第二十六話 喧嘩腰
ツンツンとした炎のような朱髪にナイフのような鋭い瞳。
引き締まった浅黒い肉体の上からは、魔獣の革を鞣して造られたである胸当て、ズボンの上からは同じ素材であろう革の膝当てと、具足、そんな出で立ちの男が突如、ふたりに因縁のような物をつけてきた相手である。
「私はナガレ、こちらはパーティーを組んでる魔術師のピーチ、私達もれっきとしたBランクの冒険者ですよ。今回のスイートビーの討伐依頼に参加させて頂いたのです」
しかしナガレは、そんな相手にもいつもどおり接し、事情を話した。
ただ、隣のピーチは、なんなのこいつ? といった感じに目を細めている。
「はん? Bランクだと? 最近のランクってのは随分とぬるくなったもんだなぁ~。こんな右も左も判らないような連中がBランクだってんだからよ~」
蔑むような瞳を向けながら、朱髪の男が嫌味を述べる。
「ちょっとフレム! さっきから失礼でしょ!」
すると、彼の隣にいた白ローブの女性(見た目には少女と言ったほうがいいであろう)が彼を窘めるように割り込んだ。
「ごめんなさい。彼フレムといって、一応私達とパーティーを組んでるのだけど、なんか口が悪くて、すぐ相手と喧嘩になってしまうんです。悪気はないんですけどね」
「おい! 余計な事を言ってんじゃねぇぞローザ!」
フレムが歯牙を剥き出しに喚くが、はいはい、と手慣れた様子でローザがあしらう。
このふたり、パーティーとは言っているが、恐らく付き合いは相当に長いだろう、とナガレはその様子から察した。
「フレムっちの喧嘩っ早さにはおいらも困ってるからねぇ」
「てか俺を妙な呼び方で呼ぶなっていつも言ってんだろカイル!」
フレムとローザの背後からにょきっと顔を出したのは、灰色がかった髪を肩まで伸ばした弓使いと思われる男性だった。特徴的なのはこの青年、耳がまるで狐のようである。
彼は弓使いである事を証明するように、肩には矢筒、そして矢筒と一緒に木製の弓(恐らくコンポジット・ボウと思われる)を携えていた。
(狐耳の獣人ですか。確かこういったタイプはこの王国では少ないのでしたね)
そんな事を思っていると、ピコピコとカイルが狐耳を揺らした。
「おや、おいらみたいのは初めてかな?」
「えぇ、獣人の方を見たのは私は初めですね」
「そうなんだ。まぁ王国では彼みたいなタイプは少ないもんね」
「ふん、どうせ奇異な目でみてんだろ? 言っとくけどな! 俺の仲間を差別なんてしやがったらぶっ殺すからな!」
どうやら喧嘩早いの本当のようですね、と一考しつつ、顎に指を添えるナガレである。
そして勿論ナガレには獣人を差別する気など毛頭ない。
「全く、誰もそんな事を言ってないでしょう? いい加減そうやってすぐ目にした人に突っかかる癖やめてほしいわね」
「な、なんか大変そうだね」
苦笑いを浮かべながらピーチが言った。その様子にフレムが、ふんっ! と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「ははっ、本当にごめんね。でもフレムっちはこうみえてかなり頼りにはなるからさ。Bランクの2級だしね」
「へぇ凄い。じゃあ貴方達も?」
「いや、おいらはBランクの3級だね」
「私はやっと4級になれたばかりで」
そういって笑うふたり。三人はパーティーを組んでいるようだが、その場合依頼をこなした際の功績はパーティー分として見られる。が、勿論パーティーだからと常に一緒に行動する必要はなく、別行動をする場合だってある。
そういった事情から、同じパーティー内でもランクや級に差が出るという事は珍しいことではない。
「そうなんだ~でもそれでも凄いな。私もナガレもBランクの5級になったばかりだし」
「はぁ~?」
ピーチの発言で舌を巻くようにフレムが発し、ふたりを睨めつけた。
「んだよそれ。つまりBランクに上がったばかりって事かよ。そんなんでよくこんな依頼請けやがったな」
「な、何よ! スイートビーの依頼はB5級から可能なんだから問題ないじゃない」
「はん、これだから金に目が眩むようななんちゃって冒険者は困るぜ」
「ちょっとフレム失礼よ」
「そうだよ、出会ったばかりでそんな」
「うるせぇ! だいたい俺はここで雁首並べてる連中にも腹を立ててるんだよ! 腕もねぇくせに金になるからって理由だけで依頼選びやがって。仕事舐めんな!」
フレムが馬車内を見渡すようにして吠え上げる。
この幌馬車は一台で一二名程度が乗り込める。
今回は二台の幌馬車がギルドより用意されており、ソレとは別に馬持参の冒険者が数名脇についている形だ。
そして当然だが、このフレムの発言は周囲の反感を買うことになるわけだが――
「んだとてめぇ、もういっぺん!」
「おい、待てヤメろ。あいつ暴れ火のフレムだ。絡んでも面倒なだけだぞ」
