第二話 ナガレ、変化する
「それにしてもお嬢ちゃんが無事でよかった」
ゴブリンが積み重なる骸の中、佇むふたり。
そんな中、ナガレは彼女に向けて優しく微笑んだ。
だが、何故か少女は不機嫌を露わにし、左手を腰に当て右の人差し指をナガレに突きつける。
「ちょっと! 確かに助けてもらったのは感謝するけど、さっきからお嬢ちゃんお嬢ちゃんって……貴方私とそんなに年が変わらないじゃない! ちょっと失礼じゃないの?」
プリプリと文句を言われる。その姿も中々可愛らしい少女であるが。
しかしナガレは顎に指を添え、やはりか、と一つ呟いた。
「そんなにというと、私は何歳ぐらいに見えるかな?」
「はぁ? そんなのいいとこ一五か、一六ってところじゃないの?」
その答えに顎を引くナガレ。特に驚きはなかった。
何せ壱を知れば満を知るナガレである。
己がこの異世界にたどり着いた時、明らかにその身が若返っていたことは感覚からして明らかだったのである。
故に、ゴブリン戦ではこれまでの身体の構造との違いを理解し、修正するために多少の時間を要してしまった。
しかし何故こんなことが? に関しても得に悩むことではない。
ナガレが日本で感じ掴んだそれは、恐らく時空の中を漂う紐のような物。
それを辿り異世界に引き込まれる際、時空の波に晒された事で、己が身の細胞が極端に活性化し、一気に若返ったのである。
少女から聞いてわかったが、恐らく七〇年は若返っている事であろう。
つまり今のナガレは一五歳――どうりで肌もツヤツヤしているはずだ。
「何一人で頷いてるの?」
「ふむ、まぁこっちの話だ」
少女はおかしなものでも見るような目を向け首を傾げたが、すぐに表情を戻し改めてお礼を述べる。
「何はともあれ助けて貰ったことにはお礼を言うわ、本当にありがとう。でも驚いた、杖を武器にして戦え! だなんて前代未聞よ。よくこんな事が思いついたわね?」
これにはナガレも少々言葉に詰まる。
この世界では杖で戦うなどとてもあり得ないといった様子だが、ナガレのいた日本では杖でも戦える杖術というものが存在する。
故に、暴漢に襲われかけた老人が杖で返り討ちにするなど日常茶飯事の出来事だったのである。
そう考えれば、杖を使って戦う程度のことでここまで言われるのにはやはり違和感を禁じ得ない。
しかし、そこは百戦錬磨のナガレである。異世界はそういうものと判断し、0.0000003秒で頭を切り替えた。
「そういえば私、自己紹介がまだだったわね。私はピーチ、お嬢ちゃんはもうやめてね」
「ナガレです。よろしくお願いします」
少女が手を差し出してきたのでナガレもそれに応じる。
握手はこの世界でも挨拶として利用されてるようである。
ピーチの手は小さく柔らかかったが、そもそもナガレの手も歳相応に小さくなっている。
しかし活力は全盛期に近いぐらいまで向上しているのを感じた。
「ナガレって何か変わった名前ね。ところで貴方、もしかして結構凄い冒険者だったりするの?」
「いえ、私は武闘家ではありますが、冒険者ではありませんね」
「舞踏家? 何それ? 冗談?」
ナガレはピーチが何か勘違いしているのはイントネーションで判ったが、あながち間違ってもいないのでスルーした。
「それにしても、その格好といい貴方本当に変わってるわね。あまり見たことないわよ。一体何処から来たわけ?」
「そうですね。名前の通り私は特にあてのない流浪人の身です。生まれ故郷などは忘れてしまいました」
「……そう、なんか悪いわね。あなた若いのに大変だったのね」
何か妙な勘違いをされているようだ。
故郷を盗賊に襲われ家族をなくし、その復讐の為に旅を続けているのだろうなど、中々勝手な妄想を抱いているようだが、それはそれで特にこちらから指摘する必要もないだろう。
そして実年齢で言えば、ナガレは彼女よりは遥かに上だ。
「でも、そんなに強いのにちょっともったいないわね。そうだ! 貴方冒険者になりなさいよ!」
