第二六二話 黒幕は――サトル?
「……帝国は今滅んだ。ナガレに喧嘩を売るとは自殺行為どころじゃない、地図からマーベル帝国は消え去り、全ての魂は地獄に落ちた方がマシといえる苦しみを味わうこととなるだろう」
ビッチェが随分と物騒なことを言った。しかしその眼は本気だ、冗談でいっている様子はない。
「先生に喧嘩を売ったわけだからな。一〇〇回死んでも足りないぜ」
フレムが当然のことのように言う。そしてなぜか誇らしげだ。
「そうね、まさかそんな無謀な事を考えているなんて思わなかったわ。ねえナガレ、私達もしかしたら避難した方がいいかしら?」
ピーチが数度頷き、そしてナガレに問う。まるでこれから世界を揺るがす大災害が起きるかのような、そんな聞き方だ。
「ナガレ様を怒らすなんて……私、世界が滅亡しないか心配です!」
ローザはぐっと拳を握りしめた後、ナガレに向けて祈りを捧げた。まるでナガレの怒りを沈めようとでもしているかのようだ。どうやら世界の滅亡を本気で心配しているようである。
「な、ナガレっち落ち着いてね! せめておいらたちが逃げるまでは待って欲しいよ~」
カイルはカイルでいつもの軽い口調ながらも、どこかあたふたしている。そしてとりあえず帝国からどう脱出しようかと頭を悩ませているようだ。
「……一体私は皆様の中でどのように思われてるのでしょうか?」
そんな彼らの様子に若干眉を顰めるナガレである。しかし、共通認識としては誰よりも頼りになる存在でもあり、しかし神以上に危険な存在でもあると、そういったところであろう。
勿論ナガレという男は、ちょっと悪意を向けられたからと言って、そうだ帝国を滅ぼそう、などと思うような危ない考えの持ち主ではないのは確かなのだが、いや恐らく確かだ。
「しかし、確かにこの帝国を滅亡されるのは困るかな。なんとか穏便に済ませて頂けないかな?」
飄々とした雰囲気のアルドフであるが、今この時においてはわりと大真面目な表情で頼んできている。
「……最初からそんなつもりはありませんよ。そもそも私にそこまでの力があると思いますか?」
「否定はできないな」
アルドフの返答に、ふぅ、と嘆息をつくナガレである。まさか初対面の相手にまでここまで過大評価されるとはといったところか。
「ただ、なぜそう思うかは気になるところだな。いや、勿論信用していないわけではないのだがな」
「いえ、気持ちは判りますよ。私の口から私自身が狙われているなどと口にしては自意識過剰と思われても仕方ありません」
ナガレはこう言うが、それを聞いていた皆は全くそんなことは思っていない様子だ。
「……断じてそんなことはない」
「そうですよ先生! そんなご謙遜を!」
「むしろナガレの強さを考えたら、これまで狙われなかったのが不思議なぐらいだったのかも……あ、でもナガレがその考えに至った理由はちょっと知りたいかも……」
確かにピーチが言うようにナガレの強さは危険視されてもおかしくない代物だ。
ただ、狙っていたものがいなかったわけでもない。あっさり看破されたが。
「そうですね、話としてはアクドルクの件とつながっているのですが、恐らくですが今回の計画、彼としては本来ここで行うべきものではなかったのだと思うのです」
「ふむ、実に興味深いな。どうしてそう思うのだろうか?」
ナガレの考察にアルドフが興味を示す。それを認め、ナガレが考えを述べた。
「それはアクドルク側の計画がそこまで綿密に考えられたものには思えないからです。そもそもあの計画は、私達が来ることを前提に立てられていたようですので」
その言葉に、ピーチが、ハッ、とした表情を見せた。
「あ、確かに言われてみればそうね。魔獣退治もナガレだからあれだけ素早く対応出来たんだし」
「それに、確かに先生以外じゃ、わざわざあの時間に魔獣退治に向かおうなんて思わないだろうしな」
「そうですね。ただでさえあの街では魔獣退治の依頼を避けていた冒険者が多かったですし。なので、恐らく私達がいなければアクドルクは奴隷商人を魔獣に襲わせることもありませんでしたし、件のカチュア卿とも予定通り国交正常化について話し合われていた事でしょう」
「でも、そのカチュアって領主が奴隷の売買に協力していたのよね?」
「いえ、それは恐らく別ルートでしょう。イエイヌやシャムの話を聞く限り、カチュアという領主は他種族を奴隷とすら認めていなかったようですので」
「それは確かにその通りだな。カチュアは人族以外は生存権すら奪い取るべきだと随分と強硬な姿勢で知られていた。ビストクライムでも獣人への扱いは常軌を逸したものだったらし――」
そこまで口にしたところでカイルに注意が向けられ、気を悪くされたならすまない、とアルドフが頭を下げた。
しかしカイルは気にしている様子はなく、相変わらずの軽い素振りで、しかし安心できる笑顔で、気にしてないから大丈夫だよ~と返した。
彼とて帝国で獣人がどのような扱いを受けているか、そしてそれが特にこの領内では顕著であることを理解している。
「とにかく、カチュアという女領主はそういった偏向的な思想の持ち主だったからな。奴隷にすらしたくないというのは帝国内でも相当珍しいぐらいだ。尤もそのせいで随分と他の皇族と揉めてたりもしたようだがな」
彼の話を耳にし、思い出したようにビッチェが溜め息をついた。
「……奴隷を認めないだけならまだいい、だけどあれは酷すぎる」
その言葉にアルドフが深く頷く。
「確かにな。だが、帝国の人間に対しては特に女性の権利の拡大を求めて精力的に活動していた為臣民の満足度は高かった。領地の騎士団を全員女性で固めたりといった所為もあってか特に女性からの人気は絶大でな。そういった意味ではカリスマ性に長けた人物だったとも言えるな。だからこそ、獣人を含めた他種族への行き過ぎた行為を不満に思うものも責めるものも出なかったと言えるかもしれないが」
