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第二五三話 獣人達への道標

「……このあたり一帯の兵士や騎士は全員気を失ってる。丘の上も(バリスタ)や投石機、魔導砲と色々準備していたようだけど、あれじゃあ意味がない」


 ビッチェが戻ってくるなりナガレに報告してくれた。勿論ナガレの合気に間違いなどあるわけがないが、第三者の確認も念の為にしておこうという話になったからだ。


「ありがとうございますビッチェ、では皆様の首輪も外していきますね」


 ナガレがそう言って森のなかで待機していた獣人達に身体を向けた。

 最初ナガレ一行の姿を見た時は警戒心を示した待機中の獣人たちであったが、イエイヌやシャムが説明をしてくれたことで今は大分馴染んでいる。


 尤もこれもナガレ一行の親しみやすさや、ビッチェの魅力あってのこそでもあり――


 また、同時に獣人達の周囲に潜んでいた帝国兵が気を失って倒れていたことも要因か。それによって一切怪我もなく済み、それを知ってナガレ達への信頼感が更に増したといったところである。


 ちなみに、ビッチェは設置してあったバリスタや投石機、魔導砲には一切手を付けていないが、これも合気によって対策済みである。


 つまり、見た目には何も問題がなさそうに見えて、内部で上手く動作しないようにちゃっかり調整していたのである。

 

 しかも本来なら外部から損傷を与えず壊すことが難しい箇所なので、一見すると整備不良にしか思えないのがみそである。


 というわけで、ナガレの合気のおかげですっかり危険性も減り、獣人たちも安心してナガレの合気を受け入れた。


 隷属の効果が施された首輪を外す――本来であれば腕の良い魔導師ですらそう簡単なことではないこの行為も、ナガレからすればなんてことはない作業である。


 そもそも魔導具であるこの首輪には、魔法を発動させるために必要な魔力が流れ続けている。そしてそこに何らかの流れがあれば、ナガレに受け流せないものはない。


 故にナガレは合気陣で個々の首輪に施された魔術の流れを完全に掌握し、そして受け流す――この際に、受け止めた魔力の質を変化させ全く正反対の力(反魔力)に変えて受け流すことで、首輪の中で魔力の対消滅を起こし、術式を消滅させ首輪を外しているのである。


 ちなみにそのときに生じるエネルギーに関していえば、本来ならこの世界の魔導理論に革命を起こしかねないとんでもないものである。


 尤もナガレはその際に発生したエネルギーも合気で押さえ込んで霧散させてしまっているので、傍から見ればナガレが何かをしたら首輪が外れた程度の認識であろうが――





「本当に何から何までありがとうございます」

「ありがとうにゃ、もうなんとお礼をいっていいかわからないにゃん」


 残りの獣人達の首輪も全て外れたことで、イエイヌやシャムは勿論、その場の全ての獣人達がナガレ達に深々と頭を下げてお礼してきた。


 これまで彼らの自由を束縛していた首輪が全て外れたのだ、彼らの感謝の気持ちは相当なものであることだろう。


「いえ、私は私に出来る事をしただけですので」


 しかし、ナガレはそんなことで感謝を押し付けるようなことはしない。いつもどおり自然な形でことの成り行きを受け入れるだけである。


 とは言え――


「でも、お前たちこれからどうするんだ? いくら自由になったと言ってもな――」


 フレムが獣人達を見回す。正直よく今まで見つからなかったというぐらいその数は多い。まだ小さな子供も含めて一〇〇人以上はいるだろう。


 おまけに、その多くは少年少女である。大人と言える年代の獣人がいない。


 勿論その理由は――ビストクライムの町では大人の獣人は全て殺処分されていたからである。

 そしてこのあまりに酷い所為は領主であるカチュアの意志で取り組まれたものなようであり、この町だけではなく、領主であるカチュアの思想に問題があるがゆえの非人道的な処遇であったようだ。


 それ故、当然獣人達はこの地を治める領主に対しての憎しみも強い。ただ、今カチュアがどこにいるかまでは誰も知らないようである。


「俺達は、ここを離れるつもりだよ。出来るだけ安全な場所まで逃げようとは思うけど」

 

