次の瞬間には床に現れたりする。
だがこれは単純に移動速度が速いのが原因というわけではない。ヴァームは一度掘った場所を記憶し、現在地と一度掘ったことのある位置を繋ぐ魔法を本能で使用しており、それ故の魔獣とも言えるのである。
そしてこれは掘ったという事実だけが重要なので埋めていても問題がない。最も記憶と言っても記憶力そのものはそれほど高く無いため、過去に掘った場所へ瞬時に移動するとまでは不可能なようだが。
「あ! 今度は下から!」
「チッ!」
フレムの背後から斜めの軌道でヴァームが飛び出してきた。
それを地面に這うぐらいまでに身を低くして避け、頭上を通り過ぎるヴァームの胴体に剣戟を叩き込む。
だが、双連撃によって連続で斬撃を叩き込み、更にそこから跳躍して縦回転を加える双転撃をも繋げてみせるが、全ての攻撃は跳ね返され、ダメージが通らない。
「……あれじゃあ駄目、ヴァームの皮膚は硬い。あの程度の攻撃じゃ全く通じない」
「そうですね。あの魔獣は高速で動き回るのもあって、下手な攻撃は簡単に弾き返されてしまいます。攻撃方法は相手に向かっていくだけの単純なものですが、攻撃と防御が一体化したような突撃は中々厄介です」
ナガレがそう評すように、その後もフレムは双剣で攻撃を繰り返すが、硬い金属音のようなものが響くだけであり、いくら斬りつけても剣戟は全て硬い皮膚によって弾かれてしまう。
「ど、どうしようもないじゃない、弱点はないの?」
「……ある」
「え? あるのですか?」
ピーチの発した言葉にビッチェが反応し、改めてローザが問い返す。この様子からしてビッチェは戦う前から弱点を知っているようでもあった。
「ええ、ありますね」
「……だけど気付いてない」
そしてそれは当然ナガレも一緒である。そしてビッチェはやれやれといった様子でフレムとヴァームの戦闘を眺めていた。
知っているのなら教えて上げればいいのにとも思うかもしれないが、今回に関してはそれでは意味がない。
この先のことを考えれば、ここはフレムが一人で考え答えを導き出すべきだ。
ただ――少なくともナガレはフレムが弱点に気がついていないとは思っていないようであり。
「で、でも弱点があるのにフレムっちが気づかないっていうのもおかしいよねぇ~だってフレムっちには……」
「あ! そうか、あの目があったわね!」
ピーチが思い出したように声を上げる。そう、フレムにはナガレと行動をともにする内に覚えた索眼がある。この能力でフレムは相手の弱点を炎として見ることが可能なのである。
「……もしかしたら弱点が見えないのかもしれない。相手の方が圧倒的に強者ならありえる」
「確かにそういうこともありますが、ですがフレムには視えているでしょう。問題は一体どうやって倒すかといったところでしょうか」
顎に指を添えナガレが言う。どうやら既に倒せる前提のようではあるが――その時、突如何もないところでフレムが上に向かって飛び上がった。
それは角度のつけない純粋な垂直跳び――
「……馬鹿、あれじゃあ食われる」
「え? え?」
ビッチェの呟きにピーチが目を白黒させる。その瞬間、地面が激しくめくれ上がり、ヴァームの大きな口がフレムに向けて伸び上がった。
「キャーーーー! フレムーーーー!」
「嘘!? フレムっち!?」
魔獣ヴァームの巨大な口が空中を漂っていたフレムをあっさりと飲み込んだ。それに信じられないと言った様子を見せるローザとカイル。
ピーチも、ちょ、ちょっとナガレ! と慌てふためくが。
「驚きましたね。本当に中々思い切った事をします」
ナガレは、フレムの心配など全くしておらず、ただ、彼の行動を感心したような目で見ていた。
「え? ちょ、ナガレ何をのんきに――」
そしてピーチが、両手をぶんぶん振りながら、彼へと訴えかけるが――
『グ、ァ、ヴァアアアグウウゥウアァアァア!』
突如フレムを飲み込んだ筈のヴァームが断末魔の叫びを上げ、かと思えば口腔の部分から胴体の三分の一程にかけて、無数の切れ込みが入り、細切れになった肉片が弾け飛んだ。
そして残り三分の二の胴体と小さな影が地面へと落下する。
「へ、ふ、フレム!」
「フレムっち! 無事だったんだねぇ~!」
「は? 当たり前だろ。俺がそう簡単にやられるかよって。あ! 先生どうでしたか俺の戦いぶりは!」
