第二六三話 間接的な協力
今回でこの場面は最後です。
ナガレ達はそれからアルドフにアケチという男について情報を貰う。
彼もその全てを理解しているわけではないようだが、ビッチェが言っていたように帝国の威光が小さくなっている現状を打破しようと、今上皇帝の命で古代魔法である異世界からの召喚が試みられたようだ。
そしてこの大規模召喚魔法によって二五名の男女がこの世界へとやってきたようである。
「……まさかそんなに来てるとは思わなかった」
「本当に多いわね。まあこの場所で見つけた遺体の数もそれなりだったけど……」
「ええ、集めた情報から判ったのはどうやらその二五名は全員が異世界にいたときからの知り合いらしく、旅の途中で召喚されたということみたいだな」
「そうなのですね。ですが、その内の何人かは――」
ローザが遺体を供養した方へ目を向け瞳を曇らせた。
「ああ、さっき話していた連中だな。多分それはこの町での待機を勧められていた連中だろう」
「待機? なんだそりゃ?」
「話によると二五名全員が戦いに長けていたわけじゃないらしくてな。戦いに向いていないと判断されたものはここに送られたらしい。尤も待機と言っても実際は最初から色々と利用するつもりだったんだろうけどな」
それは今さっきナガレが話していたこととも通ずることだ。つまりアケチという男は安全を保証するように見せかけて、実際はこの場で遺体とかした仲間たちを捨て駒にする気でしかなかったということであろう。
「それにな、二五名と言っても既にその数は半分以下になっているとも聞く。どうやら召喚された連中だけを狙っている暗殺者みたいのがいるらしくてね」
その話で恐らく全員がある人物の名前を思い浮かべたことだろう。少なくとも彼、つまりサトルがアンを助ける過程で同胞であるはずの人間を三人殺していることは判っているからだ。
「でも、何か話を聞いているとそのアケチというのが大きく関わっていることは間違いなさそうね」
「そうだな。アケチに関しては謎も多い。とにかく恐ろしくカリスマ性に長けた人物で、一緒にやってきた連中の殆どが心酔しきっているようだし、顔を見せてからすぐ帝国臣民の心も鷲掴みにしてしまった。おまけにアケチが表舞台に姿を見せるようになるのと同時に、皇帝は殆ど表に姿を見せなくなったんだ。前は何かあればすぐに顔を出し御大層な演説で威厳を見せつけようとしていたのだけどな」
アルドフの説明でより謎は深まりといったところか。ただ、確かに今回の事件の鍵を握っているのがそのアケチという人物であることは間違いなさそうである。
そして、同時にサトルもその人物を狙っている可能性が高いということも――
「……話は判ったが、やはりお前は怪しい。なぜ、そこまで情報を知っている?」
「言われてみりゃそうだな。異世界からの召喚の話にしても、関係者でもない限り知り得ない事じゃないのか?」
ビッチェが男を訝しみ、フレムも疑いの眼差しを彼に向けた。
全体的にどこか緊張した空気が流れるが――
「それはやはり、帝国内にも現状に不満を持っている人は多いといったところでしょうかね」
しかしナガレのこの言葉が空気を変えた。ローザが、え? とナガレを見やり、カイルも、ナガレっち何か知ってるの? と尋ねる。
ただ、当然本来ナガレが初めて訪れた帝国の事情をそこまで詳しく知っている筈がないのだが――
「……ふふっ、やはり不思議な人だな貴方は。少し話しただけで全てを見透かされた気持ちになるよ。いや、実際もう見破られているのか」
「……どういうこと?」
「おっと、そんな怖い顔しない。言っただろ? 私は敵ではないと。そしてナガレの言うようにこの帝国内において、全ての人間が今の帝国のあり方に賛同しているわけではない。むしろ、それ以外の方が今は多いぐらいだ」
「いや、だから言っている意味が判らねぇぜ」
「つまりです、恐らく彼は、この帝国を変えようと動いている人物。反帝国組織とでも言うべきでしょうか? そういった集まりの人間なのだと、私は思いますよ」