「冒険者ですか? ふむ、そうですねそれもいいかもしれません」
地球では既に相手になるものがいなかったナガレにとって、ピーチの提案は一考の価値があった。
冒険者ともなれば、ナガレが出会ったこともないような異世界の猛者と巡り会える可能性も高いだろう。
「ところで、ピーチさんは冒険者としての依頼でここに?」
「ピーチでいいわよ。同世代の相手にさんとかなんかむず痒いし。てか貴方の口調堅苦しいわね」
「判りました。では私もナガレでいいですので。それと口調は元来こういったものですのでお気になさらず」
ナガレがニコリと微笑むと、ピーチの頬が桃色に染まった。
それも仕方ないかもしれない。ナガレには頓着がないが、若いころは美丈夫と噂され、女性の熱い眼差しを一手に受けてきたような男だ。
当然若返った彼もまた、見た目には美少年そのものであり、まさに眉目秀麗といった容姿である。
身長こそ一六〇cmそこそこと男としては小さな方だが、引き締まった筋肉を有し、それでいて男性とは思えない長くサラサラの黒髪を靡かせる。
そんな彼に微笑みかけられては、例え異世界の女性といえど、俗にいうニコポっ状態になっても不思議ではない。
「え~、と、それで、あ! そうだ! 私が来た理由だったわね! そうよ! 本当は私ここに魔草を採りにきたのよ!」
「魔草ですか?」
「そう、魔力回復のためのポーションになる材料ね。これをやると依頼料の他にマジックポーションがもらえるからお得なのよ」
なるほど、と頷くナガレ。
「でも、そしたら魔草採取中にゴブリンの大群を見かけてね。驚いちゃって街に戻って報告しようと思ったんだけど見つかっちゃって……」
「その結果がこれと言うわけですね」
「そうそう。でも流石に私も駄目かと思って自害も考えたわよ……でも魔力も残ってなかったしあのままだったら……」
そう言って小さな肩を震わせる。確かに、もしナガレがあと一歩遅ければ、今頃彼女はゴブリン達の子種をその身一杯に植え付けられていたかもしれない。
「ですがこれで安心ですね。ゴブリンは倒しましたし」
「いや! 駄目よ! だって普通に考えてこんなにゴブリンが溢れるなんておかしいでしょ?」
正直異世界にきて間もないナガレには、その辺の当たり前を知りえるわけがないのだが、そこは壱を知り満を知るナガレである。
確かに常識的に考えておかしいことに気がついた。
何せ、普通ゴブリンは多くても精々十匹程度が群れる程度である。
「だからね、つまりこれは――」
「変異種が出たという事ですね」
「そう! てか結構詳しいわね貴方」
ピーチが驚いたように言う。
しかしナガレはその反応を他所にくるりと身体の向きを変え、森の奥に目を向けた。
「だとしたら確かにこのままではマズイですね。ここから北東へ一五〇〇メートル先にいるのが恐らくその変異種でしょう。ふむ、これは中々ですね」
「!? それってきっとグレイトゴブリンよ! てか! 貴方もしかして索敵系のスキルでも持ってるの?」
「いえ、私はそういったスキルの類は持ちあわせておりませんが、なんとなく気配でわかるのですよ」
ちなみにナガレは既にこの世界にはスキルやステータスというものもあるのは理解している。
だが、ナガレにはそういった類は一切反応しないのだ。
だが、それにがっかりする様子はない。そもそも例えスキルがあったとしても、ナガレはそれに頼らないだろうし、ステータスがあってもそれを信じることはなかっただろう。
武闘家にとっては己の身こそが全て、それを知るのもやはり己のみである。
どこの誰が用意したかも判らないようなステータスなど意味を成さないのだ。
「でもそんなに近いなんて……グレイトゴブリンってA級の魔物よ。私でさえC2級だしとても敵う相手じゃないわ。早く街に戻ってギルドに知らせないと!」
「いえ、それでは間に合わないでしょう。ですのでここは私がなんとかしましょう。ですが念のためピーチは街に戻っていて下さい」
「……は? はぁ!?」