第二六一話 疑いと協力
差し出された手をナガレは特に躊躇うこともなく握り返し握手に応じる。
するとアルドフはにこりと笑みを浮かべ、その手を上下に振った後更に続ける。
「どうやら信用しては貰えているようだね」
「そうですね、初対面ですし素直に信用という言葉に変えて良いかはわかりませんが、少なくとも今のところ敵ではないと感じましたので」
ナガレの答えには若干の含みも感じられるようではあったが、ただ、彼が帝国に与していることはないとナガレは判断しているようだ。
「ふむ、なるほど、一〇〇%の信頼を得ているわけではないというわけだ」
「……当然。信頼なんて軽々しく口にする方が信用できない」
「全くだ。先生! もしこの男に何かあるなら俺がとっちめてやりますよ!」
鼻息を荒くさせるフレムだが、ナガレは首を振り、
「フレム、彼は現状敵ではないと私は判断しています。ですが、何か目的があってここまでつけてきたのは確かだと思いますが」
と宥めるような口調で告げる。
それにアルドフが眼を丸くさせ。
「貴方はまだ若いのに随分と察しがいいのだな」
そう返し両腕を広げてみせる。
「でも、ナガレがここまで言うなら確かに心配はいらないんじゃない? 何が目的かは知らないけどビッチェも肩の力を抜いたら?」
「……むぅ」
完全に警戒心を解いたわけでもなさそうだが、ビッチェはナガレを見やり、一つ息を吐きだし少し表情を緩めた。
「良かった、君みたいな綺麗な人に嫌われたままじゃ正直しんどかったからな」
「……無駄話はいい。それよりつけてきていたのは何故? さっきの話でいけば、私達が帝国騎士に囲まれていた時から見ていたことになる」
「え!? そうなの!」
「はい。ずっと観察されていたようではありますね」
「だ、だったらやはり怪しいですよ! 帝国騎士と一緒だったなんてな!」
「おいおいちょっとまってくれよ。確かに私が見ていたことは否定しない。だが、帝国騎士と一緒だったと思われるのは心外だな」
目を見開き、そこは断固として否定する構えのようだ。
「でも、見てただけって、助けに入ろうとか思わなかったわけ?」
すると、ピーチが責めるような眼で彼に訴えた。それにフレムも、そうだそうだ! と続ける。
「いやいや! 助けるも何もそんな暇なかったからな。そんなことを思う前に、バッタバッタと全員倒れて気を失ってしまうのだから」
苦笑交じりにアルドフが述べ、ピーチも、あ、と短い声を発す。
どうやら彼女も気がついたようだ。帝国騎士に囲まれたあの時、ある程度話を聞いた後ナガレの手であっさりと帝国騎士や兵士の意識が刈り取られていたことに。
「……確かにあの状況じゃ手を貸す必要なしと判断するのは判らないでもない。でも、なぜ尾けてきた?」
ビッチェからすればやはりそれが気になるようだ。ナガレの言うように何か目的がなければこんなところまでついてくる理由がないからだ。
何せこの洞窟は断崖の中腹、高さは相当なもので、落ちたら普通は死ぬような危険な場所である。
「それは、単純に気になってしまったでは理由にはならないかな? 何せあれだけの帝国兵を全く物ともせず、あっさり返り討ちにしたのだ。冒険者としては気になるところだ」
アルドフの返答に、しかしビッチェは納得しきれてはいないようだ。
「それを否定はしません。確かに貴方は私達の能力には興味があったようですしね。ただ、この場では私達の話にも興味があったようですが?」
「ははっ、本当よく判っている」
「と、いうことは盗み聞きしていたのか?」
「そんなつもりはなかったんだがな。だが、聞こえてきた話に興味を持ったのは確かだ。ついつい聞き入ってしまって気配が漏れてしまったようだが」
両眉を広げ、参ったなといった笑みを浮かべる。ナガレはともかく、他の皆からすれば妙に掴みどころのない男に見えることだろう。