 そして、フレムにイエイヌが回答する。しかしそれを聞いたカイルが不安そうに眉を寄せた。


「う~ん、でもこれだけの人数がいると――移動も中々難しいよねぇ」

「そうよね、ね、ねぇ? こうなったら私達で護衛して安全なところまで連れて行くというのはどうかな?」

「そ、そうですね。このまま放っておくのも忍びないですし」


 すると、ピーチが提案し、ローザが同意する。だが、ビッチェは難しい顔を見せ。


「……でも、護衛するにしても私たちは王国の人間。それに、狙われているという点では私達も一緒」


 その言葉に、ピーチとローザが肩を落とし、確かにそうだよね、とカイルも頭を悩ませた。


「だったらよ、襲ってくる帝国の奴は全員返り討ちにして!」

「いえ、それはあまり得策ではありませんね」


 それに対し、相変わらず強気な姿勢を見せるフレムであったが、ナガレが意見したことで、フレムも口を噤みばつが悪そうな顔を見せる。


「ですが、皆さんの道標を示すことは私にもできます。そこは安心して下さい」


 が――ナガレから継いで出てきた言葉に、獣人を含めた全員の顔に希望の光が灯った。


 既にナガレの信頼度はかなりのものなようである。


「……それでナガレ、どうする?」

「はい、ここからですと、そうですね、南のビースティアを目指すのがいいと思います」


 ナガレの発言に一様に目を丸くさせた。彼の言うビースティアとは、かつて帝国の奴隷であり亜人と蔑視され続けてきたエルフやドワーフ、それに獣人達が奮起し、占有した後に築き上げ、大陸連盟によって国家として認められた都市である。


 ここは別名奴隷解放都市とも呼ばれており、確かに上手くそこまで逃げおおせれば国家が盾となり手厚い保護を受けられることとなる。


 だが――


「……それは俺達もここで過ごしている間に考えたことだよ。でも、厳しいと思う――あの国境周辺は帝国の監視が厳しくて有名なんだ。これまでも何人も亡命を図ったけど、殆ど成功者はいないらしいし」


 イエイヌが頭を垂れながら述べる。それほどまでに困難な道程ということだろうか。


「それなら、やっぱり私達で保護しながら――」

「……それは逆に厳しい。ビースティアは帝国から来る人族(・・)には厳しいし怪しまれる可能性もある」

「それぐらい特級の権限でなんとかならないのかよ」

「……私だけならなんとかなるかもしれない。でも、特級はあくまで私だけ、他の皆の身の保証までは出来ない、でも――」


 ビッチェが何か期待を込めた目でナガレを見やる。そう、ナガレが提案する以上、最初から無理なことを提示するわけがないのである。


「その辺はご安心して下さい。先ずはこれを――」


 ナガレはそう言うが早いか、地面に帝国周辺の地図を描いた。その出来の見事さに獣人達が感動した程だが――それはともかく。


「今いる位置がこことなりますが、皆さんはここからこの森と丘を抜けて、南の大山脈を――」


 そして、ナガレが判りやすい説明で獣人にこれから向かうべきルートを示した。

 そして更にこう付け加える。


「決して楽な道ではありませんが、皆さんが協力し合えば必ず全員無事にたどり着けるはずです。そしてここにさえ出てしまえば、後は皆さんの道を示す出会いを果たせるはずです」


 こうしてナガレが示した道は一〇〇人を超える獣人達が移動するのに本当に大丈夫なのか? と若干の不安を感じさせるものでもあった。そしてこの旅にナガレ達は同行できないことも告げる。


 勿論やろうと思えば出来ないこともないが、ここは獣人たちでお互い協力しあって困難を乗り越えて欲しいという思いがあった。


「……ここを抜ければ、俺達に本当の意味での自由が訪れるのかな?」

「はい、それは間違いありません。ですが、その為には心を一つにし、更にリーダーの手腕も問われることでしょう」


 ナガレが告げる。これは勿論イエイヌに向けての忠告でもある。

 後は彼がどう判断するかだが――


「イエイヌ、迷うことなんてないにゃ! ナガレさんがここまで言ってくれてるにゃ。信じて行ってみるにゃん。大丈夫にゃん、足りないことは私もフォローするにゃん!」

「しゃ、シャム――」


 視線を合わせ、そして力強くイエイヌが頷く。その後は皆にも同意を求めるが、異を唱えるものは一人もいなかった――





「本当にお世話になりました」

「にゃん、食料や水までこんなに、感謝の言葉もないにゃん」


 獣人達がお礼を述べた。彼らの手には、ビストクライムで手に入れた魔法のバッグなどが握られていた。


 それにナガレが狩りをした肉から合気で作り上げた携帯食や、泉の水を濾過した水などが入っている。


「いえ、私は少しだけアドバイスしただけですよ。ですが、皆様が無事ビースティアにたどり着けると信じてますよ」

「うん、皆ならきっと大丈夫よ! しっかりね!」

「ま、先生がこう言って食料まで用意してくれたんだから心配ないぜ。頑張れよ」

「皆様に神のご加護があらんことを――」

「おいらも同胞として皆の無事を祈ってるよ~あ、色々仕事が片付いて落ち着いたら遊びにいくね」

「……ナガレの示した道順を辿れば間違いない。安心して」

 

 こうして一行に見送られ――奴隷から解放され自由となった獣人達はビースティアに向けて歩みを始めた。


 その姿を、見えなくなるまで見送る一行であったのだが――


「……ところでナガレ、本当に何もせず見送ったとは思えない。何かした?」

「ええ、とはいっても大した事はしてませんよ。少し私の力を纏わせておいただけですから」

「……それ、どんな護衛より間違いなく心強い――」


 そのビッチェの回答に、ふふっ、と微笑むナガレであった――

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