第二六四話 痕跡と合気
ナガレは、ある程度調べがついているだろうと判断しての質問であったが、その予想は当たり案の定アルドフはカチュア達が大体どのあたりにいるか、つまりカチュア達が消えたと思われる場所を知っていた。
彼はナガレの意見には同意した。消息を経ってから過ぎた時間を考えれば、ナガレの言うように殺されている可能性は高いという。
そして同時にカチュアの護衛としてついた中には、アケチと一緒にやってきた者たちもいたことを話した。
カチュアの率いる騎士団ヴァルキュリエは女性しか入団の許されていない騎士団であり、護衛として雇う冒険者も女性限定である。
その為、召喚された中から選ばれたのも恐らく女子であろうとの事である。
「情報ありがとうございます」
「ああ、これぐらいでいいのなら安いぐらいだ。正直アケチを何とか出来る者がいるとしたら君たちしかいないと思っている。このような形で頼る結果になってしまったのは心苦しいがどうかよろしく頼む」
別れ際そう言って頭を下げてきたアルドフである。この時ばかりは表情も真剣そのものだ。
「いえ、貴方もリーダーとして苦労も多いのだと思います。幸運を祈ってますよ」
アルドフの目が大きく見開かれる。そして、気がついていたのか――と、ボソリと呟きつつ、口端を緩ませる。
「やはり、私の考えは間違っていなかったようだな。お互いに幸運を――」
そして洞窟を出てからアルドフと別れる。ナガレ達が向かうのは、カチュアの消息が断たれた山脈にしろ古代迷宮にしろ北西に向かった先となる。
アルドフは北の帝都途中にある拠点に立ち寄る必要があるということであった。
ナガレ達からすれば、古代迷宮に向かう途中に立ち寄るべく山脈があるので丁度いいとも言える。
「でも結構距離がありそうよね。ここから山も幾つか超える必要あるし」
「そうですね。ただ、そこまで時間的余裕もなさそうなので、以前魔獣の森に向かったときと同じように私が先頭を進む形でいければと思うのですが――」
念のためピーチに確認するが、勿論彼女とて異論はない。そして例によってローザはフレムがおんぶする。
これでかなりの移動時間の短縮となる。途中一晩は野宿の必要があり、何度か魔物や魔獣、相変わらず盗賊にも遭遇することとなったが、そのおかげでフレムやピーチ、カイルやローザのレベルも少しずつだが上昇することに。
ただ、ビッチェからしてみれば手応えのない相手だったようで、レベルの変化はなかったようだが――
◇◆◇
野宿をし明朝すぐに出発をし、太陽が空の中天に達する前には目的地であった山脈に辿り着いた。
そして、山脈の中からカチュアや護衛としてついていたというアケチのクラスメート、そして騎士団の痕跡を探しに掛かる。
「――どうやらこの辺りで何かがつながれていたようですね」
途中サイゴンというサイの頭を持った魔物に襲われることもあったが、それは問題なく撃破。そしてそこから少し進んだ先でナガレは何かに気がついたようにそう述べた。
このあたりはこの山脈の中でも最も険しい山へと続く途中の森である。
その内の何本かの樹木には確かにロープで縛られたような跡が残っており、また切られたロープが僅かに転がっていた。
「……獣や馬の可能性が高いと思う」
「そうですね、馬の方は蹄が少々特殊なのと随分と力強い走りをするようですし、ふむ、ユニコーンがつながれていたと見るべきかもしれません」
「え! ユニコーンが!?」
ピーチがびっくりしたような表情を見せる。ユニコーンと言えば地球では伝説上の生物であるが、この世界では現実として存在する。
ただ、その数は少なく希少種扱いなのでそう簡単に見られるものではないようだ。
「……別に驚くことでもない。ヴァルキュリエは女だけの騎士団。その象徴としてユニコーンの一匹ぐらい飼っていてもおかしくはない」
「あ、そういえば確かユニコーンは、そ、その、清らかな身体を持った女性しか乗ることを許さないのでしたね」