「も、もしかしてその情報を帝国に売ろうとしているとか、そ、そういうことではありませんよね?」
するとローザが不安そうな目で問いかける。確かにナガレの話していた情報は場合によってはそれなりの価値が出る可能性はある。ナガレ達がアクドルクと帝国の関係に気がついているという証明になりえるからだ。
「そんな気があったなら、見つかった時点ですぐ逃げているさ。そんなつもりないから安心していい」
「そんなこと言ってもよ、Sランクだからなんとかなると今も思っている可能性はあるだろ」
「とんでもない! あんな常識はずれなやり方で帝国兵を沈める相手に勝てると思うほど私は傲慢ではないさ」
肩を竦めて見せるアルドフである。そして勝てないという言葉の際に彼が注目していたのはナガレであった。
「どちらにせよ敵意らしきものがなかったのは確かですよ。もしそのような邪な感情があったなら、ビッチェも気がついているでしょうし」
ナガレが言う。ビッチェも気配には敏感な実力者である。故に、確かに殺気や敵意などがわずかでも感じられればもっと早くに気がついた可能性は確かに早いだろ。
「……ナガレがそう言ってくれるのは悪い気はしない。でも、結局お前の目的はなんだ?」
「そうだな、ここまできて腹の探り合いをしていても仕方ないし。うん、ではナガレ殿」
「ナガレで構いませんよ」
「そうか、ではナガレ、折角だからこのまま話の続きを聞かせてくれないかな私も一緒に」
「本当に遠慮なく来たわね」
目を細めてピーチが突っ込んだ。しかし彼は何故か楽しそうである。
「う~ん、でもこれ以上話なんてあるのかな? アクドルクやハラグライについては大体聞いたよね~」
「た、確かにそうですね」
カイルの発言にローザも目を瞬かせ言う。確かに少なくとも王国側でのアクドルクの陰謀は聞いたわけだが。
「それはそちら側の王国の話だな。だが、私が最も聞きたいのは、帝国側の狙いに関するナガレの考えでね。その様子だとかなり掴めているんじゃないかな?」
探るような目で問う。だが、そこへフレムが眉を怒らせ口を挟んだ。
「そもそもなんでこんなやつに話してやる必要があるんだよ」
「……どうするナガレ?」
「そうですね。そちらの知っている情報と狙いも教えて頂けるなら構いませんよ」
ビッチェに問われ、一考したナガレであるが、それほど間を置かず、ナガレも条件を提示した。
「中々判りやすくていい。判った、それにお互いある程度協力した方が良いと思うしな」
話は纏まったようでありナガレが一つ頷き、それでは、と話の続きを口にする。
「先程の話ですが、あれはあくまでアクドルクの狙いが主でした、しかし帝国側にも当然狙いはあります」
「まあ、それはそうよね。何の見返りもないのにこんなことしないもの」
「でもそれは、帝国側も王国を掌握するために協力していたってことではないの?」
カイルが尋ねると、勿論それもあるでしょうが、とナガレは答えた。だが、それ以外にもあるということを言外に匂わせつつ、更に話を続けていく。
「今ピーチは見返りと言いましたが、これが見返りに入るかとなると少々微妙なところですし、本当であればあまり私の口からいいたいことでもなかったのですが」
「先生がいいにくいことですか? そ、それは一体!」
「……凄く気になるところ」
「そうね、ナガレにここまで言わせるなんて、一体帝国の狙いって何かしら!」
「な、なんだか不謹慎ながら凄くわくわくしてしまう自分がいます!」
「そうだね~おいらの耳も大きくなりそうだよ~」
そんな全員の反応を見ながらも、アルドフは顎を指で押さえつつ興味津々といった様相でナガレの答えを待っていた。
そんな全員の様子に一息吐き出しつつ、そしてナガレが答える。
「――帝国側の目的は……恐らく私の排除です」