そう、影の正体はフレムであった。軽やかに地面に着地し、心配するカイルとローザを他所にダッシュでナガレのそばへと駆け寄り、評価を求める。
「驚きましたよ。中々大胆な方法でしたね」
「そ、そうよ! 食べられたかと思って驚いたんだからね!」
「本当だよ~おいらも心臓が止まるかと思ったし~」
「いや、全くそんな風には見えないけどな」
無事と判った途端いつもの調子に戻るカイルに、やれやれと目を細めるフレムである。
ただ、ローザに関してはかなり心配させてしまったようだ。
だからか皆を安心させるようにフレムが説明する。
「おいおい、あんなの見れば判るだろ? 俺はわざとあいつに喰われたんだよ」
「へ? わざと?」
「おうよ! あいつの弱点が体内だってのは判ってたからな! 後は攻撃しながらどうしようか考えてたんだけどな、やっぱ食われた方が早いなって思ったわけよ」
鼻をこすり得意がるフレム。しかしため息混じりに呆れたような目を向けるのは、ビッチェである。
「……そんな真似しなくても、ヴァームは節が他より柔らかい。そこを狙えばよかっただけ」
そう、ビッチェの言うように確かにヴァームの胴体は皮が硬く頑強だが、無数の排泄腔を備える節はそこまで硬くはないのである。
その為、ヴァームをよく知る冒険者は間違いなくこの節を狙う。尤もそれとて高速で動き回るヴァームの節を狙うのは簡単なことではないが。
「え? じゃあ今のフレムのやり方はあまり意味がなかったということ?」
「いえ、そうではありません。確かに節を狙うのはセオリーですが、節だけを狙うやり方では今のように大きなダメージを与えるのは本来難しいです。しかし内部からであれば全身が弱点となりますからね」
「流石先生判ってますね! 俺の索眼でも内側の方が炎が大きかったのですよ!」
どうやらフレムも索眼で節が他に比べて弱いのはすぐに判ったようだが、それよりも炎が大きく見えていたのが体内だったようだ。
「どうせやるなら、一番の弱点を狙ったほうがいいだろう? そう思ってわざわざ食われたわけだ。判ったかよ?」
得意満面にビッチェに言い放つフレムであり、若干むっとした様子を彼女から感じた。
「……単細胞がやりそうな手」
「あん? なんだとテメェ、誰が単細胞だこら! そもそも単細胞ってなんだこら!」
「……判ってないのに怒ってるのあんた?」
「ああ、なんか馬鹿にされてるってのは判ったからな」
「はは、フレムっちらしいね」
呆れたようにこぼすピーチに同じくため息をつくローザである。カイルは面白そうに笑っているが。
「ですが、その単純さもフレムのいいところとも言えるでしょう。普通は敢えて食べられようなどとは判っていても躊躇うものです。それを躊躇なく出来るフレムの単純さはある意味で強みとも言えます」
「……え~と先生、俺、褒められてるんですか?」
「はい、素晴らしかったと思いますよ」
「うぉぉおぉおお! やったーーーー!」
全身で感動を表現するフレムである。相当嬉しかったのだろう。
「……とにかく、魔獣は倒れた」
「そ、そうね。でもよく考えたらこんな魔獣が潜んでいたのに、よくこんなところアジトにしてたわね」
喜び続けるフレムを他所に、魔獣ヴァームの骸に目を向けるビッチェ。するとピーチがふと湧いた疑問を口にした。
確かにこんな魔獣がいるとなると、ここをアジトにしていた賊も気が気ではなさそうなものである。
「いえ、元々ヴァームはそこまで好戦的ではなく、死体を見つけては喰らう程度の魔獣です。ですからこのヴァームが住み着いたのは、大量の遺体を見つけてからでしょう」
「へ~つまりここにあった遺体を食べて、餌場に最適だと思っちゃったんだ」
「……そう、ヴァームは味をしめて縄張りを決めてしまうと、途端に凶暴化することがある。ヴァームの討伐依頼が出る場合も大体そのパターン」
ビッチェが一つ頷き答える。それに納得を示す一行であったが。
「どちらにしてもこの魔獣の中は調べる必要がありますね。解体してしまいますか――」
そう言うが早いか、地面にまだ胴体が埋まっている状態で横倒しになっているヴァームをナガレがあっさり引き抜き、全員で手分けして解体することとなるのだった――
皆様今年も色々とお世話になりました。活動報告でも書かせて頂きましたが、今年の更新はこれで最後であり来年の更新再開予定は早ければ1月4日頃からになると思います。
それでは皆様!来年もよろしくお願い致します!良いお年を~