何故か頬を紅く染めてローザが言った。しかもかなり遠回りな言い方である。
「そ、そうね。操をしっかり守った女性じゃないと乗れないって、そう聞くわね」
そしてなぜかピーチも頬を薄紅色に染め、気恥ずかしそうに言う。
「ま、そうなるとビッチェ、お前には絶対に乗れないよな?」
「……どうして?」
フレムがニヤニヤしながら失礼な事を言った。ビッチェも視線を尖らせ問い返す。
「いや、だって、なあ?」
「え~おいらに同意を求められても答えにくいよ~」
カイルに目配せするフレムだが、さすがのカイルもこれには言葉を濁らせた。
「……私は――」
すると、ビッチェが何かを言いかけるも――すぐにナガレに顔を向け。
「……ナガレは、経験豊富な女性が、好み?」
口にそっと指を添えさせ、濡れた瞳で、艶のある声で、男心をくすぐるような蠱惑的なポーズで、ビッチェが問う。
「――ッ!?」
「はうん!」
すると何故か、カイルが鼻血を垂らし、フレムも背中を見せて胸を押さえ、ついでに荒ぶる息も押さえつけようとした。
やべぇ、やべぇ、と繰り返すフレム。どうやら今のビッチェの所作は、カイルだけではなく鈍感なフレムでさえも惹きつける破壊力を秘めていたようだ。
そして女性であるピーチとローザでさえも、ぽーっとした表情でビッチェを眺めているが。
「少なくとも私は、そのようなことで女性を判断したりは致しませんよ」
唯一いつもどおりのナガレが、質問と同時に振りまかれたフェロモンごと吹き飛ばすような笑顔を見せ答えた。
その姿に今度はビッチェのほうが照れくさそうに頬を染め目を逸らす。
「……嬉しい――」
そしてポツリと呟く。この時ばかりはどちらかといえば可愛いという表現がぴったりとハマるビッチェである。
「う~ん、この反応もしかして……」
「な、なんだよ。何か気がついたのか?」
なんとか立ち直ったフレムがカイルに尋ねるが。
「だから、もしかしたら――」
「は? いやいやそんなはずあるわけ無いだろ。名前からしてそうだろ? ビッチェなんだから当然ビッ――」
カイルがフレムに囁きかけ眉を顰めそんなことを述べるフレムだが、その瞬間首の皮を掠るようにして、刃がフレムの背後に見える樹木へ突き刺さった。
思わずフレムの肩がビクリと振るえ、目を白黒させる。そして左手で首を押さえ声を張り上げる。
「て、テメェ! 当たってたらどうするつもりだ!」
「……当てるつもりだった」
「は、はぁ!? おま! ふざけんなよ!」
「でも、今のは間違いなくフレムが悪い」
「そうね。明らかにあんたが悪いわよ」
ビッチェへ怒鳴り散らすフレムだが、ローザとピーチの視線が冷たい。あまりにデリカシーに欠けた発言だった故それも仕方ないことだろう。
「なんだよそれ、俺の一体何が――」
「フレム、今のは失礼が過ぎますよ」
納得のいってなさそうなフレムであったが、ナガレにも窘められたことで、ガーン! という効果音が飛び出しそうなほどにショックを受け、結局素直にビッチェに謝るフレムであった。
「失礼なことを言って申し訳なかった」
「……別にもういい」
こうして再び周囲を調べたが、この場所で判ったことは、ユニコーンや恐らく馬車の牽引に使っていた生物がつながれていたであろうということであった。
そしてユニコーンだけは恐らく何者かが拝借して乗っていったであろうということ。
これは明らかにユニコーンの動きだけが他の獣と違った為そう判断した。尤もナガレは他にも残された気配や匂いなどからも判断がついたわけだが。
そしてナガレはここにユニコーン達が繋がれている以上、ここからさほど遠くない位置にカチュアに繋がる何かが残されている可能性が高いと判断し移動を開始する。
その場所は、本来ならばそう簡単に見つかるような場所ではなかった。山脈の中でも最も険しい山の中腹部、まともに歩くことなど期待出来ない岩場を登った先でようやく現れたゴツゴツとした足場。