その話を耳にし、ピーチがなんとも複雑そうな表情を見せる。
「でも、いくら領民からの信頼が厚かったとしても、自分たち以外の種族を認めずあんな酷い仕打ちを平気でするなんてあんまりだわ」
そして悲しそうにそう言った。別れた獣人たちの事を思い出しているのだろう。
「そうですね、確かにカチュアという人物は一方では非常に好かれていた領主なのかもしれませんが、しかしその一方であのような行為に及んでいるようでは為政者としては疑問視せざるを得ないでしょう」
「ああ、確かにそれについては私も同意見だ。とはいえ、そのような考えを持っていたカチュアだ。ナガレの言うように奴隷の件でアクドルクに協力していたとは思えないな」
ナガレに同意するその様子に、どこか驚いたような表情を見せるピーチである。まさか帝国内でこのような考えを持った人物がいるとは思わなかったのだろう。
勿論ただ話を合わせているという可能性は捨てきれないが、現状はそのような雰囲気は全く感じない。
「でも、カチュアが関係してなかったという事は一体誰が協力していたの?」
とはいえ、やはり今は裏で動いてたアクドルクの協力者の方が気になるのだろう。改めてピーチの視線がナガレに向けられた。
「それは恐らく帝国のそれなりの規模を誇る商会あたりでしょう。勿論途中まではですが」
「……途中まで?」
ビッチェが怪訝そうに問う。
「はい、途中から主導権を握る相手は明らかに変わっています。ただの商人では王国の情報を事細かに知ることは出来ませんからね。そしてその人物こそがアクドルクに入れ知恵をした張本人でしょう」
「……つまり、その入れ知恵の内容がアクドルクにとって想定外のことだった?」
「はい。その入れ知恵をした相手は、本来アクドルクが知り得なかった情報、つまり私達がハンマの街で何と戦い、どう決着をつけたのかまでを全て話して聞かせたのだと思います」
「あ、そうか! それでアクドルクはインキの事も知っていたわけね」
以前アクドルクと晩食をともにした時のことを思い出したのか、ピーチが声を上げる。
「はい、ついでに言えば途中でマサルの事を伝えたのもその人物でしょう。そして一緒にこうも伝えたと思われます、このまま放っておけば必ず後の計画の妨げになると、だからこそ――」
「……帝国と近く国交が正常化するという話でオパールの興味を引き、縁結びを頼りにエルガをそしてナガレを上手くはめようとした――」
顎に指を添えビッチェ言う。するとフレムが思案顔を見せながらナガレに問う。
「でも、そうなると一体帝国側で妙な入れ知恵をしてきたのは誰なんですか先生?」
「う~ん、そうだね~そこまで出来る人ってかなりの権限を持った人でないと難しそうに思えるし」
「確かに素性も判らないような人が、そんな話を持ってきたところで、信じようとは思えないですよね」
「……その相手、ナガレには予想がついている?」
四人の反応を見ながら、ナガレは一考し口を開く。
「そうですね、ある程度はですが――端的にいえばそれは私の同胞となる人物だと思います」
「へ? 同胞? そ、それってもしかして――」
ナガレの回答にピーチが眼を丸くさせる。そしてビッチェが後を引き継ぐように考えを口にした。
「……今回帝国が召喚したという異世界人の誰か?」
「恐らく。しかもその方はどうやらかなりの力を持っている人物と推測されます。そしてとても非情な決定を躊躇なく下せる相手とも――例えば今ここで見つけた遺体――それも召喚された者たちだったわけですが、その人物は彼らが犠牲になることを前提で色々と計画を練っていたようです」
「そ、それってつまり、仲間を犠牲にしたってこと?」
「そうなりますね」
「酷い……」
ローザが憐憫の表情を見せつつ一つ呟いた。犠牲になった彼らとてその行いを考えれば同情する余地などないが、それでもやはり哀れに思ったのだろう。
「……ね、ねえナガレ。今ふと思ったんだけど、も、もしかしてその相手が――サトルだったりするの?」
すると、ピーチが恐る恐るといった表情で尋ねる。サトルについてはピーチもアンの話を聞いて覚えていた。そして、その話でサトルが自分と同じ世界からきた者を殺していたという事も。
それゆえに、これだけの事をした人物がそのサトルではないかと考えたのであろうが。
「それは、私も今はっきりとは言えません。ただ、この町を襲った悪魔とはもしかしたら何かしら関係はあるかもしれません。ですが、それと計画を考えた人物は別と考えるべきでしょう」
ナガレの答えにホッとした表情を見せるピーチである。彼女としては、できればアンを助けたという人物が黒幕などではないことを願いたいのだろう。
「ふむ、全く随分と興味深い話が飛び出してきていて、ここまでついてきて正解だったなと思えているよ。だから、私からもここで一つ情報を提供しよう、何せ今ナガレが言っていた相手、つまりこれだけの計画を実行できそうな人物に心当たりがある」
ここで飛び出したアルドフの言葉に、全員の視線が集まった。そしてビッチェがじっと彼の顔を見つめながら急かすように問う。
「……それは、誰?」
「ああ、それは、今まさに帝国内で勇者と崇められている異世界からの招かれ人、その名は――アケチだ」
今回考察の話が長くなってしまってます。本当はここで終わると予定していたのですが……長くなってしまい。ですが、次では終わるかな~と、思ってはいます。
そしてここでの話が終わった後は一気に話が進むことになる! とは考えてるのですが。
とにかく頑張ります!