ナガレの推測にアルドフが苦笑を見せる。その表情は参ったと言っているようでもあり、暗にそのとおりであることを示唆していた。
「ご名答。流石としが言い様がないな本当に」
「そ、そうだったんだ。でも、それならさっきの話で帝国批判っぽいことを口にしていたこともわかるわね」
ピーチの言うように確かにこの男は帝国での獣人への扱いも納得している様子ではなかった。
全体を通してもどちらかといえばナガレ達寄りの立場を取っていたようにも思える。
「ああ、私達の組織に集っている者は全員似たようなものさ。奴隷制度一つとっても今のやり方に納得などしてない、勿論獣人を含む他種族への扱いについてもね」
「そうなんだ――でも帝国にもそういう人がいたんだね」
「そうですね、それを聞けただけでもホッとしました」
確かに帝国に関して言えば砦の兵士の態度も含め、シャムやイエイヌから聞いた町の人間の情報や、ナガレ達に罪を着せようとした騎士達など正直良い印象に繋がるものはなかった。
それがここに来てようやく払拭できそうである。
「勿論今の帝国が良い国だなどと口が滑っても言えないが、私達のような者がいることを知ってもらえたなら嬉しい」
「でも、帝国も一枚岩というわけではなさそうってことね」
「こんな国が一枚岩だったら溜まったもんじゃないけどな」
フレムの言葉にアルドフが頷き。
「結局この国は今になっても昔の威光を引きずっているのさ。だから力で押さえつければどうとでもなると思っている。かつて武力で制圧し属国化した国々のようにね」
「そういえば、昔はこの地も数多くの小国が名を連ねていたのですね」
「――あぁ、しかしそれも突如ここマーベル国が牙を向き各地へ侵略を進めていったことで終わった。周辺諸国を次々と隷属化させていき、滅びるか鎖に繋がれて従うかのどちらかしか選ばせることはなかった。この国のおかげで地図上から消え去り亡国と成り果てた国だってある」
これまで飄々とした態度も見せていたアルドフだが、この時ばかりはどこか物憂げな様相であった。
「そしてだからこそ、何れは反旗を翻そうと虎視眈々とその時を待っていたのもいる。正直に言えば、今がまさにその時と私は確信している」
アルドフのその言葉に、ナガレやビッチェ以外の面々は目を白黒させた。
「と、いうことは貴方達はこれから帝国に反乱を企てていると、そういう事?」
「まあ、端的に言えばその通りだな」
「え~と、それをおいら達に話すってことは、まさかおいら達に協力を求めているとか?」
「そ、その為に私たちに近づいたのですか?」
「…………」
アルドフは、それに対しては一旦沈黙の構え。その様子にピーチは眉を顰めるが。
「……それが本当なら土台無理な話。私は他国の戦に加担するような真似は出来ない」
ビッチェは断言する。そしてこれは当然の話しである。ビッチェはSランクのしかも特級の冒険者だ。
つまり冒険者連盟直属の冒険者という事でもある。
冒険者連盟は各国の冒険者ギルドをまとめ上げる組織だ。帝国に関しては連盟に加担していないため、直接は関係はないが、それでも組織に身を置くビッチェが、他国の内乱に繋がる行為に与するわけにはいかない。
「……それに、他の皆も一緒。ここにいるのは全員バール王国の人間であり、王国のギルドに所属する冒険者。それなのに帝国の揉め事に協力するわけにはいかない」
ビッチェの話を聞き肩を竦めるアルドフだが。
「しかし、貴方ほどの方がそのことを知らないとは思えませんね。ですので、恐らく沈黙はどちらとも言えない――もっと言えば、直接的には無理でも間接的には協力してもらえるという目算があったのではないですか?」
ナガレが何かを察したように述べる。それを聞き、後頭部を擦りながら、まいったね、とアルドフが返した。
「全く、どれだけ気づいているのか。正直言えば皇帝よりナガレ、貴方の方が遥かに恐ろしい。絶対に敵に回したくはないな」