そこでナガレが立ち止まり、
「恐らくこの辺りに彼女たちは連れてこられたかと思われます」
と、そう述べたのである。
「でも――何もなさそうに見えるけどどうして判るの?」
「そうですね、このあたりは足場が悪く、少々わかりにくくもありますが、よく見ると何かが移動してきたような跡が残っています」
ナガレの発言にほぼ全員が首を傾げ、フレムは地面に這いつくばるようにしながらナガレの言う痕跡を見つけようとしているが成果は芳しくないようだ。
「お、おいらにもさっぱりわからないな~」
「……いや、確かにナガレの言うように、僅かだけど足跡の痕跡が残ってる」
「へ? ビッチェわかるの?」
ピーチの返しにコクコクと頷くビッチェである。それに驚くピーチだ。当然であろう、本来ならナガレやビッチェの言う足跡は肉眼では決して見えないものだ。僅かな気配の残滓でしかないのである。
「……結構数が多い。それに大きさに違いがある、多分男性と女性」
「そうですね、岩の所々には何か鈍器のようなものが当たった気配もありますので、山賊あたりが混じっているようですね」
「そ、そこまで判るなんてすごいよナガレっち~」
「本当に凄いです先生! 俺はさっぱり気づけませんでした!」
カイルとフレムが賞賛する。特にフレムは地面に這いつくばって凝視しても気づけなかったのである。ナガレは当然としてビッチェとの差もまだまだ大きそうだ。
「でも、だとしてもここには何もないわよね?」
「そうですね。あまり足場も広くありませんし――」
ピーチやローザが周囲を見回しながら怪訝そうに述べる。
確かにここは歩き回れるほど広いスペースもなく、足を踏み外せばそのまま真下まで滑落しそうな断崖と、その反対側に絶壁が聳え立つのみである。
「一見するとそう見えますが、この絶壁の一部には、土砂で埋まったような形跡がありますね」
「え? そうなの?」
「はい、どうやら魔法で他と変わらないようにみせているようですが、よく見るとここからここに掛けて歪みが見られます」
ナガレが指で歪みのある箇所を示すが、ビッチェ以外は首を傾げる一方だ。
「ま、まあナガレだからそれぐらいわかっちゃのだろうけど、でもそれってつまり――」
「自然に起きた落盤などではなく、人為的に引き起こされたものですね」
「そ、そんな、一体誰が?」
「それは、中に入って調べて見たほうがいいでしょうね」
ローザの疑問に答えるナガレだが、ピーチが、でも、と口にし。
「どうやって中にはいるの? 流石にこれだけの規模だと、掘ってすぐにどうにかなるものでもなさそうだけど」
「それなら大丈夫ですよ」
え? と目をパチクリさせるピーチをよそに、ナガレが岩壁に手を添える。
するとその瞬間鈍い音が響き渡り、壁の一部が細かい粒子に代わり地面に落ちた。
すると見事な洞窟が彼らの目の前に出現する。
その様子に誰もが目を見開き驚いた。
だが、この程度ナガレからすれば大したことではない。この洞窟は落盤によって発生した大量の土砂で塞がれていた。
しかしこれはつまり地面に向けて土砂の重みが乗っかているということであり、それはつまり土砂の力が地面に向けて掛かっているということでもある。
それが判れば後は単純な合気の応用だ。つまり地面に向けられた土砂の力をナガレに向け直し合気で受け流せば良い。
言うならば、『大量の土砂-地面に向けられた力×ナガレの合気=粒子化』――この合気式が成り立つのである。
「うん、驚いたけど正直大分慣れたわね!」
「そうですね。ナガレ様ならむしろこれぐらい当然でしょうし」
「……当たり前。ナガレならやろうと思えばこの山脈が消える」
「先生ならこの程度朝飯前だぜ!」
「あはは、慣れちゃうっていうのもちょっと怖い気もするけどね~」
そんなわけで、見事ナガレの手により生まれた闇穴にぞろぞろと足をすすめる一行なのであった――