「狂犬とも噂されてる奴だしな……」
「てか、マジであいつが一緒かよ……とんだトラブルメーカーじゃねぇか」
そう囁きつつ、周囲の冒険者が何かをしてくる事はなかった。
どうやらこの男、中々に有名なようである。ただし悪い意味でのようでもあり、ローザもカイルも少々困ったような表情をみせてはいるが。
「ふんっ! とにかく、どうせてめぇらだって安易にスイートビーなら楽勝、倒した時の討伐金も手に入るし蜜の分の儲けがあって最高! とか大して考えもせず請けた口だろう。Bランクになりたてって事はスイートビーがどんな魔物かもよく判ってねぇんだろうが」
「それは多少は存じておりますよ」
ぐちぐちと少々言い過ごし気味なフレムに、ナガレが言葉を滑りこませた。
すると、あぁ~ん? と不機嫌そうに目を眇め、だったら言ってみろ、という目をフレムが向けてきた。
「スイートビーは確かに単体ではそこまで手強いとされない魔物です。尾針の攻撃もありますが、そこまで鋭い事もなく、Bランクの冒険者であれば見極めるのもそこまで難しくはありません」
ナガレがそこまでいうと、はんっ、とフレムが上から見下すような態度で胸を反らす。
知ってると言ってもその程度か、といった気持ちなのかもしれないが。
「――ですが、スイートビーは己の身が危険になると周囲に特殊なフェロモンを撒き散らし仲間を呼ぶ傾向があります。単体ではそれほど脅威でもないスイートビーですが集団で来られると話は別です。仲間を呼んだスイートビーは攻撃を仕掛けてきた相手を囲み、そして逃げれないように密着します。そこからスキルである蜂球を発動させスイートビーが激しく振動し内部の温度を上昇させ、その熱を持って対象を蒸し殺しますが――」
ちなみにナガレも察したこのスイートビーの攻撃法は、彼が元いた世界の蜜蜂とほぼ同等である。
ただし当然その体長は比べ物にならず、スイートビーに関しては八〇cm~一〇〇cm程度の大きさであり、その分蜂球時の温度も飛躍的に上昇、スキル発動時その内部は一五〇〇度近くまで上昇する。
当然そんな温度の中、並の人間が生きていられるわけもなく、つまり蜂球を喰らうということはそのまま死に直結すると言っても過言ではない。
そして、それだけの温度を発しても耐えられるスイートビーは熱への耐性も強く、炎魔法も効きにくい傾向にある、といった説明もついでに織り交ぜて聞かせ、という感じですよね? と話を閉めると、目の前のフレムはポカ~ンとした顔でナガレを見ていた。
それは隣りにいるピーチもだが。
「く、詳しいのですね」
目を丸くさせて言葉にするローザ。
一緒に聞いていたカイルも目をパチクリさせ、耳を揺らしている。
「いえいえ、冒険者としての教養を少々学んだ程度です」
「……そんな教養いつ学んだのよ――」
当然ピーチから突っ込みが入ったが笑顔で誤魔化しつつ――すると、フレムが鼻を鳴らし。
「ハンッ! 確かに多少は知識があるみたいだがな、冒険者は頭で仕事をするんじゃねぇ!」
「と、言うと?」
相変わらずの平静とした口調で問いかける。
すると、つまり――と腰に手を回したかと思えば、一瞬、正に瞬きしてる間、ナガレの首筋に一対の刃が挟みこむようにして擬する。
「こういう事だよ、最後に物を言うのは腕だ。てかやっぱテメェは大したことないみたいだな。全く反応できてねぇじゃねぇか」
得意満面でニヤリと口角を吊り上げる。しかしナガレは特に表情を変えることなく、そうですね、と頬をゆるめた。
「ふんっ! 言い返す度胸もなしかよ。拍子抜けだぜ」
そういって手にした双剣を腰の鞘に戻す。彼の持つ一対の剣は全長六〇cmで若干湾曲した片刃のタイプだ。が、その剣が鞘に引っかかり上手く収まらない様子。
「あん? どうなってんだこれ?」
「いや、フレムっち、それ向き逆じゃない?」
カイルに指摘され、ようやくフレムはしまう時の刃が逆向きになってる事に気がついたようだ。
なんで? と疑問げに顔をしかめるフレムは、それがナガレの所業だとはこれっぽっちも気がついていない。
尤もナガレとて、本気で斬る気などないことは即座に察したが、これはちょっとした悪戯心だ。
つまり、フレムが腰から双剣を抜いた瞬間、目にも留まらぬほどの動きで、彼の剣の向きを変えたのである。
「ナガレ……なんで黙ってたのよ――!」
すると、ピーチが彼らには聞こえないほどの小声で耳打ちしてきた。
どうやらフレムのいいぶりに少なからず鬱憤がが溜まっていたようだ。
「こんなところで揉めても仕方ありませんしね。彼も討伐依頼の中では協力すべき仲間ですし」
ナガレは気にもする事なく、ピーチに返すが、どうにも彼女は腹の虫が収まらない様子。
すると――
「……貴方――」
ナガレのすぐ横から、そんなどことなく甘ったるい声が響いたかと思うと、彼の正面に褐色の見事な双丘が押し迫った――