「そうですね。私もそう願いたいものです」
笑顔で言葉を交わし合う二人。そして、ふう、とアルドフが息を吐き出した。
「貴方の言うように、帝国に関しては私達だけに任せておいてもらって良い。実際、本来ならもっと早く計画は実行される予定でね」
「そうなのか? でもだったらどうしてここまで延びてるんだ?」
フレムが問う。確かに彼の話しぶりを聞くに、何か事情があって計画が遅れたように聞こえる。
「……予想外の出来事、つまり例の召喚魔法が計画を全て狂わせたのさ。どうやら連中も尻に火がつきはじめてやっと自分の国がどれだけ危うい状況にあるか気づいたらしくてね。それ故の異世界からの召喚だったんだろうがな」
「……その様子だと、異世界から召喚された連中はかなり手強い?」
ビッチェが問う、するとバツが悪そうにアルドフが苦笑いを浮かべた。
「正直言えばかなりなんて生ぬるいものじゃない。実は組織のメンバーが何人か帝国の上層部に密偵として潜入していたんだけどな――全てあのアケチという男に看破された」
片手で顔を押さえ、昏い表情で彼は語る。
「他の連中や民が、なぜあそこまであの野郎を敬うのか判らないが、あいつは悪魔のような男だ。潜入した仲間は決して情報を漏らそうとはしなかったが、それを見て楽しそうに連中は拷問を繰り返した。しかも家族がいたものはその家族も仲間達の目の前で、特に女性に対しての仕打ちは、酷いものだったさ」
辛そうに語るアルドフ。その様子に自分の事のように悲しそうな顔を見せるピーチとローザであるが。
「……可哀想な事をした。だが、なぜそれがお前に判るんだ?」
ビッチェは表情の変化少なく問う。一時の感情に左右されないその姿勢は、流石特級冒険者といったところか。
「……その後組織の拠点が一つ潰されてね。拠点にいた仲間たちも犠牲になったが、奴らは散々仲間を弄んだ跡地に妙なものを置いていったのさ」
「妙なもの? なんだ一体?」
「……自分たちが行った拷問を記録した魔導具のようなものだ。その記録の中でアケチは『録画した映像を置いていってあげるよ。僕はこうみえて平等主義だからね、皆もれなく家族も同じ目に合わせているよ。自分の仲間の最後の姿、楽しんでね』なんてことを笑顔で言っていた。その上映像には一度見たら決して目が離せなくなるような仕掛けが施されていてな――」
その所為で、途中で切ろうにも映像を切ること叶わず、全てをまざまざと見せつけられたらしい。
アルドフ曰く、特に女性に対する陸海空三人のやり方は鬼畜の所業といって差し支えないものだったようだ。
「――結局そのことがあって、私たちは一旦計画を立て直すことを余儀なくされたのさ。あのまま無理に進めても、間違いなく無駄死にに終わると思った上、家族持ちの仲間たちの中には組織を抜けたものも現れ始めたからね」
表情に影を落とすアルドフ。その姿に流石に疑いすぎたと思ったのか、
「……話は判った。事情も知らずに傷口を抉るような真似をして申し訳ない」
、とビッチェが謝罪の言葉を述べた。
「いや、それはもういいさ。済んだ話だ。勿論仲間たちを惨たらしく殺した連中は許せないって気持ちもあるけどな」
「……でも、だとしたら何故今がチャンスだと思っている?」
唇を噛み締めアルドフへビッチェが問う。確かに手痛い反撃を受け、普通ならば萎縮してもおかしくないものだが。
「確かにそんなことがあったのにな」
そしてフレムもビッチェに同意する。
「それは、まさにナガレのおかげでもある。君が帝国に来てくれたことで光明が見えてきたのさ。特に今の話を聞いてそれが確信に変わった」
「……何故?」
「先ず第一に君たちが助けたあの獣人たちのことだ。実は私たちはいざという時のためにビースティアへの根回しも済んでいてね。あとはキッカケさえあれば全面協力してもらえる筈だったのだけど――そのキッカケを君たちが作ってくれた」
その言葉にカイルが小首を傾げる。
「う~ん、それはあの子達が何か関係しているってこと?」
「そういえばナガレ様が逃げるように進めたのもビースティアでしたね」
「ええ、そうですね」
確かにあの町から逃げ出した獣人たちの亡命地として、ナガレはビースティアを勧めていた。
「ああ、そして彼らがビースティアに亡命することはかなり重要でね。何せ彼らの証言があれば、帝国がどれだけ獣人に対して酷い仕打ちを行っているかがはっきりする」
「え? でもこれまでだって帝国から逃げおおせた獣人はいたのでしょ?」
「確かにいた、中には私達が逃亡を手助けした場合もある。だけど、今までと大きく違うのはカチュアの統治していた領地から逃げ出したということだ。実は皇帝がカチュアを疎ましく思っている要因もここにあってね。流石にあれだけの非人道的な所為や虐殺を知られてしまうと、ビースティアは勿論だが、対外的にもかなり不味いことになる」
「……なるほど、つまりあの子達が亡命に成功すれば、獣人の解放を理由にビースティアが反帝国組織に協力できると、そういうこと」
「ああ、まさにそのとおりだ。だからその点では君たちに、そしてナガレに感謝している」
「私たちは別にその為にあの子達を助けたわけではありませんが――ですが、狙いはそれだけではないのでは?」
ナガレの何かを見透かすような視線に、アルドフが口元を緩ませた。
「流石だな。ああ、まさにそのとおりでね。ここで更に私たちにとって好機といえるのは――そのアケチ率いる主力部隊が、古代迷宮英雄の城塁へと遠征に向かっていて帝都にいないこと」
「古代迷宮~? しかも英雄の城塁といったら四大迷宮の一つだよね~」
「その通り。どうやらアケチ達は古代迷宮を攻略し隠されたオーパーツの力で更に戦力を強化しようと目論んでいるようだが――」
「……その隙を狙って、反旗を翻す。そう考えている?」
「ああ、そのとおりだ。だけど、今のままじゃ例えここで帝都に攻め入り皇帝を引きずり下ろすことが出来たとしても、アケチが無事なら意味はない。だけど――ナガレ、貴方がアケチを押さえ込んでくれるのであれば話は別だ」
その話に、思わずフレムが目を剥き叫んだ。
「は? ちょっと待てよ! そんなことに先生を巻き込むのはお門違いだぜ。大体さっきも言ったろ? 帝国のいざこざに協力するわけには――」
「いえ、確かにこれが帝国と反乱軍との揉め事の延長線ならば、協力するとも言えませんが、相手がそのアケチであるなら話は変わってきます」
「え? そうなのですか?」
フレムの発言を遮るように語られたナガレの言葉。それにフレムが目を丸くさせる。
「……何か上手く言いくるめられている気もするけど事実。何故なら今までの話を総合すると、アクドルクに組しているのはアケチ。つまり私たちにとっても無関係ではない」
「あ! そうか! そうなると当然――」
「おいら達もその古代迷宮に向かう必要があるよね~」
ビッチェが考えを述べると、ピーチとカイルも得心が言ったような顔を見せる。
「理解してもらったようで私は嬉しい」
「……そうですね。これに関しては確かに。ですが一つだけ、アケチに関して言えば必ずしも私がどうにか出来るとは限らないということを踏まえておいて欲しいですね」
じっとアルドフの目を見据えながらナガレが語る。それはまるでどこか遠い未来を見ているような視線であった――
「ははっ、貴方ほどの方が随分と弱気だな」
「――それはどう思われても構いません。ただ、もう一つお聞きしたいことが」
「勿論! 間接的にとはいえ協力して頂けるのは確か。ならば私に応えられることならなんなりと」
胸を叩いて答えるアルドフであり、ナガレも遠慮なく彼に問う。
「そうですか、では、件のカチュア姫について、彼女が殺されていそうな場所に心当たりはありますか?」
気がついたら前話で合計300話を達成しておりました。
自分でもびっくりです。ここまで続けられたのも応援して頂けている皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!




